岡野玲子『両国花錦闘士』はなぜ舞台化されたのか。相撲と演劇に共通する祝祭性

岡野玲子『両国花錦闘士』はなぜ舞台化されたのか。相撲と演劇に共通する祝祭性

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  • 更新日:2021/01/14
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岡野玲子の相撲漫画『両国花錦闘士(りょうごくおしゃれりきし)』が原嘉孝(ジャニーズJr.)主演で舞台化され、2020年12月に東京・明治座で公演がスタートし、この1月には大阪・新歌舞伎座(1月5日〜13日)と福岡・博多座(1月17日〜28日)で上演される。

なぜ今、『両国花錦闘士』は舞台化されたのか。演劇に造詣の深いライター・木俣冬が、“祝祭”をキーワードにして本公演の魅力に迫る。

なぜ土俵が神聖なのか、そこで行われる相撲の目的とは?

岡野玲子のマンガの舞台化『両国花錦闘士』は2020年の暮れに東京・明治座で上演され、2021年、明けて早々、大阪、福岡を回る。

筆者は明治座で観た。劇場に入る前は、この作品に振りかかったさまざまなアクシデントが頭をよぎった。まず、コロナ禍によって通常の稽古や公演がしづらい状況にあること。それから、主演俳優・伊藤健太郎の降板で、急遽、原嘉孝(ジャニーズJr.)が代役に大抜擢されたこと……。

だが制作者たちはショウ・マスト・ゴー・オンの精神で上演を決断した。

力強く明るく幕が開いた途端、前述したややマイナスなバイアスは、一気に吹っ飛んだ。デーモン閣下が作詞したラテン系のテーマ曲を歌い踊る祭りのように賑やかなオープニングからそのままずっと3時間(休憩時間込み)、『両国花錦闘士』は観る者の頭や心に凝り固まってはがれないあらゆる先入観を、相撲のワザで言えば、うっちゃった(外に投げ飛ばす)。

「両国花錦闘士」スポットCM

主人公は痩身筋肉質のソップ型の人気力士・昇龍(原)。見た目も育ちもスマート。そのライバルは、苦労人でぽっちゃりした、あんこ型力士・雪乃童(大鶴佐助)。ふたりはビジュアルや生い立ちがまるで違っていた。あるとき昇龍は、彼の魅力に目をつけた芸能プロの社長・渡部桜子(りょう)の寵愛を受け、ぐんぐん能力が伸び、試合に勝っていく。

女性は土俵に上がってはいけないという歴然としたジェンダー差別がある相撲の世界を舞台にして、女性が男性を選んで育てる話を描くという冴えた趣向は、最近、生まれたものではない。原作漫画は1989年、バブルまっさかりのころに誕生した。復刻版の単行本のインタビューを読むと、岡野玲子は、エッチなマンガ最盛期の青年誌で連載するにあたり、「『新しいエッチ漫画がはじまった!』と思ってよく見たら、『おすもうさんだった』という、お茶目なリベンジをしてみたかったんです」と語っている。

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『両国花錦闘士 1巻 〈東の横綱編〉』岡野玲子/小学館

とはいえ『両国花錦闘士』は単にジェンダーレスの時代にぴったりの、男女の視点を逆にしてみたという物語ではない。昇龍、雪乃童、タイプの違う力士のライバル関係。相撲に興味がなく野球が好きだった編集者・橋谷淳子(大原櫻子)。相撲部屋の娘に生まれながら、太った人が大嫌いな紗耶香(加藤梨里香)、昇龍のコンプレックスを刺激するインテリの兄・清史(木村了)たちをはじめ、女将さん(紺野美沙子)や相撲部屋の人たち、相撲雑誌『ズンズンお相撲さん』編集部の人たちなどが入り混じった群像劇を、相撲ファンの心もくすぐるものとして描いている。

岡野は相撲を曲解したともインタビューで答えている。確かに、“お茶目なリベンジ”というだけあって、登場人物の描き方はユーモアに満ちている。そうは言ってももちろん徹底的に取材をしているであろう、その知見とあふれる想像力で徐々に紐解かれていく相撲の歴史は、相撲と女性の思いがけない関係性に辿り着く。なぜ土俵が神聖であるのか、そこで行われる相撲の目的とは何か。それがわかると『両国花錦闘士』を演劇にした必然性も見えてくる。

相撲と演劇はとても似ている

相撲に限らず、競技を演劇で見せることはなかなか難しい。これまで演劇界ではテニスや自転車競技を想像力を存分に駆使した画期的な見せ方で上演してきたといっても、相撲はハードルが高い気がする。何しろ裸である。その肉体をどう再現するのか。

ソップ型は鍛えればなんとかなるのかもしれないが、あんこ型はリスクが高い。体型が合ってかつ役にも合ってかつ演技のできる俳優は存在するのか。長いことほぼ全裸で舞台上に存在することを了承する俳優はどれだけいるだろうか。何より肉体と肉体のぶつかり合いという競技自体をどう見せるのか。生の舞台は映像のように送り手が見せたいものだけ選択して提供できない。観たいところを観放題の舞台での相撲はリスキーではないか。

あんこ型力士・雪乃童に扮する大鶴佐助のコメント動画

でもその、技術のみならず、筋肉質でも太っていても、その極められた肉体を観客に晒すという行為において、相撲と演劇はとても似ている。

問題点はあらゆるアイデアを駆使して巧いことクリアされていた。『両国花錦闘士』に限らず、舞台では、男性の肉体と一挙手一投足を、女性が穴が開くほど見つめているのである。もちろん、合わせて演技力という才能も見るのだが、たくましい上腕二頭筋とか割れた腹筋とかそういうものにときめく感情は、芸術的なだけでなくエッチな感情もあるはず。『anan』で定期的に特集されている、男性を色っぽく撮った企画が人気なのも同じことと思う。

芸能プロ社長・桜子の視線は多くの女性客の本能の象徴である。もちろん社会はまだまだ男性主体で物事が進み、女性が悔し涙に暮れるケースは多いのだが、舞台に限らずメディアで男性が女性に愛でるという名で消費されているように見える場合、男性俳優やタレントはどういう気持ちなのだろう、と筆者は思うことがある。男性は平気なのだろうか。傷ついたりしないものなのだろうか。それこそが男女の違いなのであろうか。

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芸能プロ社長・桜子を演じたりょう 舞台写真撮影:田中亜紀

女性だろうと男性だろうと異性の目に晒される職業がある。俳優もそのひとつである。

『両国花錦闘士』 の舞台化が発表され、主演が伊藤健太郎であることがわかったとき、彼はまさに若手俳優として大きな波に乗り、大衆の視線を浴びている最中だった。再放送も盛り上がった『アシガール』、映画もヒットした『今日から俺は!!』、朝ドラ『スカーレット』と知名度が上がって、年々入れ替わっていくイケメン新世代の先頭グループにいた伊藤が、女性に愛され、そのエネルギーを土俵で闘うエネルギーに変換して勝ち抜いていく昇龍を演じたら、虚実皮膜のおもしろさは格別であったことだろう。だがそれは、アクシデントによって実現されることはなかった。

代役を引き受けた原は舞台で活躍する力のある俳優ではあるが、ジャニーズという女性客に夢を与える“アイドル”を職業にする最たる組織の一員である。ジャニーズは無数にいる男子たちの中で、よりキラキラと輝きを放つことができた者が生き残っていく。そのキラキラは、ビジュアルの美しさやパフォーマンスのうまさなどさまざまだが、それは根本的には男としての魅力である。一時はトップランナーになっても、新世代は刻々入れ替わる。才能は数値化されないということはない、ステージに立てば人気は目に見えるし、何かと数字で可視化されるという厳しい世界で、振り落とされず、輝きつづけるために切磋琢磨する。そんなジャニーズと相撲の世界の物語も重ねて見るとおもしろい。

また、原はかつて、新感線☆RS『メタルマクベス』disc2(2018年)で演じたレスポールJr.という役で、「Jr.」とつくだけに次世代を担う王子役を演じたことがある。父王殺害の汚名を着せられ逃亡の果て、民衆を味方につけて復讐に立ち上がるという、まさに正義のキラキラで闇を切り開く存在だった。物語のように血に塗れたドロドロではないとはいえ、芸能の世界は常に下剋上。そんな世界に生きる原は、急遽、代役になったにもかかわらず、昇龍の野心をギラギラとのぼり詰めていくところを堂々と演じていた。

主演を務めた原嘉孝のコメント動画

むしろ、本来、別の役(兄の役だった)を演じる予定だった原が、巡り合わせで今回、舞台の中心に立つことになり、主として自分を観る観客の目を一身に受け、己を奮い立たせていくことには、得も言われぬセクシャリティとリアリティが滲み出たともいえる。リアルといえば、圧倒的に輝くスターがなんらかのきっかけで舞台に立てなくなったとき、代わりが現れるという厳しい世界であるということもまた……。

いずれにしても、舞台の中心を担うスターとは、神あるいは観客への捧げものなのだということが、いい意味で愚直なまでに明確に意識されるように作られた演劇は昨今なかなかないという点においても意欲作と言っていい。

2021年、世界が男女問わず祝祭感であふれますように──

『両国花錦闘士』でその土俵が何を表しているか、力士とは何かが語られたとき、はらりと憑き物が取れたような気持ちになった。ジェンダーについて考えるとき、不利益を起点にすると、堂々巡りになりかねない。それよりも男性性と女性性を根源的なところから見つめ、男性と女性の関わりに豊穣という補助線を引いたとき、目の前の景色は変わるような気がするのである。

主題歌を手がけたデーモン閣下のコメント動画

この『両国花錦闘士』の舞台化を企画し、制作している主要な人物が全員、男性であったことは興味深い。ヴィレッヂのプロデューサー・浅生博一さんと東宝のプロデューサー・鈴木隆介さん。このふたりに明治座の三田光政さんが加わり、「三銃士」として共同プロデュースしている。彼らはどういうスタンスでこの作品に取り組んだのか知りたくて話を聞きに行った。作品の感想はどう感じても自由だと思うけれど、どんな人がどう思って作っているか勝手に想像して記したくなかったからだ。

話を聞くことができたのは、浅生さんと鈴木さん。ふたりは高校の同級生だという。そのころ一緒に演劇をやったこともあるものの、そのままずっと一緒に演劇の道を歩んだわけではなく、16年ぶりに再会したことがきっかけで、同世代の明治座の三田さんも交えた三銃士のプロジェクトが誕生した。

老舗の劇場・明治座で、観たことのない新しいものを作るというプロジェクトで、『両国花錦闘士』を提案したのは鈴木さん。岡野玲子さんの描く相撲と演劇に共通する祝祭性を丁寧に説いてくれた。

浅生さんは、主にビジネス面の話や、キャスティングの話をしてくれた。劇団☆新感線という小劇場活動から始まって、それまでの演劇の価値観を壊しながら巨大化してきた制作会社の若手らしいアグレッシブな雰囲気を漂わせる浅生さんと、スターシステムのもと商業演劇を作ってきた老舗・東宝に所属する鈴木さんとでは、同年齢の男性でも、個性がまるで違う。

脚本と演出は青木豪。女性の描いた物語の本質を、女性たちで作るというやり方もあると思うが、男性たちが丁寧に解読し舞台化したことにもまた、この舞台の清々しさがあるように感じる。『両国花錦闘士』のターゲットは40〜60歳代のある程度生活に余裕のある女性(商業演劇はたいていこのあたりの層を対象にしている)というが、男性も楽しめるだろう。

自粛を強いられた2020年。2021年は世界が男女問わず祝祭感であふれますように。

「瑞兆新春」。

本年も、
何卒、よろしくお願い申し上げます。

これからの1ヶ月。
大阪、福岡と、
全カンパニーメンバー一同は、
大千穐楽まで無事に走り抜ける所存です。

青く澄み切った空色の様な初心を忘れずに。

「三銃士」プロデューサー 一同 pic.twitter.com/6T5xbBqz1Z
— 三銃士企画【公式】両国花錦闘士(りょうごくおしゃれりきし) (@sanjushi_MTV)
January 1, 2021
from Twitter

木俣 冬

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