
いまや世界中のボクシングファン・関係者の注目を集めるWBC・WBO世界スーパーバンタム級統一王者の井上尚弥選手。だが、彼とて弱肉強食のボクシング界において、最初から「怪物」たりえたわけではなかった。井上選手がいかにして「本物の怪物」に進化していったのか。対戦相手たちの証言を元に、その強さの秘密、闘うことの意味について綴ったのが『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』(森合正範著、講談社刊)だ。
「井上尚弥と闘ったことで自分は世界王者になれた」と公言する、井上の4戦目の対戦相手・田口良一の物語を特別公開する。
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根性の人
細身で優しい顔立ちと穏やかな口調。外見や少し話したくらいでは、誰も田口が拳の世界の人とは気付かない。引退後、田口がトレーナーを務める東京・四谷のボクシング・フィットネスジム「KODラボ」。その近くにあるファミリーレストランで、私は食事をしながら田口と向かい合っていた。
現役を退き二年が過ぎていた。体形をキープし、三十代半ばの年齢より若く見え、顔つきも変わらない。リングに上がっていた頃のままだった。
「体重は五十四キロとか五十五キロなんで現役のときよりも痩せているくらいです。当時は五十七~五十九キロくらいあったんで。よく引退してから太る選手がいるじゃないですか。みんなから『太ったな』と言われたくないんで節制しているんですよ」
実際、田口はスパゲティだけ口にし、「水でいいです」とコーヒーや炭酸飲料が飲めるドリンクバーは注文しなかった。話が井上とのスパーリングに及び、私が映像を持っていることを告げると、田口の声が大きくなった。
「見たいです、見たいです!」
私はスマートフォンを取り出し、動画を再生した。
田口は画面の中に入っていき、映像を見終えると、少し首をかしげた。
「うーん……。左フックで倒された気がしたんですけど、全然違いましたね。ちょっともう一回いいですか?」
そう言って、もう一度、ダウン前のシーンまで戻した。

勝ってもあまりうれしそうな顔をしない理由は、のちに明らかになる(Gettyimages)
「ああ、これかな。たぶん倒される前の左フックが効いていたんだよな。これで『うわー』と思った記憶があるから。ずっと左フックで倒されたと思い込んでいたんだな」
淡々と振り返り、そう解説した。それだけ井上の左フックは強烈だった。
「この頃ね、将来への不安がものすごく大きかったんです。友人はみんな正社員で働いている。自分はボクサーとして日本タイトルで引き分けてベルトを獲れなかった。このまま自分はどうなっちゃうんだろう、ってね。すごくネガティブだったんです。でも、みんなが思っている以上に負けず嫌いで強気なところもあったりして。なんか言っていることがよく分からないですよね?」
照れ笑いを浮かべて、私に顔を向けた。
弱気と負けん気
田口の内面は幼い頃から「弱気」と「負けん気」が混在し、行ったり来たりしていた。だけど、負けず嫌いのスイッチが入ると、アクセルを踏んだかのように走り出していく。
小学校のクラスで背が一番低くて、物静かだった。六年生のとき、いじめに遭った。仲間はずれにされ、同級生四人からは無視された。わざと聞こえるような距離で悪口を言われる。気弱な少年は何も言い返せない。たまに「やめて!」と大きな声で叫ぶ。しかし、わずかな抵抗はあっさり跳ね返され、すぐに元の状態に戻ってしまう。そんな状態が半年も続いた。強さへの憧れが初めて芽生えた。
中学ではバスケットボール部に入り、部活動に励んだ。三年の秋、「スポーツ祭り」のチラシが学校で配布された。そこには「ボクシング教室」と記されている。会場は東京・大田区総合体育館。自宅からさほど遠くない距離だった。
田口はボクシング漫画「はじめの一歩」が好きだった。小学生の頃、薬師寺―辰吉戦をテレビで見て、父と一緒に薬師寺を応援した。中学に入ると、元WBA世界ミニマム級王者の新井田豊や元世界二階級制覇王者の畑山隆則の試合を見ては熱くなった。田口少年は友人とともに「スポーツ祭り」に足を運んだ。そこでボクシングを体験すると二週間に一回のボクシング教室に勧誘され、通うことになった。
高校に入ると、俄然興味を持ち、夏休みに憧れの新井田と畑山が所属した横浜光ジムに入門した。だが、誰からも相手にされない。一人で黙々とシャドーボクシングをしてサンドバッグを叩くだけ。しばらくすると、スパーリングの機会に恵まれた。プロ選手がディフェンス練習をする相手役だった。
一ラウンド終えると、トレーナーから聞かれた。
「よし、もう一ラウンドやるか」
「いや、もういいです」
田口はあっさり首を振った。三分間ステップを踏んだら足の裏が痛くなった。スタミナも切れていた。強くなりたい。だが、弱気が顔を覗かせ、遊びが優先されるようになる。自然とジムから足が遠ざかり、ボクシングからフェードアウトしていった。
「この子、僕が強くしますんで」
二〇〇五年五月、十八歳のときだった。電車から見えた東京・五反田のワタナベジムに通い始めた。入門二日目。シャドーボクシングをしていると、韓国人トレーナーの洪東植(ホン・ドン・シク)から声を掛けられた。
「おまえ、何かスポーツやっていたのか? リーチは何センチあるんだ?」
いきなり洪に腕をつかまれ、会長室に連れていかれた。
「会長、この子、僕が強くしますんで」
突然のことに驚いた。以前のジムでは一人でサンドバッグを叩いていただけで、話し掛けられることもなかった。きっとセンスがないんだろう。ずっとそう思っていた。それなのにトレーナーが「強くする」と宣言している。褒められているようで嬉しくなり、一気にのめり込んだ。
その日から週七回ジムに通った。偏頭痛になっても、気分が悪くて吐いたとしても必ずジムに行く。十八歳からのスタートは決して早くない。焦りがあった。週六回は相手と軽く手合わせをするマス・ボクシングをして実戦感覚を養う。練習は一年以上休まなかった。
二〇〇六年七月十九日、プロデビューを果たし、一回KO勝ちでスタートを切った。
デビューから七連勝でライトフライ級の全日本新人王を獲得した。だが、強烈なインパクトは残せていなかった。
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