保育はなぜ崩壊したか? 質が劣化した安倍政権「保育政策」の罪

保育はなぜ崩壊したか? 質が劣化した安倍政権「保育政策」の罪

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/09/16
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安倍政権下の保育政策とは

「いったい、どこに、ブラックでない保育園があるのか」と、勤めていた保育園を数ヵ月前に辞めた保育士が深いため息をつく。

そして、わが子を保育園に預ける親からも、「子どもが保育園に行きたがらない。先生を見ていても、質が心配。せっかく保育園に入ることができたけれど、転園するか、仕事を辞めるか」という悩みの声が聞こえる――。

安倍晋三首相の辞任表明から約1週間後の9月4日、厚生労働省は安倍政権の目玉政策だった「待機児童ゼロ」の先送りを発表した。7年8ヵ月にわたった安倍政権下の保育政策を振り返る。

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〔PHOTO〕iStock

待機児童解消というかけ声のもと、保育は市場化するために数々の規制緩和が行われてきた。遡ると小泉純一郎元首相が厚生労働大臣だった1997年の児童福祉法が改正され、保育は行政が入る保育園を決める「措置制度」ではなくなり、保護者が選択できるようになった。

98年には調理業務の外部委託が認められ、「官から民へ」と転換していく布石が打たれ2000年、認可保育園の設置に営利企業の参入が認められた。

小泉政権(2001年4月から2006年9月)の下では、2001年に園庭がなくても認可保育園が設置できるようになった。保育士配置の要件が2002年に緩和され、短時間勤務の保育士を配置しやすくなった。パートや派遣でも配置基準がクリアできるため結果、担任の非正規化が促された。

2004年に公立保育所の運営費が一般財源化され、財政が苦しい地方自治体では、保育園の整備が後回しになり、人件費削減をするための非正規雇用化や民間移譲が本格化した。

この小泉政権の規制緩和を引き継ぐような形で第二次安倍政権(2012年12月~2020年9月)でも規制緩和が加速。保育士配置や面積基準の地方条例化、3歳児以上の給食の外部搬入の容認、小規模保育や企業主導型保育で実質的な保育士配置基準の緩和が実施された。

安倍首相を議長とする国家戦略特別区諮問会議では2018年6月、配置基準を保育士で満たすのは6割で良いという緩和策まで打ち出したのだった。

「質」より「量」ばかり追求

待機児童問題が大きくクローズアップされ始めた2013年、株式会社の認可保育園はまだ、全国に488ヵ所程度しかなかった。

この年、東京杉並区で待機児童となった赤ちゃんを抱えた母親たちが杉並区役所を取り囲んで訴えた「杉並保育園一揆」からマスコミ報道が過熱。

安倍政権は2013年4月の成長戦略スピーチで“女性が輝く日本をつくる”と、政府は待機児童の解消について、2017年度末までに40万人分の保育の受け皿を確保すると「待機児童解消加速化プラン」を掲げた(のちに10万人を上乗せ)。待機児童対策を目玉政策にし、「横浜方式」で株式会社の参入による受け皿整備を図るとした。

2013年度から5年間の「待機児童解消加速化プラン」が終わり、2018年度からの「子育て安心プラン」では、2020年度末までに待機児童解消を図り、女性就業率8割に対応できるよう、約32万人分の保育の受け皿を確保する目標が立った。

「待機児童の解消は待ったなしの課題。最優先で取り組む」とした、安倍政権発足後の2013年4月と2020年4月を比べると、確かに保育園は増えている。

保育施設に入ることのできる定員をさす「保育の受け皿」の量は、240万9000人から313万5000人に増えた。女性就業率は同67.7%から77.7%に増加。待機児童は、国の発表の数でみると同2万2741人から1万2439人に減った。

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厚生労働省資料より

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まるで「すべては首相官邸のために」――といわんばかりに「質」より「量」が求められた。急ピッチに進められた受け皿整備は、確かに子どもの預け先を確保しなければ失職しかねない働く親にとって必要なものではあった。

しかし、保育園を必要とする親子のためというよりは、「待機児童ゼロ」ありき。つぎはぎだらけの保育政策は、いびつな構造をもたらした。

「委託費の弾力運用」の大幅規制緩和

そもそも保育業界にとって激震となったのが、先にも触れた2000年の営利企業の参入の解禁とセットで行われた「委託費の弾力運用」の大幅規制緩和だ。これによって、儲け主義のブラック経営を行う事業者の参入が促されてしまった。

本来、国の想定では運営費を指す委託費の「基本分単価」だけでも8割が人件費とされ、国会答弁でも言及されている。都内の社会福祉法人の平均値では国の想定に近い7割の人件費をかけているが、株式会社は5割程度という開きが出ている。

営利企業の保育園が急増し、2013年の488ヵ所から2018年に2059ヵ所に増えた(10月1日時点)。政府が2020年度末に待機児童ゼロを目標とし、自治体の整備が急ピッチで行われているため、今現在、もっと株式会社の保育園は増えていると見られる。株式会社を中心に、若い保育士が多く“余った”人件費が新しい保育園の整備費につぎ込まれていった。

この間、さらに規制緩和が行われ、2015年度には株主への配当にまで流用が可能になった。企業にとって人件費を削減して事業拡大に委託費を使うことができるようになり、大きなメリットとなった。

厚生労働省からは自治体に向けて「遅くとも2021年4月1日までに待機児童をゼロとすること」という通知が出され、プレッシャーがかけられた。なんとしてでも待機児童ゼロにしなければならないと、保育園の”多様化”が進められ、ついには市町村の審査も監査の権限もない「企業主導型保育」が2016年度に登場した。

企業主導型保育制度ができる直前、2016年2月は匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね!!!」が国会でも取り上げられ、大波紋を呼んで待機児童問題がより一層、クローズアップされていった。

企業主導型保育は、税金を財源とせず企業から拠出される「事業主拠出金」で運営費が賄われている。企業が社員への福利厚生の一環として作られ、一般にも保育の定員を設けることができる。

政府肝いりの待機児童対策として始まり、内装工事費が認可保育園と同水準の4分の3相当を保育園設立時に助成されることが大きな呼び水となって急増。2020年4月1日時点で約8万6000人もの受け皿が整備された。

とはいえ、施設整備費ほしさで儲けを期待した素人業者の参入を招き、監査で7割もの保育園に違反が見つかる事態に。なかには、幼児用のトレイが設置されていない、食物アレルギーの対応マニュアルがないなど初歩的なことも分からず保育園を運営する事業者も目立った。さらには、補助金詐欺まで起こり社会的な問題となった。

「株式会社が保育を壊しきった」

このような状況について、ある官僚は「株式会社が保育を壊して、壊して、壊しきった」と、本音を明かした。

この「壊した」には、大きく3段階ある。

その第1弾は、まさに認可保育園の設置について営利企業の参入が認められるとともに委託費の使途制限が大幅規制緩和された2000年のことだ。

次が2004年度の国の通知によって委託費の3ヵ月分も流用していいとさらなる規制緩和が行われたことで、人件費の流出割合が増していった。そして3度目の“大事件”となったのが2016年度、緩い使途制限の縛りすらかかっていない企業主導型保育園が急増したことだ。

保育に経済界の影が忍び寄り、規制緩和が次々と行われていったことで保育の質が担保されない環境が整備された。

2018年6月14日の国家戦略特別区域諮問会議では、新たな保育の規制緩和として、地域を限定した「地方裁量型認可化移行施設」の創設が示され、2019年4月1日からスタートした。

保育士不足を受けて、配置基準の保育士を6割以上とする、実質的な配置基準の規制緩和となった。

安倍政権の終盤には政権の人気取りのため「幼児教育・保育の無償化」が強行され、2019年10月から始まり、本来、向けるべきところに財源が回らなくなってしまった。

幼保無償化が始まると、認可保育園などに通う3~5歳児は全世帯を対象に保育料の全額が無償になる。認可外に通う3~5歳児は月最大3万7000円が補助される。

0~2歳児については認可保育などに通う住民税非課税世帯のみが無償となり、認可外保育園では月最大4万2000円の無償化となる。

基準に満たない認可外保育園でも5年間の猶予を設けて無償化の対象としたことで、劣悪な施設の延命を助長しかねない大問題が残された。

無償化には年間で約8800億円の消費税増税分が充てられる。安倍政権が消費税の増税を正当化するために「幼保無償化」を打ち出したという見方も強かったが、すべての未就学児を対象にするわけではない。ある官僚は「仮に全員を無償化するなら、消費税が30%くらいにならないと無理だろう」とあきれ顔だ。

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一方で、厚生労働省は2014年3月時点で保育士の配置基準の引き上げを計画していた。現行の1歳児の配置基準は子ども6人に対して保育士1人(「6対1」)だが「5対1」へ、4~5歳児の「30対1」を「25対1」とする方針だ。

この実現にかかる額は約1261億円とされていたが、消費税以外の財源確保が前提とされており、いまもなおメドがついていない。

複数の関係者が「8800億円も無償化に使うくらいなら、その分を保育園の増設、配置基準の引き上げに使ったほうが良い」と本音を明かした。

保育で儲けることからの転換を

ある大手株式会社の社長は「自治体から独自に補助がない限りは会社の持ち出しになってしまうため、基準以上に保育士を配置しない」という方針をとっている。

官僚も「株式企業が利益確保を重視する以上、人員体制はギリギリになってしまう。人手がなければ休みも取りにくくなり保育士が疲弊する。幼保無償化によって自治体が計画していた保育士の配置上乗せの予算が奪われたところもある」と懸念している。

実際、事故も増えている。内閣府の「教育・保育施設等における事故報告集計」を2015年と2019年で比べると、負傷等の事故は342件から879件に増加している。さらに内訳を見ると、「骨折」が266件から676件へ、「その他」(指の切断、唇、歯の裂傷を含む)は69件から194件へと増加。両年とも「意識不明」が6件あった。

身体的な事故だけではない。筆者が『ルポ保育崩壊』(2015年、岩波新書)、『ルポ保育格差』(2018年、岩波新書)などでかねてより指摘してきたように、保育士の思う通りに園児が振る舞えないことで暴言を浴びる、別室に閉じ込める、食事を与えない・一緒に遊ばせないという差別的な扱いをする――などの保育士による園児への心理的な虐待行為も目立って増えている。そうした事態を受け、厚生労働省は今年度、「不適切保育に関する対応について」の調査研究を始める予定だ。

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保育の質の劣化は、営利企業の参入だけがもたらしたものではない。公立でも社会福祉法人でも同様のことが起こっている。ただやはり、保育をコストと見ていては質を維持することは困難で、保育士の人件費や園児の玩具代や給食費までコストと見がちな営利企業を野放しにしていては、親子は守れない。

営利企業が保育で儲けることを許す安倍路線を踏襲してはならず、軌道修正を図る時期が迫っている。

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