人はなぜ不倫するのか:極刑も恐れず不義に走った江戸時代

人はなぜ不倫するのか:極刑も恐れず不義に走った江戸時代

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  • 更新日:2021/05/04

連載:少子化ニッポンに必要な本物の「性」の知識

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男と女の関係の基盤をなしているのは性的な求め合いである

心のやすらぐよい家庭を築き上げることは、人生にとっての大きな目標の一つであり、よろこびでもある。

それを実現させるには家族を養う経済力もさることながら、円満な夫婦関係が維持できるか否かがカギとなることは言うまでもない。

人との出会いにはきっかけがあるものだが、恋愛というものの始まりは常に性欲の発動が関係している。

しかし、人間とは素直な生きものではないため、一人の男の心が、あるいは一人の女の心が、特定の異性に惹かれ始めた途端、「動機のすり替え」を自分の心の中に起こしがちだ。

性欲をたたき台にして、社会的な合理化を図るということは、人間の恋愛の始まりの最初の一瞬において、よく試みられることである。

それは人間らしい微笑ましい誤魔化しである。

「いえ、彼との結びつきの始まりはテニスという共通する趣味の一致が動機でありまして、性欲などではありません」と主張する淑女であっても、残念ながら恋そのものの始まりには必ず性欲の疼きがある。

また、日曜日には教会の礼拝に必ず訪れる敬虔な貞女が「私たちのつながりは精神的なものであって、性欲などとは全くの無関係です」などと胸を張ったとしても、それは方便に過ぎない。

もし、その恋愛が結果的に結婚につながる大恋愛に発展しようと、実り切れずに途中で消えた恋であろうと、恋の始まりはエロティックな思いが働くからであり、性欲の勃興なくして、その炎は燃え上がることはない。

つまり性欲に蠢きをもたらすきっかけとは、けっして思想だの、スポーツだの、同じカルチャー教室だの、同じ職場だのといった理由からではないのだ。

対面した瞬間に沸き起こる「あの女を自分のものにしたい」もしくは「あの男になら抱かれてもいいわ」という素朴な衝動にほかならない。

そこで、めでたく結婚したもののやがて、何かのきっかけや、時の経過などで夫婦関係が冷えてしまったとしても、家庭内離婚とか仮面夫婦とか様々な表現はあるにせよ双方が望めばそれなりの家庭の形は保てるだろう。

だが、形だけの家庭や家族であっては家の中は暗くなり夫婦だけでなく、子供たちも日々の不幸を強いられることになる。

実際、永続的な家庭の幸福を手に入れるのは、決してやさしいことではない。そこに生じる困難や障害の原因は様々あるはずだ。

中でも性生活の問題は、表面化しにくいかもしれないが大きなウェイトを占める、とても厄介な問題でもある。

男と女の関係の基盤をなしているのは、言うまでもなく性的な求め合いだが、性生活に倦怠期はつきものだ。

性欲とは、つまるところ異性同士を近づけようと作用する力である。だから、恋愛はその発端からその後もずっと、性欲の働きにより継続されるものである。

恋の終わりとは、2人のどちらか、もしくは2人ともが、相手に性欲の蠢きを感じなくなったことから訪れるという至極単純な理屈による。

カップルの性生活も、夫婦の性生活も、いずれ倦怠期が生じるもので、どんなに熱烈な男女の愛情も、日常の時間の中では、いつかは色褪せたものとなる。

恋人や夫婦が互いに相手に気持ちを寄せていくのは、そこに性的な関心やエロティックな思いが働くからで、それが男女関係の本質なのである。

夫婦や恋人たちの間に生じる倦怠感の原因は、2人、もしくはどちらか一方の性的情動の衰退減少にほかならず、それは残念ながら避けようのないことである。

人間の心や感情はそうなるようにできており、エロティックな魅力というのは、著しく持続性に欠けたもので、きわめて鮮度が落ちやすい。

もし、どんな形であれ性的情動が枯渇していたとすれば、そのカップルは、もはや単なる男女の組み合わせにすぎないといえよう。

熱愛の鮮度が落ちた後に、静かで穏やかな深い情愛の絆が2人の間にゆっくりと育まれることも、当然あるだろうが、そこで夫婦の性生活の問題すべてがめでたく解消するとは言い難い。

精神的には安定している円満な夫婦でありながら、肉体の奥底に性の不充足の思いを密かに抱いている夫や妻は少なくない。

つまり、精神的な愛の充足と肉体の生理とは別ものということだ。

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不倫が日常茶飯事だった江戸

不貞、それは密かに行われるものである。

人目にさらさぬ密通という大前提があることで、それに背くことにより、さらなる情欲の炎を燃え上がらせる。

亭主や女房といったいつもの相手でない異性との手合わせの震慴(しんしょう)は戒律に背き禁を侵すことで生じ、恍惚とした歓びを掻立てる。

情欲の感受性はまちまちだが淫奔に走らせる衝動は誰にでも潜在的に具わっている。

ある探偵事務所の調査によると、日本人は20代~40代では男性が約3人に1人、女性は約6人に1人が浮気をしているという報告がある。

つまり男性の33%、女性16%が浮気をしていることになる。

時代は遡り、恋愛結婚が現在と比べものにならないくらい難しかった江戸時代。

結婚相手は家格の釣り合う相手を親や縁者が決めて、結婚するのが一般的だったが、愛する相手と一緒になれない男女は時に心中を選ぶことも珍しくはなかった。

既婚女性にとっての不倫もまさに命懸けの行為であり、徳川幕府が1648年に公布した『江戸市中諸法度』には、既婚の女性の「不義密通」は重罪とされていた。もし、発覚すれば相手の男性ともども斬首の刑に処された。

江戸時代の浄瑠璃、歌舞伎の作者である近松門左衛門の相愛の若い男女の心中の物語『曽根崎心中』が1703年に上演されると、この演目を皮切りに、来世で2人の愛が結ばれることを誓った心中事件が大流行する。

幕府は享保8年(1723年)より上演や脚本の執筆を禁止。また、心中者の一方が生存した場合は極刑とした。

「大工殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の10日も降ればいい」と、貧乏で生活力がないといった、その日暮らしの男性がほとんどだった上に、発展著しかった江戸では女性の数が圧倒的に少なかったことが、当時、結婚を難しくさせていた。

この時代、男と女の比率は現在とは比較にならないほど差があり、長屋暮らしの男性が結婚できる比率は僅か2割、つまり長屋で嫁のいる世帯は10%から20%だった。

そんな貴重な女性である他人の嫁さんを口説き落とすために大いに活用されていたのが恋愛指南書である。

こうした指南書は性典といわれ、本来、性愛に対する教典の意味で養生書として出されていた。

『黄素妙論(こうそみょうろん)』

『延寿撮要(えんじゅさつよう)』

『衛生秘要抄(えいせいひようしょう)』

『子種蒔(こたねまき)』

『女閨訓(じょけいくん)』

といった書物には、女性に対して愛情表現をどのようすれば効果的に伝わるか、快楽の情熱をいかにして満足に導くか、秘戯の情景や細かい感情の描写、心理的な態度といったことが文学的に表現され、読む者を妄想の世界に誘い、あるいは実際の技巧として女性を歓ばすために役立つ内容が綴られている。

なかでも『色道禁秘抄(しきどうきんびしょう)』はわが国の性典書としては特に充実した内容で、快楽の追求、刺激的変化のための用法が項目別に分類されていた。

「男女の恋愛秘戯の諸相とそれらの一般的技巧等に関するもの」

「交会姿態および御法等、行房秘戯に関する直接的なもの」

「秘具、秘薬等の用法、技巧に関するもの」

「陰名、その他機能や鑑別について記述したもの」

「男色、女色、独悦手弄、探春等に関するもの」

など、全篇64項から構成され性行為にまつわる諸相が詳細に述べられている。

性典が人気を博した影響か、町人の不倫は日常茶飯事で、江戸の町は離婚率が高かったため離婚すること自体、恥なことではなかった。

しかし、法的には不倫や浮気は不義密通と断罪され、『密通いたし候妻、死罪』と幕府の司法法典『御定書百箇条』に記されている。

また、妻の密通を夫が発見した場合、夫は妻と密通相手、つまり間男に対し私的刑罰権を行使できる「下手人討」が容認され、密通相手を殺害しても「構い無し」と罪には問われなかった。

だが、多くの場合、妻の不倫が発覚するのは世間体が悪く、また妻を殺すのは忍びないといった理由により、密通相手から慰謝料7両2分の首代(現在の50万円程度で首を切られる代りに出す金銭)を徴収し、二度と妻には会わないという誓約・詫び状をとり示談とするのが一般的であった。

また、離婚するには、妻は夫からの離縁状をもらう必要があった。離縁状には、「わたしたちは離婚する。妻の再婚は許す」といった趣旨が書かれていたが、この文章の長さが3行半のため三行半(みくだりはん)と呼ばれた。

もし、妻が離縁状をもらわずに誰かと再婚すれば、『密通いたし候妻、死罪』となり元妻と再婚相手の男ともども処せられた。

性欲の疼きが死と直結した時代の話である。

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江戸時代、結婚する時、嫁の実家に渡す「嫁をもらいうける旨」の文が7行だったため、離婚は半分に別れるという意味で三行半になったと伝わる。三行半に書かれているのは「わたしたちは離婚する」という別離の宣言であったが、別れゆく妻への配慮として、夫は離婚の理由を書かないのが一般的だった。離縁状は再婚の許可証も兼ねていた

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人は何歳まで性行為を愉しめるのか:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64897

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市川 蛇蔵

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