伊勢谷に「乗り越え帰ってきて」...吉永小百合の一言が起こした「前代未聞のドミノ」

伊勢谷に「乗り越え帰ってきて」...吉永小百合の一言が起こした「前代未聞のドミノ」

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/09/15

「こういうことを乗り越えて、また撮影の現場に帰ってきて欲しいという風に、今思っています」

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9月11日に行われた映画『いのちの停車場』の撮影現場会見で発せられたその声は静まりかえった報道陣の前に重く響き、その言葉は瞬く間に多くの記事やニュース番組で報じられた。その言葉を贈られた相手が、その会見のわずか3日前に大麻所持で警視庁に逮捕された俳優伊勢谷友介であり、言葉の贈り主が日本を代表する女優、あの吉永小百合だったからである。

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吉永小百合 ©時事通信社

逮捕から三日でノーカット公開の了承を取り付けた

いったい、この会見で吉永小百合がここまで踏み込んで発言すると予測した記者は会見の場に何人いただろうか。主演映画『いのちの停車場』に伊勢谷友介が追加キャストで出演すると発表されて邦画ファンが歓声をあげたのが9月5日、撮影が行われたのが9月6日、伊勢谷逮捕が8日で、制作会見が11日である。

1週間にも満たない間に天地がひっくり返るような混乱が起き、通常ならプロデューサーが「事実を確認し、目下対応を協議中です」という声明を出すのがやっとの状況なのではないか。

だが、東映の対応は驚くほどに鮮明だった。プロデューサーや監督を飛び越え、今年5月に就任したばかりの東映6代目手塚治新代表取締役社長が自らマイクを持って出演俳優の逮捕について報道陣に説明をし、伊勢谷友介の撮影済みシーンについてはカットせずにそのまま公開することを発表した。

逮捕からわずか3日の間に東映新社長はスポンサー企業との話し合いを繰り返し、ノーカット公開の了承を取り付けていたのだ。

それは昨年のピエール瀧の逮捕の時、東映配給の『麻雀放浪記2020』で先代多田憲之社長と白石和彌監督が肩を並べて会見し、撮り直しなしのノーカット公開を宣言した路線の継承とは言える。

しかしながら、『麻雀放浪記2020』がコアな映画ファン向けのエッジの効いた作品であったのに対し、『いのちの停車場』は幅広い年代を客層に想定したヒューマンドラマである。『麻雀放浪記2020』の会見が公開まで1ヶ月を切った後がない状態だったのに対し、『いのちの停車場』の公開は2021年、まだ公開日も正式には決まらない撮影中の段階だ。

今作にも出演する松坂桃李主演の松竹配給映画『居眠り磐音』がピエール瀧の出演部分を奥田瑛二という遥か格上の名優で撮り直したような手段を取る時間もあったろうし、そもそも「対応を検討中」と保留して他社の出方を見たところで東映を責めるものはいなかっただろう。

なぜたった3日で迷いのない決断をできたのか

だが他の選択肢がいくらでもある中、東映新社長は逮捕からわずか3日で「ノーカット公開」を記者の前で宣言することを決断した。映画はテレビやCMと違い、見たい観客が有料で見るクローズドなメディアであること、作品と俳優の罪は別であることを報道陣に説明する手塚新社長の落ち着いた声は、まるで何度も訓練を繰り返した災害対応を思わせた。

それは『スケバン刑事』などのドラマを手掛けた、東映では異例のテレビ畑出身社長による「映画にはテレビにはない特性がある」という信念に裏打ちされた会見だったのかもしれない。おそらく新社長はテレビの厳しい規制の中で「映画ならここを通せるのに」という思いを重ね、また去年の事件に対する先代社長の対応を見ながら「もし自分の時に同じ事件が起きたらどうするか」と腹を決めていたのではないか。そう考えなければ、たった3日でここまでの迷いない対応はとても取れないように思えた。

いくらでも逃げを打てる場面で、東映は他社に先駆けて最初にオピニオンを表明するリスクを取り、映画界をリードすることを決意したのだ。

会見後に起きた「前代未聞のドミノ」

会見後、「東映の会見は流れを変えるのではないか」「他社は安堵しているだろう」という記事がいくつも書かれた。

伊勢谷友介の出演映画は『いのちの停車場』を含めて『とんかつDJアゲ太郎』(10月30日公開予定)『十二単衣を着た悪魔』(11月6日公開予定)『るろうに剣心 最終章The Final/The Beginning』(2021年GW公開予定)の5本が公開を控えている。そのうち、最も公開日の遠い撮影中作品である『いのちの停車場』が真っ先に火中の栗を拾ってくれた形になったのだ。『いのちの停車場』だけではなく、それより先に公開を控える作品や俳優のファンたちからも安堵と歓迎の声がネットで上がった。

「火中の栗」を自ら拾ったのは東映社長だけではなかった。日本を代表する女優である吉永小百合もまた、コメントを避けようと思えば避けられる立場であったにも関わらず、まるで将棋の王将やチェスのクイーンが前線に立つように、はっきりと自分の意志と見解を示した。

涙を浮かべ……池松壮亮と蒼井優が語った言葉

昨年、ピエール瀧の逮捕による関係者のコメントで、最も心に残ったのは映画『宮本から君へ』の池松壮亮と蒼井優による舞台挨拶である。

「わたしたちは人を罰する力を持つのであれば、それ以上に人を許す力も必要なのではないか、そう個人的な見解で思っています。1日でも早く……いやそんなこと違うな。なんとか立ち上がって映画の現場で会えることを願っています」

そう語る池松壮亮の声は震え、目には涙が浮かんでいた。

「私たちはこれからも映画を作り続けるので……なんでしょうね、待ってる、とも言えませんし……今まで一緒に楽しく物を作らせてもらったのは事実ですし、なんでしょうね、また……ああ、これ難しいですね……せっかく出会ったんだったら、お互いの人生がまた交差する時が来たら……なんかそれって……難しいな……偉そうなことは言えませんけど、人と人ってそうやって出会ったり別れたりしちゃダメかな、と思います」

同じく涙を拭いながらそう語ったのは蒼井優だ。

犯罪を許してはならないという指弾と、共演者への感情の間で若い俳優たちが板挟みになり、複雑な思いに引き裂かれるように言葉を何度も詰まらせては選び直す会見は見る者の胸を締め付けた。

2人の言葉にかかっていたプレッシャーの理由

池松や蒼井がこれほどコメントに苦しみ、言葉を選んだのには理由があった。『宮本から君へ』はピエール瀧の出演シーンをカットしなかったことを理由に、文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」の助成金の交付内定を取り消されている。

制作スタッフは4月の段階で芸文振側から、作品を再編集する意図があるか、また助成金の内定辞退の可能性があるか問われていた。8月の舞台挨拶での池松壮亮や蒼井優の涙、言葉の迷いにはそれだけのプレッシャーがかかっていたのだ(これは後に制作会社が芸文振を提訴する事態にまで発展している)。

2020年、9月11日に『いのちの停車場』の記者会見が行われる前日、10日のTOKYO MX『バラいろダンディ』では、俳優の梅沢富美男が怒りを爆発させていた。

「何回この番組で俺が言ったか。お前ら本当いい加減にしろよ。(略)一般社会で考えてごらん。会社だって薬物やったら戻れないよ。薬物やったら芸能界にはもう戻さないし、使わない」

その発言は多くの視聴者から賛同を受けた。

このまま行けば伊勢谷友介の出演作の公開が迫るたびに、『とんかつDJアゲ太郎』では北村匠海が、『十二単衣を着た悪魔』では伊藤健太郎と三吉彩花が、『るろうに剣心』では佐藤健や有村架純たちが、去年の池松壮亮と蒼井優のような板挟みの中で、先輩俳優の逮捕に対して何を言うかの「踏み絵」を迫られる流れにあった。

吉永小百合がメディアに対して倫理の基準線を引き直した

この流れの中、おそらく東映の社長と吉永小百合には、去年起きた事件による各現場の混乱の記憶、それを避けるためにまず初動で鮮明に立場を示すという決意があったのではないか。

日本を代表する女優、吉永小百合が先んじて語ったコメントは、メディアに対して倫理の基準線を引き直した。

会見の中で吉永小百合は、伊勢谷友介との共演の思い出をまず語り、彼の役柄が脊髄損傷により四肢麻痺を患うIT社長であり、自分の役柄が医師であったことを説明している。その映画の説明の後に置かれた「こういうことを乗り越えて、また撮影の現場に帰ってきて欲しいという風に、今思っています」というコメントは、伊勢谷友介の抱える問題、「乗り越えるべきこと」を依存症や心の問題として捉えていることを観客に印象付けた。

大麻に対する国内世論は今、複雑に分裂している。大きな健康被害はなく海外では合法化されているのだから、という解禁論があり、それに対する根強い反対論もある。海外がどうあれ、現時点では非合法であり、反社会的勢力の資金源になっているのだから非難は免れないという指摘も否定しがたい。

長年薬物依存に苦しみ、克服したロバートダウニーJr

昨年、東映の『麻雀放浪記2020』を監督し矢面に立った白石和彌監督は、俳優の犯罪と復帰について『文藝春秋』でロングインタビューに答えている。薬物犯罪は依存症としての面があること、復帰を支える体制が必要であること。ネットを中心に他者を問答無用で断罪する空気が広がっていること。

白石監督も名を挙げる例に、『アイアンマン』『アベンジャーズ』で知られるハリウッド俳優、ロバート・ダウニー・Jrがいる。8歳から映画監督の父親に勧められて大麻を吸引しながら子役として活動するという環境で育った彼は、6回の逮捕、1年間の刑務所服役、リハビリ収容施設への入所を経験した。

長年薬物依存に苦しんだ末に2003年、「きっぱりと止める時がきた」と所持していた薬物を海に投げ捨て、それ以降治療を通じて依存を克服する。過去の経歴を問題とする制作スタジオの猛反対を受けながら、ジョン・ファヴァロー監督の信頼で『アイアンマン』のトニー・スターク役を勝ち取る。

吉永小百合にしかできない「名演」だった

吉永小百合の会見での言葉は、特に過激な解禁論でもなければ、メディアへの激しい批判も含んでいない。だが一見穏当に見える「こういうことを乗り越えて、また撮影の現場に帰ってきて欲しい」というシンプルな言葉には、昨年の事件の後に交わされた様々な議論、白石監督たちが積み上げた社会の論点が見事に内包されている。

それは伊勢谷追放論者を無意味に挑発し分断を招くものではなく、社会が公約数として共有できるラインを計算した理性的な言葉だった。信頼して共演したのに裏切られた、主演映画に泥を塗られたと激怒してもむしろ当然の状況なのだが、逮捕から3日という混乱状況の中で、伝説的女優の語った言葉は驚くほど落ち着き、関係者と伊勢谷に細やかに配慮されたものだった。

虚構を演じるという意味ではなく、説得力を持って表現し、観るものに心を伝えるという演技において、吉永小百合は今も偉大なパフォーマーなのだなと思い知らされる会見だった。

シンプルに見えて考え抜かれた言葉の選択だけではない。伊勢谷友介との共演を思い返し語る声、表情や視線、それらはもちろん吉永小百合の率直な本心から出た表現なのだろうが、同時に社会の幅広い世代に訴え説得する表現になっていた。

それは戦後という動乱する時代の中で、左の急進主義にも右の国粋主義にも傾くことなく、反戦と反核を柱とする地道な戦後民主主義の道を歩き、『キューポラのある街』などヒューマニズムに立った名作で大衆と信頼関係を築いてきた役者、吉永小百合にしかできない「名演」だったと思う。

75歳の名女優による、静かな社会変革の瞬間であった

穏当であるからこそ、踏み出した一歩は大きく社会を動かす。会見の後、公開が10月に迫るワーナー配給の『とんかつDJアゲ太郎』、11月公開の『十二単衣を着た悪魔』もノーカット公開の方針であることを続けて表明した。

11日の会見に同席した松坂桃李や広瀬すずに対して、伊勢谷友介に関する質問が向けられた形跡はない。吉永小百合ほどの超大物がここまで決定的なコメントを出した以上、若手俳優をつつき回す必要はないと判断されたのかもしれない。

今後公開される映画の中で若手俳優たちがマイクを向けられるにせよ、そこには吉永小百合という大女優が先んじて残したコメントが、足跡のように映画界のオピニオンとして残り、彼らを守るだろう。同時にそれは、私生活も含めた俳優としての復帰に向け伊勢谷友介が背負う、温かいからこそ重い更生の十字架になるはずだ。

東映と吉永小百合があえて先頭に立ったオピニオン、許してはならない逸脱と許すべき人間の弱さの間に引かれた新しいガイドラインは、日本映画界の中で静かに共有されつつある。それは特に新しい思想でもなければ過激な運動でもない。だが日本映画の生きる伝説と言ってもいい75歳の名女優による、静かな社会変革の瞬間であったと思う。

(CDB)

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