『アクタージュ』原作者逮捕、「性被害当事者で作品のファン」の私が考えたこと

『アクタージュ』原作者逮捕、「性被害当事者で作品のファン」の私が考えたこと

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/09/16
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8月8日、『週刊少年ジャンプ』で連載中だった漫画『アクタージュ act-age』の原作者、マツキタツヤ氏が強制わいせつの容疑で逮捕されました。女子中学生に背後から自転車で近づき、追い抜く際に胸を触ったとされています。

『アクタージュ act-age』(以下、アクタージュ)は、原作者と作画担当が別で、作画は宇佐崎しろさんが担当しており、人気作品として知られています。

この事件は私にとって大きくショックを受ける出来事でした。なぜなら、私は性暴力の被害を複数経験している当事者で支援や啓発の活動を続けてきた立場であるとともに、アクタージュのファンだったからです。

アクタージュの新しさ

私は、事件報道以前、アクタージュを次世代の少年漫画だと期待していました。同作は演劇の世界を舞台に、天才的な演技の才能を持つ主人公・夜凪景(よなぎ・けい)が、仲間たちとの出会いで成長していく物語です。演劇に対する向き合い方や、個々人のアイデンティティの描き方は新しい時代の価値観を感じました。

少年漫画はジェンダーバイアス(男はかくあるべし、女はかくあるべしという偏見)の強さを感じることも多いのですが、この作品は「バトル展開」「友情・努力・勝利」などの少年漫画の王道を保ちつつも、「多様性」や「個人の尊重」が意識されていると感じていました。

「男」「女」という表現や、容姿の美しさへの言及は多いですが、「演劇」という題材や役者を取り巻く世界であることから違和感はなく、女性キャラクターは特別性的に扱われるわけでもなく、目立った恋愛描写もなく、作品上のキャラクターの役割でもジェンダーバイアスを強く感じることはありませんでした。

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〔PHOTO〕iStock

また、演技をするにあたって、キャラクターの強みや生きてきた背景を大切にした展開になっています。「フツーっていっぱいあるんでしょう?」「どんな普通だって選んでいい」など、作中のセリフから自分の中にも多様な自分が存在し、様々な生き方があることを肯定していると感じました。

私はこういう漫画がジャンプにあるのは嬉しいと思って続きを楽しみにしていました。そんな中、今回の事件には、まるで冷水をかけられたような気分になりました。

二次被害への懸念

逮捕についてはメディアでも大きく取り上げられていて、ネット上の反応は主にこのようなものでした。

・打ち切りは妥当
・作品継続や再開を望む声
・宇佐崎先生が一番の被害者
・編集部が被害者に言及していないことへの批判

私が事件を知って一番に思ったのは、被害者への二次被害が起きないかということでした。舞台化も決まり、オーディション企画も控えていた人気漫画の原作です。期待が大きかったからこそ、関係者としては損失も大きいですし、ファンとしては未完の漫画の今後が気になるのも身を持ってわかります。

しかし、このような事件では被害者の立場を考えなくてはいけません。性暴力の被害に遭ったとき、被害の経験自体も大きな出来事ですが、その後の経緯でより深く傷つき、社会的に追い込まれることが多いのです。

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まず、被害を重く見て「打ち切りは妥当」「避けられない」と考える声が多かったことや、被害者を責める声があまり見られなかったのは、意外でしたが安心しました。

性暴力の告発があったり、性犯罪のニュースが流れたとき、反射的に「冤罪なんじゃないか」などと、被害は嘘だと決めつけて言及されがちです。また性暴力を「性的なこと=下ネタ」と解釈し、茶化してネタにしたり、無意識に「大したことがない」と矮小化する傾向も見られます。

私自身も痴漢や、無理やり性行為を強要されるなど複数の被害の経験がありますが、とくに今回のような痴漢行為は軽く見られて茶化されがちです。そして、問題は性暴力の加害者側にあるにもかかわらず、「服装や振る舞い」や「被害者が気にしていること」にすり替えられて、被害者が責められ、追い込まれる理不尽な状態になっているのです。このような二次被害をセカンドレイプと言います。

今回の場合、他の性犯罪の報道に比べても、被害者を責める声は少なかったように感じました。性暴力に対する意識が少し変わってきたのだろうかとも思います。

ただ、本人が容疑を認めていることや、監視カメラでの映像が証拠として示されていること、顔見知りでなく通りすがりの被害であること、余罪や常習性があることを強く感じさせる報道だったことが、被害者へのバッシングにつながりにくい状態だったのかもしれません。被害を認められやすかったことは良かったと一方で、複雑な思いもあります。

最初の報道で「中学生にわいせつ行為」という情報だけが流れたため、矮小化したり茶化すような言動をする人もいました。しかし本来ならそれ自体、ネタにするようなものではありません。容疑者が認めていなかった場合や、報道が具体的にされなかった場合、被害者が責められていたかもしれなかったと思うのです。

セカンドレイプをしてしまうのは、性暴力への軽視や無理解と不注意があるだけで、必ずしも悪気があるわけではありません。ネット上では、軽い気持ちでセカンドレイプにあたる発言をしている人をよく見ますが、そのような発言で性暴力の被害に遭っても訴え出にくくなったり、被害者を追い込むことを自覚してほしいと日々思います。

被害者の行動が制限されるかもしれない

逮捕報道から2日後、少年ジャンプはこの件を受けて連載終了を発表し、作画の宇佐崎先生のサポートに尽力すると発表しました。

「打ち切りは妥当」という反応が多かったのですが、そういった発言に反発したり、「作品には罪はない」と編集部を批判する声も上がりました。

作品を惜しむ声が大半ですが、性被害の矮小化や二次加害につながる可能性もあります。打ち切りを「(法によらない)社会的制裁」や「加害者への罰」であり、人格の問題を社会的立場に結びつける過剰な措置だと捉えて批判する人もいました。

私は前述の通り作品のファンではありますが、被害者のその後の生活を考えるなら、作品の打ち切りは必要だと考えていましたし、ジャンプ編集部の決定は当然だと思いました。「加害者への単純な罰」を求めているではありません。ただでさえ、性暴力はその後の被害者の安全脅かすものであり、被害者のその後の行動や生活が制限されないようにする必要があるからです。

少年ジャンプは人気・売上ともに日本一の少年誌であり、影響力の大きい漫画雑誌です。本屋に行けばコミックが山積みにされ、街を歩いていても電車でもそこら中で広告を目にします。

性暴力の被害に遭うと、PTSDの症状に苦しめられる可能性が高くなります。PTSDを抱えると、被害を思い起こすような場所や出来事・人物に遭遇したときに、フラッシュバックが起きるなど、心身に著しい負担がかかります。

私自身もPTSDの症状を抱えたことで意識を失ったり、体調不良が続き、学校に通うのが困難になり、休学をするなど大学に3年長く通うことになりました。性暴力の被害は、想像以上にその後の生活に強い影響を与えます。

私は性暴力を犯した人が罪を償い更生するべきだとは思っていますが、社会的に排除されるべきだとは思っていません。しかし、加害者よりも被害者が行動を制限されやすい現状は理不尽で、被害者の権利が優先されるべきだと思っています。

とくに加害者が著名人の場合は、ファンの声で加害者は許容され、被害者は責められた挙げ句に行動が著しく制限されやすいのです。そして性暴力は社会的に取り扱うべき問題であり、決して私的な問題ではありません。だからこそ、このような状況を踏まえた上で、性暴力を矮小化しない姿勢を示すことが必要だと思っています。

宇佐崎先生の声明に救われた

連載中止を受けて、「宇佐崎先生が一番の被害者なのに」という声も多く見られました。たしかに作画担当である宇佐崎先生もこの件の被害者です。連載中止で自分の代表作が台無しになってしまい、収入も大幅に減るでしょう。そして何よりも作画担当であることから、自分の絵が犯罪に結び付けられ、スティグマを着せられてしまった状態であり、非常に悔しい思いをされていると思います。

しかし、こうした発言は、宇佐崎先生が「一番の」被害者であるという表現をすることで、おそらく無意識ですが、被害を軽く見てしまっているのです。

被害者の訴えを「勇気のある行動」とし、作品の継続を望む声が、結果的に被害者を責めることにならないように「性犯罪によって受けた傷は自然に癒えるわけではありません」など、性暴力の被害の重さをしっかりと伝えたことは意義の大きいことです。

宇佐崎先生がこう言うならと、再開を望むファンの気持ちの整理もついたのではないでしょうか。今回の事件に複雑な想いを抱いていたファンも、宇佐崎先生の声明で心を落ち着けることができたのではないでしょうか。

私は自分自身だけでなく、性暴力被害者の声を多く聞いており、サポートをすることもあります。そんな中で性暴力の事件で関係者がこれだけ真っ当で誠実な声明を出すのを見たのは初めてかもしれません。

性暴力が起きたとき、関係者や周囲の人は「当事者間で解決して」「自分は関係ない」という態度を取りがちです。

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しかし、その態度こそが組織内で性暴力が起きたときに、被害が軽く見られることや、きちんとした対応をされないこと、被害者が不当に追い込まれることの原因になっていくのです。宇佐崎先生も女性であり、これまで少なからず嫌な思いや怖い思いをされたことがあったのかもしれません。私はこの文を読んで救われた気持ちになり、涙が出ました。

「ジャンプ編集部に、性暴力に反対する姿勢を示してほしかった」という批判もありました。「関係者が謝罪しろ」と誤解されがちですが、少年への影響の大きい雑誌の社会的責任として被害者を慮る姿勢を示してほしかったということでしょう。私もそうした気持ちはありましたが、この件に関して編集部と宇佐崎先生の間にどのようなやり取りがあったかわからないので、まずは宇佐崎先生の声明に敬意を示したいと思います。声明に対しても「宇佐崎先生が一番の被害者」との発言を見かけますが、宇佐崎先生の声明を尊重するなら、そのような発言は見直すべきでしょう。

事件後にアクタージュについて「お風呂の描写が多い」と言う批判も見かけましたが、私は作品を読んでいてそこが気になったことはありませんでした。見返してみるとたしかに1巻にお風呂シーンはあるのですが、サービスシーンのような内容では全くなく、自然なものでした。

ウェブメディアのインタビュー内で宇佐崎先生はマツキ氏に「下ネタのノリがきつい」と指摘することがあると答えています。初期は下ネタが挟まれている部分がありますが、あまり目立つように描かれておらず、その後はそうした描写がなくなってきています。

もしかしたら、アクタージュのジェンダー表現がフラットに見えたのは、宇佐崎先生のおかげが大きいのかもしれません。個性のある美しく迫力のある絵が、キャラクターの魅力と作品の説得力につながっていると思っていましたが、アクタージュという作品の宇佐崎先生の貢献の大きさを改めて感じました。

8月29日、読売新聞朝刊で、マツキ氏が再逮捕され、容疑を概ね認めていると報じられました。マツキ氏は今後も余罪を追及されるでしょう。Twitterやあとがきで「ストレス発散に自転車に乗っている」などの発言も多いことから、性依存症の可能性も高いでしょう。マツキ氏には更生してほしいですし、その後も被害者保護を考えるなら(少なくとも)そのままの名前を使って活動することは避けるべきでしょう。

素晴らしいと思ってた作品が終わるのは非常に残念で喪失感がありますが、何よりも被害者がこれ以上傷つかないこと、このような事件が繰り返されないことを願っています。

そして、美しく迫力のある絵を描く、作品外の言葉でもファンを救ってくれた、宇佐崎先生を応援したいと思っています。

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