福山雅治、秋元康の「35歳のとき、何をやっていた?」にまさかの回答!

福山雅治、秋元康の「35歳のとき、何をやっていた?」にまさかの回答!

  • TOKYO FM
  • 更新日:2021/03/01
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TOKYO FMで月曜から木曜の深夜1時に放送の“ラジオの中のBAR”「TOKYO SPEAKEASY」。2月4日(木)のお客様は、秋元康さんと福山雅治さん。今もなお話題となっているスペシャル対談ですが、ここでは今は亡き父親への思いを2人で語り尽くします。

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(左から)福山雅治さん、秋元康さん

◆モテるのが仕事だと思っていた(福山)

福山:僕、秋元さんとお食事に行かせていただくようになってから、秋元さんは不良グループとも仲良くなれるし、生徒会長もできる人っていうようなイメージがあります。

秋元:そう。なんで分かるの?

福山:なんとなく、です(笑)。

秋元:俺ってそうなの。中学のときにオレンジグループっていう悪いグループがいて。オレンジグループの仲間でありながら、悪い奴らにずっと勉強を教えていたタイプなんですよ。

福山:不良というか、いわゆる80年代日本のヤンキー文化って「生き様が不良」という感じだったと思うんですけど、秋元さんはその生き様のなかに違和感なくいることができて、かつバカ話も一緒にできるっていう。

秋元:不良仲間がいて、みんな喧嘩したりするんだけれど、もちろん非力だから強くもない。でも動じないタイプなんだよね。だからワーッとなると「ラスボスはあいつじゃない?」みたいな。ただ手を出せないだけなんだけど(笑)。揉めごとになってもスーッて逃げたりしないで、ずっと座って「どうなんだろう、これ」みたいな感じなんだよね。福山君は武闘派なの?

福山:いやいや(笑)僕は家の前の空手道場に通っていたくらいです。小学生の頃は武闘派だったかもしれないですけど、中学とかになってくると、自分には喧嘩の才能がないなと感じたんですよね。でも「男のなかで一目置かれたい」という思いから、ギターを始めたんです。だから音楽を始めるきっかけは“モテたい”じゃなかったんですよ。

秋元:モテたいじゃないの?

福山:モテていたので、すみません(笑)。

秋元:ムカつく少年。

福山:いや、本当に冗談です(笑)。

秋元:冗談じゃないんだよね。男同士で飲んでいたときに、福山君に「福山君、35歳のとき、何をやっていた?」って聞いたら「モテていましたね」って。何だよそれって。「35歳のとき、こういうことをしていましただろ?」って。

福山:モテるのが仕事だと思っていたので(笑)。

秋元:確かにモテる。でも俺は福山雅治という男を認めているよ。昔から知ってるし。

福山:恐縮です。

◆親父にそういう友人がいたのは、誇りだった(秋元)

秋元:例えば男と約束をして、女とも約束をしていて、結局は女の約束を優先する男っているじゃん?

福山:いますね。

秋元:「ごめん、仕事が入っちゃった」みたいな。絶対に福山雅治は、男を取るということが分かっていて。福山雅治の男友達とか、男との絆の深さを見たときに「こいつはモテるよな」って。それは何? どこからなの?

福山:それは父親を見ていたからかもしれないです。話しましたっけ? 父親が麻雀打ちだったって話。

秋元:大好きよ。

福山:父親の麻雀仲間には医者はいる、漁船の船長がいる、自営業のカマボコ屋さんをやっている人がいる、日雇いの溶接の人がいる、バスの運転手さんがいるみたいな。麻雀仲間が多ジャンルなんですよね。父親の名前がアキラって言うんですけど、いろいろなジャンルの人から「アキ兄ちゃん」って呼ばれていて、家に訪ねてくるんです。仕事もしているようなしていないような、麻雀打ちの酒飲みな父親だったんですけど、男たちに人気がある父親を見て「かっこいいな」と思ったんですよ。おそらく、そこが原点なのかなと。

秋元:父親の仲間たちからの慕われ方を見ていて「男が男に人気があるっていうのはかっこいいな」というのは、福山雅治に多大な影響を及ぼしていると思う。だからお父さんが亡くなったときに、仲間が来てくれたんだよね。

福山:麻雀仲間のなかでも特にヤンチャ系なオヤジが、さめざめと棺桶に役満の九蓮宝燈(ちゅうれんぽうとう)の牌を並べて、「アキラさん、あんたこれだけはアガれんやったね」って言いながら、泣きながら牌を並べていたんです。その友達の姿を見て、子供だった僕は父親の人生はろくでもない人生だったと思っていたけれど、こんなことをしてくれる友達がいて、むしろ良い人生だったんだなって葬儀のときに初めて思えたんです。それが17歳のときだった。恐らくそこですかね、原点は。

秋元:九蓮宝燈の牌を棺に入れるという生き様は良いよね。

福山:僕も人生の終わりに、「そういう友達がいる人生になったら良いな」というふうに思ったし、今も変わらず思っています。そこは大きいですね。

秋元:親父の背中みたいなものが見えてくるじゃないですか。それが1番大きいよね。教科書なんだよね。

福山:僕も秋元さんのお父様の話を聞いたことがありますけど、すごく印象的で。お父様が「俺の机はどこだ?」って。秋元さんが30代前半ですか?

秋元:そうですね。僕が事務所を作って、親父を早く定年させて楽にさせたほがいいと思っていたから隠居させたんだけど。一応、肩書きでうちの会社の会長みたいな名前で名刺を作ってあげて、「会長職であとは時々仕事すれば?」って。本当にそれが嬉しかったらしくて、で、すぐに出社して「俺の席はどこなんだ?」って言ったときに、席を用意できなかったことが心残りだったよね。

親父が死んで、斎場でお骨になるまでの間、みんな親戚とか友人とかが集まって待つわけじゃない? そのときは夏の盛りで、みんなビールを飲みながら待っているわけよ。で、ふっと見たら8月のものすごく暑い日なのに、黒の喪服姿でずっと外にいる人がいるから、「中に入ってビールでも飲んでくださいよ」って言ったら、「いや、俺は秋元が煙になっていくのを見ていたい」って言った友人の方がいてね。親父にそういう友人がいたのは、誇りだったよね。

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<番組概要>
番組名:TOKYO SPEAKEASY
放送日時:毎週月-木曜 25:00~26:00
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/speakeasy/

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