「実は僕の母が...」 大ヒット曲「香水」 “生みの親”がドルガバ誕生秘話を語った

「実は僕の母が...」 大ヒット曲「香水」 “生みの親”がドルガバ誕生秘話を語った

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/09/15

「♪ドールチェアーンドガッバーナのその香水のせいだよ〜」

【画像】バイト先で発見した瑛人のサイン

サビを聞いたら、忘れられない。シンガーソングライターの瑛人(えいと)(23)の歌「香水」はどう生まれたのか。

◆◆◆

ヒットのきっかけとなったのは、ユーザーが自由に動画を投稿できるアプリ「TikTok」だった。

「コロナ禍でステイホーム期間中だった今年5月頃、この曲をカバーして投稿する“歌ってみた”動画が流行し始めました」(芸能記者)

5月末には大手レコード会社ではない、インディーズの配信曲として初めてビルボード・ジャパンの総合チャートで首位を獲得。7月に瑛人が「ミュージックステーション」(テレビ朝日系)に出演するなど、テレビでの露出も増えている。

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横浜育ちの瑛人

ヒットしているのは歌だけではない。イタリアの有名ブランドであるドルチェ・アンド・ガッバーナの香水は売上が4月から7月まで前年比で4割伸びた。

「今年はコロナの影響で店舗の休業も多かったのですが、オンライン販売サイトでは4月、5月で一時品切れ状態になったほどです」(日本でドルガバのコスメなどの販売を担当する資生堂)

思わぬ経済効果を生んだ、瑛人とはどんな人なのか。

ガソリンスタンドで踊りながら仕事していたことも…

「瑛人は生まれも育ちも横浜で、男3人兄弟の末っ子です。少年時代は野球に夢中でピッチャー経験もあるそうですが、高校はダンス部に所属。卒業後、フリーターをしていたが物足りなくなり、19歳のときに音楽学校に通って作曲を教わった。そして、昨年の4月に『香水』をリリースしたのです」(前出・芸能記者)

瑛人はブレイクするまでバイトをかけもちしていた。

「テレビで見るままの、裏表がなくて明るい子ですよ」

こう語るのは、瑛人が高校生の頃から昨年までバイトしていたガソリンスタンドの店員だ。

「お客さんへの声掛けも元気にやってくれる。楽しそうに、踊りながら仕事していたことも(笑)。暇なときは場内をぐるぐる歩きながら、歌詞を考えているとも言っていました」(同前)

もう一つのバイト先が、横浜の大さん橋の近くにあるハンバーガー店「ペニーズダイナー」だ。オーナーの湯浅直人さんが語る。

オーナーは「香水」の“生みの親”だった

「3年前の夏、ウチにハンバーガーを食べに来てくれた翌日かその次の日に、アルバイトしたいと電話をかけてきてくれたんです」

接客が中心で、週5回勤務することもあったが……。

「おっちょこちょいなところがあって、セロリを冷凍庫に入れてダメにしたり、炊飯器の水の量を間違えたり、ご飯を何合入れたか忘れたり。叱ったら、お米を炊く時は『いちごーう、にごーう!』と数えるようになった(笑)」

実は、この湯浅さんこそ、「香水」の“生みの親”ともいえる存在なのだ。瑛人はインタビューで、渋谷で朝まで飲んだ後にオーナーから預かったドルガバの香水をつけたら、サビのフレーズが自然と浮かんできたと語っている。

オーナーに歌詞の誕生秘話について聞くと、

「瑛人とよく一緒に遊んでいたので、いつだったのか覚えてない(笑)。あの香水はドルガバの『スポーツ』という今はもう生産されていないやつなんです。実は、僕の母がヨーロッパ旅行した時に『なんか香水買ってきて』と言ったら、お土産で買ってきてくれたもの。それで曲がここまで売れたんだから、お母様様ですね」

湯浅さんは、残り少なくなったその香水を大事に飾っているという。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2020年9月10日号)

「週刊文春」編集部

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