大乱闘、監督中傷ビラをばらまき...ファンを困惑させた「悪童助っ人」

大乱闘、監督中傷ビラをばらまき...ファンを困惑させた「悪童助っ人」

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  • 更新日:2018/01/12
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乱闘騒動を繰り広げた元巨人のガルベス (c)朝日新聞社

球春到来が待ち遠しい中、プロ野球各球団の戦力補強は年が明けても続いている。その中でチーム浮沈の大きな鍵を握るのが新外国人選手たち。彼らの活躍を期待する前に、90年代以降に日本球界でプレーした助っ人たちの中で、違った意味でインパクトを残した「悪童」たちを振り返ってみよう。

■メル・ホール(1993年~95年、ロッテ、中日)

元ヤンキースの4番打者として鳴り物入りで来日し、1年目はチームの4冠王(打率、本塁打、打点、盗塁)と活躍。しかし、自分の打席が終わると隣室でテレビゲームをしたり、チームメイトのミューレン(ヘンスリー・ミューレンス)を使いパシリにしたりと、素行の悪さで首脳陣、チームメイトから煙たがられた。帰国引退後は母国でバスケットボールチームのコーチをしていたが、複数の未成年へのわいせつ行為、強姦罪を重ね、禁錮45年の刑を受けた。

■ケビン・ミッチェル(1995年、ダイエー)

メジャーリーグのストライキの余波を受け、現役バリバリのメジャーリーガーとして来日。開幕戦で初打席満塁本塁打というド派手なデビューを飾ったが、その後は「微熱」、「右ひざ痛」などを理由に度々欠場し、5月に無断帰国。7月に再来日していきなり1試合4安打を放ったが、再び無断帰国して解雇。朝まで飲み歩く姿も目撃され、揚げ句の果てに球団と金銭面でのトラブルを起こし、「金と共に去りぬ」と揶揄された。現役引退後も問題行動は続き、暴行容疑で複数回逮捕された。

■バルビーノ・ガルベス(1996年~2000年:巨人)

ドミニカ共和国出身の右腕。来日1年目の96年に最多勝となる16勝を挙げて「メークドラマ」に貢献したが、その一方で山崎武司への危険投球で乱闘に発展。ただ、この時はオフのテレビCMで「カルシウム、フソク、シテイマセンカ?」と話して笑って済ませたが、その後もマウンド上での気性の荒さが目立ち、98年7月31日の阪神戦で、球審の判定に不服を抱き、直後に被弾して交代を告げられると、いら立ちのままに審判団に向かってボールを投げつけて「シーズンの残り試合出場停止」という処分を受けた。翌99年には2本の満塁本塁打を放つ偉業を達成するなど高い能力を見せたが、最後まで問題児としての印象が付いて回った。

■ダレル・メイ(1998年~2001年:阪神、巨人)

阪神でローテの一角を担ったが、審判への暴行で2週間の謹慎処分を受けると、その間に「歯の治療を受ける」という理由で、ガールフレンド同伴でグアム旅行へ。当時の野村克也監督との相性も悪く、「監督中傷ビラばらまき事件」を巻き起こして罰金&無期限謹慎処分を受けて退団となった。その後、大幅な年俸アップで巨人に入団すると、2000年6月の古巣・阪神戦で和田豊が3回続けて打席を外したことにいら立ち、「狙った」との威嚇暴投球で騒動に。巨人では2年連続で2ケタ勝利を挙げて結果を残したが、悪役っぷりも目立った。

【写真】監督中傷ビラをばらまいたメイ

■ローガン・オンドルセク(2015年~16年:ヤクルト)

来日初年度だった15年はロマン、バーネットとともに必勝リレーを確立させてリーグ優勝に大きく貢献。しかし翌16年になるとサボり癖が目立つようになって登板拒否も。そして6月の中日戦で味方のエラーから救援に失敗して降板すると、ベンチ内で真中満監督をはじめ首脳陣やチームメートへ暴言を吐くなどの悪態をついて無期限謹慎処分に。その後、「首脳陣との対立から精神的に立ち直ることが困難」ということでシーズン途中での退団となった。

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