本の印税でベナンに小学校を建てたゾマホンと日本の数奇な運命

本の印税でベナンに小学校を建てたゾマホンと日本の数奇な運命

  • WANI BOOKS NewsCrunch
  • 更新日:2020/10/16
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お茶の間に彗星のように現れ、日本語を巧みに操り、物怖じせずに意見をというアフリカ人男性――と言って、誰が思い浮かぶだろうか。そう、TV番組『ここがヘンだよ日本人』で一躍有名になったゾマホン・ルフィン氏だ。

母国ベナンに、日本語学校と小学校を作ったことを知っている人も多いかもしれないが、その後も歩みを止めることなく、ベナン共和国大統領特別顧問に、駐日ベナン共和国大使といった輝かしい経歴を持つ。現在もベナンと日本の交流活性化のために、日々身を粉にして働いている。日本に来て早27年が経つというゾマホンさんの単独インタビューに成功した。

アルバイトの労災で日本の大学に入学しました

日本への興味を持ったのは幼い頃だが、実際問題、出身地であるベナンのような途上国には「日本に行くより、天国の方が行きやすい」という言葉があるほど、経済的にも物理的そして精神的にも、両国はとてもかけ離れた存在だった。ゾマホンさんも例外ではなく、来日できたのは本当に偶然の繋がりだったという。

「ベナンでは、生きている間にいいことをすれば天国に行けますが、どんなに頑張っても、貧乏だと日本に行くことはできないんです。保証人も必要でした。けれども、中国の北京で孔子教育思想を勉強するため、奨学金をもらいながら博士課程を受けていた時に、クラスメイトだった日本人の高橋さんが保証人になってくれて。それで、日本に留学生として平成6年にやってまいりました」

長年の希望だった日本への切符を、運よく手にして喜んだのもつかの間、今度は学びながら生きていかなくてはいけない、という金銭的な問題が立ち塞がる。しかし、それが結果的に、また新たな扉を開くことになった。

「江戸川区・小岩の日本語学校に2年間通いました。私費留学で来ていたから、3つのアルバイトをかけもちしながら働いていた時に、アルバイト先の工場で指を切断してしまったんですよ。それで労災が出て、そのおかげで大学に入る入学金ができたんです。そして、上智大学大学院文学研究科社会学の一般試験を受けて、受かった」

その事故がなかったら、今のゾマホンさんはいないと言い切る。また先に北京に留学していたことにより、漢字が読める状態になっていたことが、日本での生活でもアドバンテージとなったという。そもそもゾマホンさんは、日本のどんなところに興味を持ったのだろうか。

「ベナンでは、中学とか高校、大学で教えている先生の多くが、現地のベナン人とフランス人だったんですよ。でも、あの先生たちは日本に来たことがない。教えてもらった日本は、ちょんまげして歩いている人とか、刀を差して歩いている人とか、危ない日本、おかしな日本でした。また日本は、アフリカ・アメリカ・ヨーロッパ、他のアジアの国々より、地下資源・石油・ダイヤモンドもないのに先進国になった。それはおかしい。それを知りたかった。でも残念ながら、ベナンに日本大使館がなかった。日本にもベナン大使館がなかった。交流が全然なかったんです」

本の印税で『たけし日本語学校』を建てました

そのあと、ビートたけしさんが司会のTV番組『ここがヘンだよ日本人』への出演の話が舞い込み、1999年には『ゾマホンのほん』、続く2000年に『ゾマホン、大いに泣く-みなさま心よりありがとう』と2冊の本を出版(河出書房新社)。これらは大ベストセラーとなり、その名を日本中に知られることになった。

普通の人なら天狗になりそうな、ミラクルに満ちたサクセスストーリーだが、たくさん入った印税も自分のために使うことは一切なかったという。

「印税で私は『たけし日本語学校』を、2番目に『江戸小学校』、3番目に『明治小学校』と小学校を作りました。最初の学校は2003年設立し今年で17年目です。学校の名前は、全て日本の名称をつけたんですよ。なぜかというと、その学校に通っている生徒たちが、大きくなったら『なぜたけしですか?』『なぜ明治ですか?』『なぜ江戸ですか?』と聞くから。ちゃんと日本の歴史や日本の文化を味わせたかった。いろんな子どもたちが義務教育を受けれるよう、貧しいところに学校を作ったの」

母国の就学率を高めるために小学校を作り、54カ国あるアフリカで、どこに行っても日本語の勉強ができなかった壁を壊すために、日本語学校を設立。教師たちは全員日本人という徹底ぶりで、今はベナンだけでなく、コンゴ・ガーナ・ナイジェリアからも生徒がやって来るという。

しかしお気づきの通り、設立当時これらの名称は、ベナンでは前代未聞で、学校名を変更するよう国会議員に呼ばれたという。

「ベナンはフランスの植民地だったので『なんでフランスの名前、ジャックやジャン、ジョンとかつけないのか。日本のたけしは関係ない』と言われて。でもそこで『関係あります。私はアジアで数十年間、特に日本に長く住んでいて、日本のおかげで、本を出せたり、印税がじゃんじゃん入ってですね』と説明したの。それで、俺に負けて、国会議員の先生から『OK』とハンコをもらった。なぜ『たけし』かというと、たけしさんのおかげで、私はテレビに出るようになったから。俺の気持ちを表すために」

そのようにして生まれた学校から、ゾマホンさんの思いを脈々と受け継いだ若者たちが、現在約80名ほど留学生として日本へ来ているという。この数字は、ベナン人として初めて日本の大学に入学したゾマホンさんが門戸を開いた、情熱の塊だ。

「ベナンには、石油とかダイヤモンドとか資源がいっぱいあるのに、地下資源を加工する技術がないか、レベルが低いのが問題。日本と文化交流することによって、国を発展させたかった。だから農業学や医学、工学部系を学びたい生徒たちが、東京大学・北海道大学・熊本大学など日本各地の大学に留学しているんです。『たけし日本語学校』の元生徒たちがあちこちにいるんです」

白人でも黒人でもアジアの方々でも、みんな兄弟です

ゾマホンさんが、母国ベナンを説明する時に必ず使うフレーズがある。それは「アフリカ大陸が人類発祥の地である」ということ。今、世界があらゆる差別によって生じている、混沌と憎悪にまみれているなか、私たちが改めて目を向けたい事実だ。

「アフリカ大陸が人類発祥の地であることを、世界中の幼稚園から大学で教えないと、世界はなかなか美しくならない。平和には絶対ならない。テロ事件をなくすことはできない。歴史は非常に大事。日本には『故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る』ということわざがある。どんな国の歴史でも、大事なことを教えないといけないんです」

そして今年5月、世界を震撼させたジョージ・フロイド事件から、黒人への人種差別抗議運動“Black Lives Matter”(ブラック・ライブズ・マター)へと発展した世界に、危惧感を抱いているという。

「あの白人たちの、教育のレベルが低いことが原因です。優越感という病気を持っています。アメリカだけではなくて、ヨーロッパ全体。自分たちがアジアの人々より優れていると思っているから。黒人より自分たちが優れていると思っているから。大きな精神病です。これは平和のために、はっきり言わないといけない。みんなお互いに人間だから、白人でも黒人でもアジアの方々でも、みんな兄弟です。それを身につけないと、教えないと、自分が優れている、偉いと思ってしまうんです。いくら肌の色が違ったとしても、いくら文化や考え方が違うとしても、みんな人間だから、みんな仲良くしなければならない」

人間にとって本当に大切なことを、シンプルなメッセージで力強く繰り返すゾマホンさん。この時代に何が必要か、と聞くと「今こそ、日本という国がアメリカを助けていかないといけない。日本の文化、人間性と愛情に基づいて動いている文化を、アメリカは理解しないと」という答えが返ってきた。

そしてなんと、ゾマホンさんはベナンの大統領候補として80%の支持率があったという。自ら立候補したのではなく、世論の声で、だ。だが、それを快く思わない与党側からマークされ、マフィアから命を狙われるという重大事件になった。「今の政府が民主主義を全然守っていなかったの、野党は国会の選挙に参加できない、と勝手に決めた。独裁者なの」という言葉には、命からがら助かった重みも感じさせた。

「だから日本の皆さん。若者たちにも大人にも、どうすれば日本の治安や安全さを永遠に守れるか考えてほしい。この精神を世界の皆さんに伝えられるか、ご協力をお願いいたします。あなた方が未来の光です。どうすれば世界にもっと役に立てるか、日本の志を伝えられるか、ご協力をお願いいたします」

今後もベナンと日本の架け橋になりたい一心で、ゾマホンさんを突き動かす源はとても明快だった。

「日本を好きだけではなく、愛しているんです」

LINEスタンプも近日発売とのこと。常に行動し続けるゾマホンさんの“これから”に注目したい。

〇ゾマホンさんインタビュー(前編)

NewsCrunch編集部

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