又吉の新作『劇場』レビュー 恋愛小説ではなく「わからない」の物語でした

又吉の新作『劇場』レビュー 恋愛小説ではなく「わからない」の物語でした

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  • 更新日:2017/03/15

いわゆる「天才」だけが天才なのだろうか。

誰もが、みんなが、わからない部分、自分の意思まで超越しちゃった部分、すなわち天才的な部分を、持ってるのだろうな、と、『劇場』を読んで思った。

3月7日発売の『新潮』4月号に、又吉直樹のデビュー後2作目となる『劇場』が掲載された。

『劇場』は、又吉の芥川賞受賞後、初発表された長編作品にして、自身初となる“恋愛小説”と大々的に報道された。

芥川賞を又吉と同時に受賞した羽田圭介の『成功者K』(河出書房新社)も、ほぼ同じタイミングでの刊行である。書店でも2作を並べての販売が見られた。

『劇場』を、恋愛小説として読むのは無理がある。と言うか、恋愛小説として読むものではない。

※本稿は作品のネタバレを含みます

又吉直樹『劇場』のあらすじと、主人公の向き合い方について

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『新潮』4月号表紙

『劇場』のあらすじを説明する。

主人公は劇作家。道で出会った女性(のちの彼女)の家に転がり込み、いわゆるヒモになる。主人公の劇団からは人が辞めていってしまう。あるときとがった劇団の演劇を観にいく。そのとがった劇団の、天才肌である劇作家の才能に主人公は嫉妬をする。彼女との関係はいつからか崩れてしまっていた。又吉直樹『劇場』のあらすじ

といった話だ。

作品の冒頭で、主人公は初めて出会った女性に声をかける。

「靴、同じですね」と主人公は言う。女性は「違いますよ」と返す。それでも「同じやで」と主人公は食い下がる。主人公と女性の靴は違うものだ。

主人公がその女性にこだわったことに、明確な理由はない。2人の靴が違うのに同じであってほしいと主人公が思ったことにもはっきりとした理由は書かれていない。描写からは、主人公自身も自分の行動をよくわかっていないような印象を受ける。

主人公の意味のわからなさに女性は困惑する。その後、交際を始めることになる。

ほとんど女性(以下彼女と呼ぶ)の前でだけ、主人公のわからない部分は発露される。

大したことがないことで急に怒り始めたり、彼女がもらってきたバイクを借りて、彼女がおどけているのに無視して通り過ぎることを何度も繰り返したりする。

主人公は彼女を馬鹿だと思っている。けれど主人公は彼女の時々見せる「あらゆる感情がない交ぜになった表情」が気にかかる。その意味するところが主人公にはわからない。

わからないところのある彼女には、主人公はわからなさを発揮できる。劇作家としては、自分の考えている「演劇とは」という理論の部分が邪魔をして、主人公の本来持っている「わからなさ」が演劇に生きてこない。

主人公は戯曲を書き続ける。彼女に金も渡さず本やCDを買う。努力の結果生み出された演劇の客はなかなか増えていかない。

主人公は彼女の見せるわからない表情を恐れるようになってくる。

わからないものはおそろしい。

主人公の劇団はあまり人気がない。劇作家の本業そこそこに、主人公はサッカーのゲームをやる。選手に、作家の名前をつける。芥川、太宰、朔太郎、などだ。

彼の振る舞いはまるで、自分の地道に培ってきた知識が、読んできた書物が、「自分が作家として積み重ねてきた努力の証」であるかのようだ。

そして、彼らの名前を冠した選手たちでゲームに勝ち進んでいくことで、自分は強い、作家として正しいのだということを証明しようとしているようにも感じた。

とがった劇団の芝居を見に行き、舞台に日本文学作品が小道具として並べられていることに主人公は動揺する。

天才に、自分の努力の部分でも勝っていなかったのであれば、追い抜くすべはないだろう。

これはお笑い芸人を描いた又吉の前作『火花』にも見られるが、地道な努力をする人の、天才型への憧れという構図がある。

演劇と向き合うことにも、わからないことと向き合うことにも、主人公は失敗している。

自身の中のわからない部分をどんどん殺していって、演劇とは、ということを考え、しまいに、彼女との別れの場面ですら、演劇の台詞というテイで会話を始めだす。

演劇というものに、食われてしまっているのだ。

主人公の日常はすべて劇場になってしまった、と言ってもいいかもしれない。

スタンダードに努力を続けるお笑い芸人・作家の又吉直樹

又吉と綾部のお笑いコンビ・ピースのネタは、設定やキャラクター像は突飛であっても、笑いの取り方はスタンダードだと私は思う。しっかりした形のあるネタをする。けして荒くない。

2010年の「キングオブコント」決勝で見せた、男爵と化け物のネタもそうだ。化け物を指揮するはずの男爵が、化け物のかわいいおねだりに負けてプリクラなどを撮ってしまうというものである。

化け物と男爵という組み合わせはかなり変わっているが、男爵が毎回おねだりに負けてしまうという形はきれいであり、とても見やすく、わかりやすい。

ピースは、そして又吉は、芸人としても作家としても、おそらく努力型なのだと思う。

『劇場』のストーリーも、純文学としてスタンダードなものである。そこに自らの目線や日常生活で見てきている風景(作品中の舞台のかなりの部分を占める下北沢に、又吉はよく訪れるそうだ)を取り入れてきれいに仕上げている。

文章力のうまさは第2作と思えないほどだ。多くの本を読んできた体験がベースとしてしっかりあることを感じさせる小説となっている。

羽田圭介『成功者K』と又吉直樹『劇場』

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『成功者K』

2015年に又吉と同時に第153回芥川賞を受賞した羽田圭介は、『成功者K』という、自分の顔写真を大きく使った単行本を3月10日に刊行した。

羽田は芥川賞をとってから、テレビをはじめとするメディアに出続けた。自分の作品の表紙を印刷したTシャツを着て、である。小説を売るため、と羽田は一貫して主張する。

『成功者K』の内容は芥川賞を受賞した作家の話である。モテモテという設定で、そのためか表紙の羽田は美肌に加工されまくっているように見える。メディアに作品の表紙を見せることを続けてきた羽田は、メディアで知られた自分の顔を表紙にすることで、小説を売ろうとしている。もっと言うと、小説を売るために自分を売ったのだ。

羽田は若くしてデビューした作家である。意欲的にまたチャレンジングに作品を書いてきたが、わかりやすい大ヒット作がなく(失礼で申し訳ない)、地道に作品を書き続け、努力してきた人である。

一方又吉は、もともと芸人としてメディアにかなり出ており、名が知られていた。また書評や自由律俳句の著書もある。小説を愛する芸人、としての知名度は抜群に高かったといえるだろう。

そんな彼が文芸誌『文學界』で『火花』を発表したのだから、売れ行きは抜群によかった。『文學界』史上初の増刷がかかるほどの人気ぶりであったという。

単行本は売れに売れ、今回、芥川賞受賞後初となる作品『劇場』を掲載した『新潮』も、文芸誌としては異例の4万部発行、さらに発売日翌日には緊急重版という結果に。

又吉は、小説では、努力する人、天才型に憧れている人を書いてきた。『劇場』では純文学らしさをさらに高め、作品の力で戦っていこうとしている。

しかし、自身の書く作品とはうらはらに、又吉は、がんばってセールスしなくとも本が売れてしまう、天才型、の位置にすとんと座ってしまったのである。

「天才に憧れる努力家」を描いた作品の中身で売りたいが、話題性で注目されてしまった天才型又吉。若くしてデビューし注目されたがなかなか機会に恵まれず、作品を磨くだけではなく“売る”努力を積み重ねてきた羽田。2人の構図は奇妙で、皮肉的である。

『劇場』と『成功者K』の評判や売り上げが、今後どうなっていくのかはわからない。ただ、2人を対立させて考えるのは違う。

文学は勝ち負けではない。そもそも一冊の本の売り上げだけでは作家の全てを判断することはできないだろう。

売れた冊数はわかりやすい指標ではある。多ければたくさんの人が手に取ったということになるからだ。そして、多くの人に読んでほしい気持ちを持つのは作家として当然だと私は考える。

自分を売るのは、賭けだ。失敗するとどれも掴めずに中途半端になってしまう。自分を前に出して、まっすぐに作品を読んでもらうことと向き合う、努力する羽田を私は本当にすごいと思う。

芥川賞をW受賞した又吉直樹と羽田圭介。そして、今回の作品発表・刊行タイミングの一致。偶然かもしれない。けれど、示し合わせたかのようなこのタイミングが、仮に出版社の狙いだったとしてもいい。普段小説をあまり手に取らない人が興味を持つきっかけになってくれればとても嬉しいことだ。

ところで綾部は本当にニューヨークに行くのだろうか。誰か止めたほうがいいんじゃないか。努力するのはいいが、方向を間違えてないか、心配である。

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「なんでこんな折れてるの?」と編集にも聞かれました。「真剣に読んだ結果こうなりました」と答えました

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