トンマな夫役に自分の姿が...46歳男性が『82年生まれ、キム・ジヨン』で気づいた“女のしんどさ”

トンマな夫役に自分の姿が...46歳男性が『82年生まれ、キム・ジヨン』で気づいた“女のしんどさ”

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/10/18

3歳の息子のオムツを替える。ご飯もあげる。風呂にも入れる。保育園の送り迎えもする。様子がおかしかったら、すぐさま病院に連れて行く。土日に俺ひとりだけが寝ているなんてことはせず、夫婦で息子とゆっくり過ごす。

毎日、掃除やら洗濯やら家事もしている。料理だけは出来ないが、やろうとしていないだけなのは自分でもわかっているので、「ぎょうざの満洲」の冷凍餃子を焼いたり、「崎陽軒」の真空パックシウマイをレンチンする程度だがボチボチやりだしてはいる。

同じ稼業の妻がやることに、口を出さない。取材に出た彼女の帰りがどんなに遅くなっても文句なんて言わないし、子どもの相手もするし、家のこともやっておく。ここ最近は確実に妻のほうが売れていて稼ぎも多いがまったく気にならないし、そんな彼女を誇りに思うし、忙しそうなときは手伝うこともある。

いまはどこの家の夫もこんなものだろう。しかし、仕事以外は何もしない父への不満を俺に吐いていた専業主婦の母を見て育った73年生まれの男のわりには、「俺って理解のある進歩的な夫では?」みたいな自負もあった。また、夫婦ともにフリーランスなので、忙しくとも協力すれば家を回すことができる環境で良かったとも思っていた。

ゆえに『82年生まれ、キム・ジヨン』は俺にとって対岸の小説になるはずだったが、なぜか気になってしかたなかった。あのマグリットの絵みたいな表紙も頭にこびりつき、どうにもならなくなって電子書籍版を購入したが、子供の面倒と仕事をこなすなかで数日かけて本を読むのはなかなか億劫なのでそのままにしていた。

だからこそ2時間弱で観られる映画の存在は有り難く、シネコンに足を運ぶことにした。

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『82年生まれ、キム・ジヨン』公開中 © 2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved. 配給:クロックワークス

「ぬるい中身になっているのでは」と身構えたが……

原作では主人公のキム・ジヨンが救われないまま終わるのに、映画では救われてしまっているではないか。なんだか、“私の物語”ではなくなっているではないか。

公開から早々に小説読者の一部からは、そんな原作と映画の大きな違いを指摘する声が上がっている。キャッチコピーの「共感と絶望から希望が生まれた」「大丈夫、あなたは一人じゃない。」に対しても、「そういうノリにしちゃダメじゃないの?」と、違和感バリバリの空気が漂ってもいる。

じゃあ、映画はぬるい中身になってしまった改悪版なのかと身構えていたわけだが、73年生まれの男として夫として観るぶんには、キャッチコピーに間違いはないような気がした。むしろ「“気づき”と共感と絶望から希望が生まれた」と良い意味でキャッチコピーを改変したいくらいだった。

1982年、4月1日に生まれたキム・ジヨン(チョン・ユミ)。大学の先輩だったデヒョン(コン・ユ)と結婚、娘の出産を機に仕事を辞めた彼女は、2歳になった子どもの育児と家事に追われてばかりの日々を送っていた。

そんななか、正月にデヒョンの実家に赴いたジヨンは、まるで自身の母ミスク(キム・ミギョン)が憑依したかのような口ぶりで、家政婦のようにこき使おうとする義理の母に「正月くらいジヨンを私の元に帰してくださいよ」と言い放つ。かねてから他人が乗り移ったような言動を取るジヨンの異変を目にしていたデヒョンは、ひとりで精神科医を訪ねるが……。

理解しきれずにいる夫・デヒョンの姿に自分を重ねる

ワンオペで育児と家事をこなすジヨンに降り掛かる“女性の生きづらさ”をめぐる冷たい現実、蘇る苦い過去の数々。これらが矢継ぎ早に繰り出されるショーケース的映画と言い切れるかもしれないが、可視化された男女格差、各種ハラスメント、ミソジニーは当然のごとく文字よりもダイレクトに刺さってくる。

そして、ジヨン=女性たちが強いられてきた苦渋と対峙するも、やはりどこか理解しきれずにいるデヒョン=男性たちの姿に「これは“俺の物語”でもあるんだ」とハッとさせられる。

これまで“女性の生きづらさ”なんてものには無縁な自分だと思っていたが、そんなことはない。そうした場面に出くわしても傍観者のままでいることで彼女たちの前に壁を築き、それでもなにも気づかず、都合よく忘れていただけだ。

ヨレヨレになっているジヨンに「少し休みなよ」とニッコリするデヒョン。

俺も息子が生まれたばかりの頃、似たようなトンマな受け答えをしたおぼえがある。

夜中に仕事をしていると、妻(83年生まれ)がフラフラとやってきて「私だけが損している気がする」と言われ、「休める時に休んでおきなよ」的な返しをしてブチ切れられた。こちらは家のことをきっちりやっているつもりなので「?????」でしかなかったが、産後3ヶ月間毎日、3時間おきに赤子の泣き声で叩き起こされて母乳をあげており、それは休めるはずもないことだった。

しかも当時は、保育園や病院といった“家の外”の用事や手続きは、すべて妻に任せていた。特に理由もなく、はじめから彼女がひとりでサクサクとやっているように見えたので、それでいいと思っていた。

妻が入院して分かった、子育ての真の大変さ

そして9ヶ月後、妻に大腸がんが発覚して入院した。手術を終えて退院するまでの2週間、身をもって彼女が感じていた辛さを知った。洗濯、掃除はもちろん、息子の食事、着替え、排泄、保育園の送迎、そこへ母不在のストレスで全身に発疹が出た息子を連れて小児科と救急医療センターをはしごすることになった。

土足禁止の小児科で、抱っこひもをしたままスリッパに履き替える難しさ。子連れでもいけるトイレの場所は限られていて、外出中は水分を取ることも躊躇してしまうリアル。子どもを抱えたままスーパーで買い物なんぞしたら、重いものなんて買えやしない。

こういうことだったのかと9ヶ月前の妻の状況を追体験し、加えて授乳による疲労とがんによる不調もあったんだよなと気づいて泣いた。

こんな調子で、劇中の各シーンがことごとく都合よく忘れていたアレコレとリンクする。

※次のページでは、現在公開中の映画『82年生まれ、キム・ジヨン』の内容と結末が述べられていますのでご注意ください。

妹の勤め先にのぞき魔が出没したとき、俺は……

妹(76年生まれ)の勤め先にのぞき魔が出没して大騒ぎになったと聞き、「そんなのが出てくるところで働くからだろ」と言い放った俺。

交際していたシングルマザーが、朝食として幼い子どもにコンビニのサンドイッチを与えるのを見て呆れ果てたと語った知人(72年生まれ)。

高校生の頃、母(44年生まれ)が「パートでもやろうかな」と言い出したのを聞いて「別にお金に困ってないでしょ。そんなのやめなよ」と猛反対した俺。

10年前、妻が妊娠した喜びを「子どもは男がいいね。女だと生きていくのが大変だもん」と破顔しながら語った知人(72年生まれ)。

あの時の俺はハラスメントをしていたのかもしれない。あの時の彼は無自覚のミソジニーを振りまいていたのかもしれないと、鑑賞後もしばらくフラッシュバックと“気づき”は続いた。

やがて、いまも意識せずに浮かべた表情や送った視線など自分ではわからない“なにか”で女性に圧を与えるのかもしれないとも考え出した。

これは男性の萎縮だろうか、いや男性の“気づき”というアップデートと捉えるべきだ。

「甘い映画」の烙印を押す観客もいるかもしれないが

正直なところ、映画版はどこか楽観的な仕上がりであることは否めない。ラスト、小説家を夢見ていたキム・ジヨンは自身のことを綴った文章を世に放つ。諦念せず、躊躇せず、声を上げろという女性へのメッセージが込められているのだと理解できるが、「そんな才能があるのなら、まだ彼女はいいほうじゃないか」と甘い映画の烙印を押す観客もいるかもしれない。

また、主人公夫婦を演じるのがチョン・ユミとコン・ユという美男美女であることも、甘さに拍車を掛けているのかもしれない。でも、苦味だけの映画では観る人が限られてしまう。

それに、こうした作品は人種差別を訴えた作品と同様に必要なはず。

2018年度アカデミー作品賞に輝いた『グリーンブック』も白人の監督が上から目線で説教を垂れているだけ、ウェルメイドすぎると厳しい声が上がったが、アカデミー賞を獲り多くの人が観ることで差別や偏見は良くないという啓蒙に繋がっていくのだ。

劇場には妻にくっついてきただけのような男性客もいたが、観た後はなにかしら気がつくかもしれない。

それでも“女性の生きづらさ”を完全には理解できず、とりあえず「彼女や嫁がうるせーから」と理解したふりをするだけの男性もいるかもしれない。

でも、そんな偽装が生み出す空気がいつしか規範へと形を変えるかもしれない。

それはたいへん小さなことかもしれないが、女性の生きづらさがなくなる希望になるかもしれない。

INFORMATION

『82年生まれ、キム・ジヨン』公開中
© 2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

監督:キム・ドヨン/出演:チョン・ユミ、コン・ユ、キム・ミギョン
原作:「82年生まれ、キム・ジヨン」チョ・ナムジュ著/斎藤真理子訳(筑摩書房刊)
2019年/韓国/アメリカンビスタ/DCP/5.1ch/118分
配給:クロックワークス

オフィシャルサイト:http://klockworx-asia.com/kimjiyoung1982/
オフィシャルTwitter:https://twitter.com/KimJiyoungJP

(平田 裕介)

平田 裕介

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