『鬼滅の刃』風柱・不死川実弥にまつわる「死」の物語――実弥がたった1度だけ「神」に祈ってでも助けたかった命とは

『鬼滅の刃』風柱・不死川実弥にまつわる「死」の物語――実弥がたった1度だけ「神」に祈ってでも助けたかった命とは

  • AERA dot.
  • 更新日:2021/04/08
No image

風柱の不死川実弥(画像はコミックス「鬼滅の刃」17巻のカバーより)

『鬼滅の刃』の中で、屈指の実力者である、風柱・不死川実弥。彼は、強靭な肉体、スピードあふれる剣技の才を持ち、多くの鬼を成敗し続けた。しかし、これほど傑出した才能がありながらも、彼はいくつもの特別な「死」に立ち会わねばならず、不死川兄弟のエピソードは常に悲しみに満ちている。心身ともにたくさんの傷を負いながら、それでも実弥は「死」と向き合い続けた。だが、たった1度だけ「死」を前にして実弥は神に祈る。神も仏もない厳しい人生で、彼は何を神に願ったのだろうか。【※ネタバレ注意】以下の内容には、クライマックスの場面に関連する、既刊のコミックスのネタバレが含まれます。

【写真】「上弦の鬼」のなかで最も悲しい過去を持つ鬼はこちら

■風柱・不死川実弥の数奇な運命

「鬼殺隊」の隊士たちは、生身の肉体で「鬼」という強大な敵と戦う。彼らは死を覚悟して遺書をのこし、それぞれの理由で鬼殺にその身をささげる。隊士たちには、つねに「死」の影がつきまとっている。風柱・不死川実弥(しなずがわ・さねみ)は、そんな鬼殺隊の中でも、とくに数奇な運命に翻弄された人物だ。彼の周りに起きた数々の「死」の事件は、実弥の人生に甚大な影響を与えた。

■少年時代の「最初の死」

最初に実弥が直面した死は、彼の父親だった。父・恭梧(きょうご)はヤクザまがいの言動で迷惑をかけたすえに、誰かに刺殺されてしまった。実弥は7人兄弟の長男。下の5人の弟妹は幼かったため、すぐ下の弟・玄弥(げんや)とともに、母親を助けながら、家族を守ることを誓う。

しかし、まだ少年だった実弥と玄弥にとって、「乱暴者の父親」の死は、ストレートに「死の悲しみ」と直結するものではなかった。

<親父は刺されて死んじまった あんなのは別にいない方が清々するけど>(不死川実弥/13巻・第115話「柱に」)

実弥は、家族を支えるのに精いっぱいで、父の死の意味を反すうする余裕はなかった。そして、さらなる悲劇が実弥と玄弥を襲う。

■実弥の「悲劇」と鬼狩りへの道

ある日、働き者で優しい母が、鬼化する事件が起きた。鬼にされた母は、実弥と玄弥以外の子どもたちを皆殺しにしてしまう。実弥は弟妹を守ろうとし、状況を把握できないままに、母親を鉈(なた)で斬り殺す。差し込める朝日の中、自分が殺害した母の消えゆく遺体を見ても、実弥は涙を流すことさえできなかった。

この事件は、実弥には一切の責はない。しかし、これ以降、実弥は弟・玄弥とともに生きることをやめてしまう。実弥は、鬼を滅殺すること、玄弥の周りに鬼を近づけないことだけを目的に、ひとりで戦うことを選択した。

すべての登場人物の中で、「罪もなく、鬼にされた大切な人」を自らの手で殺害しなくてはならなかったのは、この不死川実弥だけだ。炭治郎は妹・禰豆子(ねずこ)が鬼化しているが、水柱・冨岡義勇(とみおか・ぎゆう)と元水柱・鱗滝(うろこだき)に救われ、殺害には至っていない。炭治郎の親友・我妻善逸(あがつま・ぜんいつ)は兄弟子・獪岳(かいがく)を倒しているが、獪岳は自ら鬼化しており、実弥とは状況が異なる。母を鬼から解放するための「母殺し」――これが実弥の苦しみの始まりになった。

■実弥を導いた「親友」と「親代わり」

鬼化した母を殺害した後の実弥は、日輪刀すら持たず、独力で鬼と戦い続けた。だが、鬼殺隊隊士・粂野匡近(くめの・まさちか)との出会いが、孤独な実弥に仲間をもたらす。しかし、この親友・粂野すらも、鬼との戦闘の果てに失ってしまう。粂野の遺書には、こんな言葉がつづられていた。

<自分が 生きて その人の傍らにいられなくとも 生きていて欲しい 生き抜いて欲しい><匡近は失った弟と 実弥を重ねていたんだね>(粂野匡近・産屋敷耀哉/19巻・第168話「百世不磨」)

根っからの長男気質の実弥に対して、最初に「兄」のように接したのは、この粂野だった。のちに音柱・宇髄天元(うずい・てんげん)が実弥のことを気にかけるようになるが、この当時は粂野が実弥の心の支えだった。

あまりに多くの仲間の命が失われ、実弥はその怒りを、鬼殺隊の長・産屋敷耀哉(うぶやしき・かがや)にぶつける。しかし、耀哉のまなざしに、「親が我が子に向ける 溢れるような慈しみ」を感じ、実弥は耀哉の苦渋の心中を察する。耀哉は、実弥の理想の父親像であり、亡き母のイメージとも重なった。だが実弥は、「親代わり」でもある耀哉のことを、最終決戦の口火を切る戦いで、守り切ることができなかった。

■実弥に押し寄せる「死」

父を亡くし、母を手にかけ、親友を失い、親代わりを守れなかった。何度も「理不尽な死」を経験し、途方もない悲しみが、日ごと実感をともなって実弥の心を苦しめる。実弥の目から涙がとめどなくあふれる場面が増えていく。

実弥が「悲しみ」を内側に留めておけなくなったのは、やはり粂野の死がきっかけであろう。粂野の気持ちは、弟のために命をかけようとする自分そのもの。自分が弟・玄弥のことを「大好き」だからこそ、粂野の想いは痛いほどにわかった。実弥はさらに自分の身をかえりみなくなっていく。

実弥は柱合裁判の際に、恋柱・甘露寺蜜璃(かんろじ・みつり)から、「また傷が増えて素敵だわ」と、ときめかれるシーンがある。蜜璃の言うとおり、他の「柱」と比べても、実弥の身体の傷は、はるかに多い。これは実弥の実力が不足しているためではない。実弥の血は鬼に対して特別な作用を持つ。そのため、実弥はその身をなげうち、文字通り血を流しながら、戦い続けた。最愛の弟を守るために。

■大好きな玄弥を「弟」と呼べない

<しつけぇんだよ 俺には弟なんていねェ>(不死川実弥/15巻・第132話「全力訓練」)

実弥は、弟を危険にさらすことを恐れ、彼を遠ざけようとした。にもかかわらず、弟は兄の後を追って鬼殺隊に入隊し、「鬼喰い」という禁忌を犯してまで兄の力になろうとする。

「弟」と呼ばず、玄弥をさけ続けた実弥だったが、重傷の玄弥と対面して、とうとう「テメェは本当にどうしようもねぇ 弟だぜぇ」と口にする。「大丈夫だ 何とかしてやる 兄ちゃんがどうにかしてやる」と必死で救おうとする。不死川兄弟が、互いの本心をやっと伝え合えた瞬間だったが、それもつかの間のことだった。

■強い男が「神」に祈る時

不死川実弥は強い人間だ。実弥は神に何かを願わない。神仏は、実弥を助けてはくれなかった。あんな絶望を、苦痛を、ただの一度も助けてはくれなかった。

しかし、どうすることもできない「絶望」の時、そんな瞬間に人は神に願わざるを得ない。実弥にもそんな場面がおとずれてしまう。実弥はたった一度だけ神に祈る。

<あ゛あ゛あ゛あ゛頼む神様 どうかどうか 弟を連れて行かないでくれ お願いだ!!!>(21巻・第179話「兄を想い 弟を想い」)

この世で1番大切なものを、実弥は失う。『鬼滅の刃』には「夜は明ける。想いは不滅。」という言葉がある。実弥の優しさと想いは、たしかに不滅であろう。しかし、実弥の夜のとばりが明けることはあったのか。失われゆく弟のかけらを、かき集めるように優しく抱きしめた実弥の手には、何が残されたのだろうか。

死闘を終え、以前よりも少しほほ笑むようになった実弥のその後の幸せを願わずにはいられない。何もしてくれない神に、われわれは、ただ心をこめて祈る。

◎植朗子(うえ・あきこ)

1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。

植朗子

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加