現役教師が提唱。子供に勉強をさせるのに「やる気はいらない」説

現役教師が提唱。子供に勉強をさせるのに「やる気はいらない」説

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  • 更新日:2020/11/20
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勉強やエクササイズをやろうとしてみてもすぐに「やる気が出ない」とやめてしまうこと、ありませんか? ゲームや遊び、ショッピングなら没頭できるのに、なぜ人はやる気が出たり出なくなってしまうのでしょうか。現役小学校教諭の松尾英明さんは自身の無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』で、長年関心を持っているという「やる気」について論じ、やる気が出ない原因とその対処法を語っています。

やる気いらない説

やる気を起こすにはどうするか。自分のかつての著書のタイトルにもあるように、長年の関心事である。最近でもこのテーマで何本か記事を書いて、ますますよく考えるようになった。その中で辿り着いた一つの考え方は「やる気の有無はどうでもいい」というものである。

今回提案するのは「やる気いらない説」の考え方である(一応前置きしておくと、全ての方法は万人共通ではないので、数ある考え方の内の一つである)。やる気はたくさんの人の関心事であり、どうでもいいはずがない。それはわかっている。しかし、それでも、どうでもいいという考えに基づいた説である。

どういう考え方か。

やる気を「物事を自らすすんで実行しようという気持ち」と定義する。諸説あると思うが、自分として一番しっくりくるので、ここではそう定義する。

まず、多くの人が進んでやる気を起こすことは何かと具体的に考えてみる。例えば、ゲームをすること。放っておいてもやるどころか、禁止されていても何とかやろうとする。何時間も熱中する。文句なしにやる気を起こすものの一つである。

例えば、飲酒(あるいは、甘い物など、好きな物を食べ過ぎるほど食べることでもいい)。飲まなくていいのに飲む。身体にもお財布にも優しいといえないほど、進んでたくさん飲む。アルコール中毒でなくても、毎日のように飲む人がかなりいる。翌日に支障をきたすほど飲む。これも、かなりの「やる気」を起こしているといえる。

ネットショッピングもそう。趣味の読書や音楽、車いじりやコレクションなどもそう。他にも諸々、やりすぎてマイナスになるほどにやる気を出してしまうものは、身の回りに溢れている。

もし何もなくても、SNSを数分眺めていれば、それらのあらゆるやる気を引き出しまくってくれる。もう既にこの時点で、やる気はない方がいいのではないかと思ってしまう。

しかしここで多くの人からツッコミが入る。「勉強やエクササイズのような、役立つものへのやる気が必要なのだ」と。その通りである。

では、ここについて考える。なぜゲームのように勉強に没頭しないのか。なぜ飲酒のようにエクササイズに没頭しないのか。両者の違いは何なのか。

違いの一つは、やる気が出やすいものの方は、他者からの達成目標が義務付けられていないものばかりである。ゲームにはクリア目標が無数にあるが、誰に強制された訳でもない(そもそも達成目標自体はゲームの要素の一つである)。

飲酒時にはここまで飲むべしという規定もないし、誰も毎日飲めとは言っていない。ただ、楽しんでいるだけだから、延々とやる。

一方の勉強やエクササイズには、自分を含めた誰かしらに義務付けられた達成目標がある(場合がほとんどである)。すると自分の中で「やらねばならない」という強迫観念が働く。

「やれば後々いいことがある」ということ自体はわかっている。しかし、どこか「ねばならない」という義務感があるのである。あまり楽しんでいないといえる。逆に考えれば、その義務感さえなければ、両者は「行動」という点では同じである。

ただただやっている状態。ゲームに没頭し続けている時、飲み続けている時と、これはほとんど同じ状態である。やり続けると体が疲れる、眠いなど、それなりに苦痛が伴っている点も同じである。

では、どうすればいいのか。

一つは、何も考えないことである。やる気を出そうとかしないで、やる。ただ、これがあるからやる。それだけしか考えない。考えれば考えるほど、やれない言い訳、やることによる苦痛を探し出すからである。

洗い物などはわかりやすい。

やる気が出るまで置いておくと、溜まりまくる。「今は食べた後の幸福感を無駄にせず味わいたいから」「次のものと一緒に一気にやった方が時間の節約になる」等々、非論理的な理由を並べたて始める。結果、いつまでたっても、やらない。一人暮らしなのに食器が結構な数あるような人だと、尚更やらない(家族がいる人は、強制力が働くので、どこかで必ずやる。しかし、他の誰かしらがやってくれるとなると、毎回やらない)。

一方、「食べ終わる→洗う」という流れを無思考で行えば、洗い物は終わる。その時、途中で何も考えないことがコツである。

掃除は、この点がとてもいい練習になる。お寺では「何でこの寒い中床を拭かねばならないのか」「次々葉が落ちてくる季節に落ち葉を掃く意味があるのか」とは考えない。理屈であれこれ考えだせば、愚痴や不満が出て、行動が止まるだけである(結果的に余計な苦痛を伴う)。

作務として行う。ただ行う。そこに集中する。すると、心がすっきりする。「お寺で決まった時間に作務を行う」というのは決まり事であり、言うなれば他律的自律である。

要は、やることについてあれこれ考えないこと、変なやる気を出そうとしないことがコツである。例えば「ごみが落ちている→拾って捨てる」というこの一連の動作の思考を0にすることである。

「ごみを拾う」という動作自体にやる気は必要ない。「これを拾えばいいことがある」などという打算的なことも「自分の手が汚れて嫌だ」などという利害についても考える必要はない。ただごみが落ちているから拾う、それだけである。

勉強やエクササイズも同じ。ただやる。勉強の中であれこれ思考することは必要だが、やる前にあれこれ考えても、初期動作に邪魔なだけである。エクササイズの最中に、動いている筋肉を意識することは大切だが、やる前に「疲れるかも」とか色々考えることは始める際に邪魔である。

ただ、やるためには、サイクルが決まっている方がいい。例えば学校では、勉強の1週間のサイクルが作られている。その曜日のその時間が来たら、その教科の学習が始まる。

いちいちそこに選択肢がないからこそ、集中できる。「今日はこの教科をやろうかな、やめとこうかな」などと考える余地があったら、多くの子どもは間違いなくやりきれない。

学習塾に行くと勉強ができるというのは、ここである。放課後、自分だけだとだらだらしてしまうはずの時間が、予めスケジュールされている。有無を言わさず、18時から19時は特定の教科の勉強をすることになる。

やらない時より量をこなすのだから、当然以前よりできるようになる。これは、やる気の有無とは全く次元の違う話である。

社会人になってから自分での勉強が難しいというのは、このスケジュールをしてくれる人がいないという点がとても大きい。同じ勉強とはいえ、学生とは全く別のステージである。

逆に、課題とスケジュールを自分で組める子どもなら、通常は学習塾に行く必要はない。必要な時間、勉強をやって量をこなすからである。

教えてもらおうが自分で学ぼうが何しようが、結局は自分の勉強時間の総量である(特別な難関校を受験しようという場合は、また話が別である。そこの合格のための特別な問題や勉強量・緊張感が必要になる)。

いずれにしろ、やる気の有無という話ではなく、決めたこと(あるいは決められたこと)を実行するか否かというだけの話である。両者とも別にやる気があった訳ではなく、いい意味で「やることをやっているだけ」である。

まとめると、始める前にやる気は全くいらない。予めやると決めた、決まったことを、スケジュールとして設定する。できれば、申し込みをするなどして他を巻き込んで、自分もやらざるを得ない状況を作る。それをやる。それだけである。

逆に、やりすぎてしまうことをどうするかも考える。

上で書いたゲームや飲酒、食事のように、欲を無限に刺激されるようなものに「ただやる」を適用すると、とんでもないことになる。

また、別に何の気なしにいつもつけて見ているテレビなど、習慣化していつの間にかやってしまっているものもある。

ここには、環境設定が肝である。だから、だめでもついやってしまうもの、望まずにいつの間にかやってしまっているものは、その近くに寄り付かないに限る。やれる環境にあれば、放っておいてもやってしまうからである。

ただし、ゲームなど元々が好きなものであれば、禁止にしないで、それとうまく付き合えるようにした方が健全である。

やるべきことがあるのに「やる気が起きないなぁ~」と思った時。それ自体は、事実である。問題は、やる気が起きないことではない。問題は、今やっていないことだけである。

とりあえず、無思考で始めてみる。そこへのやる気はとりあえず脇に置いておく。やっている内に湧いてくるのが、やる気の性質である。

事前には湧いてくれないとはっきりと自覚しておくとよい。食事や飲み会の約束や旅行のような楽しいことですら、大概行く前は「面倒だな」と思うものである。

振り返ってみると、この発想の動き方を日常的に結構利用している。とにかく約束したから外に出かけるとか、サークルがあるから提案するとか、そういった他律的自律による行動は結構多い。合う人には合う考え方である。

逆転の発想をしてみて、やれるようになる人もいるのではないかと考え、提案した次第である。

image by:Shutterstock.com

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