極めて良質なアメリカ映画 『Our Friend/アワー・フレンド』に感じた深い友愛の可能性

極めて良質なアメリカ映画 『Our Friend/アワー・フレンド』に感じた深い友愛の可能性

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  • 更新日:2021/10/15
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『Our Friend/アワー・フレンド』(c)BBP Friend, LLC – 2020

まずは『Our Friend/アワー・フレンド』というタイトルに、どこか優しく、同時に原型的な匂いがする。「私たち」の友達(単数形)が居る状態とは、どういうものか? 本作はマット(ケイシー・アフレック)、ニコル(ダコタ・ジョンソン)、デイン(ジェイソン・シーゲル)という3人=「男・女・男」の関係を描く、極めて良質な2019年のアメリカ映画である。監督は『Megan Leavey』(2017年)で長編劇映画デビューを果たしたブラジル系アメリカ人の女性、ガブリエラ・カウパースウェイト。

参考:ケイシー・アフレックの演技はなぜリアリティがあるのか 本人と『Our Friend』監督に聞く

恋愛と友情が危うい三辺の比を形成する――三角関係とは不穏な戦闘状態である、とは映画・小説・漫画などジャンルを問わず、無数の物語が痛烈な黄金律のごとく示してきた。1960年代のフランス映画『太陽がいっぱい』や『突然炎のごとく』、あるいはミステリー『郵便配達は二度ベルを鳴らす』といった定番品を出すまでもない。日本でも夏目漱石『こころ』『それから』『門』に武者小路実篤『友情』など近代文学における自我の葛藤の十八番な演目だし、現代映画では吉田恵輔監督の『さんかく』が究極の精度だ。むろんロマンスがありあまる、現実の破壊的な「不倫」関係は芸能もしくは犯罪系のニュースが日々伝えている。

以上が「タカ派」の代表例だとすると、むしろ三角関係を安定の構図に向かわせる、生きるための扶助の可能性、「ハト派」も少数派ながら存在する。1960年代のフランス映画でも「友愛」の線が濃い『冒険者たち』はこちらだろうし、最近のアメリカ映画(イギリス合作)では家族劇『ブラックバード 家族が家族であるうちに』の一角に「女・男・女」の形で不意に立ち現れた。だがまさしく、あだち充先生『タッチ』の上杉和也がそうであるように、この「優しい」系譜にしろ、三人のうち誰かひとりが十字架のごとく「死」の影を背負う。

これらを踏まえると『Our Friend/アワー・フレンド』は、「ハト派」三角関係映画のニューベーシックとでも呼ぶべき美しい達成を遂げている一本と言える。不運にも「死」のカードが回ってきたのは女性、ニコルである。彼女は2012年、がんを宣告され、たちまち夫であるマットは仕事・介護・育児の負担が限界に達する。そこで親友デインが助っ人として、小さな娘ふたりを持つこの夫婦の自宅にやってくる。これが三人の置かれた「現在」の基本構図となる。

原作は2015年5月10日付けの『Esquire』に掲載され、全米雑誌賞を受賞したエッセー(つまり実話)であり、著者はジャーナリストのマシュ-・ティーグ――要するにケイシー・アフレック扮するマットがその人だ。この映画は時制のシャッフルが巧みに考え抜かれており、記憶が連鎖するような形で過去と現在のエピソードが語られる。ちなみに原作は時系列に沿った記述であり、映画独自の構成は脚本を務めたブラッド・イングルスビー(ケイシー・アフレックがクリスチャン・ベールの弟を演じた『ファーナス/訣別の朝』や、リーアム・ニーソン主演『ラン・オールナイト』など)の手柄である。

物語は2013年の秋の米南部アラバマ州フェアホープからスタート。まもなく13年前のニューオーリンズが回想される。そこで最初、マットとデインは言わば「恋敵」のような感じで出会う。スタンダップコメディアンを志ながら演劇スタッフを務めるデインは、舞台役者であるニコルに気があるのだが、すでに彼女は生真面目で野心溢れる地元新聞記者の青年マットと結婚している。

ニコル(女)とデイン(男)の「相性」は早々に示される。趣味やセンスが合わない。ニコルはレッド・ツェッペリンこそ最高のロックバンドだと主張するが、デインは「僕には理解できない」と答える。彼はマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのファンなのだ。ちなみに劇中、ツェッペリンの「Ramble On」(『II』収録)が中盤ごろ流れる。この曲は、やはりニコルが好きだと言及される、トールキンの『指輪物語』に影響を受けて作られた曲である。

ところが一方、マット(男)とデイン(男)には不思議な相性の良さが働いた。まったく異なるタイプだからこそ、どこか欠損を補完し合う関係として。彼らは親友となる。普通に観ればOurはマット&ニコル夫婦で、Friendがデインとなるのだろう。しかしマットとデインのパートナーシップを核に観れば、病魔に冒されたニコルが「我らの永遠なるフレンド」という風にも読める。ニコルも「マットとデインが夫婦なのかと思うほど、仲が良い」と言ったりするほど、彼らは微妙な均衡で三角関係を結んだ時こそ「完成形」になる。

ややシニカルな視座を絡めるなら、本作には恋愛偏差の問題があると言えるだろう。男ふたりのうち、初期設定としてはマットが「モテ」寄り、デインが「非モテ」寄り。後者は「いい人」なんだけど、恋愛対象には上がってきにくい、というスペックの持ち主として登場する。

能力の高いジャーナリストであるマットは自己実現至上主義者。最初は地元アラバマの新聞記者をやっている。だけどNYタイムズから連絡があって、世界中の紛争地域を取材して回る存在にもなる。で、のちには映画『Our Friend/アワー・フレンド』の原作者にもなる(笑)。

対してデインはスタンダップコメディアンになりたいという夢を持ちつつ、大胆な勝負を仕掛けるわけでもなく、長らくアウトドア・スポーツ洋品店「レッド・ビアーズ・アウトフィッター」の店員として働いている。だから「マット基準」でいうと、デインは「成功していない男」という位置づけにもなる。

当面はデイン劣勢である。だがニコルが病に倒れ、様相は逆転する。「家庭人」あるいは「父親」としての才能は、デインのほうが圧倒的に上であった。マットとニコルの娘ふたりは優しく親しみやすいデインになつく。一方でパパのマットは、ずっと家にいないくせに、帰ってきたら偉そうに威張りちらす。面倒臭いモラハラ親父扱いである。

ある種、この映画は「劣勢」のステージから、デインという男性の素晴らしさを紹介していく展開という風にも見えるかなと思う。結局は「あなたはマット派? デイン派?」と二択で競える位置にまで上がってくるのだ。

デイン役のジェイソン・シーゲルは、1999年~2000年のNBCテレビシリーズ『フリークス学園』から続く精鋭コメディ軍団――「アパトー・ギャング」の異名でも知られるジャド・アパトー組の常連でもあり、日本の一般感覚とは比較にならぬほど本国での人気や知名度は高い。アメリカのデータや宣材などを検索したらすぐ判るが、実のところ本作の主演扱いはジェイソン・シーゲル、なのである。

ちなみに形勢逆転と言えば、2016年の『マンチェスター・バイ・ザ・シー』での名演以降、ベン・アフレックの弟という「じゃない方」から一躍のし上がったケイシー・アフレックは今回も本当に素晴らしい。いま「喪失を抱えた男」を演じさせたら天下一品――無骨な陰キャ俳優の滋味深さでは世界トップグループに入るだろう。

閑話休題。三角関係における「ハト派」の可能性についてもうひとつ思うのは、「二人」の世界は良い時は良いけど、悪い時はすごく悪くなるということ。例えばひとりの状態があまり良くないと、もうひとりがネガティヴなヴァイブスをモロに受ける。しかし「三人」だと、やや分散して、余裕を持ってふんばれる。これはファミリーの再定義、あるいはコミュニティの在り方の問題提起と絡んでくるかもしれない。

本作『Our Friend/アワー・フレンド』でも、ニコルの心身の状態がどんどん悪くなり、本当に大変になった段階でチェリー・ジョーンズ演じるホスピスさんが登場する。ここでマットとデインの男二人に乗り掛かった試練に、ヘルパーさんが入る――つまり「三人体制」になることで、状況は穏やかに落ち着いていく、という流れがある。

あと、デインはなぜこの夫婦のためにこれほど献身性を発揮するのか、といった時に、彼の知られざる絶望や孤独が、映画の後半になってようやく提示される。山に独りトレッキングに出かけているシーンなのだが、もちろん詳細は記さない。だがひと言だけ――「また会いたい」。このシンプルなメッセージ。人はこれだけで生きていける、救われる。「生きる理由」をつかむことができるんだ、という映画の核心的な主題がここに凝縮されている気がする。

おそらくこの映画が作品のアイデンティティとして最も拒否しているのは、例えば2011年のジョゼフ・ゴードン=レヴィット&セス・ローゲン主演作『50/50 フィフティ・フィフティ』といった先行の秀作と同様に、「余命もの」「難病もの」といった「死」を消費するジャンルに容易く区分けされることだろう。

だが本作の思想性のキモとなるのは、結婚や恋人といった「制度」や「慣習」の外にある深い友愛の可能性である。「また会いたい」――その気持ちを至上の愛の形として、Our Friendという「第三の人」を浮上させる。IよりWeを、ゆるやかなOnenessのネットワークを重視する新たなヒューマニティーの考察として、これは多分に21世紀的――というより「風の時代」的なるものではなかろうか? いや、冗談ではなく。

そんな中、本作が俳優デビューとなるカントリー系シンガーソングライターのジェイク・オーウェンが「嫌なヤツ」として登場し(役名はアーロン)、エルヴィス・プレスリーのコスプレまで披露する。愉快なジェイソン・シーゲルが「いい人」役で泣きに傾いたぶん、オーウェンこそが本作のコメディリリーフであったことを、最後に付け加えておきたい。

※吉田恵輔の「吉」はつちよしが正式表記。

(森直人)

森直人

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