NHK総合「ブレイブ 勇敢なる者 『硬骨エンジニア』」、東芝の破綻を救った、フラッシュメモリーの開発者・舛岡富士雄 世界を変えた「評価されない英雄」の物語

NHK総合「ブレイブ 勇敢なる者 『硬骨エンジニア』」、東芝の破綻を救った、フラッシュメモリーの開発者・舛岡富士雄 世界を変えた「評価されない英雄」の物語

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  • 更新日:2017/12/06
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巨額の不正経理によって経営危機に陥った、東芝は半導体子会社を分離独立したうえで、増資を図ることで経営の継続を目指している。東芝の破綻を救ったのは、同社の研究部門を率いて「フラッシュメモリー」を開発した、舛岡富士雄・東北大学名誉教授の功績である。

NHK総合「ブレイブ 勇敢なる者」は、この舛岡を「硬骨エンジニア」(11月23日)として、その研究生活と人生を追った。それは、東芝が世界的な製品を市場に送り出した時代の栄光と、なぜ東芝が凋落したのかを描いたドキュメンタリーだった。

(iStock/Supersmario)

最初の評価は「こんなものは製品にならない」

フラッシュメモリーは、スマートフォンやデジタルカメラ、サーバーの記憶媒体、PASMOのような交通機関で利用できる非接触型のICカードなど、ありとあらゆるデジタル機器に内蔵されている。このメモリーの特徴は、小さく、電源が切れてもデータが壊れず、軽い。

米国の雑誌フォーブスは、2002年に舛岡をカバー写真に使って「評価されない英雄」のタイトルを掲げた。「日本の半導体事業が、舛岡が描いた方向に行っていたなら違った道を歩んであろう」と、賞賛した。

新聞記者時代に電機メーカーの取材を担当していたとき、舛岡を取材したのは昇格の名目で「技監」という、部下の研究員も研究費もない役職に追いやられた1993年の直後だったことを、番組で知る。フラッシュメモリーの研究を続けたかった、舛岡は翌年に東北大学教授に転じたのであった。

経済記者は「技術」に注目するのが重要である。製品やサービスは、直線的に改良されることもあるが、過去の技術が一新される、断続的な瞬間がある。舛岡に取材した当時、デジタルカメラなどの記憶媒体に使わるようになったのに、興味を持った。半導体の主流は、DRAMであったが、フラッシュメモリーの将来性を淡々と語る、舛岡に心うたれた。

舛岡は、東北大学の電子工学の博士号を取得後、東芝に1971年に入社、研究分野に配属になったが、77年にセールス部門に異動になる。「IBMやインテルに製品を売り込みに行きましたが、いくら性能がよくてもコストが高いので売れませんでした」という。その後、3、4年は工場の製造技術などを担当し、再び研究部門に戻った。「これほど他部門を経験したのはいませんよ」。

フラッシュメモリーのアイデアを80年に舛岡は発想する。メモリーのセル(単位)を縦にする、というものである。家の建設に例えれば、2階建にする。この結果、1階建よりも面積が半分になり、小型化とコストの低減が図られる。さらに、それまでのメモリーよりも、性能を悪くする。それは、1ビット(単位)ごとにデータ-を上書きするのではなく、いったんある区域のデータを別のところに移して、その部分を消去する。

舛岡の開発チームが学会で発表したのは、1984年のことである。「こんなものは製品にならない、というのが学会の講評でした。日本から新しい技術が出るとは思っていなかったのでしょう。インテルが(この技術に目をつけて)東芝に来たときには、会社のひとは驚いた」。インテルは、東芝に先立って「フラッシュメモリー事業部」を立ち上げたのである。

NOR型と名付けた、最初のフラッシュメモリーに舛岡は満足しないで、部下に次の指示を与えた。NAND型と呼ばれるようになる、いまや東芝の利益の半分を稼ぎ出すフラッシュメモリーである。東芝の生き残りのために、半導体子会社を分離できるのは、これによる。

メモリーのセルを並列化した前者に対して、後者は直列に結んだうえに、データの書き込み能力を各段に下げた。コストが下がるとともに、低いデータ処理の能力でも十分なデジタル製品の製造が可能になる。

「自由に研究をやらせてくれた」

舛岡が追われるようにして、大学にその研究の場を求めたように、フラッシュメモリーの開発チームのメンバーもまた、東芝を離れてSONYやインテルに転職した人々がほとんどである。かつての部下たちは、舛岡のさまざまな面を語っている。

「研究のテーマを指示するだけで、会議にはでてこなかった。自由に研究をやらせてくれた」
「マネジメントをされているのに、それがわからないように、チーム編成などをうまくやっていた」
「黒子である我々技術者に光をあててくれた」

舛岡が博士号を取得したのは、東北大学の西澤潤一教室である。西澤は、光通信の基礎であるガラスファイバーの理論や、光の三原色のうち、赤と緑の発光ダイオードの開発で知られている。青の開発によって、日本人研究者がノーベル賞を獲得した。

西澤もまた、永遠のノーベル賞候補者であり、「評価されない英雄」である。80年代末に取材した際の言葉を記録しておきたい。

「私は、世界でも独自の技術を開発しようとしてきた。海外の事例を追試(確かめる)するのは研究ではない。国の研究開発費の審査員となって、いつもそのように研究者にいうので、恨まれていることだろう。ノーベル賞の授賞者の候補を推薦する、覆面の研究者は絶対に私の名前をあげないでしょう」と。

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