中国が狙う「日本の遺伝子情報」 解析装置で情報ダダ漏れ?

中国が狙う「日本の遺伝子情報」 解析装置で情報ダダ漏れ?

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  • 更新日:2021/11/25
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ゲノム解析を推進する中国の習近平国家主席

人間の究極的な個人情報である遺伝子。巨大なビジネスに化ける宝の山として注目されているが、今、中国は人々の遺伝情報を収集しているとして、安全保障上の脅威として警戒されている。先端技術の現場で何が起きているのか。

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もし、あなたの遺伝情報が知らない間に解析され、他国のコンピューター上で管理されていたらどう思うだろうか。しかも、その国が中国だったとしたら……。

この数年で、人間やウイルスのゲノム(全遺伝情報)を解析し、新薬や治療法の開発、がんや難病の原因究明などに役立てる「データヘルス」が注目されている。

ところが今、この革新的技術が、激しさを増す米国と中国の対立を背景に、世界で安全保障のリスクとして認識されるようになっている。この問題に詳しい日本政府関係者は言う。

「データヘルスで重要なのは、大量かつ高速にゲノム情報を解析するシーケンサー(遺伝子配列解析装置)と呼ばれる装置です。これまでシーケンサーの市場は米国のイルミナ社の製品が圧倒的な強さを持っていました。それが数年前から中国のBGI社製が急速に普及しています。一方、中国はゲノム解析分野で世界のトップランナーになることを目指し、人間の遺伝情報を収集しています。日本人の遺伝情報も、そこに含まれている可能性があるのです」

ロイター通信の報道によると、BGIと中国政府のつながりは強く、軍と協力してきた実績もあるという。

日本国内でもBGIのシーケンサーは使用されている。ただ、国内でゲノム解析をしている限りは、データが中国政府に管理されることはないように思えるが、そう単純な話ではない。前出の政府関係者が説明する。

「ゲノム解析で発生する情報量は莫大(ばくだい)で、解析の際には処理能力が高く、記憶容量が大きいコンピューターが必要です。そのため、解析結果はインターネットを通じてイルミナやBGIなどの外国にあるサーバーに送られ、そこで処理されることが多い。日本国内で情報保護を徹底しても、外国のサーバーに情報が送られると、その後にどう利用されているのかはわからないのです」

この脅威に、米国はすでに警告を発している。米国家防諜(ぼうちょう)安全保障センターは今年2月、中国の医療データ収集が、米国の経済や国家安全保障のリスクになっていると分析した報告書を発表した。そこには、BGIを念頭にこう書かれている。

<中国企業は、中国の国家安全保障法の下で、収集したデータを中国政府と共有することを余儀なくされている。(中略)中国企業が政府のデータ要求を拒否する仕組みはない>

中国政府がゲノム解析に力を入れているのは、データヘルスが巨大なビジネスを生むという明確な理由がある。東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターの井元清哉教授は言う。

「ゲノム解析は約10年前まで研究段階でしたが、解析能力が向上し、大量にサンプルを集めることが可能になりました。さらに、AI(人工知能)技術を使用してヒトゲノムと病気の関係を調べる技術も進み、がんなどの病気の治療で患者さんごとに効果の期待できる薬がわかるようになってきました。現在は実用化の段階に入っています」

20世紀の米ソ冷戦は、核やミサイル技術など、軍事面での競争と対立が中心だった。それが現代の米中対立では、先端技術をめぐる競争に様変わりしている。

では、なぜ中国製のシーケンサーがここまで急速に影響力を高めたのか。バイオ業界関係者が話す。

「ゲノム解析の最大の問題はコストの高さ。イルミナの約10年前のゲノム解析のコストは1人当たり1万5千ドルでしたが、今では500ドルまで下がりました。ところが、BGIの価格低下のスピードはこれを上回り、現在は100ドル。急速な低価格化の背景には、中国政府からの補助金も影響していると指摘されています。人間の基本情報を解析する最先端科学の分野で、牛丼の値下げ競争のようなことが起きている」

すでにBGIは、スパイ行為疑惑や中国政府とのつながりの深さなどを理由に、米国から制裁の対象にされた中国の通信機器大手のファーウェイになぞらえて、「第二のファーウェイ」とも呼ばれている。

それでも、新型コロナウイルスの感染拡大の中で、BGIの“実力”はいかんなく発揮された。

昨年2月、湖北省武漢市をパニックに陥れた新型コロナウイルスに対処するため、BGIは巨大PCR検査施設「火眼」の運営を開始した。

◆弱体化する日本 科学技術で完敗

広東省広州市で今年5月末に約9カ月ぶりに新型コロナの感染者が確認された際には、わずか10時間で「火眼」を設営。6月8日には同市内の体育館で1日最大150万人分のPCR検査が可能になった。同じ時期にPCR検査の少なさが批判されていた日本では、1日あたりの検査数は多い日でも17万人程度。日本と中国のゲノム解析をめぐる実力差は歴然だった。前出の井元教授は言う。

「2018年にBGIの研究施設に見学に行ったことがありますが、巨大なバイオバンクを併設していて、自社の製品でゲノム解析を実施していました。日本でも国産シーケンサーの開発をしていますが、現状では海外の製品の性能に遠く及びません」

コロナ禍で高い技術力を誇示したBGIは、世界各国にPCR検査キットやシーケンサーの販売を拡大している。さらに、世界の医療研究者に向けて、BGIの製品で解析されたゲノムデータを中国政府が出資する遺伝子バンクを通じて共有するよう呼びかけている。

広がる懸念についてBGIに見解を求めたところ、「すべてのデータは国際基準と現地国の規制に従って保護されています。データを中国当局に提供するように求められたことはなく、提供もしていない」と回答した。

技術で中国に大きな後れを取っている日本は、人間の遺伝子という究極の個人情報をどうやって守っていくのか。科学技術政策に詳しい元内閣府参与の角南篤・笹川平和財団理事長は言う。

「ゲノム解析のほかにも、量子技術や宇宙技術など米中が激しく競争する先端技術はたくさんあります。一方で、日本に限らず米国などでも、中国人を含む留学生の力がなければ、世界レベルでの研究開発競争に生き残れません。また、特定の国籍や人種の研究者を排除することは効果的ではありません。重要なのは、先端技術の情報保護を現場任せにせず、国レベルでの情報漏洩(ろうえい)を防ぐルールづくりです」

日本の科学技術の弱体化は危機的状況にある。岸田文雄政権は、それを挽回(ばんかい)するために「経済安全保障」を掲げて5千億円規模の基金を創設すると発表したが、具体的な方策はまだ見えていない。(本誌・西岡千史)

※週刊朝日  2021年12月3日号

西岡千史

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