箱の中に残った、忘れられない彼のメロンソーダ

箱の中に残った、忘れられない彼のメロンソーダ

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/04/07
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29歳の私は、もうじき3児の母となる。帝王切開も3回目だ。

もうすぐ、あの片手で抱けるほどに小さくて柔らかい新生児を、また家族として迎えられる。私はそれがとても懐かしくて、待ち遠しい。

告白の直後、彼の前で鼻血。「恥ずかしい私を見られた」と、私から「別れてください」と伝えた

彼と過ごした1年半には、私の「一生分の青春」が詰まっている

振り返って10年以上前、私が高校生だった頃。29歳のこんな日常を、私は当時付き合っていた同級生の彼と送ることになるのだと、本気で思い込んでいた。

「いつか結婚して、子どもには兄弟がいたら」。当時からすれば遠すぎる未来に、私は無謀にも純粋に、希望を抱いていた。高校時代、彼と私は1年半付き合った。そして、当たり前に別れた。

彼と過ごした1年半と、その後彼を想って過ごした数年間の中には、文字通り私の「一生分の青春」が詰め込まれている。

彼が選ぶのはいつもメロンソーダだった。喫茶店で出てくるようなお洒落なものではなく、ドリンクバーで出てくる、あるいはペットボトルで売られているような。鮮やかな緑色をした、甘すぎる液体。

彼はRADWIMPSが好きだった。私も彼に影響されて、彼から来る連絡の着うたを『ふたりごと』に設定した。LINEもまだない時代だった。長電話もたくさんした。

彼は前髪を触るのがクセだった。それを男友達にイジられても、彼は目元の毛先をよく触っていた。伸びた前髪の向こう側で、瞳がいつも笑っていた。今思い返せば、彼が怒った表情の記憶が、私には一切ない。

久しぶりに、私の「一生分の青春」を詰め込んだはずの箱を覗き込んでみたけれど、今となっては、メロンソーダと『ふたりごと』と、彼の笑った顔位しか残っていなかった。付き合っていた頃はあんなにも、ギュウギュウに詰まっていたはずなのに。

箱の隅っこに残る他の断片的な記憶は、通学時間がやたらとかかる彼の家で聞いた音楽や、交換して読んだ本と漫画。そして、彼の家族が私に掛けてくれた優しい言葉と、お互いの友人を交えたくだらない会話。

私が彼と最後の喧嘩をした時も、カラオケの一室で彼はメロンソーダを飲んでいた。その直前まで室内にはRADWINPSが流れていたし、きっと彼は前髪も触っていたのだと思う。そして恐らく、彼の瞳は笑っていた。

彼に「別れ」を告げられたが、当時の私には全く分からなかった

私にとって本当に忘れられないのは、別れてから続いた数年間の方だ。高校2年の半ばで別れた私達だったから、高校生活を折り返した後の1年半は、フラれた私にとっては当然の如く地獄だった。それ以上に、彼も嫌な思いをたくさんしたと思う。

彼が別れを告げた真意が、当時の私には全く分からなかった。だから別れた後も私は長い間、彼を好きなままでいた。彼を呪い続けていた。夢の中で向かい合って、何度も何度も話をした。

きっと単純に、重かったのだと思う。私は彼に飽きられたのだ……多分。私は卒業間際になっても、しつこく彼の背中を見つめていた。けれど、2人の視線が重なることは、もうなかった。

お互いが大学に進学してからは、彼がどこで何をしているのか、全くもって分からなくなった。共通の友人に聞く勇気もなかった。

私も新たな出会いの中で、何人かとお付き合いをした。でも、私は彼と付き合い別れたことによって、恋愛における重力の感覚を、完全に失ってしまっていた。私はただ他人の意思に流されてふらふらと漂いながら、軽すぎる「好き」だの「嫌い」だのを繰り返した。

最終的には、そんな私をしっかりと捕まえてくれる相手と結ばれたから、現在の地に足のついた生活がある。子どもにも恵まれて、慌ただしくも温かい日々を送ることになった。いつの間にか、あのメロンソーダの彼は、私の夢の中に現れなくなった。

もう彼と会うことも夢に現れることもないけれど、私の「青春」だった

旦那と結婚して、1年以上経った頃。友人の結婚式の2次会で、私は彼と高校の卒業式ぶりに再会した。帰り際、会場の外でタバコを吸っていた彼と、私は少しだけ会話を交わした。彼と目があったのは、別れて以来、初めてのことだった。

「結婚したんだって?おめでとう」「そうなの。子どもはもう、1歳なの」

その時だって本当はもっと、話がしたかった、のかもしれない。でも。数年間好きなままに呪い続け、夢の中で何度も話してきた彼と。いざ、現実世界で向かい合い、目があった今。……何を話したら良いのかは、全くもって見当が付かなかった。私は彼の、高校生の頃と何一つ変わらない笑顔を前にして、足を止めることができなかった。久々に履いたヒールが、足首に擦れて痛かった。

「じゃあね」と手をふって、早足で駅に向かい、ヒールをスニーカーに履き替えた。高校生の頃彼の家に遊びに行くために、何度も2人で電車を待った、あのホームで。私はとにかく早く帰って、旦那に抱き締めて欲しいと思った。長男の寝顔を撫でたいと思った。

そしてその翌月、私は自分の胎内に次男を授かっているということに気が付いた。

それから、5年経った。29歳の私は、もうじき3児の母になる。「子ども、もう3人目なの」と彼に言える機会は、もう来ない。私の夢に彼が現れることも、もうない。 私と彼の間には、もう何もない。

……それでも。私の一生分の青春は、やっぱり彼と共にあった。メロンソーダと『ふたりごと』と、彼の笑った顔だけが、今では箱の中に残っている。

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