太平洋戦争末期に山陰を襲った2つの列車空襲...当時を知る人が証言「どす黒い血がポタリポタリと」「列車の床を弾が貫通した」

太平洋戦争末期に山陰を襲った2つの列車空襲...当時を知る人が証言「どす黒い血がポタリポタリと」「列車の床を弾が貫通した」

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  • 更新日:2022/08/06

太平洋戦争の末期、山陰線を走る列車が米軍機の機銃掃射を受け、乗客らが犠牲になった「大山口列車空襲」と「玉湯列車空襲」。
あれから77年…当時を知る2人の男性が列車空襲について語りました。

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2022年7月28日。
慰霊碑の前で、犠牲者への追悼と平和を願う黙とうが捧げられました。

太平洋戦争末期に山陰の空を襲った2つの列車空襲は、今年で77年を迎えます。

1945年7月28日午前8時頃、
鳥取県大山町の大山口駅近くに停車していた列車が、米軍機の機銃掃射を受けました。

列車は、負傷した兵士や勤労学徒などでほぼ満員の状態。
この空襲で、45人以上の命が奪われました。

安江 英彦 さん
「キキ―ッという音と共に、列車が境内の線路の上に停まったわけです。」

当時、小学4年生だった安江英彦さん。
実家は、大山口駅から6キロほど離れた米子市淀江町の日吉神社です。

境内の中を走る線路上で列車を目にしました。

安江 英彦 さん
「人の姿は全然見えないし、人の声も聞こえない。近づいてよくよく見たら、1両目の客車のデッキに人の死体が折り重なっていた。死体からは、どす黒い血がポタリポタリと線路に落ちていた。恐ろしいとしか言うことはない。」

死体が折り重なる列車を前に、安江さんは戦争の惨さを悟ったといいます。

安江 英彦 さん
「生きていると思われる人は。大山口駅で降ろすわけです。もうこれは助からないと思われた人だけを乗せて米子駅に運ぶ。途中でまた空襲警報になる。それで、日吉神社の森に入れば安全だということで停まったのではないか。戦争はこういうものかというのを強く感じた。」

その中で、安江さんは2人の乗客の「生」と「死」を目の当たりにします。

安江 英彦 さん
「中年の男性は、自力で線路に出てきて線路に倒れて、助けてくれ助けてくれと叫ばれたわけです。」

男性は重傷を負っていましたが、手当を受けて一命を取り止めました。

安江 英彦 さん
「もう1人は若い女性です。駆け付けてきた家族が死体の中から見つけて降ろしたが、もうすでに息はありませんでした。母親が死体に取りすがって泣き叫んでいました。『私に代わって勤労動員に出したばっかりにお前を死なせてしまった』と。」

母親の代わりに勤労動員に行くため、列車に乗って帰らぬ人となった娘。
境内には、その場にいた者のすすり泣く声が響いました。

1945年7月28日は、島根県側でも列車空襲がありました。

資料によると、午前11時58分、山陰線の湯町、現在の松江市の玉造温泉と乃木の間で停車していた列車めがけて、米軍が機銃掃射を仕掛けました。

死者14人、負傷者19人とされています。

影山 峰万 さん
「建物壊した材料のくぎ抜きを、朝から晩までくぎ抜きばっかしだった。」

当時13歳だった影山峰万さん。
実家の雲南市掛合町から姉と2人で、木次駅から列車に乗り、松江に向かっていました。

影山 峰万 さん
「私は1両車と2両車の間に乗った。姉と2人で。停車するとみんなが降りて空を見る、グラマンが行ったり来たりするのを。4機でした。上空を旋回して、そのうちの1機が急降下しておりてきた。」

戦闘機が急降下する中、空からは丸裸の車両と車両の間で、影山さんは必死に身を隠したといいます。

影山 峰万 さん
「その場でしゃがみました。しゃがんでおるとやがて撃ちますわね。グラマンが上にあがると助かったと。それが4回ありました。私がしゃがんでおる横に姉がしゃがんでおる、その横のところに弾が当たって、床を貫通して線路の砂利が見えた。」

命拾いした影山さんは、姉と近くの山に一目散に駆け上がりました。

そこには、負傷した乗客の痛々しい光景がありました。

影山 峰万 さん
「ひざを撃たれていた。骨が見えた。手当をしていた人に『あんたら縛ってあるタオルを両方から引っ張れ』と言われて止血した。」

さらに、学校で歴史を習っていた先生に声をかけられます。

影山 峰万 さん
「『影山君』と声をかけられ、みたら工業学校で歴史を習っていたワタナベ先生だった。目をおさえていて、『あんたタオルか何か持ってないか』と言われ、瞼の上を撃たれていた。まともに撃たれずによかったが、2学期になって学校に行ったら先生の眉毛は半分なかった。」

あれから77年・・・、
戦争を経験した2人が今、思うこととは。

安江 英彦 さん
「自由に考え自由に意見が言える社会というものを、国民誰もが監視しなければならない。」

影山 峰万さ ん
「行き詰った時に、あの時死んだと思えば何でもなる気持ちになりましたね。それほどは強くなりました。悲惨ですね。戦争は絶対いけません。それだけはいえます。」

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