不妊治療をやめ、特別養子縁組の待機登録をした夫婦を待っていた現実とは...

不妊治療をやめ、特別養子縁組の待機登録をした夫婦を待っていた現実とは...

  • by them
  • 更新日:2022/01/15
No image

子どもを授かった人、授からなかった人。子どもを持つ選択をしなかった人。「子ども」に関する価値観や選択は、人それぞれ。どんな選択をしたとしても、それぞれ抱える葛藤やもどかしさはあるでしょう。

今回のストーリーは「25歳、結婚か転職か。「転職」を選んだ私の10年後」の、さらに続き。25歳のときに自分が就きたかった会社への転職を選択し、それから10年後に取引先の冴島と出会い、結ばれた真依子。平穏な結婚生活をおくる夫婦のあいだに、いよいよ「子ども」について向き合う時期がやってくる。

関連記事

>>>25歳、結婚か転職か。「転職」を選んだ私の10年後【ふたたびの選択】

夫婦は子どもを望んでいたが、なかなか授かることができなかった。そして真依子は、約3年にわたる不妊治療に区切りをつけた。母になることを諦め、冴島とふたりで生きていくことを決めた真依子だったが、「子どもがほしかった」という想いは、拭い去れないものとして心のなかにあった。

関連記事
>>>なぜ子どものいないアラフォーは、こんなにも生きづらいのか?

授からなかった私たちの、もうひとつの道

No image

image by:Unsplash

「特別養子縁組?」
冴島は、テレビを消して真依子のほうを振り返った。真依子は冷蔵庫からボトルに入ったミネラルウォーターをふたつ取り出し、冴島にひとつを手渡すと、隣に腰掛けた。

「いろいろ調べてみたんだけど。私たちの年齢でも、まだ可能性はあるみたいなの」

真依子は43歳、夫の冴島は41歳。一般的にいえば、はじめての子育てをはじめる年齢としては、比較的遅めなほうだ。

真依子と冴島の間には、子どもがいない。数年の不妊治療の末に授からず、いまから1年前、子どもを持つことをあきらめた。一度は「夫婦ふたりの生活」に納得し、自分たちの人生を受け入れた。つもり、だった。

夫婦二人でいろいろな場所に出かけ、仕事に打ち込んでほどほどの稼ぎを得て、互いに趣味に勤しむ平穏な暮らし。大きな感情の波も、これといって重大な心配もない日々。このまま数十年と歳を重ねていくのもそれはそれでアリかな、とも、思ってはいた。

でも。真依子はどこかで、「子ども」のことを吹っ切れずにいた。たとえ産むことはできなくても、やっぱり子どもがほしいし、ひとりでじゅうぶんだから自分の手で育ててみたい。いまからでも、できないか…?

そんなとき偶然ニュースの特集で目にしたのが、事情があって親のもとで育てられない子どもを自分の子として育てる「特別養子縁組」だった。不妊治療をしているときから制度のことは知っていたが、そのときは「自分で産んだ子を育てる」ことしか頭になかったし、クリニックの医師から薦められることもなかったので、くわしく知ろうとはしていなかった。

だが番組のなかで、生みの親が育てられない子どもを我が子として受け入れ愛おしむ夫婦と、屈託のない子どもの表情を見て、真依子のなかで何かが変わった。

他人の子を「自分の子」として迎え入れ、育てていくということに対して、果たして本当に愛し続けていけるのだろうかと考えると、100%の自信が持てない部分はどうしてもある。ただ、やったことがないわけだし、不安になるのも当然か、という気持ちにもなった。

それに冴島が反対する可能性は当然あるし、もし子どもを迎え入れることになったらいまみたいな暮らしはできなくなる。環境も、冴島との平穏な関係もガラッと変わってしまうだろう。40代からの夫婦はじめての子育ては体力的にもしんどいだろうし、真依子のアイデンティティのひとつになっている仕事だって、続けられるのかどうかも未知数だ。

だが、真依子の想いは、揺るがないものになりつつあった。

「それって、血のつながらない子を育てる、ってことだよね」水をごくりと飲むと、冴島は言った。

真依子は、うなずく。

「…実は、俺も調べてたんだよね。ちょっと前から」

冴島はそっと、スマートフォンの画面を見せてきた。特別養子縁組をあっせんする民間団体のホームページやネットの記事が、いくつかお気に入り登録されていた。

けっこう意外だった。夫の冴島は、少なくとも女性である自分よりは、この「子どもがいない人生」を割り切れていて、あまり気にしていないように見えたから。

「…そうだったんだね」
「調べはじめたばかりで、まだよくわからないことも多いんだけどさ」
「私も、そうなの」
「こういうのって、誰も教えてくれないもんね」は苦笑いをした。

そうなのだ。日本も変わりつつあるとはいっても、いまの段階ではまだ、特別養子縁組は一般的ではない。自分から積極的に情報を取りに行かないと、その仕組みも何をすればいいのかもよくわからない。

でも、特別養子縁組で子どもを育て、親子ともに幸せに暮らしている人たちが日本にいるという事実がある限り、自分たちふたりにだって、まだ可能性は残されていることはたしかだ。

特別養子縁組をするためには児童相談所か民間団体のいずれかを介する必要があるということは、二人とも調べて理解していた。ただ児童相談所を介す場合には費用はかからないが、新生児を引き取れることは少なく、実際に迎え入れるまでに時間がかかるそうだった。

「もし、できれば、赤ちゃんのころから育てることができたらいいよね」真依子は言った。
「そうだね。もし叶うなら最初から、ずっと一緒に暮らして育てていくことができたらいいと思う」冴島も賛同する。

「気になる団体があったんだけど、説明会に申し込んでみない?」
「うん。できるだけ、早いほうがいいよね」冴島はうなずいた。

真依子はさっそく、とある団体のホームページから必要事項を記入し、申込みをした。「送信」ボタンを押した瞬間、もしかしたらこれから子どもを育てる人生が待っているのかもしれないということ、その可能性に向けて踏み出したという事実に、少しだけ嬉しくなったのだ。

→next page>> 「養子って…」心配そうにつぶやく電話先の母の声

ジェネレーションギャップの壁

No image

image by:Shutterstock

「養子、って…」

そう言ったきり、電話の先の母の声は聞こえなくなった。あきらかに戸惑っている。

「普通の養子じゃないの。特別養子縁組って言ってね、手続きをすれば実の親子になることができるんだよ」

真依子はそう伝えながらも、母の性格や年代からして、あまりいいイメージを持っていないだろうということは予想していた。母にとってきっと養子というのは「人には言えないような、特殊な事情」という印象があるのだろうと。

「血のつながりはない子を引き取るんでしょ。…ちゃんと育てていけるの?子育てって大変よ、綺麗事じゃ済まないこともたくさんあるんだから」
「…」

20代で結婚し、結婚からほどなくして真依子を身ごもった母からすれば、もちろん娘のことを心配はしていても心から理解はできないだろう。

自分の子どもを産めなかった真依子の虚しさも、それでもなお子どもを育ててみたくて、最後の可能性に賭けようとする、この切実な気持ちも。

「私はいいと思うけどねぇ、夫婦ふたりの暮らしでも。なにも、いまからよその子を育てなくても…」

母は、ぽつりとつぶやく。不妊治療を続けていた時期、ふさぎ込んでいた真依子のことを心配してくれていたのはたしかだから、あえて親心として「別に、子どもなんていなくていい」と、言ってくれているところもあるのかもしれない。

「とにかく、私たちが考えて決めたことだから、考えを変える気はないの。また、連絡する」

真依子は電話を切ると、思わずため息が漏れる。ほどなくして、冴島が帰ってきた。

「お義母さんたち、何て言ってた?」

冴島の実家は勤めている会社と近いので、仕事帰りに、まずは自分が立ち寄って話をしてくると言っていたのだった。

「ん?まあ、驚いてはいたけど。なんか、特別養子縁組のことはニュースとかで見て知ってたみたいでさ。『育てるのは自分たちなんだから、二人で決めなさい』って。真依子のお母さんは?」
「…わかりやすく反対、って感じ」
「そっか。まぁ、誰でも最初から、すんなり受け入れられることではないよね。特に、真依子はお義母さんにとって娘でしょ。お義母さんも、いろいろ思うところがあるんじゃない」
「そうかもしれないけど…」

真依子が申し込んだ民間団体の条件のひとつに「互いの両親も特別養子縁組に対して賛成していること」というものがあった。必須というわけではないが、やはりできるだけ、親族の理解が得られていることが望ましいとのことだった。

「でも、私はあきらめるつもりはないし。また、今度話してみる」

だって、実際に子どもを迎えて育てはじめたら、きっと、もっとたくさんの「壁」にぶつかるはずなのだ。おそらく、自分で産んだ子を育てるのとは全然別の、壁に。

はじまる前から、簡単にあきらめてなどいられない。真依子はそう想い、それほどに自分が強い決意を持っていることに気づき、少しだけ驚いた。

→next page>> 特別養子縁組の「待機登録」とは…?

「育ての親」のハードルは、低くない

No image

image by:Unsplash

「…で、出かける前に服の柄が気に入らない!とかいって泣き出して全然着替えないし、ごはんも全然食べないし、結局保育園も仕事も遅刻寸前で、本当、最悪だったよ」

早希が、これでもかというほど眉に皺を寄せて言うので、真依子はつい笑ってしまった。

「それが『イヤイヤ期』ってやつなんだ」
「そうそう。さすがに参っちゃった。服の柄が気に入らなくてあんなに泣けるなんて、逆に自分に正直すぎてうらやましくなったよ」
「ははは」

日曜日の昼間、真依子は学生時代からの親友である早希と久しぶりに会って、二人でランチをしている。早希は40歳手前で結婚し、いまは2歳の男の子、風太を育ててながら働いている。

「ごめんね。久々に会えたのに、愚痴ばっかで」
「いいよ、全然。元気そうでよかった」
「真依子、うまくいくといいね」

特別養子縁組をしようと考えていることを、早希にだけは話していた。この前、民間団体の面談を受けてその結果待ちなので、子どもを引き取れるのかどうかも未知数だが。

「うん。でも正直、こんなにハードル高いんだ、って思ったよ。簡単な話ではないんだなって」

真依子たちは説明会に参加した結果、特別養子縁組の待機登録までにはいくつもの条件があって、そこをクリアすることが前提なのだと知った。年齢とか、収入とか、夫婦の関係性とか、環境とか。民間団体によってそれぞれ条件は違うようだが「子どもを成人まで責任を持って育てていく」という「気持ちだけ」では、厳しいようだった。

たとえば、経済的なこと。夫婦ともに会社員の真依子たちは、仕事・収入面では比較的安定している。メーカー勤めで役職付きの真依子は、世間でいう平均年収よりは稼いでいるし、冴島も、真依子よりは少し年収は低いが本社勤務になってから年収は上がった。

長きに渡る不妊治療でずいぶんお金は出ていってしまったけれど、それでも、世帯年収を合わせれば、これから子どもを一人育てて不自由なく過ごさせることは、じゅうぶんに可能だった。

特別養子縁組にかかる費用のことも、そうだ。真依子が申し込んだ民間団体では、生みの親の経済的な支援や研修の費用、団体の人件費などで、トータルで200万円近いお金がかかることを知った。かかる費用は団体によってまちまちだが、どこもある程度のお金はかかる。

真依子たちは貯金から賄うことができる額だが、決して小さな額ではない。「子どもを迎えるまで」にも、まとまったお金がかかるのだ。

「そっか、愛情はもちろんのこと、お金の要素って大事なんだね」
「そうみたい」
「でもたしかに、お金に困っているような家庭に引き取られるようなことがあったら、産んでくれた人も心から安心できないもんね…」
「うん…」

もちろん普通の夫婦だって、子どもを育てるのにお金が必要なことには違いない。でも子どもを授からない夫婦の場合、不妊治療だけでなく特別養子縁組をするにも、「お金」がなければスタートラインに立つことも難しいのかと考えると、少しだけ複雑な気持ちにはなった。

「それに、年齢もけっこうギリギリなんだよね。両親ともに45歳以下、っていう区切りがあるところもけっこうあって。あと何年か決断が遅かったら、もっと厳しかったかも」
「そうなんだ…」

年齢を区切らない民間団体もあるが、おおむね、少なくとも子どもが成人するときまでは元気で生きていられる年齢であることを条件に掲げている団体は多かった。もし、真依子がいまもこの先もしばらく不妊治療を続けていて、特別養子縁組へと舵を切るタイミングが遅れていたら、育て親としての年齢要件を外れてしまっていた可能性もある。

「じゃあね。真依子と一緒に子育てトークができるの、楽しみにしてる」早希とは、駅の近くで別れた。
「うん、ありがとう」

母としての暮らしがすっかり板についた親友の後ろ姿を見送り、自宅の方向へと歩きながらスマートフォンを見ると、民間団体からメッセージが届いていた。面談の結果、無事、育ての親としての待機登録をしたとの内容だった。

「子どもがいる日々」への現実味が、一歩増した。真依子は、楽しみな気持ちと不安がないまぜになりながら、冴島へ電話をかけた。

→next page>> 待機登録から半年。「特別養子縁組」の現実

いつになるか、誰にもわからない

No image

image by:Unsplash

リモートワークで資料作成をしていた夕方、真依子のスマートフォンが鳴った。パッと手に取ると、銀行からの投資勧誘の電話だった。手短に断って通話を切ると、真依子はがっかりした。

育て親としての待機登録から半年が経った。いまだに、民間団体からの電話は来ない。

待機登録をしてから実際に子どもを引き取るまでの期間は一定ではなく、本当にバラバラなのだそうだ。すぐに連絡が来ることも、何年か待つことも、めずらしくないらしい。そんなにすぐに来るわけないかと思いながらも、日々、どこかでそわそわしている自分がいる。

「登録したからって、すぐに赤ちゃんがやってくるわけじゃじゃないんだな」

真依子は、思わずつぶやいた。もちろんわかっていはいたけれど、でも、いまかいまかと待ち続けている自分がいる。

いつもスマートフォンの充電が切れないように注意しているし、着信音が鳴るとドキッとして、なんとなく画面を見ずに電話に出る癖がついてしまった。そして、民間団体からの連絡からではないことに少しだけ落胆し、同時に、なぜか少し安心する。その繰り返しだった。

もちろん、真依子も冴島も、子どもを迎えることを心待ちにしている気持ちには変わりない。ただ、民間団体から電話が来るのは子どもが産まれて間もないタイミングがほとんどで、そこからほぼ間をあけずに赤ちゃんを引き取りに行くことになっている。

自分で産んで育てる場合には、妊娠期間を経て心や環境の準備をしていくのだろうけれど、民間団体を通じた特別養子縁組の場合は「ある日突然、親になる」。その日は、いつやって来るのかわからないのだ。

もし電話を取りそこねて、ほかの候補の夫婦に決まってしまったらと思うと、気が気ではない。でも電話を受けたらいまの生活は終わって、すぐに「休みなしの子育て」が始まる。

「もう、あれから半年だね」

海老の唐揚げを箸でつまみながら、真依子は冴島に言った。週末は、少し早い時間から夕食を始めるのが習慣になっている。食べたいものを買ってきて、少しお酒も準備して、途中からは見たい動画や映画を見て、なんてことのないことを語り合うのだ。

「なんか、あっという間だね」
「いつになるんだろう。もしかしたら来月かもしれないし、来年かもしれないし、もっと先かも」
「でも、意外と来週いきなり、とかね」
「なんかさ、心の保ち方が難しいよね。不妊治療をしてたときの気持ちとも、また違うし」
「うん、たしかに、なんか落ち着かないよね」

真依子はどちらかというとせっかちな性分で、待つことはそこまで得意ではない。でも、待っている間は、少なくとも子どもを迎えられる可能性がゼロでないということで、それは幸せなことだとも感じていた。

→next page>> ふたりは、「親」になれるのか?

「親になる」その日まで

No image

image by:Unsplash

「もし縁があったら、どんな子がやってきてくれるかな」

ベーコン入りのポテトサラダを食べていた冴島が、つぶやいた。

特別養子縁組では、子どもを選ぶことはできない。性別はもちろん、持病を持っている可能性だってある。もちろん健康であるに越したことはないけれど、真依子も冴島も、子どもへのこだわりはほとんどなかった。

「…どんな子であっても責任を持って育てていくっていうのは、血がつながっている子を育てる親も、同じだよね。きっと」
「うん、そう思う」真依子はうなずく。

むしろそれよりも不安なのが、特別養子縁組が成立しない可能性もある、ということだ。

特別養子縁組を成立させるためには、家庭裁判所への申し立てをして、手続きをしていくことになる。だが、生みの親の意思が変われば、審判の結果、特別養子縁組の申し立てが却下されてしまうケースもあるのだという。

つまり、一度自分たちのところへ来て、実の子として育てようとした赤ちゃんと、引き離されてしまう可能性もゼロではないのだ。

いろんな事情はあるにせよ、自分で産み落とした子どもを手放すことは、本当は育てたかったという女性にとっては、自分の身体を引きちぎられるようにつらいことなのではないかとも思う。そして、産んでから考えが変わることだってありえる。

子どもを手放さざるを得ない人がいるからこそ、自分たちのような夫婦が子どもを育てる機会に恵まれることも、また事実だ。自分たちも生みの親の女性も同じ人間だからこそ、複雑な想いもある。

「でも正直、それは考えたくないな。こんなに心待ちにして、せっかくやってきた赤ちゃんと引き離されるなんて」
「うん。慣れない子育てを必死にやって愛情も湧いてきていたときに、ある日突然『やっぱりこの話はなしで』は、きついよね」

昼夜を問わずつきっきりで育てたとしても、その期間が赤ちゃんの時期の数カ月程度であれば、自分たちのことなど絶対に覚えていないだろう。そして、その子がそれからどうなるのか…実の親と暮らすのか、施設に入るのかという行く末さえわからない。

それだけは避けたいけれど、あらゆる可能性は想定しておいたほうがいい。当然、連絡が来なくて、結局夫婦ふたりの生活のままだった、という可能性だってあり得る。

「とにかく、いまは前向きに待つのみ、だね。もう一杯飲む?」真依子は立ち上がった。
「うん」

特別養子縁組について動き始めてから、冴島とより本音で話せるようになったし、会話が増えた気がする。仲が悪いほうではなかったけれど、子どものことをあきらめてからしばらくは、どこか心の距離を感じていた。

「あしたさ、買い物ついでにベビーグッズでも見てみる?」冴島が言う。
「ちょっと気が早くない?いつになるかもわからないのに」
「一応、いまはどんなのがあるのかなと思ってさ」
「ああ、でも、見ておくのはいいかもね。勉強のために」

子どもがいる生活が、この先の人生に待っているかもしれない。その事実は、真依子たちふたりのこの静かな日々にほのかに宿る光になっていることは、間違いないのだった。

2杯目のビールをグラスに注ぎ合い、ふたりは、2度目の乾杯をした。

真依子がほかの人生を歩んでいたら…

afterwards.1  母になった真依子「Chaotic days」
afterwards.2  母にならなかった真依子「コーヒー&チキンライス」
Choice.1 結婚を選択「ピーマンと夜とわたし」
Choice.2 転職を選択「銀のボールペン」
Choice.3 結婚でも転職でもない道を選択「pleasant life」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

参考:『産まなくても、育てられます 不妊治療を超えて、特別養子縁組へ (健康ライブラリー)』(後藤絵里著・講談社)

image by:Shutterstock

※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性があります

by them

手塚巧子

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加