「この本を読んで自閉症の息子の頭の中が初めてわかった」日本発、世界的ベストセラーの翻訳者が語る

「この本を読んで自閉症の息子の頭の中が初めてわかった」日本発、世界的ベストセラーの翻訳者が語る

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/04/08
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僕が跳びはねる理由』は、現在28歳になる自閉症者の作家・東田直樹氏が13歳の時に執筆し、34カ国で出版されて世界的なベストセラーとなった本『自閉症の僕が跳びはねる理由』にもとづいたドキュメンタリーだ。本作では東田氏が綴った言葉をナレーションに、世界各地の5人の若い自閉症者たちから見た世界、そして、彼らをとりまく社会的課題を映し出す。

同書を英語に翻訳したイギリス人作家デイヴィッド・ミッチェル氏と妻のケイコ・ヨシダ氏にもまた自閉症の息子がいる。東田直樹氏の本のどこが画期的で、どのようなインパクトを社会に与えたのか――。デイヴィッド・ミッチェル氏に聞いた。

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デイヴィッド・ミッチェル氏/『僕が跳びはねる理由』より

息子の行動がまったく理解できなかった

――なぜこの本を訳そうと思われたのでしょうか?

デイヴィッド・ミッチェル(以下、ミッチェル): 妻のケイコが日本語で書かれた直樹の本を英語に訳しながら、キッチンで読んでくれたんです。当時3歳だった私たちの息子は自閉症を抱えていて、不可解な行動を起こすことが多かった。息子の行動がまったく理解できなかった私たちは、この本を読んで息子の頭のなかが理解できるようになりました。直樹の本には深い感謝の念を覚えましたが、同時に、自分たちがあまりにも息子を理解できていなかったことが恥ずかしくなりました。

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『僕が跳びはねる理由』より

――不可解な行動とは、東田氏が書かれているように、急に跳びはねたり、叫び声をあげたりすることでしょうか?

ミッチェル:はい、直樹の行動と息子の行動にはかなり共通点がありますが、一番つらいのは、ハッピーで笑っているかと思えば、次の瞬間、涙を流して悲しんだり、頭を壁に打ち付けて自分自身を傷つけたりする行動です。

当時、児童精神科医からは「そういう行動を起こすトリガーを見つけなければいけない」と言われていたんですが、トリガーが皆目分からない。息子が悲嘆に暮れ苦しむ様子を見ても、「愛している」とギュッと抱きしめるしか術がなく、私たちが息子の支えになっているのかも分からず、途方に暮れていたんです。

――東田氏は、自閉症者の記憶の仕方が私たちとは違うと書いています。私たちの記憶は線のように続いているけれども、自閉症者の記憶は点の集まりで、その点を拾い集めながら記憶をたどっていると。

ミッチェル:自閉症者は例えば、5年前、1年前、そして昨日起こったことを時系列ではなく「今さっき」起こった出来事として覚えているのです。つまり、突然笑い出したり、泣き出したりしているときは、5年前や1年前の記憶が今起きているかのようにフラッシュバックしている。そういった自閉症者の記憶のプロセスが私たちと違うことを直樹の本で知り、やっと息子の行動の辻褄が合いました。

知性・年齢相応の教育が受けられない

――自閉症者東田氏の本は社会にどのような影響を与えたのでしょう?

ミッチェル:私が直樹の本を読んだときは、自閉症専門の児童精神科医も少なく、自閉症の研究も進んでいませんでした。この本は自閉症者のコミュニティにとっては画期的と言ってよいほど、自閉症の世界への理解度を深めたと思います。実はこのドキュメンタリーのプロデューサーのジェレミー・ディアにも自閉症の息子がおり、大きな影響を受けています。

今でも自閉症の原因は解明されていませんし、教育制度にも課題は山積みですが、過去15年ほどで政治的・社会的な偏見や差別は大分改善されました。直樹の本はこうした大きな変化の一部だと言えます。

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『僕が跳びはねる理由』より

――教育制度というと、映画に登場するアメリカ人の自閉症者、ベンとエリザベスは、言語療法士と母親のサポートのもと、文字盤を使いコミュニケーションができるようなりました。いま、彼らは20代前半で世界史を勉強していますが、文字盤を使う前までは年齢に適した学校教育を受けることができなかったとベンは証言しています。

ミッチェル:現在、日本やイギリスを含む多くの先進国でも、自閉症者は知性と年齢に合った学校教育を受けられていません。自閉症は認知能力が私たちとは違うコミュニケーション障がいなのですが、知的障がいだと捉えられているからです。15年から20年前までは、自閉症者は知性も感情もない人間だと考えられていたほどです。

――ドキュメンタリーでは、シエラレオネに住む自閉症者の少女ジェスティナが、「悪魔つき」「魔女」などと呼ばれて学校を転校せざるを得ないほどの差別を受けます。シエラレオネでは、村の住人の圧力によって自閉症者の子供をどこかに捨てざるを得ない親もいるとか。

ミッチェル:シエラレオネの現状は日本やイギリスの過去と同じです。自閉症という言葉が生まれる前から自閉症者は人類の歴史に存在していましたが、彼らの人権や尊厳は21世紀になるまで認められていませんでした。特に、19世紀以前の自閉症者は成人になるまで生き残れず、短く苦しい人生を送っていたんです。社会保障制度がまだ整っていなかった時代に彼らがどのような扱いを社会から受けていたか、なんとなく想像できるでしょう?

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『僕が跳びはねる理由』より

――そうですね……。ところで、本作のメガホンをとったジェリー・ロスウェル監督は当初、東田氏の伝記物語にしようと考えていたようですね。

ミッチェル:直樹はジェリーに「私の文章や言葉は好きなように使ってくださってもよいですが、私の物語にはしないでください」と告げたと聞いています。直樹のドキュメンタリーはNHKが制作した番組がすでにありますし、彼は自分の私生活を大切にする人なんです。ジェリーは直樹の決断を聞いて、もっとクリエイティブにならなくてはいけなくなりましたが(笑)、直樹の決断は非常に謙虚で思慮深かったと思います。

自閉症者には感情も知性もある

――確かに、東田氏ひとりでなく、世界各地の5人にフォーカスしたことで、自閉症にも多様な個性があること、そして、国によっては違う環境に置かれていることを知りました。特に、東田氏を想起させる日本人に見える男の子を登場させたことで、東田氏の言葉と5人のリアリティの2つの世界が際立ったように思います。

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『僕が跳びはねる理由』より

ミッチェル:そうなんです。この作品はただ、自閉症者のことを知ってほしいという願いから生まれたんです。決して、自閉症者のことを知らない人を批判するものではない。私だって自分の息子を長い間理解できなかったくらいなんですから。自閉症者には感情も知性も、ユーモアのセンスもあり、人を愛することができるということを知ってほしい。そして、彼らが自分らしく生きていられるように、社会に寄り添ってほしいと思います。

――東田氏はどのような人物なのですか?

ミッチェル: 数年前にNHKが直樹の本のドキュメンタリーを撮影したときに初めて会わせてもらい、その後も直樹とは5回ほど会いましたが、直樹は直樹ですね(笑)。彼は会話が難しい重度の自閉症者ですが、通訳を介して文字盤で会話をしました。

初めて会ったのは東京のホテルの一室。そのとき彼は急に部屋に走り込んで来て、まわりをぐるっと見回し、窓から外や車を眺めてから、NHKのカメラマンや音響の人たちを置いて部屋を出ていき、しばらくして戻って来ました。まるで軍隊の偵察隊みたいな感じでした(笑)。おそらく、私がどんな人間で、彼がどんな状況に置かれているのか、まず確認したかったのでしょう。戻ってきてからゆっくりと話をしました。

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『僕が跳びはねる理由』より

――お二人はどんな話をしたのでしょう?

ミッチェル:最初は自閉症について、私がたくさん質問をしました。そのうち、文学オタクがするような話になってきて、直樹が使う接続詞や比喩の話で盛り上がりました(笑)。翻訳者というのは原作者の頭のなかに入り込み、言葉と言葉、言葉と心の関係性を分析する作業が求められるので、翻訳者は原作者と親密な仲になったような気がするんです。

また、イギリスである自閉症者の母親が「直樹の文章は一般的な自閉症者が書けるものではない」と言っていたのですが、その話を直樹にしたら笑っていました。あとは、好きな小説や寝るときに見る夢など、作家と作家が話すようなごく普通の話をしたかな。直樹は背がヒョロっと高く、思いやりにあふれた非常にユニークなエネルギーの持ち主です。彼との交流はとても楽しいし、彼の世界に対する斬新な視点にいつも驚かされます。

――原作である『自閉症の僕が跳びはねる理由』の「自分が辛いのは我慢できます。しかし、自分がいることで周りを不幸にしていることには、僕たちは耐えられないのです」「自分を好きになれるのなら普通でも自閉症でもどちらでもよい」という東田氏の文章に心を打たれました。

ミッチェル:自閉症者は正義感が強く、他人への思いやりにあふれていて、いつも誰かの助けになりたいと思っているのに、それを表現する術をもっていないんです。彼らが見る世界は私たちのものとは全く違い、非常にユニークで、社会のバイアスが一切かかっていない。自閉症への偏見に惑わされず、私たちが心を開き歩み寄りさえすれば、私たちとは違い客観的に世界を眺める彼らの視点から多くを学べると信じています。

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『僕が跳びはねる理由』より

僕が跳びはねる理由』は4/2(金)より角川シネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国順次公開

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