日本中のディープな「奇祭」を巡り、私はこの国の深淵をのぞいた

日本中のディープな「奇祭」を巡り、私はこの国の深淵をのぞいた

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/09/17
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神々の夜這い、耳の欠けた鹿

私は長野県の諏訪盆地に生まれ育った。盆地の真ん中に諏訪湖があり、湖をはさんだ両側に諏訪大社がある。日本三大奇祭の一つである御柱祭が行われる地でもある。

諏訪大社に関係することが多いのだが、盆地には不思議な現象や古代からの言い伝えがいくつもある。諏訪七不思議もそのひとつで、その中に厳冬期に諏訪湖が全面結氷すると現れる「御神渡り」が含まれている。

氷の亀裂が湖上にできるのだが、上社の男の神様が下社の女の神様に夜這いに行った痕跡だと、子供の頃から聞かされてきた。あるいは御頭祭という祭祀では、かつて七五頭の鹿やイノシシの頭が生贄として神前に供えられた。その際、必ず片耳が欠けた鹿が一頭だけ混じっていたという。

そういうことが本当にあっても、不思議ではないという感覚が私にはある。そんなことってあるだろうかと思いつつ、きっと本当に違いないと思える。おそらく真実がどこにあるかを探したり、確かめようとすることには意味がない。どれだけ心から信じることができるか。私のそれは揺るぎない。

諏訪盆地で最も存在感があり、強烈なものはやはり御柱祭だ。それを抜きに諏訪は語れない。かつて祖父と父は御柱に乗っていた。女性は柱には乗れないが、祖母は当時珍しかった女性の木遣り衆だった。幼い頃からその姿に触れてきたので、私自身も大きく影響を受けている。

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御柱祭(Photo by gettyimages)

御柱祭は私が生まれた年の春、小学校に入学する春、中学校に入学する春、高校を卒業して上京する春にそれぞれあった。人生の節目に重なっていることもあり、過去の記憶をたどる時、自然と御柱祭を軸に考える。私だけではなく諏訪の多くの人に共通していることだ。

私は18歳で上京したが、それまでこんな祭りなどたいして珍しくもないし、似たようなことは全国どこでも行われているだろうと軽く考えていた。何より祭りに関して、たいして興味もなかった。

それが上京してから急に新鮮に映り出し、強烈に御柱祭を撮影したくなった。特別なものに思えてきたからだ。何度か実際に撮影する中で、ふと「遠い過去」を写真に撮っている気持ちになることがあった。

写り込んだ「過去の日本人」

祭りは1000年以上の歴史を持つといわれているが、1000年前はともかく、50年前、100年前、200年前の人の姿を確実に眼前にしているという実感があった。祭りの中に過去の人の表情、声、所作といったものを垣間見たのだ。

私は長いあいだ写真に過去は写せないと思い込んでいた。目の前のものを、今しか撮れないのが写真の大前提に変わりないが、それでも祭りを撮ることで、「遠い過去」も写せることを知った。

このとき、祭りを通して、「古層」を撮るという背骨みたいなものが見えた。すると、より深く「古層」を撮りたくなり、自然と諏訪以外の日本全国の祭りへ目を向けるようになった。これが本書『ニッポンの奇祭』(講談社現代新書)につながっていった。

実際に撮り始めてみると、奇祭と呼ばれる祭りを中心に巡っていることに気がついた。場所は半島の先、離島、豪雪地帯、深い山の奥、限界集落……。稲作が難しい、あるいは遅くまで行われなかった地が多いことも不思議と共通していた。ヤマトの影響をあまり受けなかった地と言い換えることもできるだろう。

ただ、当初はそれらのことを特別意識していた訳ではない。写真として、どれだけ強いビジュアルを撮影できるか、そのことを常に考えていた。写真的な発想が出発点だ。

日本には興味深い祭りが本当にたくさんある。それらを、もっと撮ってみたい。だから、私の『ニッポンの奇祭』の旅はこれからも、まだまだ続く。

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読書人の雑誌「本」2017年9月号より

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