自由ヶ丘さんさく〜小雨と秋の味覚に触れて〜

自由ヶ丘さんさく〜小雨と秋の味覚に触れて〜

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  • 更新日:2023/11/21

先日、初めて自由ヶ丘駅に降りた。小雨が降った後で、秋が冬に変わることを知らせるように空気は澄み切っていた。

街中を一通り見てみようと、当てもなくただ歩いた。冬の匂いがして、ひとりでに興奮した。飲食店の立ち並ぶ路地。店の中を見れば、ジョッキを片手に満面の笑みで、机に肘をかけているサラリーマン。男3人に囲まれながら、虚空を見つめ足を組んでいるやけに髪の綺麗な女性。見ているだけでも温かいことがわかる空間に囲まれた、路地は凍てつくほどに冷たい。明るい路地の中に、ふと目を暗がりがあった。私の足はその暗がりに自然と吸い寄せられていった。先ほどまでとは打って変わった街の顔。暗い路地裏を歩いていると、自分がなんだか悪いことをしている気分になるから面白い。そんな路地裏の入り口で発見した店がMALLORY PORK STEAK(〒152-0035 東京都目黒区自由が丘1丁目25−3)であった。

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マッターホルンセット(300g) 3090円【税込】グラスワイン白 550円【税込】ガーリックライス330円【税込】

店先に張り出されていたボードに目を惹かれ、店の中に入ると、カウンターの席が並んでいる。一番端の席に座り、料理を食べた。
ステーキの大きさが山の名前によって分類分けされており、1番大きなステーキを1人で完食すると賞金までもらえるというユニークなお店だ。ステーキにナイフを入れると、こんなにも大きく分厚い肉なのにすんなりと切ることができる、何種類かのソースの中から自分に合うソースに合わせ、肉を頬張る。口の中で、溢れ出す肉汁とタレが絡み合うのが何とも堪らない逸品である。値段も、シェアサイズであればお財布に優しい。肉を頬張り、ワインを嗜む。久方の休日に、少しだけ大人になれた気がした。

路地裏を抜け、さらに歩いた。
美しい街並みに酔いながら、歩いていると駅横のシャッターの閉まるデパート街まで戻って来てしまった。少し寒かったので、暖を取る意味も込めて、デパート街の中を歩いた。生暖かい空気が私を包んで、何だか優しい気持ちになり、普段なら目もくれないようなところにまで意識が向く。石を売っている美しいおばあさん。団子を売っている中年の女性。駅に向かって歩く人々。2度と出会うことのない人々との刹那的瞬間の数々。その人々、一人一人に人生があって、様々な人間との関わりがあるのだと思うと、自分の生まれた意味に疑問を抱かずにはいられなかった。
シャッター街の向こうに暖かく光る店があり、私はやけにその店が気になった。日は完全に暮れ切っていたため、店内の女性が締め作業をしている最中だった。迷惑かと思い、一瞬躊躇ったがどうしても自分の中に起きた衝動を抑えることができなかった。デパート街の窓を抜け、お茶屋さんの女性に話しかけた。

「まだやっていますか?」
「はい。大丈夫ですよ。お茶飲みますか」

これまでにない暖かさとの接触。人間も捨てたものではないなと感じた。店内に入り、新作のほうじ茶を淹れてもらった。湯呑みの奥から立ち上がる煙を見て、季節の変わり目を再度実感する。店内に立ち込める茶の香りは何とも言い表せない幸福の念を抱かせる。それは一種の快楽と言っても差し支えない。そう思えるほどに、美しい。店内に並ぶ茶葉の一つ一つに目をやって、この容器の中にある全てを味わい尽くすという気概を持って湯呑みを口に運んだ。芳醇な香りが鼻を抜け、自らの選択が間違いではなかったことが直感を通して伝わってくる。越したばかりで、急須を実家に置いて来てしまったのでティーパックを2袋貰った。仕事の終わりの密かな楽しみを得ることが出来たのは、私にとっての大きな収穫だった。こうして人の生活には色が増えていくのだな、等とぼんやり考えていた。

「ありがとうございました」
という店内からの声が、私を現実に引き戻した。
「ご迷惑をおかけしました」
「とんでもないです。またお待ちしております」
(また来ます。必ず)
口にはしなかったが、強い想いを持って店を後にした。

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すすむ屋茶店 東京自由が丘〒152-0035 東京都目黒区自由が丘1丁目25−5

社会人になり、東京に出て来て半年が経った。埼玉に住んでいた頃とは匂いも色も違う場所の数々。それらの出す雰囲気に飲み込まれまいと足掻き、もがき続けて今になった。パチンコ屋のネオンにやけに目が行く。何か懐かしさを感じて不意に店内に足を踏み入れた。

私の鼓膜を劈く効果音たち。一つ一つの前に座っていれば意味を持つ音たちが、距離というただ一つの障壁によって雑音になるという不思議はいまだに私を困惑させる。5000円を入れて2万円勝った。こんな日に限って勝つ。もはや負け?
街の美しさにやけに腹が立って、自分のちっぽけさを痛感した。

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私の日々は憂鬱で、笑ってしまうほどに退屈だ。しかし、その退屈に身を任せ、立ち止まりまた歩き出すことで見える世界もある。そう感じられるくらいの人間味を有するくらいには私は歳を取ったのだろうか。闇に浮かぶ、ぼやけた輪郭の街灯に目をやって、また歩いた。

【後日談】
すすむ茶屋で買ったティーパックとお煎餅を実食。とても美味しかったです。

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海月

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小説を書いています。東京の穴場を小説風に紹介します🗼

海月

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