「世界でもっとも貧しい大統領」の祖国は「世界で一番牛肉を食べる国」だった!「牛肉と赤ワインな日々」のモンテビデオ【ホセ・ムヒカ突撃記 vol.8】佐藤美由紀

「世界でもっとも貧しい大統領」の祖国は「世界で一番牛肉を食べる国」だった!「牛肉と赤ワインな日々」のモンテビデオ【ホセ・ムヒカ突撃記 vol.8】佐藤美由紀

  • FutabaNetPortal:ふねぽ
  • 更新日:2021/09/15
No image

ウルグアイ産ワイン

私たちの、長い、長い、一日が終わった。

関連:「日本のほぼ真裏のウルグアイへ!ホセ・ムヒカ突撃記」他の記事も読む

当初、午前中にムヒカと近い国会議員二人の取材予定が入っているだけだったのに、最初に会った議員さんの計らいで、急遽、ムヒカの妻のルシア・トポランスキーに話を聞けることになり、夕方、自宅を訪れると、突如、本命のムヒカが登場して私たちは興奮の渦に引きずり込まれ(って、ちょっと大袈裟ですが)、その勢いに乗って、ムヒカ邸を辞したあとも、庭先で芝刈りなどしているご近所さんらをつかまえて話を聞き、さらには、ムヒカとルシアが懇意にしている精肉店をアポなし訪問して、これまた夫妻とのエピソードを聞き出すなどして取材を重ね——。

空路32時間の長旅の末にやっと辿り着いた翌日、時差ボケによる睡眠障害で疲れも抜け切れていないというのに、この働きっぷり!

しかも、およそ2週間後に訪日予定のムヒカ夫妻と日本で会う約束まで取り付けた。
ウルグアイ始動、初日にして、この収穫!

No image

ムヒカ夫妻が住む「リンコン・デル・セロ」は、首都中心部から車でおよそ30分とは思えぬほど、長閑なエリア。畑が広がる中、ところどころに小さな森があり、その合間に民家が点在する。ムヒカの自宅近くにある友人所有のファンクションルーム(ハウス? 上の写真も)。大統領時代、公邸に住むことを拒否したムヒカは、公邸での食事会の代わりに、この場所に人を招いてバーベキューなどしてもてなし、話を聞いて、交流を深めた。言ってみれば、ここはムヒカの〝迎賓館。大統領を辞したあとも、同様のことを続けた。ムヒカのご近所さん。親しく言葉を交わすほどの間柄ではないものの、女性は小さな食料品店で働いていて、ムヒカはよく来店するため、彼の姿はしょっちゅう見かけるそうだ。ムヒカが日本でも人気があることを伝えると、「それはすごい! 嬉しいことです」と彼女は微笑んだ。住宅街の中にある小さな精肉店はムヒカ夫妻御用達。1993年のオープン以来、週に1度は夫妻のどちらかが来店して、たいてい、骨付き肉を買っていくという。大統領時代も変わらず、ムヒカは愛車でやって来ていたが、車の周りに近所の子どもたちが大勢集まり、店を出たムヒカは彼らの歓声に包まれたらしい。「話好きのペペは、来店すると10分くらいは立ち話をしていくよ。政治的な話は一切なし。いわゆる世間話ってやつですね」とは、精肉店店主のロベルトさん。ムヒカが大統領に就任した際には、巨大なトルタフリッタ(ウルグアイ版の揚げパン)を作り、大人から子どもまで近所の有志が集まり、行列をなしてムヒカの家まで持って行って、みんなでお祝いをしたという。精肉店のショウケースには、チーズやハムも並んでいた。また、棚には、〝いかにも家で瓶詰めしました〟的なハチミツが並んでいて、聞けば、この周辺で採れたもの。「ムヒカの農園に咲く花のミツも入っているかもしれませんね」という店主の言葉に沸き、私たちは、そのハチミツを購入した(写真がなくてスミマセン)。ご近所さんをつかまえて話を聞いたり、ムヒカ夫妻御用達の精肉店をアポなしで訪問したりしているうちに、陽はすっかり沈みかけていた。

No image
No image
No image
No image
No image
No image
No image

私とIさんは、身体はくたびれ果てているはずだった(少なくとも私は、身体はもちろん、朝から頭をフル回転にしていたせいでブドウ糖が枯渇して脳までヘロヘロだった)。しかし、テンションだけは妙に高く、ホテルに戻ってひと息つく間もなく、私たちは、祝杯をあげるために街へと繰り出した。

■恋い焦がれていたタナ種の赤ワインで乾杯!

「お疲れさまでしたぁ〜」

ホテル近くのレストランに入った私たちは、ハイテンションのまま、グラスを軽く合わせて乾杯をした。
小さくではあるが、チン! と響く小気味よい音。それが明るい未来を暗示しているようで、改めて自分たちの〝ツキ〟を実感し、気分はさらに高揚する。

このときグラスに注がれていたのは、濃いルビー色の液体。
そうです。赤ワインです!

——日本ではあまり知られていないものの、ウルグアイは高品質のワインの産地で多種類のワインを生産しているが、特筆すべきはタナ種の赤ワイン。
タナは世界的にも生産地が限られている中で、ウルグアイはその栽培に適した気候風土に恵まれていて、稀少な良質のタナワインを世に送り出している。
そんなタナのワインの特徴は、色濃く渋いこと。若いうちはブルーベリーなど黒系ベリーのアロマが豊か、成熟するにつれて、なめし皮のようなワイルドな香りが立ち上がり、力強く、コクのある味わいになる——。

ムヒカ本の第一弾の執筆の際、この程度の情報を仕入れていた私は、「いつかウルグアイに行くことがあったら、絶対にタナのワインを飲みたい」と、ずっとずっと夢見ていた。

ちなみに、ウルグアイのタナワイン は「ウルタナ」と呼ばれているらしい。

No image

渡航前(正確には、ムヒカ本第一弾の執筆前)に、在日ウルグアイ大使館でもらったウルグアイ紹介の小冊子には、「それしかないんか?」というくらい肉とタナワインがプッシュされていた。

私は赤ワインが大好きだ。まったく詳しくはないのだけれど、どうも自分的には、なめし革のような、熟成したような、そんな香りがする、どっしりとしたフルボディが好みらしい。

というわけで、私にとって、ウルグアイのタナワインは垂涎の的だった。いざ、ウルグアイ取材が決まると、「ウルタナを浴びるほど飲んだる〜」と心に秘め(というか、公言もしていました……)、その心づもりで、この地に降り立っていた。

今、その、恋い焦がれていた液体が、目の前のグラスに注がれているのだ。これを「幸せ!」と言わずして何と言おう。

ステムを持ってグラスを目の位置まで持ち上げ、照明に透かしてワインの色を確認する。

この色! 深いルビー色を見るだけで、フルボディ好きとしては、胸がときめく。

くぅ〜。

見るからに豊潤な味わいをしていそうな液体を前に、刹那、私は悦に入ったのだった。

No image
No image

「タナ、タナ、タナ……」。呪文のように唱えながら、モンテビデオの夜はタナワイン三昧! ウルグアイには家族経営の小さなワイナリーが多く存在するが、そのひとつ「Establecimiento Juanicó」の『DON PASCUAL』(写真上)は、ウルグアイではとてもポピュラーな銘柄であちこちで見かけたし、飲みもした。ちなみに、『DON PASCUAL』にはタナの他に、カベルネ・ソーヴィニヨンなどタナ以外のぶどう種を原料にしたものもある。

No image
No image
No image

「そんなにワインが好きなら」と、通訳の森さん(途中からHさんとバトンタッチ)が案内してくれたのは、都心からもっとも近いワイナリー「BOUZA」。モンテビデオの中心部から車で20、30分ほどのところにありながら自然豊かな環境のワイナリーは、家族経営の小規模なものだが、世界各地で数々の賞を受賞しているという。創設は1942年。ウルグアイ のワイナリーの中では老舗中の老舗らしい。ワイン畑やワイン醸造所も見学できる。

No image

ワイナリーに来て何が楽しみかって、言うまでもなく試飲! ここでは4種類のワイン(赤2種、白1種、ロゼ1種)を試すことができる。ハムやチーズのおつまみ付きだが、貪欲(!)な私たちは、「せっかくだから」と併設のレストランで、がっつりランチを食べながらの試飲となった。

■「世界でもっとも貧しい大統領」の祖国は「世界で一番牛肉を食べる国」だった!

「佐藤さん、何食べます? 何でも好きなものを頼んでくださいね。今日はお祝いですから!」

「タナ種」ということだけを頼りに適当にオーダーした赤ワインを口に含み、「うんうん、この、ちょっと重たい感じ、好きだなぁ。正解!」などと思いながらメニューに目を落としていたら、Iさんが言った。

説明するまでもないかもしれないが、Iさん言うところの「お祝い」とは、誰かの誕生日とか、そういうことではなくて、「ムヒカ夫妻に会えたこと」と「夫妻と日本でも会う約束を取り付けたこと」のお祝いだ。

実は、手違いなのか、何かに阻まれてしまったのか、結局、日本での彼らとの再会は実現しなかった(約束の日時にホテルに彼らを訪ねたが、フロントでいくら説明をしても取り付く島もなかったのだ)のだけれど、このときは、そんなことになろうとは知る由もなく。

「肉! ウルグアイに来たからには、牛肉を食べないと!」

「佐藤さん、昨日も同じこと言ってましたよ」

はいはい、その通りです。

事前に仕入れていた数少ないウルグアイ情報によると、この国では、タナ種の赤ワインと同じくらい外せないのが牛肉だ。「肉、肉」言うのは当然だろうに。

No image

肉、肉、肉……。ウルグアイの人たちは、実によく肉を食べるらしく、一人当たりの年間牛肉消費量は世界一! ウルグアイの牛肉は噛めば噛むほど味が出てくる赤身肉。

なんと言っても、ここはガウチョ(ウルグアイやアルゼンチンなど南米南部の草原地帯で牛の放牧に従事する人)の国。

そして、そして、この国の人たちは牛肉が大好きで、とにかくよく食べるらしく、国民一人当たりの牛肉消費量は年間60kgで世界一!

「世界でもっとも貧しい大統領」の祖国は「世界で一番牛肉を食べる国」だった! というわけで。

肉をたくさん食べる国民というと、私などはすぐにアメリカ人を思い浮かべてしまうのだけれど、アメリカ人の牛肉の年間消費量は約38kg(世界第4位)でウルグアイには到底かなわない。ちなみに、日本人の年間消費量は10kg弱(世界21位)。ウルグアイ人は、日本人の6倍もの量の牛肉を食べているということになる。すごいな。

しかし、それにしても、ウルグアイは、なんでそんなに牛肉消費大国なのか。

この国は昔から主要産業が農牧業で肉牛の飼育も盛ん。少しばかり地理のお勉強的な話になってしまうが、ウルグアイは、日本の半分ほどの国土で、人口は350万人弱の小国である。にもかかわらず、肉牛の飼育頭数は、日本が250万程度なのに対し、1200万頭程度で、一人当たりの飼育頭数もまた世界一らしい。

要するに、この国には、すごい数の肉牛がいて、それだけ牛肉の流通量も多く、ウルグアイ人にとって牛肉は身近な存在なのだろう。

広島県出身の私は、子どもの頃、シーズンになると毎日のように牡蠣を食べていた。だって、あっちでもこっちでも、新鮮なものがお手頃価格で普通に売られていて、親が当たり前のように食卓に並べるから。

ウルグアイ人がたくさん牛肉を食べるのは、それと同じ感覚ではなかろうか。

ウルグアイ産の赤身肉は、他の国のものよりも、旨味がギュッと凝縮されているという。

昨今、広大な自然の中に放牧されて牧草だけを食べて育つ牛〝グラスフェッド・ビーフ“が注目されている。伸び伸びと動き回ることができる環境で育つだけに、肉質が締まり、硬めではあるものの、肉本来の味や香りが楽しめるというが、ウルグアイの牛肉は、まさにそれ。

ウルグアイは、国土の88%を草原が占めている。牛たちは、放牧にはもってこいの、そんな環境に放たれて、のんびりと育っているみたいだ。

ムヒカ夫妻が住むエリア「リンコン・デル・セロ」を東京近郊の地域にたとえると「相模原」と言った、ウルグアイ在住歴のあるMクンによると、ウルグアイを北上すると、草原で草を食む牛たちの群れに遭遇するが、その牛たちの温和で幸せそうな顔といったらない、という。

放牧された牛たちの食べる草が、またいいらしい。

南半球では、南下するほど牧草の栄養価が高くなるそうで、栄養価が高くなればなるほど、それを食べて育った牛の赤身肉は旨味が強くなると言われているのだが、ウルグアイは、南米大陸の中でも南に位置する国である。

ワインと同様、ウルグアイ産牛肉が美味しいのは、その国土と多いに関係があるのは間違いなさそうだ。

No image

ウルグアイ産の牛肉は日本でも売られている。実は、かつても出回っていたのだが、2000年に口蹄疫が発生したため輸入停止になっていた。ところが、2019年、19年ぶりに解禁になり、まだまだ希少な存在ではあるけれど、都内のスーパーでも見かけることが(残念ながら私はまだお目にかかっていないのだが、中野と麻布十番で目撃情報が!)。50〜60日かけて冷蔵船で運ばれてくるため、日本に着く頃には、程よく熟成して旨味が増しているらしい。

とまぁ、そんなこんなで、ウルグアイでは肉三昧の日々を送ろうと心に決めていた。
そうは言っても、典型的な農耕民族の日本人だし、10代20代の若者でもあるまいし、食べられる肉の量には限界があると思っていたことも確かだけれど。

■名物料理「Asado」の代わりのメインディッシュ は……うーん残念!!

「Asado(アサード)」はウルグアイの代表的な肉料理——。

現地に飛ぶ前、ちょっとネットで調べたり、ガイドブックをパラパラめくったりすると、必ず、こんなことが書かれていた。

そんなわけで、「ウルグアイと言えば牛肉、牛肉と言えばAsado」の図式を頭に入れていた私は、「肉、肉」言いながら、スペイン語で書かれた、何が何だかさっぱりわからないメニューの中に「Asado」の文字を探す。

しかし、残念ながら、その店のメニューの中に探しモノは見つからない。下手くそな英語で店の人に訊ねると、首を横に振られ、メニューを指差しながら、「Asadoはないけど、肉料理ならこのへんよ」と教えてくれた。

「オススメは?」と聞くと、店の人は、いくつか並んだ肉料理のひとつを指差す。

どんなものなのか、よくわからなかったけれど、「オススメなんだから、まぁ、間違いはないだろう」ということで、私たちは、その料理を注文した。

「肉料理の中で一番高いから、多分、ハズレはないはずですよ!」

「だよね。期待したいね」

私とIさんは、タナのワインを飲みながら、その料理が出てくるのを楽しみに待った。

が、しかし……。

しばらくしてサーブされた料理を目にして、私たちは一瞬、言葉を失った。

皿の上には、旨味がギューっと凝縮されているはずの牛肉が載っているはずなんだけど、ホワイトソースだかチーズの溶けたのだかにすっぽり覆われていて、その姿が見えない……。

「やられた……!」

私たちは、ほぼ同時に(多分)心の中で叫んでいた。

今となっては、名前も分からない、その肉料理。ステーキの一種であることは確かなのだが、ソースがあまりに衝撃的(!)で……。

頑張って二切れほど食べたのだが、くど過ぎて、それ以上は無理で、残りは、ナイフでソースをこそいでなんとか食べるという結末……。ごめんなさい、汚い食べ方をして。

No image

レストランの人にすすめられたステーキには、ホワイトソースだか、チーズの溶けたのだかがたっぷりかかっていて、せっかくだけれど、私たちの口には合わず……。「なんでこれがおすすめなの?」と思ったけれど、よくよく考えれば、チーズなどの乳製品もウルグアイの特産品の一つ。だから、店の人は、東洋からはるばるやって来たと思しき客の私たちに、このステーキをすすめてくれたのだと思う。多分。

「せっかくの美味しい肉に、なんでわざわざ、こんなソースをかけるんでしょうねぇ」

「塩とコショウだけで十分なのに……。ウルグアイの人は、こういうくどい味が好きなのかなぁ」

「でも、ソースはくどいけど、味付けは薄いですよね」

「確かに……。もっとドバーッと塩コショウしたい」

私たちの好き勝手な〝料理批評〟の声が、ガラガラの店内にボソボソ響く。

店の名前も覚えていないけれど、店の名誉のために言っておくと、私たちの他にお客さんがいなかったのは、人気(にんき)のない店だから、という理由ではないと思う。

実は、私たちがウルグアイを訪れたときは、「ウルグアイ版ゴールデンウイーク」で9連休の真っ只中。キリスト教で言うところのイースター(復活祭)の連休だが、ウルグアイは国自体が宗教を持たない方針のため、この休日を「観光週間」と名付けているそうだ。

日本なら、連休というと、街には人があふれ返っていて、レストランやカフェも大賑わいだが、ここではまったく様子が違っていた。

ホテルの近くには、東京で言えば銀座通り、あるいは新宿通り、広島なら鯉城通りか相生通りか、というような、商店や飲食店が立ち並ぶメインロードが走っていたが、店はほとんど閉まっていて、人影もまばら。街自体がシーンと静まり返っていた。

「観光週間」というだけあって、多くの人たちは地方や海外に旅行に出かけるらしい。そこまで経済的に余裕がない人でも、近場でキャンプや釣りや狩りを楽しんだりするという。また、どこにも出かけず、まとまった休みを利用して、ペンキを塗り直すなど、家の修繕をする人も珍しくないとか。
いずれにしても、この時期、街に出てぶらぶらする人はほとんどいないということのようだ。

レストランがガラガラなのは、そんな理由からだろう。

私たちにしてみれば、なんだかんだぶつぶつ言っても、オープンしているだけありがたいことで、ホテルの近くでは、開いている店がほとんどなくて、私たちは食難民になりかけて、やっと見つけたのが、件のレストランだったのだ。

ちなみに、前日(モンテビデオに着いた当日)は、ガイドブックにも載っていて、地元の人にも人気だという老舗レストランが開いていたので入ってみたが、そこもまた、お客さんはほとんどいなかった。

No image

これがウルグアイ名物の「ASADO(アサード)」。と言うと、「ASADOは骨付き肉を焼いたもの」と思うかもしれないけどけれど、そうではない。ASADOはスペイン語で「焼いたもの」を意味する言葉で、「牛肉の焼いたもの」全般をASADOと呼んでいる。私たちは、たまたま骨付き肉の焼いたものを食したが、もちろん、骨付きでないものもある。ちなみに、アルゼンチンでも同じ料理はあるけれど、アルゼンチンは炭火で肉を焼くのに対して、ウルグアイでは薪を焚いた火で焼くのが特徴。写真奥はミートソースのパスタイタリア系(ムヒカもそう)が多いため、この国ではパスタも普通に食べられている。

No image

「チミチュリ」。赤ピーマン、オレガノ、ガーリックのみじん切りを、ビネガーとオイルと塩で和えたもので、ウルグアイ(アルゼンチンでもそうらしいが)では、ASADOのお供。焼いた肉につけて食べる。と、あとから知った。モンテビデオに着いた日の夜のディナーで、いきなりテーブルに運ばれてきたものの、なんだかさっぱりわからず、私たちはパンにつけて食べたりした。店の人も不親切。教えてくれればいいのに。というより、「聞けばいいでしょ」ですよね……。

「疲れたぁ……」

メインディッシュが残念な結果になったことが原因でもないだろうが、レストランを出るとドッと疲れが出てきて、思わず私はつぶやいていた。

「お疲れさまでした。佐藤さん、今日はゆっくり寝てくださいね」
「Iさんこそ」

互いにねぎらい合ってIさんと別れて客室に戻り、メールをチェックすると、次のような短い文面を受信していた。

〈電波少年コンビの君たちなら、やれるはずだと思っていたよ。お疲れさん〉

夕食に出かける前、私は、この日の〝収穫〟を前の担当編集Iさん(♂)——ムヒカ本第一弾を一緒に作ったあと、早期退職をして葉山の別荘で悠々自適のセカンドライフを送る、元ベテラン編集者の〝あの人〟だ(詳細は、vol.1vol.2をご覧ください)——にメールで報告していたのだが、その返信だった。

電波少年コンビ、って……。

間の抜けた笑いが口から漏れる。

本当に長い、長————い、一日だった。

次号に続く。

前の記事を読む。

■ホセ・ムヒカ氏から日本人へのメッセージ

「日本のほぼ真裏のウルグアイへ!ホセ・ムヒカ突撃記」他の記事も読む

佐藤 美由紀

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加