笑い飯、M-1王者の称号がずっと力に「いつまでもM-1現役の子らから面白いと言われたい」

笑い飯、M-1王者の称号がずっと力に「いつまでもM-1現役の子らから面白いと言われたい」

  • マイナビニュース
  • 更新日:2021/07/22
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●節目を迎えた心境と、転機となった『M-1』への感謝

笑い飯、『聖☆おにいさん』聖人コンビに扮し全国ツアー会見「哲夫は似てる」

昨年7月にコンビ結成20周年、同年12月に『M-1グランプリ』優勝から10周年を迎えたお笑いコンビ・笑い飯。交互にボケていくWボケ漫才で、『M-1』9年連続決勝進出を果たし、“M-1の申し子”とまで言われた2人は、いまなお円熟味を増した掛け合いでファンを魅了している。

毎年単独ライブを開催している2人だが、今年は規模を拡大し、「笑い飯の漫才天国 ~結成20+1周年記念ツアー~」と題した単独ツアーを開催中。7月17日に東京で幕を開けた同ツアーで、全国12カ所を巡る。そんな2人にインタビューし、結成21年目、『M-1』優勝から11年目の心境や、衰えぬ漫才への情熱を聞いた。

――昨年、結成20周年という節目を迎えられましたが、思い描いていた20周年とのギャップはありますか? また、『M-1』優勝から10年という節目に感じたことも教えてください。

西田幸治:もう20周年かという感じで自覚はあまりなかったです。『M-1』についても、もう10年経ったんだという感じで、自分としてはそんなに意識していません。

哲夫:若手のときにお会いした師匠方が、あのとき何歳だったんだろうというのは考えるようになりました。今の時点で僕らよりも20歳くらい上の方が、僕らの今の世代やったわけで、当時から師匠でいらっしゃったし、そう考えると僕らはいつまでたっても師匠とかではないんだろうなと。いずれ年齢的には師匠になっていくんでしょうけど、自分はまだ若手の気持ちでいるところがあります(笑)

――若手の気持ちを持ち続けられているのですね。

哲夫:とはいえ、「小学生のときに笑い飯さんがM-1の決勝に出ているのを見て……」という話を聞くと、だいぶおじさんになったんやなと実感します(笑)

――“M-1王者”の称号は、活動していく中でやはり大きかったですか?

西田:大きかったですね。チャンピオンになったからこその後輩からの尊敬もあるので。特に、『M-1』に挑んでいる後輩からは、「よう9年連続(決勝に)出ましたね」といまだによく言われます。そして、M-1チャンピオンとして見られるので、しっかりやらねばという思いがあります。

――優勝がもちろん大きいと思いますが、初めて決勝に進出した第2回大会(2002年)もターニングポイントになったと感じているそうですね。

西田:優勝よりも決勝初進出のときのほうが、変化という意味では大きかったです。それまで知名度がほとんどなく、テレビ出演2本目か3本目が『M-1』だったので、ガラッと変わりましたね。そこからいろいろなお仕事をいただくようになりました。

――『M-1』にはやはり感謝されていますか?

哲夫:それはもう感謝ですね。

西田:もう自分らは出ていませんが、毎年、年末はワクワクします。

哲夫:『紅白歌合戦』と並ぶくらいの年末の風物詩になっていると思う。番組としてもめっちゃ面白い番組やなと思いながら見ています。

西田:良く知っている後輩が出ると緊張します。あいつ大丈夫かなってドキドキして。自分が出ているほうが気楽ですね。

――出場されていた当時、緊張はなかったのですか?

西田:ないことはないんですけど、テレビ2、3回目が『M-1』やったので、楽しい、うれしいという気持ちが勝ち、ほかの人よりは重圧はなかったと思います。

哲夫:途中から、今年こそ優勝せなあかんみたいな思いはありましたけど。3年目くらいから優勝候補と言われ出し、そこからなかなか優勝できなかったので、はよ優勝したいと思っていました。

●衰えぬ情熱「漫才が好き」 年齢とともに変化も

――『M-1』の最初の頃からWボケのスタイルが完成されていましたが、結成してすぐこのスタイルにたどり着いたのでしょうか。

哲夫:もともと別のコンビで、相方が辞めたので組んだんですけど、前のコンビではボケ同士やったので、ボケとボケで自然とこういうスタイルになりました。

西田:でも、こういう形になるまでに1年くらいはあったと思います。ボケ同士ですけど、ツッコミがない形をやったり、1年くらい試行錯誤しました。

哲夫:『M-1』の最初のときは交互にボケていくというのはもうやっていました。

――Wボケ漫才を貫かれていますが、ネタ作りなどで何か変化はありますか?

哲夫:年々出来上がるまでに時間はかかるようになっています。ネタを作り続けていると、「これはもうやった」となっていくので、題材探しは年々大変な作業ではあります。

西田:あと、年齢とともに題材も、ちょっとおっさん臭くなっているかもしれません(笑)。社会見学のようなネタではなくなってきていると思います。

――年齢とともに変わっていくのも面白味ですよね。

西田:そうですね。漫才は、やっている人間とそんなに差がないほうが面白味があるので、年を取ってきたらより一層ベテラン感のある内容になっていくのかなと思います。

――毎年単独ライブも開催され、走り続けていらっしゃいますが、お笑いへの情熱はずっと変わらないですか?

哲夫:漫才が好きなんですよね。関西で中心に活動していますし、漫才で笑ってほしいという思いはずっと変わらないです。

西田:やはり漫才は面白いなと。いまだに『M-1』で新しい形が出てきたり、どんどん進化しているので、飽きないです。また、昔ウケなかったものがウケたり、逆に昔ウケていたところがウケなくなったり、そういう変化もあります。

――いくらでも研究しがいがあるわけですね。

哲夫:そうですね。やる側の変化もあるし、世間の変化もあるので、生モノやなと実感しています。

●単独ライブで新ネタと格闘「やり終えたら気持ちいい」

――コンビの20年間を振り返って、あのときこれを乗り越えられてよかったというような出来事がありましたら教えてください。

哲夫:そういうのはいつもあります。今でも1年に1回単独ライブをやっていて、そこで新ネタを作るのですが、新ネタという山をいつも乗り越えている。すごいええネタできたって、そういう実感はしておかなあかんなと思っています。

――1年に1回の単独ライブはお二人にとってとても大事なわけですね。

哲夫:はい。お客さんも待ってくれていると思いますし。

西田:しんどいですけど、終わってみたらやっぱりよかったなと毎年思います。

――新ネタとの格闘の中で成長できているなと感じますか?

哲夫:そうですね。やる前はしんどいですけど、やり終えたら気持ちいいです。

西田:この年になって、こういった挑戦ができているというのはありがたいです。

――今後の目標もお聞かせください。

哲夫:なんばグランド花月はお笑いの伝統の場所。師匠がみなさんまだ活躍されていて、お元気な姿を見させてもらうと、自分もいつまでも元気に舞台に立っていられたらかっこいいなと思います。

西田:いつまでも『M-1』現役の子らから「面白い」と言われたいです。

――やはり、M-1チャンピオンというのはパワーの源になっているわけですね。

西田:そうですね。M-1チャンピオンとして立たせてもらっているので、そこでチャンピオンあんまりだなと思われないように頑張らなければと思っています。

――コロナ禍において無観客でライブが行われる時期もありましたが、だからこそ気づけたことなどはありますか?

西田:無観客で漫才するのと、少なくてもお客さんいるのとでは、全然やっている感じが違うので、お客さんのありがたみを改めて感じました。

哲夫:オンラインの開催もありましたが、それでも見たいと思ってくれるお客さんがたくさんいることに気づくことができ、そこで改めてお客さんへの感謝が生まれました。本当にありがたいです。

――最後に、全国ツアーへの意気込みやアピールをお願いします。

哲夫:ストレスがたまるような去年からの厄災を吹き飛ばせるようなライブにできたらと思っていますので、ぜひ見に来ていただけたらうれしいです。

西田:サンドウィッチマンさんやナイツさんなど吉本以外の事務所の方たちもゲスト出演してくださるので、それも楽しみにしていただけたらと思います。

■笑い飯
哲夫(1974年12月25日生まれ、奈良県出身)と西田幸治(1974年5月28日生まれ、奈良県出身)によるお笑いコンビ。2000年7月結成。吉本興業所属。Wボケ漫才で繰り出す個性的なネタを武器に『M-1グランプリ』決勝に9度進出し、ラストチャンスとなった2010年に悲願の初優勝を果たし、全国区の知名度を獲得した。

酒井青子

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