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マックに「味は負けない」 日本で現存する「最古のハンバーガー店」

マックに「味は負けない」 日本で現存する「最古のハンバーガー店」

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  • 更新日:2021/07/22
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仙台市にある「ほそやのサンド」

マクドナルドが日本に上陸したのは、1971年7月20日。しかしそれ以前にも国内にハンバーガー店はあったのだ。仙台には米軍仕込みの牛肉100%にこだわる日本で現存する最も古い店がある。

【写真】知る人ぞ知る!日本で現存する「最古のハンバーガー」はこちら

*  *  *

<“本場の味をどうぞ” ハンバーガー銀座に進出>

朝日新聞経済面にこの見出しが躍ったのは、1971年7月21日付。

<「米国で一番売れているハンバーガーを食べて下さい」(中略)日本マクドナルド(藤田田社長)は二十日、東京・銀座の三越銀座店の一階に最初の店を開いた。マクドナルドのハンバーガーの技術をそっくり輸入してつくっているので「本場の味です」と青い目のホステスを使って、一個八十円のハンバーガーを宣伝中(後略)>

記事からは“黒船来襲”の雰囲気がよく伝わる。日本マクドナルドは半世紀にわたり、国内のファストフード文化に大きな影響を与えてきた。

ところがこの1号店よりも20年以上前に、知る人ぞ知る、国産ハンバーガーの草分け的な店が生まれていた。

東北地方きっての歓楽街・仙台市国分町。コック姿のレトロな人形と「Est・1950」と書かれた看板が目を引く「ほそやのサンド」はある。これこそ、日本で現存する最も古いハンバーガー店なのだ。

2代目店主の細谷正弘さんが説明する。

「初代の細谷正志は戦後、山形県東根町(現東根市)の神町にあった米軍基地(神町キャンプ)の下士官クラブで働いていました。そこでハンバーガーに出合ったんです。戦中、海軍の予科練にいた親父は、米兵が栄養たっぷりのハンバーガーを2個も3個も食べるのを見て、『戦争で負けるのは当然だ』と感じたそうですね。基地内で4~5年働いた後、独立して基地のすぐそばに店を出したんです」

1950年のことだ。正志さんはその1~2年後、仙台市にあった進駐軍ヘッドクオーター(司令部)近くに国分町店をオープン。さらに市内苦竹を拠点とする米軍苦竹キャンプの前にも出店し、計3店舗を構えた。

やがて朝鮮戦争が53年に休戦すると、神町キャンプが縮小され、正志さんは神町店を売却。不幸なことに、苦竹店は隣接する焼き肉店が起こした火事で焼失。国分町店のみの経営となった。

「米軍仕込みのハンバーガーですからね。親父はいつも『牛肉100%は譲れない』と言っていました。パティのほかにはタマネギがちょっと入っているだけ。お客さんは、最初のころは米兵。その後、大学で教えていたアメリカ人の先生方も来るようになりました。日本人の客足はさっぱりで、たまに入ってきたかと思えば『ハンドバッグください』と注文……(笑)。それくらい、ハンバーガーは浸透していなかったんです。商店街の人から『おにぎりも出したら』とアドバイスされたほどでした」

60年代になって転機が訪れた。近くに「東北劇場」という洋画専門の映画館が開業したのだ。そこで映画を見て、ほそやのサンドでハンバーガーと瓶詰めのコーラを味わう。米国文化が仙台に根付き始めた。

「マクドナルドが開業したときは、親父とお袋は銀座まで食べに行きました。それまで日本ではあまり見かけなかった食べ歩きをする若い人たちがたくさんいたので、これからハンバーガーは良くなるに違いないと確信したそうです。『味では負けない。値段では負けるけど』とも言ってましたね(笑)」

(本誌・菊地武顕)

※週刊朝日  2021年7月30日号より抜粋

菊地武顕

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