「いまぼくは、プロ野球選手をめざしています」広島・栗林良吏の元に届いた“10年前の自分からの手紙”

「いまぼくは、プロ野球選手をめざしています」広島・栗林良吏の元に届いた“10年前の自分からの手紙”

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/05/02

「拝啓、この手紙読んでいるあなたは、どこで何をしているのだろう」

これはアンジェラ・アキの名曲「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」(作詞・作曲 アンジェラ・アキ)の冒頭だ。歌詞はこの後、「十五の僕には誰にも話せない悩みの種があるのです。未来の自分に宛てて書く手紙ならきっと素直に打ち明けられるだろう」と続くが、「十五の僕」を「十二」に変えれば、不思議なことに広島・栗林良吏投手(24)の物語に様変わりする。

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ドラフト1位ルーキー・栗林良吏

「いまぼくは、プロ野球選手をめざしています」

栗林が小学6年生のとき、卒業記念としてタイムカプセルを製作することになった。地中に宝物を埋めたりはしていない。10年後の自分に宛てた手紙を書こうという企画だった。書き出しは「10年後の自分へ」。未来の自分に伝えたいことは、野球のことばかりだった。

「いまぼくはかしこくないけど、野球が好きですよ。いまぼくは、プロ野球選手をめざしています。いまぼくはなにをやっている? たぶんアルバイト。野球で県大会に出たことはうれしかったな」

締めは「10年前の自分より」。小学生の頃から将来の夢はプロ野球選手だった。ただし、その夢を面と向かって両親に打ち明けたことはなかった。未来の自分に宛てて書く手紙なら素直に打ち明けられた。

栗林は夢をかなえようと涙を流して戦った。中学入学前に「硬式のチームでやりたい!」と父・秀樹さんに泣いて訴えても聞き入れてもらえずに、軟式野球チームに入団した。高校入学前には「私立で野球をやらせてください」と再び泣いて頭を下げると、今度は認めてもらい愛知黎明に進学。「進路決定のときは親とぶつかったけど、結果的には感謝しています」。高校2年の秋から本格的に投手に転向し、名城大ではドラフト上位候補として名前が挙がるまでに成長した。

偶然にも運命の日に届いた手紙

そして迎えた大学4年、18年ドラフト会議当日のことだった。実家に手紙が届いた。差出人はつたない文字で「栗林良吏」とある。10年後の自分に宛てた手紙が、偶然にも運命の日に届いたのだ。

ただ、プロ野球選手になりたいと書いたタイムカプセルが到着した日に夢がかなう……というのはあまりに出来すぎた話だった。2位指名以上の縛りを設けていたことで指名漏れ。大卒でのプロ入りとはならなかった。

それでも夢を諦めず、社会人野球の名門トヨタ自動車のエースとして評価を上げて、2年後の20年ドラフト会議で広島にドラフト1位で指名された。さらに入団後には、抑え不在のチーム事情も重なり、新人ながら守護神に抜てきされた。

プロ初登板は、開幕2戦目3月27日の中日戦だった。7―4の9回、先頭の京田を二ゴロ、続く木下拓を投ゴロで2死として根尾を迎えた。5球目のフォークを外角に決めて空振り三振を奪うとマウンド上で跳ねるようにして右拳を握った。大学4年だった18年、栗林が幼少期から応援していた中日に1位指名されたのが根尾だった。当時流した悔し涙は、プロ野球史上5人目となる初登板初セーブとなって報われた。

拝啓、「いまぼくはなにをやっている?」と書いた12歳の栗林少年へ――。10年後も野球が好きなままだよ。お父さんとケンカをしても夢は諦めないほうがいいと思う。手紙が届く頃はまだ夢の途中かもしれないけど、君は将来、立派なプロ野球選手になれるよ。

河合洋介(スポーツニッポン)

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(河合 洋介)

河合 洋介

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