1995年の田中幸雄と2020年の中田翔......ファイターズの“でかいマト”を見に行こう

1995年の田中幸雄と2020年の中田翔......ファイターズの“でかいマト”を見に行こう

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/10/17

試合録画を見ていた。札幌ドームで行われた西武戦20回戦、4回裏2死二塁、中田翔が(5球粘って)右中間へタイムリー二塁打だ。次いで相手のバッテリーエラーに乗じて二塁から激走、ホームにヘッドスライディングを敢行した。僕は真夜中のリビングでガッツポーズである。大きな声は出せないから「ぅぉぉぉ」と抑えて叫ぶ。西武・辻監督のリクエストでリプレー検証が行われたが、判定覆らずセーフ。こちらはもちろん「ぃぇぇぃ」。

中田はそこまで2打席凡退していた。特に2回の2死満塁のチャンス、ホームランで「1本塁打、4打点」プラスを願ったのだが、結果はショートゴロだった。二冠のライバル浅村栄斗は強敵だ。自然体で右にもホームランが打てる。我らが中田翔は意識して力を抜くタイプだ。放っておくと強引にしばきに行ってしまう。今年はだいぶ柔らかくバットを使うようになり、新聞見出しにも連日「レベチ」の文字が躍った。が、秋になって調子を崩してしまう。この試合の始まる時点で本塁打、打点の両部門とも浅村に追い抜かれてしまっていた。それが4回のハッスル中田だ。本塁ヘッスラだ。

「ぃぇぇぃ、ぃぇぇぃ、ぃぇぇぃ」

オレ、嬉しかったんすよ。オレ、正直に言いますけど、目標を失ったファイターズが残念で、寂しくてたまんなかった。エラーばっかりして、継投でミスって、試合がいつも台無しだ。野球がつまんないよ、何とかしてくれよプロなんだからと思っていた。ファイターズの選手は北海道のヒーローなんだよ。ヒーローならいいとこ見せてくれよ。

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中田翔 ©文藝春秋

みんな、中田翔を見に行こうよ

で、やっぱり中田翔はいいなぁと真夜中のリビングで思ったんすよ。チームはCSはおろか、3位争いに割って入るのもおぼつかない。いっぱいいっぱいなんだ。粘りがない。点差をつけられるとすんなり無抵抗で負ける。こうなるとね、目標のあるチームに敵わない。目標があれば一球粘ろうとする。一歩球際に詰める。その差が大きい。

だから低迷チームのファンは視点を変える。例えば樋口龍之介を見る。田宮裕涼を見る。チーム状況と関係なく、出場機会がもらえたことがビッグチャレンジという選手を応援する。あるいは平沼翔太は来季のレギュラー獲りへ手応えを掴んだろうかと目をこらす。基本的に個人応援がモチベーションだ。

そんななかでいちばんマトのでかいのが中田翔じゃないか。中田翔は信じられるよ。みんな、中田を見に行こうよ。2020年の中田は2020年しか見れない。それとも中田なんて見飽きたか? もう何度も見て既視感があるか? 中田はあと何年、中心選手でやってくれると思う? 今年は二冠のチャンスがあるんだよ。カウントダウンの始まった残り試合、中田に「全部賭け」でいいじゃん。

タイトル獲得のチャンスといえば西川遥輝の盗塁王も見えてきた。近藤健介にも首位打者が見えてきた(最高出塁率は揺るがないだろう)。それらすべてが中田翔にかかわってくる。特に打点王。西川が出塁して二盗を決めれば、近藤が2塁打でプレッシャーをかければ、たとえ2死からであっても大チャンスが訪れる。中田まわりは常に胸熱なのだ。各々の個人タイトル追求が同時にチームプレーでもある。

※個人タイトルまとめ。西武20回戦で中田は96打点をマークし、浅村に並んだ。と思ったら、翌21回戦がすごかった。西川は1盗塁プラスの33盗塁でトップの周東佑京(ソフトバンク、34盗塁)に1差に迫り、近藤はキャリア初の5打数5安打(しかも、4二塁打の日本タイ記録!)で、打率.346まで押し上げ、トップ吉田正尚(オリックス、.350)を猛追である。そりゃ中田だって打点が稼げる。3打点プラスの99打点であっさり単独トップに立った。「ぃぇぇぃ」(これはコロナ禍をおもんぱかって小声)。

忘れられない田中幸雄の打点王がかかっていた試合

僕は打点王タイトルというと忘れられないシーンがある。1995年10月4日・西武球場、シーズン最終戦だ。この年は上田利治監督の1年目で、田中幸雄が初めて4番を任されたシーズンだった。田中幸雄は長く現役を務めたから、2000本安打達成の「ミスターファイターズ」として北海道のファンもご記憶だろう。中田翔の前に背番号6をつけていた選手だ。そんな大選手にも初めて4番を務めた年があった。

僕はその日、どういうわけか文化放送ライオンズナイターのゲストで実況席にいた。アナウンサーは僕の記憶が確かなら鈴木光裕さん、解説が山崎裕之さん。既にオリックス・ブルーウェーブの優勝が決まっており、西武は3位、日ハムは4位確定だった。だから「去り行く野球シーズンの名残りを惜しむ相手球団ファン」という気楽な立場での出演だったと思う。

が、僕は真剣だった。田中幸雄の打点王がかかっていたのだ。この年の打点王争いはイチロー(オリックス)、初芝清(ロッテ)と幸雄の三つ巴で、それがまた80打点という意外な水準(何しろイチローは1番打者で打点王を争っていた)での攻防だった。確かイチローと初芝は80打点に到達していて、我らが田中幸雄は79打点で当日を迎えていた。僕は放送席で「幸雄打たないかな」「幸雄打ってくれ」とそればかり口にしていたはず。

そのとき、ちょうど現在の西川や近藤のように、幸雄の打点王獲得を猛烈にアシストした男がいる。闘志の背番号1、広瀬哲朗だ。広瀬はこの試合、幸雄に絶対、タイトルを獲らせようと決めていたという。広瀬には借りがあった。

広瀬哲朗と田中幸雄 因縁があった2人の名手

遡(さかのぼ)ること2年、93年シーズンのこと、フロントから現場復帰した「親分」こと大沢啓二監督は驚くべきコンバートを実行した。ゴールデングラブ賞遊撃手の田中幸雄を外野手で起用したのだ。これは「幸雄の肩ヒジへの負担を減らし、打撃に専念させるため」という表向きの理由も語られたが、実際は(特に最初のうちは)慣れない外野守備でエラーしたりして、守備への負担は増していたと思う。大沢親分はファイトマンの広瀬を使いたかったのだ。名手・田中幸雄を押しのけて広瀬はショートのレギュラーを掴んだ。広瀬はその年、「プロ野球でスタメンを張るってこんなにいいものか」と何度も語っている。それまで控えに甘んじてた選手が初めて抜擢されたのだ。

僕が聞いた話。93年の春、「ホントに俺でいいのかな」と半信半疑だった広瀬はベンチでびっくり仰天する。田中幸雄の外野手用のグラブが置いてあった。これは本気だと思った。目頭が熱くなった。「ふざけんな、こっちはゴールデングラブだ」と思われたっておかしくないのに。広瀬は頑張らなきゃなと思う。頑張らなきゃ幸雄に申し訳ない。

大沢親分が監督を務めた93、94年の2シーズン、広瀬は遊撃手としてゴールデングラブとベストナインの活躍を見せる。上田利治監督の95年には「サード広瀬、ショート幸雄」に戻って、幸雄がゴールデングラブに返り咲いている。こんな例はなかなかないと思う。2人の名手には因縁があったのだ。

95年シーズン最終戦に話を戻そう。秋風が吹き、すっかり冷え込んだ西武球場である。広瀬が長打を放った。たぶん左中間を割ったのだと思うが、打球のコースは覚えていない。ただもう広瀬が猛然と走った姿だけが目に浮かぶ。2ベースと思われたところ、ぜんぜんスピードを緩めず、三塁にヘッドスライディングで飛び込んだ。暴走と紙一重だった。審判の判定はセーフ! へへっと塁上で広瀬が笑う。

これを幸雄がレフト線ツーベースで返して80打点到達。僕はマイクなどお構いなしに立ち上がって「バンザーイ!」だ。結局、この年の打点王はイチロー、初芝、幸雄の3人で分け合うこととなった。田中幸雄は都城高校時代、「雲の上の存在」「手の届かない人」と仰ぎ見た同級生、清原和博の目の前で初の打撃タイトルをものにした。

あれから四半世紀経ってるけど、忘れられないんだよ。幸雄もすごいけど、広瀬もすごかった。4位で終わったシーズンだけど、最後の最後に男のドラマを見た。ファイターズのファンでよかった。ああいうものが見たいんだ。

もういっぺん言う。チームのいちばんでかいマトを見に行こう。2020年の中田翔を見に行こう。ファイターズはやっぱり北海道のヒーローだとずっと後になっても語れるような、プロのプライドを見に行こう。仲間のために頑張るほうが個人タイトルに近いと思うんだよ。

追記:コラム公開後、ファイターズ記事をスクラップしている「コユキ」さんからメールを頂戴しました。おかげで記憶違いを正すことができたんですけど、何よりとにかく添付された写真に感動してしまった。許可をいただいたので、お裾分けします。みんな泣いてください。

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(えのきど いちろう)

えのきど いちろう

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