薩摩に残る見事な石橋をその目で!鹿児島市「石橋記念公園」

薩摩に残る見事な石橋をその目で!鹿児島市「石橋記念公園」

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  • 更新日:2017/09/16
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薩摩に残る見事な石橋をその目で!鹿児島市「石橋記念公園」

鹿児島市の市街地中心部を流れる甲突川には、かつて五本の石橋が架かっていて、「甲突川の五石橋」として知られていました。そのうちの三本が、今は市街地北部の「石橋記念公園」に移設、保存されています。堂々として威厳を感じさせる「西田橋」や、素朴さが良い風情の「玉江橋」など、どの石橋も見応え充分。橋マニアでなくても、ぜひ訪れてみてほしい、「石橋記念公園」をご紹介しましょう。

集中豪雨の災害にも残った貴重な歴史遺産!

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写真:沢原 馨

鹿児島市の中心市街地の北部に、「石橋記念公園」という公園が設けられています。園内には、かつて甲突川に架けられていた石橋が移設され、保存されているのです。石橋は1800年代の中頃に肥後(現在の熊本県)の名石工岩永三五郎を招いて築造されたもので、「橋マニア」でなくても見応え充分。鹿児島観光の際にぜひ立ち寄りたいところです。

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写真:沢原 馨

鹿児島市の市街地中心部を流れる甲突川には、かつて玉江橋、新上橋、西田橋、高麗橋、武之橋という五本の石橋が架かっていて、「甲突川の五石橋」として知られていました。しかし、残念ながら平成5年(1993年)に鹿児島を襲った集中豪雨によって、新上橋と武之橋が流失してしまいました。残った玉江橋、西田橋、高麗橋の三本の石橋が、災害からの復興に際して現在の「石橋記念公園」に移設され、鹿児島の歴史遺産として保存、公開されているというわけです。

名石工岩永三五郎の代表作にして傑作!薩摩の威光を顕す西田橋

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写真:沢原 馨

西田橋は1846年に架橋されたもので、かつて鹿児島城下への玄関口としての役割を担っていた橋でした。四連アーチの美しい石橋で、岩永三五郎が手がけた石橋の中でも傑作、彼の代表作とされるものです。

他の石橋の3倍ほどの建設費がかけられたという西田橋、精緻な石組みや丸柱の高欄など、当時の名石工の技術力の高さをうかがい知ることができて、その見事な仕上がりには感動を覚えます。まさに城下への玄関口として、薩摩の威厳を顕す橋だったのですね。

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写真:沢原 馨

西田橋の袂にはかつて御門があり、出入りする人々を番所で改めていました。その御門は西南戦争で焼失したらしく、残っていなかったのですが、移設工事の際に礎石の一部が発見され、各種資料を基に公園内に再現されました。鹿児島城下へ出入りする人々の一人になったつもりで、橋を渡って御門をくぐってみるのも楽しいものです。

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写真:沢原 馨

西田橋の下には今は甲突川ではなく、人工的に造られたせせらぎが流れています。夏には子どもたちの水遊び場となって歓声が響いています。西側から眺めると、西田橋の向こうに桜島の頂上部が見え隠れします。美しい石橋と水遊びする子どもたち、その向こうに聳える桜島、なかなか“絵になる”風景です。

祇園之洲公園に保存された高麗橋と玉江橋も必見!

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写真:沢原 馨

西田橋の保存された「石橋記念公園」から稲荷川に隔てられた北側に、高麗橋と玉江橋が保存された「祇園之洲公園」が設けられています。西田橋の移設は県が、高麗橋と玉江橋の移設は市が担当したため、別々の公園になっているようですが、通常は両者を合わせて「石橋記念公園」と呼ぶことが少なくないようです。

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写真:沢原 馨

高麗橋は西田橋の翌年、1847年に架橋されたもので、これも四連アーチの美しい石橋です。幾度か改修を経ていて、架橋時の姿を再現することが困難だったため、明治末期から大正初期にかけての姿に復元されました。上流側の水切り石が垂直に近い角度で立ち上がっているのが特徴という高麗橋、橋の下に降りてしっかり見学しておきたいですね。

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写真:沢原 馨

玉江橋も四連アーチの石橋ですが、幅員約4mと規模が小さく、城下ではなく甲突川の上流部に、伊敷不動堂(梅ヶ渕不動堂)への参拝の人たちの利便のために架けられた橋でした。「甲突川の五石橋」の中では最後、1849年に架橋されたものです。ほぼ架橋時の姿に復元されたという素朴な姿が魅力的です。現在、橋の下は稲荷川河口部の水路で、橋の下をくぐることはできませんが、かえって往時の姿を想像しやすいかもしれません。

「祇園之洲公園」で見ておきたい!薩英戦争の遺構

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写真:沢原 馨

祇園之洲公園内には、石橋以外にもぜひ注目しておきたいところがあります。ここは薩英戦争の際に使用された祇園之洲砲台が設けられていた場所なのです。祇園之洲砲台には薩摩で製造された大砲が設置されていましたが、けっきょく薩英戦争の際に英国のアームストロング砲によって破壊されてしまいました。

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写真:沢原 馨

薩英戦争は1862年に起きた生麦事件に端を発し、その犯人の処罰と補償を求めて鹿児島湾に入った英国艦隊と、当時攘夷派だった薩摩との間で1863年に起きた戦闘でした。詳細の説明はここでは省略します(詳しく知りたい人は「薩英戦争」で検索してみましょう)が、この戦闘によって薩摩は西欧諸国との武力の差を思い知らされることになるわけです。その後、薩摩と英国は友好関係を結び、1865年には町田久成や五代友厚らに率いられた留学生たちが英国に渡ることになるのですから、歴史の流れの面白みを感じるところですね。

余裕があれば、甲突川に架かる現在の橋の姿も見ておこう

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写真:沢原 馨

「石橋記念公園」を訪ねる前、あるいは訪ねた後、余裕があれば市街地中心部を流れる甲突川の河岸に足を運んで、現在の西田橋や高麗橋、玉江橋などの姿を見ておくのもお勧めです。

現在の西田橋の袂、左岸川の緑地スペースの一角に、西田橋に関する解説を記したパネルが設置され、石橋時代の西田橋の写真も添えられています。これを見ておくと、より理解が深まります。平成5年(1993年)の水害を被るまで、石橋は実用の橋として甲突川に架かっていたのです。もし機会があれば、地元の方に当時の様子を聞かせてもらうのもいいものですよ。年配の方なら石橋が甲突川に架かっていた当時をご記憶のはずです。

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写真:沢原 馨

また、その緑地スペースには「8・6豪雨災害之碑」も建っています。災害の概略を記した碑文にも目を通し、自然災害に対する備えの大切さについて気持ちを新たにしたいものです。

「石橋記念公園」の美しい石橋の姿から薩摩の歴史に思いを馳せよう!

「石橋記念公園」は、観光客の姿は少なく、のんびりとした公園の雰囲気が漂っています。美しい石橋の姿を堪能しつつ、ゆったりとしたひとときを過ごしましょう。園内各所から桜島頂上部の姿が見え隠れするのもお勧めポイントです。

「石橋記念公園」内には石橋に関する各種資料を展示した石橋記念館も併設されています。石橋の架橋時の様子を再現したジオラマなど、なかなか見応えがありますよ。入館無料なのでぜひ見学しておきましょう。

「祇園之洲公園」内には、他にも「西南戦争官軍戦没者慰霊塔」や、肥後から招かれて石橋を築いた石工岩永三五郎の顕彰碑も建っています。岩永三五郎の功績を記した解説もぜひ目を通しておきたいですね。

公園は市街地中心部から少し離れていますが、鹿児島市電の「鹿児島駅前」電停から徒歩で15分ほど、市内周遊バスを使うのも便利です。橋マニアの方なら必訪の「石橋記念公園」、特にマニアでなくても美しい石橋の姿は充分に見る価値あり! 石橋の姿から薩摩の歴史に思いを馳せるのも旅の醍醐味です。

関連MEMO

石橋記念公園(指定管理者公式)

鹿児島市観光サイト よかとこ かごんまナビ

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