スキマスイッチ「なんだこいつ?最悪の出会いから20年以上。〈全力中年〉になった僕らが40代でしたいこと」

スキマスイッチ「なんだこいつ?最悪の出会いから20年以上。〈全力中年〉になった僕らが40代でしたいこと」

  • 婦人公論.jp
  • 更新日:2021/11/25
No image

スキマスイッチの大橋卓弥さん(左)と常田真太郎さん(撮影:本社写真部)

「奏(かなで)」や「全力少年」の楽曲で知られる「スキマスイッチ」は結成22年。すべての楽曲の作詞作曲を二人で手掛けるという異色のユニットが、長く愛される曲を紡ぎ続けられる理由とは。大橋卓弥(おおはし・たくや)さんと常田真太郎(ときた・しんたろう)さんに、出会いから、ユニットの解散危機、コロナ禍で生まれた歌についてまで語りあってもらった。(構成=丸山あかね 撮影=本社写真部)

【写真】スキマスイッチの二人が「先輩方を見ると、僕らはサボれない!」と言う理由

* * * * * * *

すっかり「全力中年」になりました

大橋 僕らも40代に突入したね。シンタ君(常田真太郎さん)は早生まれなんだけど43歳同士。改めて振り返ってみるとよくここまで来たなって気がする。

常田 スキマスイッチを結成したのは21歳の時だから、あれからもう22年か!

大橋 インディーズ時代を経て2003年にメジャーデビューしてすぐにヒット曲が出て、スキマは順風満帆だと世間の人は思っているみたい。でもそれって、僕らの認識とはズレがある。

常田 そうそう。僕らの代表曲のひとつは「奏(かなで)」だと思うんだけど、発表した2004年には、そんなに注目されていなかった。何年もかけてジワジワっと広がっていったんだよね。

大橋 今に至るまでCD売り上げでミリオンヒットもない。それでも幸いなことに歩み続けて来られたのは、2005年にセカンドアルバム『空創クリップ』がオリコンアルバムチャート初登場にして1位になって、「全力少年」で紅白歌合戦に出場したのが大きかったのかなと。

常田 まさか「全力少年」がこんなに長く歌い継がれるとは思わなかった。5枚目のシングルとしてリリースして以来、CMソングに起用されたり、映画の挿入歌になったり。最近も、ディズニー&ピクサー映画『2分の1の魔法』(2020年)の日本版エンドソングに選ばれました。

大橋 「全力少年」が親子で共有できるほど幅広い年齢層の人達に知ってもらえたのはすごく嬉しい。まあ僕ら、すっかり「全力中年」になっちゃったけど(笑)。

常田 作ってしまった以上、50代になっても60代になっても「僕らずっと全力で少年なんだ」と歌い続ける覚悟を決めました。(笑)

大橋 少年時代を回顧した歌なわけだけど、どんどん遠くなる。ホント、時が経つのは早い。

「なんだこいつ!」互いに第一印象は最悪だった

常田 初めて会った時のことを思い出すと笑っちゃうんだよ。タクヤ(大橋卓弥さん)がメチャクチャ態度悪くてね。文字通り斜に構えていて、絶対正面向いてくれないの。何も話してくれないし。僕は思いっきり引きました。(笑)

大橋 ワハハ! 当時は舐められたらダメだと思っていたからなあ。僕は高校3年で、シンタ君は高校卒業後に上京してバンド活動していた。名古屋で凱旋ライブをした時に共通の知り合いに誘われて観に行ったんだよね。そうしたら鍵盤を叩いている人がいて……。

常田 あ、僕のことね?

大橋 僕は小さい頃からピアノを習っていて、将来はピアニストになりたいと真剣に打ち込んでいた時期があったから。あんな下手な演奏でお客さんからお金をとっていいの? どう考えてもダメでしょ!って反発心を覚えた。(笑)

常田 タクヤも後で知る事になるんだけど、あの時、初めて鍵盤に触れてから1年も経ってなかったんだよね。僕は共通の知り合いを介してタクヤの曲を聴いていたから、「この態度悪い奴があんな素敵な曲作ったの!?」って驚いた。

大橋 それでもめげずにシンタ君が僕にラブコールを送ってくれたからスキマスイッチが生まれて、今に至るわけだけど。

常田 初対面での態度が最悪だったわりに、僕を頼って上京してきて、うちに泊まったんだよね。

大橋 だって根は素直だから。(笑)

常田 実際、話してみたらメチャクチャいいヤツで。徹夜でドラクエやったんだよな。

大橋 徹夜でドラクエは、シンタ君とルームメイトがしているのを、後ろで見ていただけだから。

常田 そうだったかも。いずれにしても運命的な出会いだなんてちっとも思ってなかったな。

解散の危機を乗り越えた「三軒茶屋の夜」

大橋 さすがに取っ組み合いの喧嘩をしたことはないけど、衝突したことはけっこうある。3人組なら多数決で決められるけど、2人組は意見分かれしたらどこまでも平行線だから。

常田 これはもう解散かなと思ったこともあった。

大橋 デビュー5年目くらいの時ね。ずっと忙しくてコミュニケーション不足だったというのが要因で、お互いにいろいろ溜まっていたんだと思う。もう限界だってなってしまって。1年間限定で2人での活動をストップして、リフレッシュを図ることにしました。その間に僕はシングル3枚とアルバム1枚を発表した。シンタ君は楽曲提供や他アーティストのプロデュースをしたり。

常田 タクヤは表舞台に立って、僕は裏方に徹していたので、音楽に対する温度差が生じてしまった。再びスキマスイッチとして活動しようという時に、僕はマイペースでやっていけばいいと思っていたけれど、タクヤは凄く前のめりだった。それで、三軒茶屋のとある店の個室でじっくり話し合うことに。

大橋 お互いに不満に思うことをぶつけあってね。「こういうところが気に入らない」とか、「ここを直して欲しい」とか。数時間経っても収集がつかないので、当時のマネージャーを呼んで意見を求めたら、「ずっと聞いていたけど、これは〈解散〉のための話し合いじゃないだろ。二人はスキマスイッチを続けることを大前提としてぶつかっているとしか思えない」と。確かにそうだなと僕は思って。

常田 僕もハッとして。そうしたらマネージャーが「だからこの話はもう終わり」と打ち切ってくれたんだよね。で、次の日は仕事を淡々として。そこからはどんな小さなことでもじっくりと話し合って決めるようになった。だからあの「三軒茶屋の夜」は凄く意味のある出来事だったんだ。

大橋 今となっては懐かしいね。

常田 なぜか新しいアルバムを発表するたびに思い出すけど。

8枚目と9枚目のアルバムを同時に

大橋 今回『Hot Milk』と『Bitter Coffee』、2枚のアルバムを同時にリリースすることになりました。僕らにとっては8枚目、9枚目のアルバムになります。アルバムのアイデアは、2018年の3月に『新空間アルゴリズム』というアルバムを出して、ライブツアーを開催している最中からあった。

No image

スキマスイッチ初! 同時リリースされたアルバム『Hot Milk』『Bitter Coffee』

常田 何枚か同時にリリースするのはどうかって。最初は5枚同時にとか言って意気込んでいました。

大橋 僕たちはいろんなタイプの楽曲を作ってきた。バラードばかりの1枚やアップテンポな曲ばかりの1枚……というように5枚CDをつくったらお客さんも面白がってくれるんじゃないかなと。

常田 いいアイデアだなとは思ったけど、一方でぜんぜん聴いてもらえない曲が出てきてしまうんじゃないかという危惧があった。どれも心を込めて作った思い入れのある楽曲だから、まんべんなく聴いてほしいじゃない?

大橋 そもそも物理的に無理っていうのもあったね。だって1枚に5曲だとしても5枚同時に発売するとなると25曲必要なわけで。結局、2枚同時発売ですら大変で、ヒィヒィ言いながら制作していました。(笑)

コロナ禍の中で生まれた歌「あけたら」

常田 このアルバムも2021年のうちに発表しようと決めていたけど、コロナの影響で遅れがちになって焦りました。

大橋 2020年の4月に初めて緊急事態宣言が発令された時は呆然としました。眼に見えない得体のしれないものがジワジワと世界中に広がっていることに怖さも感じて。

常田 世の中のすべての活動がピタッと止まって。あの時期は僕らも個々にできることを進めようと話し合って、連絡を取り合うこともしていなかったね。

大橋 僕は思いがけず時間がたっぷり確保できたと前向きにとらえようと努めていたんだけど、実際には心がザワザワしてちっとも集中できなくて……。音楽が全然作れない。でも僕は、CDのアルバムって写真のアルバムと同じように当時の自分を記録しているような感じがしていて。

常田 ああ、わかるわかる。

大橋 コロナ期間中のことも人生の一部として記録しておきたいなと思って、無理やり絞りだしたのが「あけたら」という曲。あの曲は自分のために書いた、いわば日記みたいなものだったから公にするのはどうかなって躊躇していました。それで、シンタ君に聴いてもらったんだ。

常田 僕らはどの曲も作詞作曲のクレジットが二人になっているんです。タクヤのごく個人的な作品というのは初めてだったけれど、僕の中では当初からお蔵入りにする気はなかった。みんなが不安を抱いているコロナ禍の今だからこそ発表する意味があると感じた。

大橋 結果として「あけたら」は僕がベースを作って、シンタ君が歌詞を整えてくれたり、最終的にアレンジしてくれたりとプロデューサー的な役割を果たしてくれたという点において独特な一曲になった。今では僕もリリースして良かったと心から思っている。

小田和正さん、玉置浩二さん…先輩方に刺激を受けて

常田 『Hot Milk』と『Bitter Coffee』というタイトルについてはスタッフみんなの投票制で決めました。制作しているうちに、楽曲が、「僕らが今、求められているPOPサイドな楽曲」と「今、僕らが作りたいと思う挑戦的な楽曲」とに二分できるんじゃないかと気づいて。真逆な二つのタイトルがいいだろうと。

大橋 『Hot Milk』と『Bitter Coffee』ってすごくいいよね。

常田 真逆でもあるけど、ミックスしてもいいという提案でもあって。手に取ってくださった方々が、それぞれの心模様の加減でブレンドしながら聴いて欲しいという思いがこもっています。是非、たくさんの方に聴いてほしいな。

大橋 そうだね。僕らにとっては2枚同時にアルバムをリリースしたこと自体が大きな挑戦なんだけど、成功すれば大きな自信になるって気がする。

常田 僕らの歴史はまだまだ続くわけだけど、タクヤは何か抱負とかある?

大橋 抱負っていうか、40代に入って体力の衰えを感じていて。だから本気で体力づくりしないとマズいと思っています。お付き合いのある小田和正さんは74歳でまだまだ素晴らしい歌声を保っておられるじゃない? 43歳で既に息が上がっていちゃダメだなって。小田さんは練習量が半端じゃないし、見習う点がたくさんあるよね。

常田 キャリアを積んでなお、謙虚な姿勢であり続ける姿に頭が下がるっていうか。

大橋 先輩方を見ると、僕らはサボれない。サボってていいわけがないよな。

常田 僕が敬愛する玉置浩二さんもホント凄い。なかなか真似できるものじゃないけど、僕らもいい年を重ねていきたいね。

大橋 体力もそうだけど、気力も必要。もっといえば内面を磨く必要があるんだと思う。
だから土台を固める40代にできたらいい。

常田 先輩たちの多くが「40代はそれまでに身に着けたセンスや知識や技術を、曲づくりやライブで存分に生かせる。それが楽しかった」と言っているから、僕らも真剣に音楽と向き合いつつ大いに楽しんで、充実した音楽人生を歩んでいけたらいいね。

スキマスイッチ

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加