伝説のテレビマン・星野淳一郎とは何者だったのか - 盟友・吉田正樹の証言(後編)

伝説のテレビマン・星野淳一郎とは何者だったのか - 盟友・吉田正樹の証言(後編)

  • マイナビニュース
  • 更新日:2018/01/14
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●『夢で逢えたら』であった駆け引き

2017年12月1日、57歳という若さで亡くなったテレビディレクター・星野淳一郎氏。盟友・吉田正樹氏にその伝説を聞くインタビューの前編に続いて、後編ではウッチャンナンチャン、ダウンタウン、野沢直子、清水ミチコによるバラエティ番組『夢で逢えたら』や『ダウンタウンのごっつええ感じ』(いずれもフジテレビ)でのエピソードを中心に紹介。さらに、吉田氏が会長を務める「ワタナベエンターテインメント」の快進撃の秘密にも迫った――。

○コント台本はほとんど書いていた

――星野さんと吉田さんは一緒に『夢で逢えたら』をつくりますね。

『夢で逢えたら』のとき、プロデューサーの佐藤(義和)さんから、パートナーは誰が良いかって聞かれるんだけど、僕は『笑っていいとも!』で彼に先を越されてディレクターになられて不機嫌だから、星野って言いたくないんですよ。だけど、"理"を取った(笑)。不愉快だけど能力が高いことは知っていたから、成功をするために星野を呼んだ(笑)。だから第1回の台本は「吉田正樹」の下に「星野淳一郎」って書いてありますよ。でも、ウッチャンナンチャンやダウンタウンたち6人がそろった時に、どっちが先に口を開くか勝負だった。最初、ちょっと探り合ってたら「じゃあ、僕が説明するよ」って星野が口を開いたんです。だから、星野に主導権を譲って、本編編集も星野がやるようになった。

――そんな駆け引きがあったんですね。

コントとかも台本はほとんど自分で書いてましたよ。『夢逢え』のショートコントって、ほとんど作家の書いたままというのはなくて、彼が全部リライトしたもの。「オレは笑いでは負けない」って星野は自信を持っていました。なぜなら、作家は会議に来たときにしか番組のことを考えないけど、自分は風呂に入っているときもメシを食っているときも、寝てるときでさえもずっと考えてる。だから作家たちよりも面白いことを考えられるのは当たり前だ、と。

――星野さんの演出の特徴は、なんでしょうか?

僕と星野と片岡飛鳥(※)のやり方の違いで小咄みたいなのがあるんですけど、僕はタレントに「見えた?」って聞かないの。「見える」って言う前に本番を始めちゃう。それが自分なりの追い込みなんです。星野はずっと寄り添って、待って、待って、タレントが「見えました」っていうと「良し、本番行こうか」って言う。そのときには演者が何を言うか、言われなくてももう分かってる。飛鳥は、タレントが「見えた」って言うと「何て言うか教えて」って言うの(爆笑)。全部知りたい(笑)。欲ばりな飛鳥ちゃんでしょう。そして、直すから、その後に起こることが全部分かってる星野くんの能力はすごいと思う。

(※)…『夢で逢えたら』でAD。現『めちゃ×2イケてるッ!』総監督。

――なるほど(笑)

笑いのスタイルが明らかにひょうきんディレクターズの時代とは違っていると思います。星野は、構造として捉えるのが得意。番組って現象の積み重ねだけじゃなくて、大きな意味でのストーリー、起承転結がある。それはコントの中に起承転結があるということだけじゃなくて、ショートコントを並べる時に起のコント、承のコント、転のコント、結のコントがある。それぞれの役割があるんですよ。ショートコントのコーナーがあって、長尺コントのコーナーがあるとすれば、どこが起になるのか、転になるのか、そういう構造をつくっていくんです。それも僕と2人で仲良しだったから、番組全体が統一感をもって成立したんだと思います。

○『ごっつええ感じ』を途中で去る

――インターネット上などで、星野さんは「フジテレビの元社員」と書かれていますが…

吉田正樹1959年生まれ、兵庫県出身。東京大学法学部卒業後、83年にフジテレビジョン入社。『笑っていいとも!』『夢で逢えたら』『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』『笑う犬の生活』『ネプリーグ』『トリビアの泉』などの制作に携わり、編成制作局バラエティ制作センター部長、デジタルコンテンツ局デジタル企画室部長も兼務。09年にフジテレビを退職。吉田正樹事務所を設立し、ワタナベエンターテインメント会長に就任(現職)。

いや、ずっとフリーです。社員になったことはありません。彼は自分が非社員の先駆者だと思ってたんです。自分がフリーの人たちの道筋をつけなければいけないから、いろいろ誤解もされましたが、ギャラを上げてほしいと言って戦ってました。自分たちはリスクを負ってやっているのに、社員たちよりも全然もらえない。たとえば番組を当て切ったら、社員がもらえるお金が欲しい、と。『ごっつええ感じ』の時代にそれで揉めたんです。実は「金銭」そのものでなく、評価やプライドが重かったのですが…。

――そうだったんですね。

僕が彼を説得して『ごっつ』を始めたわけですが、星野は途中で番組を去った。真相は藪の中ですが、おそらく意地の張り合いだった。金が欲しいわけじゃなくて、どう自分が評価されるか。それがフリーの者にとってはギャランティ。いつも"便利な人"として世話になったんだからやってくれっていうことは許せない。それが組織に属さない人のプライドですよね。それともう1つ理由があったんじゃないかと思うんです。

――もう1つですか?

『夢で逢えたら』の頃っていうのは、絶対的に僕たちディレクター主導だった。演出家対タレントという関係性において、演出家がやりたいことを実現させるのがタレントという位置づけ。ダウンタウンも上京したばかりで、東京というものに緊張していたし、ウッチャンナンチャンたちにも気をつかったり、いろんなバランスの上に成り立っていた。ところが『ごっつ』になると、共演者も今田耕司や東野幸治といった自分たちの後輩で気心が知れた仲。そんな中で、松本人志のつくり手としての才能が開花していくわけです。そうすると笑いに関しては松本が中心になっていかざるを得ないわけで、これ以上、自分がいたら邪魔になるという判断もあったんじゃないかと思うんです。

――自ら身を引いたわけですね。

『ごっつ』以降、演出家がダウンタウンで何をやりたいか?ではなく、ダウンタウンが何をやりたいのか、お伺いを立てるというような構図になった。そうやって、タレントに何やりたいですか?って聞くのが当たり前になった。だけど、そのやり方はうまくいってないんです。タレントだって、そんな都合のいいこと言われても、なんでおまえに全部教えなきゃいけないんだってなるでしょ。

今、うち(ワタナベエンターテインメント)のブルゾンちえみが少し出ていますが、テレビのつくり手やCMのクリエイターの方々が、この子でこれやったらおもしろいなと思って使ってくれる。本人の力だけじゃなくて掛け算なんです。そういう題材になれる人がスターになる。それは、かつてのSMAPだってそうだと思いますよ。SMAPで『忍者ハットリくん』(香取慎吾)をやってみたいとか、『日本沈没』(草なぎ剛)をやってみたいとか、コンテンツとしてSMAPと掛け算すると、オモシロいものができるんだってことでしょ。

●ナベプロ快進撃の理由は…

――ブルゾンさんの名前が出てきたので、ワタナベエンターテインメント会長としてのお話も伺っていきたいのですが、2017年は"ナベプロの年"と言えるくらい、ブルゾンさんを筆頭に平野ノラさんやサンシャイン池崎さん、にゃんこスターさんなど大活躍でしたね。

ブルゾンちえみ

うちの力は大したことはないですよ(笑)。大勢の方の力のおかげで、少しはお笑い芸人も出てこられてます。

――『女芸人No.1決定戦 THE W』決勝戦(日本テレビ)の副音声で、松本人志さんが「ミキさん(渡辺ミキ社長、吉田氏の妻)がすごいらしい」と言っていましたが。

そうなの? 活躍と言っても『M-1グランプリ』の決勝にうちからは誰も残ってないからね。でも『M-1』っていうのは日本一の漫才師を決める番組であって、お笑いスターを作る番組じゃない。日本テレビは『THE W』では、テレビの中のスターを発見しようとしています。「なんで女性だけ?」とか、いろんなことを言われるけど、テレビで面白い人を探してるだけなんですよ。別にうまい女芸人を求めているわけじゃない。オーラを持っていてテレビで面白い女芸人を求めている。そこが日本テレビが力のあるところで、素材があれば自分たちが結果を出せると思っていらっしゃると思いますよ。

うちは、なんばグランド花月のような劇場もないし、今いくよ・くるよ師匠もいないし、笑福亭仁鶴師匠も桂文枝師匠もいない。そういう会社の中で、芸人濃度が高くて漫才が上手い人ができるわけがないから、それを目指したら苦労します(笑)。渡辺プロダクションはテレビとともにミュージシャンの気持ちで発展していった会社。ザ・ドリフターズもクレイジーキャッツも、元々は音楽をベースにしてる。"芸人100%"を目指してないというのが、他の事務所と価値観の違いとして出てきているんじゃないかと思います。違うジャンルを探している。イモトアヤコは「芸人」ですかね? 笑いを取りに行ってるんですか? 彼女の生き方自身が作品になっているんです。人間性自体が魅力で、だから女優をやってもオンリーワンができるのだと思っています。

――もともと「ザ・芸人」を目指していないんですね。

芸人濃度100%でなくていい。むしろ本来のエンターテイナーになるんだってことです。芸人っていうのはエンターテイナーのごく一部のジャンルです。歌手や俳優であっても、全員がそうでその中のどの部分をやるか。ブルゾンはブルゾンそのままでいいと思うんです。これは僕の見方であってワタナベエンターテインメントの公式見解じゃないですけど(笑)

○芸人育成で大切なのは"補助線"

――いま、事務所の中で注目している若手は誰ですか?

Aマッソですね。(放送作家の)倉本美津留さんから「Aマッソ来ますよ」って言われて久しいんですけど(笑)。『M-1』の敗者復活はブービー賞だったでしょ。Aマッソなんかは上手い下手が「分からない」って言う方向で貫き通したほうがいい。彼女らは、笑いの価値の革命家なんですよ。今までのお笑いのセンスを変える人たちっているじゃないですか。そういう種族なんです。もう1組、『M-1』準決勝に出た笑撃戦隊っていうのも、価値とか仕組みを変えようとしてるんだけど、当たり前なんだけど、完成された漫才の形にはひとたまりもなく跳ね返されてる。素人から見ても、和牛やとろサーモンのほうがうまい。同じ土俵でやったら負けるに決まってるのよ。

だから戦い方を考えなければならない。戦い方さえ変えれば、オンリーワンになれますよ。まだ伝わらないかなー(笑)。若手の四千頭身も違う意味でオーラがありますね。彼らも漫才・コントの上手い下手とは関係なく、着想の新しさや時代の変化として伸びてゆくと思います。『THE W』の中村涼子はすぐさま、『イッテQ』などに出れば、ちゃんと仕事できると思います。やっぱり良いスタッフやクリエイターとの掛け算。言うよりは、なかなか難しいけれど(笑)、それが大事だと思います。

――ワタナベのスクールではどのような育成をされているんですか?

「つぶさない」ってことでしょうね。ダメ出しはその人を否定しない。スクールで一番いけないのは、先輩芸人が講師をやること。自分の笑いの思想や考え方があるから「おまえのお笑いは間違ってる!」って言っちゃう。それは「それぞれ」でいいんですよ。こちらが教えてあげるべきなのは、そこの先に道が続いているのか、いや、これは行き止まりだよっていうヒントなんですよ。

だから、そういうプロデューサー的視点は、ワタナベのスクールにはあると思いますね。大切なのは"補助線"なんです。もし、花月で先輩芸人を舞台袖で見て学べというのがよしもとのやり方であるならば、自分の中にあるエネルギーを補助するっていうのが、ワタナベ的なやりかた。型にはめない。うちの社長が「100人いれば100通りのプロデュース」っていうのはそういうことで、"芸人道"に陥らないところが、弊社の「もう1つの明るさ」なんじゃないでしょうか(笑)

著者プロフィール

戸部田誠(てれびのスキマ)

1978年生まれ。テレビっ子。ライター。著書に『タモリ学』(イースト・プレス)、『コントに捧げた内村光良の怒り』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮新書)などがある。

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