アカデミー賞“日本代表”の『ドライブ・マイ・カー』を「死者の霊」から読み解く

アカデミー賞“日本代表”の『ドライブ・マイ・カー』を「死者の霊」から読み解く

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/10/14
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「私が殺した…私が殺した…私が殺した…」

濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』の重要なシーンで、岡田将生演じる高槻耕史はこの言葉をまるで呪いをかけるかのように繰り返し口にする。

高槻は、渡利みさき(三浦透子)が運転する赤いサーブの車内で、不倫関係にあった今は亡き家福音(霧島れいか)から聴いた物語を、その夫である家福悠介(西島秀俊)に語り直すのだが、「私が殺した」という言葉は、単なる「物語の締めくくり」であることを超えて、狭い密室内で不穏に反響する。

この言葉はどうしてそれほどまでに力を持つのだろうか。結論を先取りして言えば、それはこの言葉が車内にいる高槻、家福、みさきの3人がそれぞれに人を「殺した」ことを言い当ててしまうからだろう。奇異に聞こえるかもしれないが、ここでは〈降霊術〉を手がかりに、この言葉の不気味さについて考えてみたい。盛大にネタバレするので、未見の方はご注意願いたい。

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「ドライブ・マイ・カー」ティザービジュアル

『ドライブ・マイ・カー』あらすじ
舞台俳優であり演出家の家福(かふく)は、愛する妻の音(おと)と満ち足りた日々を送っていた。しかし、音は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう――。2年後、広島での演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去をもつ寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。さらに、かつて音から紹介された俳優・高槻の姿をオーディションで見つけるが…。
喪失感と“打ち明けられることのなかった秘密”に苛まれてきた家福。みさきと過ごし、お互いの過去を明かすなかで、家福はそれまで目を背けてきたあることに気づかされていく。(映画『ドライブ・マイ・カー』公式サイトより)

霊媒としての音とみさきの母

『ドライブ・マイ・カー』は、語ること、あるいは語り直すことをめぐる映画である。そのありようが降霊術に似ているように、私には思われる。降霊術とは、基本的には霊媒が死者の霊を召喚することを指す。その方法や霊の出現の仕方にはさまざまなパターンがあるが、ここではもっとも一般的な、霊媒に死者の霊がとり憑き霊媒の口と声を借りて言葉を語らせる現象を思い浮かべてほしい。

まずは主人公である家福の妻の音の語りに注目してみよう。

冒頭、ベッドの上で上半身を起こした音が女子高生の物語を語るシーンは示唆的だ。脚本家である音は、その物語を確信をもって語っているように見える。だが、実は音はこの物語を半ば無意識の状態で語っているためよく覚えておらず、翌朝夫である家福が語り直し、音はそれをメモしてテレビドラマの脚本として組み立てていくのである。

つまり音は、物語を意識的・主体的に紡ぎ出しているわけではなく、むしろ性交後のトランス状態にある彼女に、物語のほうが降りてきた、あるいは、とり憑いたかのようである。

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家福の妻・音を演じた霧島れいか[Photo by gettyimages]

その意味で音は物語の作者というより、自らの口と声で他者の物語を語る霊媒のような存在であると言える。音が語る物語は、のちに訪れるクライマックスで重要な役割を果たすのだが、そのことは後で述べる。ここではとりあえず、音が霊媒のように、どこからかやってきた物語を語っていたということを押さえておきたい。

言葉の起源、つまり「語る主体」の曖昧さは、家福の運転手を務めるみさきが映画の終盤で語る母の物語にも通じる。

みさきによれば、彼女を虐待していた母は二重人格で、いつも虐待の後で「さち」という8歳の少女の人格を発現させていたという。みさきは二重人格は母の演技であった可能性を口にするが、本当に二重人格であれ、演技であれ、「さち」の言葉を語るのはみさきの母である。

言い換えれば、「さち」はみさきの母の口をとおして語るのであり、この母もまた霊媒的な性質を帯びていたと言える。結果的に、母に憑依した(という言い方は適切ではないかもしれないが)「さち」はみさきの唯一の友だちとなり、虐待に耐えるみさきの支えとなる(※注1)。

この映画では、言葉はどこかからやってきて語る者にとり憑き、その口を借りてその声で語られるのだが、むしろその時にこそ、思いがけない力を持つことが示されているようだ。

そしてそのことは、この映画が中心に据える演劇という営みとよく似ている。

※注1:木下千花氏は、娘を4歳で亡くした音とみさきの母について「まったく異なった社会的・経済的・文化的な境遇を生きた音とこの母は、明らかに重ねられている。二人とも、それぞれの理由から規範的な母になり損ね、密室でのセッションのなかで一種のトランス状態に陥って語る」と指摘している(「やつめうなぎ的思考」)。

降霊術としての演劇、霊媒としての俳優

演劇とは、劇作家が紡いだ言葉が、その起源から離れて俳優にとり憑く芸術であると、この映画では言っているように思われる。だからこそ家福は、稽古場で本読みを繰り返し、そこに俳優自身の意思や感情が入らないように細心の注意を払う。

言い換えれば、俳優の意識や理性、人格を排除し、俳優を一種の霊媒に見立てているかのようだ。やがて言葉は俳優にとり憑き、俳優の口を借りてその声で語り始める。それはまさに降霊術のようだ。

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主人公の家福を演じた西島秀俊[Photo by gettyimages]

その意味で、家福が稽古場への行き帰りに、みさきの運転する車の中で、音が生前に吹き込んだチェーホフの『ワーニャ伯父さん』のセリフを聴き続けることは象徴的である。家福は、カセットテープというメディア(メディアは「霊媒」という意味を持つ)から聞こえてくる抑揚のない音の声と、ワーニャのセリフを通して対話し、ワーニャになってゆくのである。

それは家福にワーニャがとり憑くような体験である。ここに音や家福自身の意思や欲望が介在する余地はないのだが、それは間違いなく音と家福の対話でもある。

録音された音の声は、すでにこの世にいない音の、すなわち死者の声として届けられる。家福は過去から届く死者の声と対話しながら、車を走らせるのである。車を意味するヴィークルという言葉もまた、「媒介するもの」という意味を持つ。家福の赤いサーブは、過去と現在、生と死を繋ぐ装置でもあるのだ。

「ノックすること」の意味

ところで、家福が演出する『ワーニャ伯父さん』の稽古場で特徴的なのは、テーブルをノックする行為である。

細馬宏通氏は『ドライブ・マイ・カー』をめぐる考察で、稽古場での本読みの際のノックに着目している(「ノックの不在」)。本読みの際、俳優たちは自分のセリフが終わると、コツンとテーブルをノックしてセリフが終わった合図をする。

家福の演出する『ワーニャ伯父さん』は、それぞれの俳優が母語をしゃべる多言語上演のため、日本語・インドネシア語・マレー語・北京語・韓国語手話などが入り混じる。各俳優は他のキャストの言葉がわからないため、セリフの切れ目を次の話者に伝える必要があるのだ。

そしてそれは同時に、細馬氏が指摘するように、「次の台詞をノックで呼び出しているよう」でもある。

そもそもテーブルノッキングは降霊術の一つの方法でもあるのだが、ノックについて考えるために、ここではサミュエル・ベケットの『オハイオ即興曲』を手がかりにしようと思う。映画の冒頭近くで、家福がベケットの出世作『ゴドーを待ちながら』を演出し、自らも出演していることを思えば、必ずしも唐突ではないだろう。

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ベケットの晩年の戯曲『オハイオ即興曲』(『新訳ベケット戯曲全集2 ハッピーデイズ:実験演劇集』)は不思議な作品だ。

「愛しい人」を亡くした男(ト書きでは「聴き手」と記されている)が思い出深い部屋から孤独な部屋へと引っ越してくる。するとそこに別の男(「読み手」)が1冊の書物を携えて訪ねてくる。その男は、今は亡き「愛しい人」から遣わされてきたという。

「読み手」は持参した書物の朗読を始め、夜が明けると去っていく。ところがその物語は、今まさに舞台上で展開している状況にそっくりになってゆく。そんなことが幾晩か繰り返されるうち、ある晩とうとう「読み手」は朗読が終わっても居座り続け、「読み手」と「聴き手」の2人の容貌は瓜二つになり、区別がつかなくなってゆく。

注目すべきは、この朗読において、「聴き手」は一切言葉を発することなく、代わりにテーブルをコツンとノックする行為で、朗読を中断したり、先を促したりするということだ。「読み手」もひたすら朗読を行うだけで、舞台上の2人の間に彼ら自身の言葉によるコミュニケーションは存在しない。

ここでも、本に書かれているはずの言葉は起源が曖昧である。なぜならこの物語をもたらした「愛しい人」はすでにこの世にいないはずで、しかも物語は朗読が現在進行形で行われている状況を正確になぞり、やがて追い越して結末を予告さえするのだ。「読み手」はまるで霊媒のように、死者から託された物語を自らの声によって届けるために夜ごと訪れるのである。

不気味に反響する死者からの物語

この状況は、実は冒頭でも紹介した家福と高槻の会話によく似ている。家福は「愛しい人」である妻の音を亡くし、仕事で広島に滞在している。そして、かつて音によって家福に引き合わされた高槻は、まさに彼女に遣わされたかのように広島にやってくるばかりか、今は亡き音の物語を携えて家福の車に乗り込み、家福が知らない物語の続きを語って聞かせるのだ。

高槻は音にとり憑いた物語を自らの口と声で語り直すのだが、本読みで家福が高槻に対して執拗に指導した、感情を入れないでまさに朗読するように語る発話方法がここで生きてくる。

高槻にとっては、この物語を語ることは、家福に対して音との情事を認めることにほかならない。にもかかわらず、高槻はこの物語を語らずにいられない。高槻もまた物語にとり憑かれてしまったからだ。高槻は霊媒のように音の物語を自らの口と声で語るのだが、その物語の締めくくりが「私が殺した」なのだ。

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俳優・高槻耕史を演じた岡田将生[Photo by gettyimages]

「私が殺した」

高槻が口にするこのセリフの「私」とは誰か。文脈から言えば、主人公である家福の亡くなった妻・音が語る物語に登場する、奇妙な女子高校生を指すことは明らかだ。

音の物語の主役である女子高生は、片想いの男子生徒の留守宅に何度も忍び込むうちに、別の空き巣に遭遇してレイプされそうになり、その空き巣を殺してしまう。部屋に死体を放置したまま逃げたにもかかわらず、男子生徒の生活は何事もなかったかのように平穏なままで、焦れた女子高生は男子生徒の家に新たに取り付けられた監視カメラに向かって「私が殺した」と宣言するのだ。

しかしながら、家福の車の中で直接的にこの言葉を発するのは霊媒と化した高槻である。この後、彼が実際に殺人犯となることを想えば、自らの将来を予言しているかのようだ(犯罪は既に行われているが、この時点では被害者は生存していると思われる)。

そして狭い車内でこの言葉を聴く家福は妻の音を、ハンドルを握るみさきは実母を、それぞれ間接的に殺したと感じていることから、「私が殺した」という言葉は思いがけなく彼ら自身の罪を抉り出してしまう。

ここでは、音の物語の寓話的な意味や解釈には立ち入らない。むしろ重要なのは、車内という閉じた空間で「私が殺した」という言葉が、元の文脈や意図とは無縁に、そこにいた三者の罪を言い当ててしまったという事実である。

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渡利みさき役の三浦透子[Photo by gettyimages]

音が語った起源の定かでない物語は、語り直され、語り継がれながら、音の死後にまさに言霊として高槻、家福、みさきにとり憑き、呪いとなる。だからこそ物語を超えて不気味に反響するのである。

外部から「語らされる」こと

狭い車内は、いわば彼らにとっての演劇空間であり、彼らはそれぞれに語り直された他者の言葉、死者の言葉を自らのものとして受け入れ、不在の音をも巻き込みながら、「私が殺した」という言葉で一つに結ばれる。赤いサーブは、これ以上ないほど濃密な空間と化して、夜の闇を走り抜ける。

その後、家福とみさきが、妻と母を殺した罪を互いに告白することになるのは、ともに「私が殺した」という言葉にとり憑かれ、それを共有したからではないだろうか。彼らが意思や理性で抑圧してきた罪の意識は、外部からの力で「語らされる」ことではじめて言葉となって表出したのである。

赤いサーブでの北海道へのドライブが、彼らの魂を鎮め呪いを解く旅となるのは、言語化することによって、彼らが自らの罪に向き合うことができたからにほかならない。

とり憑いて離れない言葉

濱口監督にとってセリフを語ることは、外部から到来する言葉にとり憑かれる体験なのではないだろうか。それは劇作家や脚本家の人形になるといったこととはまったく異なる。

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カンヌ国際映画祭での濱口竜介監督[Photo by gettyimages]

俳優が霊媒と化すとき、その声や身体を使って発せられたセリフは、作家の意図からも自由な地点で、言葉そのものが持つ力をそれぞれの観客におよぼす――そのような思想がこの映画には感じられる。『ワーニャ伯父さん』の幕切れで、ソーニャの手話が思いがけない美しさで私たちに深い感動をもたらすのは、そのことをよく表している。

家福もみさきも(もちろん高槻も)罪の意識を忘れることはないだろう。それでも、ソーニャがワーニャに語りかけるように、彼らは生きていかなければならず、赤いサーブは走り続ける。おそらくは死者とともに。ヴィークルである赤いサーブは、生と死、過去と現在を繋ぎながら、未来へと走り続けるに違いない。

濱口監督の短編映画『天国はまだ遠い』では亡霊的なものが取り上げられていると聞くが、残念ながら私は未見である。濱口監督自身がここで考察したようなことを考えていたかどうかはわからないが、少なくともベケットは間違いなく濱口監督にとり憑き、濱口監督の映画の言葉は、私たちにとり憑いて離れそうもない。

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