11月7日、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の田中富広会長が政府の解散命令請求を受けて初めて記者会見を行い、被害者救済の原資として最大100億円を国に預ける考えを表明した。教団はなぜ、突然このような提案をしてきたのか。ジャーナリストの藤倉善郎氏は、所管する文化庁の教団解散に向けた本気度を知ったからではないかとみる。それがどんなものだったのか、ほとんど報じられていない文化庁職員によるブリーフィングの様子をレポートする。
***

教団本部
大臣会見は約20分、事務方の解説が約2時間
文部科学省が10月13日、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に対する解散命令を東京地方裁判所に請求した。内閣支持率の低下対策や衆院解散を視野に入れた岸田政権のパフォーマンスではないかとの声も根強い。
だが、少なくとも請求の準備を担当した官僚たちは、かなり“本気”だと見ている。実は、そう思わせる場面があった。解散命令を請求する前日の12日、文科省内の記者会見場でメディア向けに行われた文化庁職員らによる約2時間に及ぶブリーフィングだ。
その日中に開かれた宗教法人審議会で請求が「相当」とされ、直後に盛山正仁文科大臣が記者会見で「速やかに請求する」と表明。会見は20分弱で終了した。大臣が退室すると、演台が片付けられ、長テーブルが並べられた。そこに文化庁職員5人が並び、解散命令請求の根拠などについて説明を始めた。オフレコではないが、写真・映像の撮影は禁止だった。
裁判は非公開なのに資料付き詳細説明
配布資料はA4サイズで計7ページ。それによると、文化庁が把握した範囲では、統一教会の損害賠償責任を認めた民事判決は32件。一審で請求が認められた被害者は169人。認められた総額は約22億円。訴訟上の和解や訴訟外の示談を加えると1550人、解決金等の総額は約204億円に上るという。
以上は盛山大臣も会見で語っていたデータだ。このほか資料には「献金のための過度な経済的負担に関する例」「被害者本人の精神的苦痛に関する例」「被害者の親族等への影響に関する例」などとして、大臣会見でも言及がなかった被害例も記載されている。親族等への影響の項目は、多額の献金等による子供の進学断念といった、いわゆる「2世問題」もあった。もちろん、請求の根拠とする事実関係や法律の条文、法解釈の解説なども記されている。
通常の裁判は公開が原則だが、制度上、解散命令請求事件は非公開の「非訟事件」として扱われる。ブリーフィングでは文化庁次長が、裁判所に提出する請求の書面も公開できないとした。だが、判断の根拠を説明するためとして、裁判所に提出したものとは別の詳細な資料をメディアに配布したというわけである。
統一教会の組織性は「社会通念に則って」
口頭での説明も、単なる資料の読み上げにとどまらなかった。資料の内容を口頭で補足しながら約40分、職員が代わる代わる説明した。
中でも興味深かったのは、統一教会の組織的不法行為に関する説明だ。お役所的な形式論ではなく、実態論に基づいていることがよくわかる。職員曰く、
「統一教会は、民事裁判で教団の代表役員や教団幹部や役所勤 が不法行為等を指示命令したと認定されたものがないことを理由に、宗教法人の行為とは言えないと主張している。しかしそれでは、本来、宗教法人法が解散命令制度を設けている趣旨が発揮されるのか。オウム真理教の解散命令請求に関する東京地方裁判所の決定は、『個々の行為と宗教法人の意思との関係に社会通念上、密接な関係があると認める場合は、宗教法人の行為と言える』としている」
報道陣から統一教会の不法行為の指揮命令系統を示す物証について尋ねられると、職員からはこんな言葉も。
「具体的な指示があるとすれば非常にわかりやすい話だと思います。ただ、そういうものを残すような団体ではないということはおわかりいただけると思います」
文化庁は今回の請求にあたって、170人を超える被害者等にヒアリングを行ったとしている。その成果なのか、あるいは質問権行使を通じて得た肌感覚なのか、統一教会への不信感のようなものまでにじみ出ていた。
「お金を返せばいいというものではない」
報道陣との質疑応答は、ジャニーズ事務所の会見とは違い「1社1問」などとは言わない。「2点伺います」「3点お聞きします」「もう1点」と質問する記者たちに、職員たちが配布資料以上の内容で丁寧に回答した。
記者:金銭的被害以外にも精神的な被害を与えているとのことだが、宗教2世の方の被害の大きさも考慮したものということか。
職員:ご指摘のとおり、下手な言葉を使えば「(お金を)返せばいいんだろう」というような話ではない。一度寄付した金額を弁護士を立てて取り戻すのは、ものすごく大変でエネルギーが必要なことです。個人の生活上の不安や脆弱さにつけ込み利用されて、まさに心の平穏や精神的安定が損なわれたということ。これは一つ一つ被害者からお話を聞かせていただく中で把握したことです。(このことから)子供たちにも経済的なものだけではなく精神的な被害も含めて起きているのがわかると考えております」
お金を返せばいいというものではない。経済的被害だけではない。統一教会側の「ほとんどの(経金請求の)ケースは和解で解決している」(10月16日の記者会見での岡村信男法務局長の発言)という言い分を一蹴する、文化庁の問題意識の表明だった。
ブリーフィングを約2時間と書いたが、実際はそれ以上だった。私は次の所用のためブリーフィング開始から2時間ほどで中座した。その後も文化庁職員と報道陣との質疑応答は続いていた。
政府与党の「本気」度は?
被害者救済に取り組んできた全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)は、解散請求が行われた10月13日に記者会見を開き、請求を評価しながらも「(宗教法人の)財産保全の措置が取られる前に解散請求に至った点は、(教団の)資産を流出させる危険性をより一層高めている」とした。
まず財産保全がなされなければ、解散命令が下されて法人の資産が精算される段階で、被害者救済に当てるだけの資産が残っていない事態になりかねない。全国弁連は現行法で可能な財産保全の範囲が限定的であるとして、特別措置法の成立を求めている。
しかし、11月14日、統一教会の被害者救済などを検討する自民・公明両党のプロジェクトチームは、財産保全のための新法法案を「信教の自由に抵触する」として見送る提言をまとめた。不動産処分前の通知義務などを盛り込んだ宗教法人法改正や、被害者の訴訟を支援するための総合法律支援法改正も提言したが、全国弁連から「財産の散逸を防ぐには不十分」とする声明を出されている。被害者である統一教会2世からも、批判や落胆の声が聞かれる。
解散命令請求で文化庁の官僚は「本気」を示した。そして今度は、財産保全について政府与党の「本気」が問われる。
藤倉善郎(ふじくら・よしろう)
ジャーナリスト。1974年生まれ。宗教団体以外も含めた「カルト」の問題を取材。2009年にはカルト問題専門のニュースサイト「やや日刊カルト新聞」を創刊し、カルト被害、カルト2世問題、カルトと政治の関係、ニセ科学やニセ医療、自己啓発セミナーの問題などの取材を続けている。著書に『「カルト宗教」取材したらこうだった』(宝島SUGOI文庫)。
デイリー新潮編集部
新潮社