「この扉は人間と鬼が住む世界を隔てる境」 中国人“毒婦”が殺人未遂で逮捕された末路

「この扉は人間と鬼が住む世界を隔てる境」 中国人“毒婦”が殺人未遂で逮捕された末路

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/01/17

「私を指名してくれるお客さまは20代から50代」 中国人妻が風俗店経営で月700万稼げたワケから続く

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2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織が、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂に、インスリン製剤を大量投与するなどして、植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた、田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『中国人「毒婦」の告白』から抜粋して紹介する。(全2回中の2回目。前編を読む)

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◆◆◆

「警察だ! 警察だ!」

「いらっしゃいませ」

習慣的に男性の後ろのドアを施錠する。しかし、男は、ドア口に立ったままで、奥に入ってこようとしない。ちょっと変だと思った詩織は本能的に自分の部屋の方に後退った。すると、男は自ら施錠をはずし、ドアを大きく開けた。その瞬間、大勢の男たちがなだれこんできた。

「警察だ! 警察だ!」

先ほどの先頭の男が警察手帳をふりかざした。

客と女の子が心配になり、慌てて部屋をのぞくと、客は悠然としていた。彼らも警官だったのだ。

私服警官の一群は、室内のいたるところをひっくり返し始めた。それこそ、厨房からトイレまで。詩織のノートやメモ帳、領収証、国際郵便の受領証などがどんどん段ボールに詰め込まれていく。詩織は、白日夢を見ているようで、まだ事態が良く飲み込めていなかった。違法営業容疑か、売春容疑か? でも、警察の指導には従っていたし、誰か店の繁盛に嫉妬した者が中傷の告発をしたのか? しかし、混乱する詩織の眼前に突きつけられた逮捕状には、「傷害罪」と記されていた。

詩織は慌てて首を振り、こう叫んだ。

「私、誰も殴ったこともなければ、傷つけたこともありません。何かの間違いではありませんか」

すると逮捕状を示した刑事が冷たくこう言い放った。

「鈴木茂への故意による火傷」

「あー。でもあれは、私ひとりのせいではありません。鍋を移動しようとして、茂さんとぶつかって……」

しかし、叫ぶような涙声の抗議は男たちの怒声にかき消され、もみくちゃにされながら詩織は警察の車に押し込まれていた。

〈本当に誰も私の言っていることを信じてくれません。火傷は2年以上前に発生したものです。どうして今頃になって傷害罪で逮捕されるのですか。もしも私が故意に茂さんに火傷を負わせたのなら、彼が火傷したあと、私に示してくれた気遣いや、彼が書いていた記録、そうしたものをどう理解すればいいのですか。私は本当に故意にはやっていません。〉

鬼が住む世界

詩織は当時も、公判でも、さらに私との面会でも、こう主張し続けたが、結局、その言い分は、公式に認められることはなかったのだ。

詩織は、まず千葉県八日市場警察署(現・匝瑳警察署)に連行された。

2月7日の午後6時ごろ留置され、少し落ち着いた詩織に、刑事が天婦羅うどんを振舞ってくれた。うまそうな匂いに、その日、朝起きてから何も食べていない詩織は、一瞬ひきつけられたが、気力が萎えており、結局食べなかった。

詩織は、塀の中に送られるまでをこう綴っている。

〈私は警察署で何をしていたのでしょうか。今でもよく覚えていません。5人に取り囲まれ車でどれぐらい走ったかわかりません。不気味な建物の前庭から裏庭にまわり、裏口から建物に押し込まれました。そこで、5人の男たちから、制服姿の2人の婦人警官に引き渡されました。後ろで重そうな鉄の扉が大きな音を立て閉められました。金属製の扉がきしむ音は、中枢神経に錐かなにかを差し込まれたように感じられ、身震いしました。この扉は、人間と鬼が住む世界を隔てる境なのでしょうか。私は人でなくなり地獄に突き落とされたのでしょうか、その時から、昼夜を問わず間断ない過酷な取調べがはじまりました。〉

まるで檻に入れられた獣のようだと思った

最初の長い取調べが終わった後、詩織は、天井から床まで一面に鉄格子がはめられた場に連れて行かれた。すでに照明が落とされていたので、最初は中がどうなっているのか、目をこらしても、はっきりわからなかった。2人の婦人警官が、きれいに洗濯された1組の布団と枕、粉石けんの匂いがする白いシーツを詩織に抱えさせた。そして、いちばん奥の房に導き、そこの錠を開けた。ここも鉄格子で隔離されているので、2重に封印されたことになる。

ようやく目が慣れてくると同じ房には、2人の女囚がいて、すでに寝ていた様だった。しかし詩織が入っていくとスッと起き上がり、親切に布団を敷きシーツをかぶせてくれた。そして黙ったまま、再び自分の寝床にもどっていった。服を脱いで布団の中にはいろうとすると、2人は黙って静かに首を振る。服は脱がなくていいらしい。詩織は、ズボンや服をつけたまま、布団の中に横たわった。

淡い光を透かして房を見回すと、壁の先に鈍く光る鉄格子があり、そこに横たわっている自分は、まるで檻に入れられた獣のようだと思った。何故こんなことになってしまったのか。考えを纏めようとしても脳が麻痺しているのか、断片的な言葉が、ぐるぐる頭の中で駆け巡るだけで、一向にひとつにならない。身体も疲れ切っているはずなのに、神経だけが異常に昂ぶっていて眠れない。結局、その夜は、まんじりともせず明けていった。

延々と続く鉄格子の中での生活

「おはよう」の声と同時に室内の電気が点けられ、2人の同室者は、すばやく起きて布団をたたみ始めた。詩織も、それを真似、機械のように起き上がって布団をたたみ、抱え、2人のあとに続いて所定の場所に収めた。まるで、先頭の1匹に続いていく蟻の行列のようだと思った。しかし、ここでは、そうやって行動するのが一番無難のようだ。誰の指揮や命令を受けるでもなく、黙々と動く。次は手分けして、房の中をすばやく片付ける。そのあと、鉄格子の外に出て、洗顔歯磨き、髪の毛の手入れをする。

以来、警察の留置場、千葉刑務所、そして東京拘置所と移動はあったものの、詩織の、外界と遮断された鉄格子の中での生活は続いている。そして、これからも、まだまだ延々と続くのだ。

火傷事件で逮捕後争われた争点

傷害容疑で逮捕された詩織は、3週間後の06年2月28日に起訴、さらに同3月10日には茂へのインスリン投与による殺人未遂容疑で再逮捕される。

最初に、火傷事件で逮捕後争われた争点を、もう1度整理してみよう。

千葉地裁の一審判決は、「熱湯を浴びせたのは詩織の故意によるもの」と認定している。

判決文は「ガス台とダイニングテーブルとの間が1・23メートルであるから、通常、人が近くにきていれば十分に気配でわかるはずだ」とする。それを「イヤホンで音楽を聴いていたので気づかなかった」というのは「俄かに信じがたい」。さらに「茂の弟が、日記代わりにつけていたノートに“兄が被告人から梅ぼしをとって欲しいと依頼された”と記してあったこと。茂が入院してから1週間ほどたってから、茂に“自分がそばにいたことを被告人は知っていたはずだ”と告げられたこと。04年1月8日に“またやられるかもしれない。後を頼む”といわれたこと。これらの検察への(弟の)供述は十分に信憑性がある」と断定している。

この判決に至る前、茂の弟の供述部分は弟が公判廷でも検事の質問に丁寧に答えている。06年10月の公判廷の様子を再現しよう。

検事 (被害者茂が)熱湯をかぶったあと「自分でかぶったと言ってくれと言った」。これは誰の言葉?

弟 被告人です。

検事 (被害者が)梅(ぼし)を取らされるようになったのはいつごろから。

弟 火傷の1週間前から。梅を取りにいくのを子どもを連れに(中国に)帰る前日に急にやった場合にはウチの兄も疑うだろうから1週間前から習慣みたいにさせられた。

検事 ミョウガ茶を作っている鍋を動かす必要があったかどうかについてお兄さんはどういうふうに言ってましたか。

弟 動かす必要はなかった。食事の準備はしていなかった。コンロは1つは空いていた。

(田村 建雄)

田村 建雄

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