宗教に共通する教え:幸せの本質とは何か

宗教に共通する教え:幸せの本質とは何か

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  • 更新日:2021/04/08
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十戒はモーセ(写真、ミケランジェロ作)がシナイ山で授かった神と民との契約。その根底にあるものとは

生きることには必ず苦しみが伴う。また苦しみがあるから喜びがある。では、何が人に幸せをもたらすのか。幸せの本質とはいったい何か――。

がむしゃらに働いた日の晩に飲む酒は、何もしないで過ごした時の酒よりも旨いものである。自分が好きなことだけをして、嫌なことはしない人生は幸せな人生ではない。

人は瞬間的快楽を味わえば、もう一度その幸福感に浸りたいという欲求が生じる。ギャンブルや飲酒、性的行為に耽れば一時的ではあるがかなりの幸福感が得られる。

しかし、置かれている環境や状況が悪ければ、その幸福感に永続性はなく、本質的な幸せに直結するものではない。

だが長い時間、夢や目標を実現させるために自己を抑制し続ければ、望みが叶った瞬間、その幸福度は一気に上昇する。

そもそも幸福な人生とはどういう状態を指すのだろうか。仕事、生活、お金、愛情、いろいろな幸せに通じる要素がある。

人には、それぞれに感受性があり、価値観が異なるため幸せな人生は主観的なものだ。

だが、もし愛するわが子にどういう人生を送ってもらいたいか、という観点に立てたとしたならば、幸せな生き方について、もう少し客観的にとらえられるはずだ。

自分の子供たちが歩む人生の方向性としては、悪よりは正義の道に進むのが望ましく、混迷よりも調和のある人生を歩んでほしいと願うのは誰しも一致するところではないか。

人間には108の煩悩があり、欲望は苦しみの原因となる。仏教では人の悩みや苦しみは「無明」や「三毒」から生じるととらえる。

「無明」とは私たちの生存の根本にある無智のことで、人の迷いの発生源。何も見えない暗闇のため周りのことが理解できず、自分自身の心も制御できない状態をいう。

「三毒」は人を毒する心の働きである貪・瞋・痴。「貪(むさぼり)」「瞋(いかり)」「痴(おろかさ)」を指す。

それは自分の欲しいものをむさぼる貪欲。激しい怒りの感情を制御できずにぶちまける瞋恚(しんい)。真理を知らず迷い惑う愚痴。

人間の悩みや苦しみ、怒りの実体は外部にあるのではなく内部にあり、自らの想念の働きにより発生し、自身の心を苦しめる。

だが、煩悩は悪ではなく、また否定されるべきものでもない。

なぜなら欲は人を成長させる原動力であり、もしそれが自他共に良くしようとする欲であれば、それは煩悩ではなく、覚りへの過程ともいえる。

欲求は生きていく上で不可欠だが、度を超えて強くなったり、執着心が芽生えたりすることで視野が狭くなったり、自我を制御することが困難となったりするものである。

人には自我がある。自我の特質は無制約性。それは解放された自由な自己意識でありながら、意識されることのない無意識的なものだ。

この無制約な自我が、やがて欲望を満たしたいという欲求により、自由な行動へとつながっていく。

あらゆる宗教の教えに欲の制約がある。それは、秩序と調和をもたらすものであり、人間としてどうあるべきかを示すものでもある。

仏教の戒律で広く知られるものに十善戒(じゅうぜんかい)がある。

十善戒とは江戸時代後期、真言宗の僧、慈雲(じうん:1718-1805)によって「人間が人間である限り践(ふ)み行うべき道」「人々聞いて利益をうる」ものとして広まり、昨今では宗派を問わず実践されている。

十善戒は身口意(しんくい:身体の行い、言葉の行い。心の行い)で構成される。

身体の行いの戒めとして、

1.むやみに生き物を殺さない不殺生(ふせっしょう)。
2.他人のものを盗まない不偸盗(ふちゅうとう)。
3.道徳に外れた男女関係をもたない不邪婬(ふじゃいん)。

言葉の行いの戒めとして、

4.真実でない言葉、嘘偽りを言わない不妄語(ふもうご)。
5.無意味な話をしない不綺語(ふきご)。
6.悪意をもって他人の不徳を話題にしない不悪口(ふあっく)。
7.悪意にもとづいて噂話を吹聴し、告げ口し関係を仲違いさせる不両舌(ふりょうぜつ)。

心の行いの戒めとして、

8.物惜しみせず度を超した欲深いことをしない不慳貪(ふけんどん)。
9.激しい怒りをいだかない不瞋恚(ふしんに)。
10.因果の道理を無視した見方、考えをしない不邪見(ふじゃけん)。

十善戒の「善」は己の心に平安をもたらすことを指し「戒」は戒めであり主体的に実践することを意味する。

ユダヤ教およびキリスト教の正典旧約聖書にも600の戒めが記されている。中でも有名なのが「モーセの十戒(出エジプト記20章3-17節、申命記5章7-21節)」だ。

十戒とはイスラエルの民がエジプトから脱出した時、モーセがシナイ山にて神から授かったイスラエル人と神との契約。「シナイ契約」とも呼ばれる。

10の戒律のうち最初の4つは人と神とのあり方について、後の6つは人間同士のあり方について記されている。

仏教の十善戒とモーセの十戒の共通点は、「殺すな」「盗むな」「姦淫するな」「嘘をつくな」「むさぼるな」「道理を無視した考えをもつな」だが、その根底にあるのは道徳であり、周囲への配慮。

それは人と人との関係の調和をはかる礎となるものである。

釈尊が覚った後、最初に説いたのが布施、つまり他人への献身が他者だけでなく自身をも幸福にもするというもので、それが、私たち一人ひとりの幸せな人生につながることを示唆している。

現実社会に存在する私たちは、学んだり、仕事をしたり、人とのつながりをもって生きているが、すべての人のその根本的な動機は、突き詰めれば自分の幸せのためであり、より良き人生を送るためである。

だとしたら、より良き人生とはいったい何か。多くの人が目指し、求める富、名誉、権力、子孫繁栄が幸せの最終ゴールなのか。

より多くの富。さらなる輝かしい名声。さらに増長する権力・・・。

人は欲するものを手に入れると、さらなるものを欲する習性があり、それが、それまでなかった心配や悩み、苦しみを生む引き金となる。

大乗仏典『大無量寿経』は人間の本質として「有無同然」を説く。

「田なければ、また憂いて、田あらんことを欲し、宅なければ、また憂いて、宅あらんことを欲す。田あれば田を憂え、宅あれば宅を憂う。牛馬・六畜・奴婢・銭財・衣食・什物、また共にこれを憂う。有無同じく然り」

(田んぼや畑、住む家がなければ、それらを欲して心は苦しむ。もし念願叶いそれらを手に入れたとしても、後々その維持、管理に悩み苦しむ。人は欲するものすべてを手に入れたとしても、何もなかった時と同じように心に苦しみが生じるものである)

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富、名誉、権力を得ることがより良き人生とは限らない

有無同然・・・。

それは財産がなくても憂い、あっても憂うること。

それが人間であり、欲したものが手に入っても入らなくても、人の心が幸福になることはない、と人間の心の微表に触れている。

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池口 恵観

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