宮崎駿監督による文句なしの傑作 『ルパン三世 カリオストロの城』は観る度に発見がある

宮崎駿監督による文句なしの傑作 『ルパン三世 カリオストロの城』は観る度に発見がある

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  • 更新日:2021/10/14
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『ルパン三世 カリオストロの城』原作:モンキー・パンチ (c)TMS

アニメーション監督・宮崎駿の映画初監督作にして、もはや国民的な一作になっているといえる、『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)の4Kリマスター版が、この度OVA作品『ルパンは今も燃えているか?』(2018年)とともに全国で上映された。

参考:受け継がれる『ルパン三世 カリオストロの城』の遺伝子 キャラクター配置と音楽面から考察

ここではそんな、いまでも絶大な人気を誇るお馴染みの傑作『ルパン三世 カリオストロの城』の魅力や、作品づくりの背景を、いま一度振り返ってみたい。

本作は、モンキー・パンチの漫画『ルパン三世』を原作に、宮崎駿自身も手がけたTVアニメシリーズを基にした映画の第2作だ。いまでこそ日本アニメーション史に燦然と輝く名作として評価が定着しているが、初めて上映されたときは、それほどのヒットには恵まれず、前作『ルパン三世 ルパンVS複製人間』(1978年)の興行収入を大きく下回っている。しかし、その緻密に計算された演出と、アニメーション本来の面白さがたっぷりと味わえる娯楽性は、鑑賞した観客の多くに多大な影響を及ぼし、何度も再評価されるうちに、本来得るべき評価に定まっていったのだ。

本作が提示した、さわやかなルパン像によって、『ルパン三世』の原作に漂う殺伐としたピカレスク風の雰囲気を好む一部のファンからは批判される傾向もあるが、映画として、アニメーション作品としての質の高さは誰の目にも圧倒的で、もはや有無を言わさない説得力を持つ、文句なしの傑作である。それは、黒澤明監督の代表作が持つ圧倒的なカリスマ性や、スタンダードな魅力に似ているところがある。それまでルパンの役を演じてきた声優・山田康夫もまた、その素晴らしい内容に心酔し、新人監督である宮崎に最大限の敬意を払ったのだという。

高度なテクノロジーや近未来的なテーマが存在するわけでない本作は、題材として見ると、いささか地味だといえる。思うように動員が稼げなかったのは、そこに理由があるかもしれないが、罠の張り巡らされた城を攻略していく本作の物語は冒険心をくすぐられる、むしろアドベンチャー作品として王道的な魅力が備わっているといえよう。

本作の作画監督だった大塚康生は、東映動画作品『長靴をはいた猫』(1969)における、城を舞台にした活劇場面を、宮崎駿とともに担当している。そのスピーディーなドタバタ感や、才気走った表現のエネルギッシュな連続は、他の追随を許さない気迫に満ちている。そんな東映動画時代の名コンビが、監督と作画監督として、本作を特別なものにしているのだ。

最初の大きな見せ場となるカーチェイスシーンは、二人の才能を感じさせる象徴的な箇所といえる。ここで活躍するルパンの車「フィアット500」は大塚の実際の愛車であり、日本に初めて輸入した一台だったというし、クラリスが乗る「シトロエン2CV」は、宮崎駿の愛車だったという。宮崎はプラモデルの雑誌記事において、2CVを1930年代のフランスの飛行機の末裔だと表現し、その運転席はまるで爆撃機MB.200のコクピットだと書いている。飛行機好きの宮崎は、そんなロマンを車に託して、2CVのシリーズを乗り継いだのだ。

宮崎駿は近年、インターネット画像を検索して絵を描くスタッフの態度を批判している。本物を見たり体験し、あるいはその構造や仕組みを勉強することで、描く対象を自分の中にいったん落とし込んでから表現することが重要だというのだ。本作におけるカーチェイスシーンは、そんな考え方の“生きた見本”になっているといえる。クラリスの乗る2CVのフェンダー(タイヤ周辺のボディ)部分をよく見てほしい。度重なる衝突によってボコボコに変形しているのだ。ここでの、まさに生き物のように柔らかく自由自在に、しかし統制のとれたフォルムで描かれる車体や、その動きの表現は、全体を構成する材質やメカニズムに理解がなくては不可能なのである。

本作の筋立ては、モーリス・ルブランの小説『アルセーヌ・ルパン』シリーズの一編であり、若いルパンの冒険が描かれる『カリオストロ伯爵夫人』と、ルパンが年をとってから対決を挑む『カリオストロの復讐』がベースとなっている。小説に登場するカリオストロのモデルとなっているのは、アレッサンドロ・ディ・カリオストロという18世紀フランスの実在の詐欺師である。この人物は上流階級社会に紛れ込んで何度も詐欺事件を起こし、あの有名な、マリー・アントワネット首飾り事件にも関与している。

本作では、歴史の中で国を治めていたはずの大公の一族を謀略によって殺害し、実権を奪うとともに、大公の血筋を受け継ぐ少女クラリスと結婚することで地位を盤石にするとともに、城のどこかに隠されている“いにしえの財宝”を狙うという、野望に燃えた悪人として、カリオストロ伯爵は描かれている。そして、城を警護する「衛士」や闇の暗殺部隊を操る執事・ジョドーとともにルパン一味を窮地に陥れる。

面白いのは、城全体に仕掛けられた罠である。なかでも至る所に存在する落とし穴は、ルパンや銭形警部を脱出不能の奈落の迷宮へと運ぶのだった。この仕掛けは、宮崎監督が愛するフランスの名作アニメーション『やぶにらみの暴君』(1952年)において、独裁的な国王が、周囲の気に入らない者たちを次々に穴に落としていくという場面から、とり入れたものである。同様に、本作でクラリスが幽閉された、機械仕掛けの秘密の居室もまた、『やぶにらみの暴君』に見られる、周囲から隔絶された建物へのオマージュだ。

カリオストロの城でのアドベンチャーが、不気味ながらも魅力いっぱいに描かれているのは、宮崎駿監督が少年時代に夢中になって読んだという、江戸川乱歩の小説『幽霊塔』からの影響が強いからであろう。クライマックスの舞台となる時計塔は、まさしく幽霊塔そのものを思い起こさせるデザインである。このように、原作のイメージよりも自分の興味のあるものに影響を受け、描いてしまうのが、宮崎作品なのだ。

巨大な城の外壁をルパンがよじ登り、跳躍するスリル満点の場面における動きは、宮崎監督が後年、自作における演出手法について、「縦構造の魅力」と述べたものである。下から上、上から下への運動が、観客の心に強い印象を残すということを強く意識しながら、一つひとつの場面を考えているという。それは、監督作であるTVアニメ『未来少年コナン』や、『千と千尋の神隠し』(2001年)などにも引き継がれている。また同時に、そんな構図は、下層の人間たちによる権力構造への挑戦を象徴したものでもある。

舞台となるカリオストロ公国は、実際には存在しない小さな主権国家だ。地理や文化的な面では、イタリア、ドイツ、フランス、スイスなど、ヨーロッパの様々な雰囲気が見られる。冒頭で登場する国営カジノが、モナコに実在する「カジノ・ド・モンテカルロ」をモデルにしているように、おそらくカリオストロ公国は、モナコ公国やリヒテンシュタイン公国などの断片的な要素を作中で混ぜ合わせようなイメージになっているのではないか。本作では、このようなヨーロッパの多様な文化が楽しめるのも魅力だ。

『ルパン三世』TVシリーズで宮崎監督が手がけた『死の翼アルバトロス』では、ルパン一味がすき焼きの鍋から肉を奪い合っていたように、本作のカリオストロ城下町のトラットリアでは、ルパンと次元がミートボールパスタを巡り、高度なバトルを展開する。さらに、ルパンが大怪我をした後に田舎のチーズやソーセージなどをドカ食いしたり、カップうどんを作るシーンなど、ルパンや、銭形警部が連れてきた埼玉県警の機動隊たちの血肉となっているのは、庶民的な食べ物であり、カリオストロ伯爵の豪華な朝食とは対照的だ。宮崎監督の『ルパン三世』が親しみやいのは、このプロレタリア(貧困者)のスピリットに貫かれているからでもある。

本作には、宮崎駿監督の趣味や情熱、そして東映時代に培ってきた技術や知識が総動員された、若い頃だからこそできる、まさに汗だく、入魂の仕上がりとなっている。観客を楽しませるために、アニメーションはここまで面白さ、楽しさを詰め込められるものなのかということを、本作を観る度に思い知らされる。娯楽表現を極めることは、アニメーションを作る者たち目標であり、夢である。まさしく、そんな夢を実現させたかのような名作を、映画初監督作で作りあげてしまう若き日の宮崎監督は、凄まじい鬼神のような存在であるとともに、汲めども尽きぬ豊かな発想を生み出す芸術の泉のようである。

地上波でも何度も放送されているため、日本の観客にとって、あまりにも知られ過ぎた、何度も鑑賞されきった作品である。しかし、それでも観る度に発見がある映画作品は、本当に希少である。われわれが『ルパン三世 カリオストロの城』から掘り起こし、新鮮に楽しめる要素や学ぶべき要素は、まだまだ膨大にあるのだ。(小野寺系)

小野寺系(k.onodera)

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