『DEATH STRANDING』Game*Spark読者レビュー...海外『デススト』ファンからの熱いレビューも(Part3)

『DEATH STRANDING』Game*Spark読者レビュー...海外『デススト』ファンからの熱いレビューも(Part3)

  • Game Spark
  • 更新日:2020/10/18
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『DEATH STRANDING』Game*Spark読者レビュー…海外『デススト』ファンからの熱いレビューも(Part3)

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Game*Spark編集部による、コジマプロダクションの『DEATH STRANDING(デス・ストランディング)』プレゼント企画。編集部では当初、プレゼント対象となる優秀・最優秀賞の2つのみを選んで掲載する予定でしたが、『デススト』愛あふれるレビューの多さから、急遽全ての作品の掲載も決定しました。

Part1では募集により集まった全44作品から、全世界で35個しかないという超レアアイテム『DEATH STRANDING』VIPキットが贈られる最優秀賞と、「ステッカー&キーホルダーセット」「PC版スチールパッケージ(デジタルダウンロードコード)初回生産限定盤」「ミニアートブック」が封入された『DEATH STRANDING』ファンアイテムパックが贈られる優秀賞を含む17作品を、Part2ではさらに15作品を掲載しました。

『DEATH STRANDING』Game*Spark読者レビュー結果発表Part1はこちら!

『DEATH STRANDING』Game*Spark読者レビュー結果発表Part2はこちら!

最後のPart3では残りの12作品を掲載。なお、作品は編集部判断により、誤字脱字、表現の軽微な修正などを行なっているほか、あらかじめご記入いただいたハンドルネーム/ペンネームも共に掲載しています。ご了承ください。

Nate Starke

Death Stranding is the most unique and beautiful game I've ever had the pleasure of experiencing.

The gameplay starts off slow, and very simple. The first few hours will definitely ward people off because it may be too slow/too uninvolved for most. But as soon as you enter the central region, everything picks up. You start to see more structures from other players everywhere you go - generators, bridges, postboxes, watchtowers, even actual roads that other players have contributed to begin appearing and helping make your trip across the United States much easier. If you're anything like me, it'll take a while for you to start making structures of your own built to help other players, but as soon as you get started, you won't be able to stop. Death Stranding's gameplay loop is one of the most addicting I've ever experienced in a game. Gathering materials to rebuild a road that stretches across the map, or to build yourself a vehicle or two to make getting to delivery destinations easier is strangely entertaining. Going around and completing orders for the many NPC's you'll meet throughout your journey is incredibly rewarding - not only because of the new items you'll get by helping them, but also because you're raising your connection level with them, a stat that uses likes you receive from completing orders or helping other players that determines how helpful or reliable you are as a player. You'll begin running into MULES - human enemies who want to steal your cargo. You'll encounter more BT's, and more obstacles in the terrain. Death Stranding's gameplay may be simple on the outside, but while playing you actually have many choices on how to get through an encounter. You can avoid enemies entirely by driving/sneaking past them, you can fight back using guns and grenades (lethal or non-lethal) or even take out human enemies by swinging cargo boxes at them or using your fists.

The story and its characters are top notch and my favorite ever. Every character is unique and has their own beautiful, and most times downright heartbreaking story as to why they do what they do, and they're all written perfectly. I won't go into details here, but this game will probably bring you to tears more than once. At the start of the game, you'll be just as confused as ever as to just what this game is about, but as you progress, everything is explained and, in a weird way, everything makes sense. The world is so unique, interesting, and downright beautiful, but also treacherous and intimidating. The environment itself works against you in many ways, BT's could be anywhere, MULES look to steal your cargo, and the Homo Demens, a terrorist group, want to outright kill you. However, all of this is alleviated by the assistance of other players. You'll find items other players have dropped by accident or left behind on purpose all throughout your journey. You can either use them yourself or even return them to that player, which benefits you by receiving likes and benefits them by getting their lost items back. Other players will contribute materials to structures like bridges, be they yours or someone else's, which again, benefits involved, even you, whether you donated crafting materials or not. If many players walk the same path towards a delivery destination, the grass, rocks, and dangerous terrain will begin to wear away and eventually disappear, creating an actual dirt path for you and many others to follow and make reaching their destination quicker and easier.

Death Stranding is nothing if not unique. Nothing like Death Stranding has ever been made, and nothing like it will ever be made again. This game feels like a once in a lifetime experience. Before I started my playthrough, one of my friends who had already finished it told me, "I think you're gonna love it. It's really something special." That statement is dead on. Death Stranding really is something special in games. Its gameplay, characters, story, and world are all unlike anything else, and the message it has is a very important one, especially now.

ジン

『DEATH STRANDING』は従来のゲームとは違い、新しい気づきを与えてくれる作品でした。今まで自分が目を向けなかったこと、無関心だったこと、それがいかに大事だったかを気づかせてくれました。

今までのゲームは敵を倒すことにばかり重きを置いていましたが、本作は荷物を届けることが目的となっており、今までにない新しい体験が待っていました。

今現在、コロナ禍で不自由を余儀なくされている方も多いと思いますが、こんなときだからこそ、郵便配達という仕事のありがたさを痛感できるはずです。一見目立たないように見えて、彼らの仕事はとても重要な位置を占めています。

『DEATH STRANDING』は近未来のアメリカが舞台で、ボロボロになってしまった世界を旅することになります。それこそ、あたり一面荒んだ大地で、極めて原始的な光景が広がっています。
こんな世界でも、多くの人が荷物をずっと待ち続けています。彼らのために何が何でも荷物を届けなければならない。自分自身が配達を疑似体験することで、郵便配達人への感謝の想いや繋がることの大切さを学べました。

なお、このゲームはオンラインでプレイすることで色々な人の設置物を利用することができます。たいてい一人用のゲームは自分だけがプレイするものになりがちなのですが、このシステムがあるおかげで自分は一人じゃないということを意識してプレイできました。これも「つながる」ということです。

ストーリーでも孤独に苦しむ人物が登場しますが、彼らの想いを汲み取り救ってあげるのもプレイヤーに与えられた使命です。自分自身がその人物とつながることで、その人の心を救うことができる、それが世界を救うことにもつながるのです。

荷物でつながる、人とつながる、想いがつながる。

今このような世の中になって、はじめて気づけたことも多々あると思います。本作は不自由が多く、はじめは凸凹した道を進んだり乗り物がなかったりと、配達にかなり苦労すると思います。だからこそ、その「つながる」ということがいかに大切かが身をもって感じられると思います。

そして、このゲームには様々な秘境が存在します。それこそ、ゲーム内で旅行を楽しめる、今の時代にピッタリな内容でした。広大な雪山を登ることができたり、温泉に入って疲れを癒したり、まさに旅行を楽しんでいるかのような感覚を楽しめました。

普段殺伐としたゲームをプレイしていると、こういったマッタリしたゲーム展開に戸惑うかもしれませんが、これこそ今の私たちが必要としているテーマかもしれません。一度は立ち止まってキレイなものを見る。そこから新しい発見があるかもしれません。

『DEATH STRANDING』は、愛をテーマにした作品だとも言えます。中でも気になったのが親子愛です。不器用ながらも子供を必死で救おうとする父の姿には感動を覚えます。ゲームでは、クリフがサムを、サムがルーを助けるシーンがありますが、サムがルーを助けようとするときに奇跡が起こる演出は心にジーンと来るものがあります。

大切な命が守られ、それがバトンとして後世につながっていく。とにかく、『DEATH STRANDING』はメッセージ性がとても深い作品です。自分が今後どう生きるかのヒントが沢山ちりばめられた作品で、ゲームといえどここまで考え抜かれた作品は他にないというぐらい素晴らしい作品でした。

mondy

『DEATH STRANDING』をプレイして驚いたことは、一つではない多様な「優しさ」を感じ、自分自身も「優しい」気持ちを持てたことである。ゲームの中だけに留まらず、その「優しさ」は現実の世界まで及び、そこで生まれた繋がりが今も私の心を温めてくれている。
それはこのゲームがストーリーだけでなく、世界観からサウンド、システムの細部に至るまで、何から何までじんわりと心に沁みてくる「優しさ」に溢れていたからなのだ。

まず第一に、人と繋がることの「優しさ」。
『DEATH STRANDING』はオンラインで楽しめるゲームだが、その要素が独特なのである。
多くのオンラインゲームに見られるように、直接的な人と人とのやり取りにおいては協力し合ったり、あるいは競争し合ったりする中で喜びや感動が生まれることもあるが、負の感情が生まれてくることもある。しかし、『DEATH STRANDING』ではそのネガティブな感情が生まれにくい間接的なコミュニケーションのシステムが導入されているのだ。
例えば誰かが橋を架けたとすると、他の誰かの世界にも橋が架かる。橋を利用するだけでも相手に「いいね」が送られるのだが、とても使いやすかった時などには追加で「いいね」を送ることができる。もちろん送らなくてもいいし、使いにくい橋だった場合は相手に知られることなくそっと消すことができる。消えるのは自分の世界の橋だけなので、相手に対する罪悪感も生まれないし、相手側でも悲しい思いをすることがない。まさにWIN-WINの、心に「優しい」システムなのだ。
また、困難に直面した時…例えば車両のバッテリーが切れる直前のところに建ててあった発電機。大きな川を渡る時に、見えない浅瀬に沿って道標にと建てられた無数の応援看板。雪山でフラフラになって歩き続け、ふと顔を上げると目の前にあったシェルターやセーフハウスなど…プレイしていると度々、助けてくれるたくさんのプレイヤーの温かさを感じることができる。その場に直接いるわけではないのだが、確かに共に歩んで、そっと背中を押してもらえているような感覚が生まれてくるのだ。そして自然と自分も誰かのために助けになることをしようと「優しい」気持ちになれる。

次に、敵との戦いで生まれる「優しさ」。主人公のサムの敵となるものは地形、ミュール、テロリスト、BTなどだが、中でも人(ミュールやテロリスト)と戦う際に、殺さない戦い方が求められる。
以前の小島監督作品・『メタルギア』シリーズでは、舞台は戦場であり、また主人公は傭兵なので、殺生の倫理観はプレイヤーに委ねられるものであったが、場合によっては殺さなければならない場面も出てきて然りだった。
しかし、今作の主人公はポーター(配達人)であるため、人を殺すなどもっての他なのだ。もちろん殺傷武器は登場するので亡き者にしてしまうことはできるのだが、その場合はとあるペナルティが科せられ、場合によってはゲームオーバーになってしまう。
この、自ずと命を大切にしようと思えるルールが、世界の秩序と「優しさ」を守っているのだ。

そして、広がる自然とサウンドの「優しさ」。
環境音だけの広大な大自然を一歩一歩踏みしめて歩き、疲れた頃に現れる美しい風景には、思わずサムと一緒に休憩しながらゆっくりとその空気を味わいたくなってしまう。
そして一仕事終えようと歩き出した瞬間にふと流れる挿入歌。要所要所で曲が流れるタイミングがあるのだが、それがその時の気持ちに寄り添った曲になっていて、疲れた体を奮い立たせ、心の琴線に触れてくるのだ。
また、優しいサウンドと言えば、配送センターやプライベートルームのサウンドにもぜひ耳を傾けてほしい。未来的で無機質な造りなのに、どこかホッとするような、人の温かさを感じる空間を演出している。何度も利用する施設だからこそ、あの安心感のあるサウンドに癒やされた人も多いのではないだろうか。
これらの変化に富んだ自然とサウンドの「優しさ」を噛み締めながら、時には配達を忘れてフォトモードを起動し、じっくりと撮影するのもいいものである。ちなみにこのフォトモードとは、プレイ中に写真を撮影する機能だが、カメラの自由な移動に加えてサムやBBの表情・ポーズ変更、各種フレームやフィルターまで揃っている本格的なものだ。フォトモードだけでもかなり遊べるので、配達を終えたプレイヤーの中には、カメラマンとして旅をしている人も多いとか…。

また、「優しさ」といえば難易度設定も忘れてはいけない。難易度はVery EasyからHardまで、いつでも自由に変更できるので、ゲームは初めてだったり、あまり得意ではないという人にもとても「優しく」、もちろんアクションゲームに慣れた上級者も楽しめる。
さらにPC版にはVery Hardも用意されているのだが、このモードはとても『DEATH STRANDING』の世界観に合った仕様になっていると思う。荷物の劣化があっという間で、敵もより強力になり緊張感が高まっていることと、お蔵入りしていた各種アイテムに活路が見い出されて、他モードよりも道中の戦略を練る楽しさが強まった。より『DEATH STRANDING』らしい面白さを求める人はぜひPC版でプレイしてみてほしい。

それから、ストーリーの「優しさ」。サムはポーターとして様々な荷物を運ぶが、分断されていた世界の人々はたった一つの荷物を運んだだけで、涙を流してサムに感謝する。現実の世界を生きる我々にとっては時に過剰とも捉えられる反応だが、何年もの長い時間、その荷物を待っていた人々にとっては感謝してもしきれないものだろう。周囲に壁を作っていたサムも、彼らの気持ちに動かされて次第に前向きになっていく。
登場人物たちは、様々な理由や目的、信念を持って、時に悪と呼べる行動に出ることもあるのだが、その一つ一つに理由があって、自分が彼・彼女だったなら、同じ行動をしていてもおかしくないな…と考えさせられるのだ。突き詰めると、彼らの行動の根幹には捨てられない「優しさ」があり、サムはそれらも繋いでいくことになる。「優しさ」が「優しさ」を繋ぎ、ラストに生まれる最高の「優しさ」を体験した時、あなたもきっと涙するだろう。

最後に、小島秀夫監督の絆による繋がりの「優しさ」。
小島監督が独立後、「何もなかった」状態からコジマプロダクションを立ち上げ、『DEATH STRANDING』を発売するまでには、監督が築いた絆で繋がった人たちがいたから実現できたと語っている。
コジマプロダクションのメンバーや数々のアーティスト、ミュージシャンとの絆はもちろんのこと、実績がない中、大手銀行の頭取が監督のファンだったため融資を受けられたという話や、事務所を設ける際にビルのオーナーが同様に監督のファンだったため審査が通ったというエピソードは流石である。
そして『DEATH STRANDING』には、数多くの世界的な著名人や有名俳優・声優が出演しているが、これらのほとんどが小島監督の繋がりからオファーを快諾してくれたとのこと。全くもって驚くべきことである。こんな風に、繋がり、支え合い、力を合わせて制作された真心込もった作品が、プレイする人の胸に響かないはずがないのだ。
そしてプレイヤーたちもまた、この「優しさ」の輪に繋がっていくのではないだろうか。

一言、「配達するゲーム」というとつまらなく感じてしまう人もいるかもしれないが、その配達の一つ一つに送る人・受け取る人の想いが詰まっており、さらにそこに運ぶ人(プレイヤー)のストーリーが加わって、あなただけのドラマが生まれる。そしてたくさんの「優しさ」に包まれながら、サムとともに荷物を届け、人々を繋ぎ、物語の謎を紐解いて、最後は誰もが「優しく」なれる。

現代社会やSNSに疲れた時、この「優しさ」が渦巻く『DEATH STRANDING』の世界に、あなたもその一歩を踏み出してみてはいかがだろうか。きっと今までにない体験ができるはずだ。

ダヤンカン

まずオープンワールドとは本来プレイヤーに自由度を提供するために生まれたジャンルであると思うが、個人的にゲームで本当に自由を感じたということは正直あまりない。どんなに美麗かつ繊細なグラフィックの中で重厚かつ能動的なストーリーが描かれても、決められた地点からクエストを受け報酬を貰うというルーティンを繰り返すことで必ず作業感というものが出てしまう。
しかし私が『DEATH STRANDING』を通じて感じたことはゲームをプレイしたのではなく、サム・ポーターという主人公になり世界を旅したという感覚である。

近年の華やかな世界で戦闘を繰り広げるゲームの枠組みから抜け出し、荒廃したセンチメンタルな世界でお使いを中心に物語を進めていくという一見地味なゲーム性の中でなぜここまで世界に引き込まれたのか?それは主人公の行動の全てに自然な動機付けがされていたからだと思う。

ゲームとは基本的にメインストーリーという明確な目的と訪れた地などで依頼されるサイドクエストで構成されているが、重大な目的があるにも関わらず合間に村人の些細な頼み事を聞くというのはよく考えたら現実味がなく違和感を感じる。もしかしたらその違和感が我々にゲームをプレイしているという感覚を与えてしまっているのではないだろうか。

そんな中このゲームのいわゆるサイドクエストは非常に自然で違和感がない。
例えば落ちている落し物は別に拾わなくてもいいし、配達はカイラルネットワークを繋げるという目的の手段であり、素材の収集は国道という道の整備が名目など至極理に適っている。ただ落し物も無意味に転がっているわけではなく、拾えば1つ1つ丁寧に背中に積み上げ、届ければ持ち主が感謝をする。この瞬間フィールドに無造作に転がっている落し物はオブジェクトからお届け物になるのだ。
我々が幾度なく配達を繰り返したのはこのような自然な動機付けが心に投影され、画面を通じてプレイしてるのではなく、1人の主人公として大地を踏みしめていると錯覚したからではないだろうか。

高難易度なボスや壮大な演出ももちろんプレイヤーの心を揺さぶる導線となる。しかし一番大切なのはなんのために戦い、なぜ闊歩しているのか?を自然と理解し共感できる動機付けである。
その動機付けが主人公とプレイヤーの心の剥離を切り離し、世界に没入する因子となるのだ。
ただその地点と地点を結ぶだけなら険しい山脈や濁流を超えることなんてできない。この混沌とした世界で我々を待っている“人”がいたからこそ前に踏み出す原動力となったのだ。
私は『DEATH STRANDING』という名の旅路を終えて、人と人との繋がりさえあればどんな困難も乗り越えていけると改めて感じることができた。

シモモン

『DEATH STRANDING』は、予約して発売日を待ってはみたものの、どんなゲームか分からな過ぎて、本当に期待してよいのか、正直、半信半疑のタイトルだった。むしろ、最初のうちは始めてみてもよく分からなかった。ところが、いつの間にか、ここ何年かで間違いなく最もハマったゲームになっていた。
改めて、ストーリーの面白さは折り紙付きだが、個人的にこのゲームでできた「体験」に焦点を当て、基本的にはネタバレなしでレビューする。折角の機会なので、存分に思いの丈をぶつけてみたい。

まずは簡単に説明すると、このゲームのテーマは「配送」だ。プレイヤーは、「デス・ストランディング」という未知の現象によって分断の進んだアメリカ大陸の荒野を、荷物を担いで行き来する。途中、過酷な環境や、BTやミュールと呼ばれる敵の妨害、悪天候による荷物の劣化など、さまざまなトラブルに見舞われながらも目的地へ荷物を届け、分断された人々を繋いでいくことになる。

・デスストにおける「マップ」

配送がテーマであれば、言いようによっては、地形こそがラスボスとさえ言えるかもしれない大事な要素だ。そのためか、『DEATH STRANDING』のマップにはプレイヤー心理がとことん追求されている。やり込むほどに、きっちり調整され、丁寧に作り込まれているのが伝わってくる。
そして更に凄いところは、その調整の先に、プレイヤーが何を考え、何を感じるのかということにまで踏み込んで、狙い通りの感覚をプレイヤーに植え付けることに成功していることだ。

思い返せば『METAL GEAR SOLID V: THE PHANTOM PAIN』の時も、敵拠点の侵入ルートが非常によくできていた。どのような侵入ルートを想定するかによって、経路上にどのような難所があり、どう攻略するか、プレイヤーからも制作者の考える明らかな狙いや意図が見えた。そして、そのための偵察や装備の下準備も含めてゲーム性だと実感できる内容だった。

『DEATH STRANDING』では、さらにそのスケールを全域に広げ、広大なマップを舞台にそれを実現している。
プレイヤーはストーリーに沿って、拠点から拠点へ、ある程度は決まった順路で進んでいくことになるが、その際も、歩きやすい平地に沿って進もうとか、バイクで最短コースを突破しようとか、プレイヤーの得手不得手に応じた、さまざまなコース取りを自由に計画できる。もちろん、今回も事前の準備は大切だ。地図を眺めながら、攻略に必要なものを想像する。崖や川はないか、敵と遭遇した時の対策も持てる範囲で持っておきたい……。
そして、いざ決めたコースで現地を訪れれば、あたかもプレイヤーの状態や、考えていることを先読みされているかのような地形や難所が配置されていたり、逆に脅威を避けられる遠回りのコースが配置されていたのを知ることになる。

ここで言うコースは、単に「地形的に通行ができる」ということではない。さまざまな角度から、あらかじめプレイヤーが通るであろうと思われるコース取りが幅広く想定され、その中にちりばめられた難所にどう対応するのが望ましいかまでかなり計算されているということだ。具体的には、この谷はこの角度で橋を架けるしかないとか、トラックで来たら、車幅ギリギリの岩場の間にうまく誘い込まれていくなど、山や川、敵の配置、それこそ岩や茂みの位置に至るまで、プレイヤーが取りそうな行動や、対処法が非常によく練られている。また、ジップライン(2本の柱の間を滑空する建造物)をこだわって建てようとすれば、おのずとベストポジションが絞られてきたりもする。その時々にプレイヤーが思ったことが、いかに制作者の狙い通りであるかは、他のプレイヤーの行動からも窺える。

このゲームでは、他のプレイヤーの建造物が自分のマップ上に一部共有されるのだが、橋やジップライン、発電機の位置など、新たにゼロからやり直しても、毎回かなり似たような配置で流れ着く。敵を回避する迂回路や、ショートカットができそうな急斜面には、既に誰かの足跡が続いていたりもする。そこからも、みんな同じ所で同じようなことを考えていたことが分かる。

そして、ストーリーの順路に縛られない「指名なし依頼(サイドミッション)」の攻略を本格的に始めると、更に『DEATH STRANDING』のマップの深淵な世界に驚かされることになる。
荷物の量や、制限時間の関係で、これまで以上に厳格なコース取りを迫られる場面も出てくる。中には、抜け道の存在など地形を熟知していることや、悪路での車両の取り回しの経験が最高評価の取得に不可欠なミッションまで現れる。それを走破したり、「これだ!」と思える抜け道を発見した時の嬉しさは格別だ。その嬉しさの本質は、「ただ難しいだけのルート」ではない、「制作者が意図的に用意していた難関ルート」の最適解に到達できたと感じられることへの喜びだ。
しかも、序盤からこのような攻略法が相当絞られた依頼が出てくるわけではなく、頃合いを見て追加されてくる。このゲームは、プレイヤー心理のみならず、プレイヤーのやり込み度、その時の腕前まで、かなり正確に想定した上で、プレイヤーへの挑戦状のような依頼を提供してくれる。

冒頭で、死体処理班のイゴールと共に、遺体焼却所へ向かうシーンがある。その出発直前に、「一番近いのは北だ」「そのルートには奴ら(BT)がいる」という会話がある。限られた時間の中で、危険なルートの突破を決意する重要なシーンだ。
これはあくまでムービーの演出だが、その後は実際にプレイヤーが、幾度となく同じような選択肢と向き合い、自らの意志でルートを決めていくことになる。このシーンからも、プレイヤーにどんな気持ちでゲームを進めて欲しいのか、その狙いの一端が垣間見える気がする。
そして、どのようなルートを選択しても、このゲームは「プレイヤーの感覚」をプレイヤー任せにして放ったらかしたりはしない。序盤なら救いの手を差し伸べてくれたり、やり込み段階であれば、どんな角度からでも楽しめるように難所を至る所に仕込んで待ち構える。更に、試練を乗り越えた時には主人公の気持ちにシンクロできるような情緒的な景色まで用意して、プレイヤーを温かく迎えてくれる。それは、スペクタクルさとか、物量の多さとか、そういう観点でのマップの作りとは根本的に性質が異なるものだ。個人的には、オープンワールドでありながら、これほど細部にまで血の通ったマップの作り込みがされている点に於いて、もはや狂気すら覚えるほどの完成度だと感じた。

・プレイヤーの心に寄り添う、厳しくも優しさの感じられるデザイン

プレイヤー心理(意識)のデザインも、『DEATH STRANDING』の体験を特別なものにしている。
ある程度まで遊んだ人はよく「歩くのが楽しかった」という感想を聞かせてくれる。おそらく、プレイしないと分からない感覚だ。一般的に言えば、移動は煩わしいものになりがちなので、いかに移動のストレスを減らせるかは重要だろう。しかしデスストは、良い意味で真逆のアプローチで来る。序盤から非常に不安定な荷物を積むことになり、ろくに装備もない中、「歩くこと」に集中させられる。こうしてプレイヤーを、「丁寧にゲームと向き合う感覚」に慣れさせる。その感覚を身につけたプレイヤーは、細部の作り込みにもおのずと目が向き、そこに歩く楽しさが生まれる。BTとじっくり対峙するシステムも光る。

もちろん、道中は楽しいだけではなく、とんでもない荷物や、敵との戦闘、厳しい環境など、さまざまな困難が待ち受ける。特に、初めて踏み込むエリアは、知らない地形に加えて他のプレイヤーの建造物も現れないため、結構苦戦を強いられる。しかし、帰りはみんなの建造物に助けてもらうことができ、心強い気持ちになれる。更に、国道の敷設やジップラインが登場してくると、またこれまでにない感覚を味わえる。高架を車両で駆け抜けたり、ジップラインで今まで散々苦労して歩いた道を高所から一望した瞬間は本当に感動する。
そして、ストーリーを最後まで進めれば、いろいろな苦戦や失敗、達成感などの思い出と共に、自分の歩いた道を振り返ることになる。おそらくこのゲームをプレイした人は、多かれ少なかれ同じ気持ちを体験したはずだ。これこそ、プレイヤーが「歩くことに集中する」から始まり、丁寧にゲームと向き合ってきた結果なのだろう。プレイ動画では面白さが伝わらないと言われる所以もここだろうか。
そして、その感覚すらも、きちんと想定された上で持った、いや、持たされた感覚であると気付いた時、『DEATH STRANDING』のプレイヤー心理のデザインがいかに秀逸であるかを思い知ると同時に、小島秀夫監督を始め、スタッフの方々の圧倒的な作り込みに心から敬意を感じてしまうのだ。

昨今、何でも結果を急ぐ風潮があり、それはゲームの外の世界でも言えることだ。あらゆる場面で、努力であったり、課金であったりの見返りは一刻も早く、目に見える形で求められる。物事はかつてないほどスピーディーに進み、その時、その時の心の機微が顧みられる機会も減りつつあるように思える。
そんな中、『DEATH STRANDING』は、歩く過程や感覚にどこまでも丁寧にフォーカスし、その経験を大切にした作品だ。その繊細な作りは、時にプレイヤーを選ぶこともあるかもしれない。しかし、他のプレイヤーと同じ気持ちを共有し、制作者の心意気に触れ、手探りで自分の信じる道を進む楽しさこそ、何物にも代え難い『DEATH STRANDING』の魅力であり、同時にプレイヤー自身が、一瞬一瞬を大切にしながらこのゲームに取り組んできた証でもある。それはもしかしたら、作り手と受け手が「丁寧にゲームと向き合う」という共通した意識で繋がった瞬間なのかもしれない。

『DEATH STRANDING』での経験は、現代社会で忘れがちな「地道に物事に向き合うこと」「焦らず過程を楽しむこと」の大切さを、改めて思い出させてくれる。
本当に貴重なゲームと言えるだろう。

かの音

『DEATH STRANDING』のレビューを書こうとして、まず思い至ったのは、キャラクターやストーリーについて触れないことだった。
何故ならそれらは多分他の誰かが語りつくしているから。そしてサムの数だけ道筋があるこのゲームは同じストーリーでも全く違うストーリーに受け取れるだろうから。
だから敢えて今回はそこには深く触れずにシステムについてレビュー(と言うか半ばこじつけじみた考察)をしようと思う。

「かつて繋がっていた世界」
こう大仰に語ると、真っ先に何を思い浮かべるだろう。
世界情勢的にコロナの前の社会を考える人が多いだろうか。実際分断されている今に生きる人々にとっては当然のだと思う。
だが同時に、直接会うことが出来ないならオンラインで会う。直接映画館に行くことが出来ないなら家でオンライン映画を借りてみる。といった風にさまざまな出来事をオンラインに置換代替することで日常をなんとか保っていこうとしているのもまた現状で、むしろ会えないからこそできた集まりさえあるのだろう。

『DEATH STRANDING』はそんなこの現代の極限状況をも軽々と超えた、所謂破綻状況とでも言うところから物語がスタートする。代替手段のオンラインすらままならず、人々が小さなコロニーの中で完結する、否、半ば完結せざるを得ない社会。孤独と真綿で首を絞められるが如くの閉塞感、物資の消費と不足への飢え。いつ起こるとも知れない対消滅やテロへの恐怖。その時間の長さの分だけ疑心暗鬼が進み結果としてますます排他的になる。
主人公サム・ポーター・ブリッジズを待ち受けるのはそんな世界だ。語るまでもなく今の我々の世界と重ねる事ができる。

しかし小島監督は『DEATH STRANDING』を作る際、コロナ禍の現状を予測し重ね合わせていたかと言うと間違いなくNOである。(監督は未来予知者ではないから当たり前と言えば当たり前だが)
では何と重ね合う様に『DEATH STRANDING』を描いたか、もちろんそれはコロナの前の「かつて繋がっていた世界」に他ならないだろう。

少し話は変わるが「1984年」と言うジョージ・オーウェルの小説がある。この作品は執筆当時来るかもしれない未来、来てはいけない未来への警告として書かれた。当然、世界は小説の「1984年」の様にはならず、核戦争も徹底的な監視社会も今のところは起きていない。だが、今なお「1984年」が高く評価され、再翻訳されるほど注目されるのはひとえに“今のところは起きていない”と言う事実に集約されると感じる。
もちろん今例え核戦争がおきても小説のような世界ができるとは考えにくい。しかし逆に言えば核戦争などおきなくてもその一端は現実世界に起こり得る、もしくは少しずつ起こりつつあると言えるからである。だからこそ現実の1984年が過ぎてなお「1984年」の世界が近づいてくるという警告に効力が生じる。

自分は『DEATH STRANDING』にもそれに近いものを感じた。
この先BTや時雨にさらされる未来はまずやって来ないだろう。ビーチが存在するかは生きている限り答えを知ることはないだろう。だがその事が起こり得なくとも現実は『DEATH STRANDING』に近づき、「何か」が“今のところは起きていない”だけで起こり得る、もしくは既に少し起きつつある事があるのではないだろうか?
ならば警鐘をならす「何か」とは。それは本作のテーマでもある、分断と繋がり。それも他人が他人を労りる、労われる本当の意味の繋がりに他ならない。

コロナの前の「かつて繋がっていた世界」。それは本当に繋がっていたのだろうか?本当の意味で繋がっていたと思う人がいればそれは余程の楽天家か夢想主義者ではないだろうかと思う。
独善的な理由で起きた大量殺人、孤独死、虐待、etc.、繋がりの希薄さが一つの端を発して起きる社会問題は軽く挙げるだけでも枚挙に暇がない。片や繋がるツールの一つであるネット社会はと言うと不特定多数の誹謗中傷に苛め、特定の人のみで繋がったクラスタと名の付くグループの乱立。
まさしく監督が予言のごとく語ってみせた『METAL GEAR SOLID 2: SONS OF LIBERTY』そのままの世界、同一のイデオロギーで出来た集団とその間のみで形成される「真実」の乱立。それは衝突、淘汰されることも無く、時として一部の個人を攻撃排除することで安定を取る。

これが一部の未成熟な人の間で起こるならまだしも、そうでは無い事は世界の政治を見れば簡単に解るだろう。討論やディスカッションに目を向ければ、「互いの立場に立ち考え、時に譲歩や融通をして相手と自分双方の意見を変化させていく」と言う本来の目的は無く、いつからか政治家たちは自分のグループの考えを押し通そうとしてばかりだ。一見すると意見衝突の様に見えるこれは、その実ただの独り言の言い合いと同義でそこに意見の変化やまかり間違っても相手の立場に立つと言った事は起こりえない。
別に政治批判をしたい訳ではなく、一部の政治家のみの話をしている訳でもない、国民もディティールこそ違えど同じである。

結局、人は活動の場を広げても特定のグループで集まるか個であるかにしかならず。そこには同族意識しか生まれない。擦り合わない個々とグループ達は互いを無視しあい、分断は深まって行く。愛情の反対は憎悪ではなく無視とだれが言ったかその通りである。
だからこそ現代人はイデオロギー的グループを超越した赤の他人からの、無償のアガペーに飢えているのだろう。そのアガペーの眼に見える数値化とでも言える物の一つがイイネである。

『DEATH STRANDING』にもイイネがある、通ることで自動的に一度押されるそれは、プレイヤーの意思で追加で贈ることが出来る。繋がりの象徴で無償の愛としてのイイネは増えると不思議とうれしくなるものでもある。
しかし現実のSNS上ではイイネを稼ぐ事に躍起になる人がいるのは事実で、イイネの意味とはかけ離れた迷惑行為を厭わない人も存在する。監督も当然知っているだろう。それは作中で出てくるミュールがその直喩として描かれている事からも窺える。
では何故負の側面をも持ったイイネにしたのだろうか、イイネを実装したのだろうか。

少し話は変わるが初めに自動的に送られるイイネを海外スタッフは当初反対したという話があるが、日本人にしてみれば馴染みやすいのではないかと思う。それの原因は日本特有の文化があるのだろう。外国から来た人がしばしば日本人の腰の低さや、頻繁な感謝、謝罪に驚くという事を耳にする。ゲーム内で初めに送られるイイネは日本人にしてみれば当然の感謝の文化としての機能だろう。
しかし一見すると素晴らしき文化の様に聞こえるが、本当にそうだろうか?定型文の如く使われる「ご利用ありがとうございます」に本当に相手を思う意図が込められているだろうか。
またしても『MGS2』からの引用になるが、スネーク(監督)から雷電(もちろんプレイヤー)にかけられた言葉がある。

「いいか、言葉を信じるな。言葉の持つ意味を信じるんだ」

それを考えた時、定型文的な感謝には本来の意味は付随しないのは確実だろう。
ならばその言葉の持つ本当の意味は何か、それは荒事を極力回避しようとする日本人の事なかれ主義がもたらす関わり合いの拒絶である。
本来人々を繋ぐための言葉は、皮肉にも人々の繋がりの拒絶に向かって行くのではないだろうか?
気軽な感謝とお礼が飛び交う中で困っている人を黙殺する社会があるのではないか?

もちろん万人がそうとは思わないが、それらを考えずに使う人はとても多い。そこまで考えた時『DEATH STRANDING』のイイネは日本人のみ違う受け取り方になる様に監督は作ったのではないかと思えてきてならない。
感謝の言葉が溢れて飽和した日本においてもう一度少し立ち止まってその意味と行為を噛みしめる。ほんの些細なありふれた感謝の言葉に相手への祈りを込める。全ては自らの為でなく他人の為。それが巡り巡りて自らに届く。
それを実感出来た時にこそイイネは“送る”のではなく、“贈る”になり、初めて人としての繋がりの根源を感じるのではないか。そして今度はと自ら進んで他人を労う事ができるだろう。

かつて奥底から繋がれると期待し、作り上げたツールで人々は分断を選んだ。ならばこその一度先祖帰りして根源を見つめなおそうと言うメッセージ。そして失い、迷い、見つめなおせた時初めて人はそのツールで真に繋がれるのだろう。サムと共に旅をし、サムとなって成長し、サム達と共にアメリカを繋いだプレイヤーに小島監督は望んでいるのかもしれない。その先にある本当の意味で「繋がった世界へ」と。

最後に、『メタルギアソリッド4』のノベライズを手掛け、小島秀夫監督の盟友でもあった伊藤計劃氏はかつて『ポリスノーツ』への寄稿でこう記している。

「ポリスノーツを通じて、ぼくらは思う。技術と人間のかかわりを。技術が人間にどんな世界をひらくのかを。これは、ほかのゲームではちょっと味わえない贅沢な体験だ。(中略)
単なるドラマでもなく、単なる設定でもなく
ぼくらの世界を見つめかえし、さらにその先を見据えるもの。
他のゲームやビジュアルノベルの物語では味わえない、贅沢な体験が、ここにはあると思う。
ここには、個人へと閉塞しない、「世界をみつめるまなざし」があるのだから。」

小島監督作品は常に新しいゲーム体験であり、同時に現実世界の事とリンクして考える贅沢な体験を提供してくれる。
今回、こんなこじつけ紛いかもしれないが自分なりに考え、世界を見詰め直せる機会をくれた事は感謝してもしきれない。
これも偏に小島監督、コジマプロダクションのスタッフの方々、『DEATH STRANDING』にかかわったすべての人、そしてレビュー投稿を企画してくださったGame*Sparkの皆さま、そして読んで下さった方々のおかげです。
自分からのささやかながら精一杯の心を込めた「ありがとう」と“イイネ”を。

浜名湖

『DEATH STRANDING』が発表された当初、私はそれほど関心を持っていませんでした。そもそもゲームというもの自体から遠ざかっており、そのニュースすら入ってこなかったのです。
それが今、毎日『DEATH STRANDING』の世界に入り込み、足跡を残し、橋をかけ、荷物を運んでいる。時にはフォトモードを起動し、そのファインダー越しに何時間も撮影している日もある。傍らで見ていた子供たちは主人公のサムの真似をして荷物を背負ったり、BBをあやしたり…部屋中にテープでジップラインを作られたことも。今では子守歌にと子供自ら「BB's Theme」を流しているという状況です。(※年齢制限のあるゲームなので、子供たちがいる時は配慮のあるプレイを心がけています。)
それほどまでに深く、我が家に『DEATH STRANDING』が浸透してきたのは、大人から子供まで、不思議なくらい心を動かす作品であったからに違いありません。

購入するきっかけになったのはやはり、『メタルギア』シリーズを手掛けた小島秀夫監督が、満を持して出す新作だったということ。
『メタルギア』シリーズは遺伝子操作や核戦争を題材にした、一人の男のロマン溢れる革新的なステルスゲーム。全世界が熱狂したあのゲームに、私もずっと没頭していました。
小島監督がコナミデジタルエンタテインメントを退社したのを知ってからは、ぽっかりと心に穴が空いたように遠ざかっていた、ゲームそのものへの関心。それがある日……もう『DEATH STRANDING』のPS4版の予約が開始された頃だったと思いますが、ゲームをあまり取り上げることのない普通のニュースサイトに、「小島秀夫」の文字があったのです。久しぶりに見るその名前に、幼い頃にゲームの新作が発売された時のようなワクワク感が沸き起こり、即座にコレクターズエディションを予約しました。
小島監督の全く新しい作品…誰も見たことのないゲームとはどんな世界だろう…。まるで宇宙の果てを見るかのように、その時既に監督の創り出す渦に巻き込まれていたのだと思います。

オープニングムービーが始まると、初めに安倍公房の小説「なわ」の一節が聞こえてきます。
この一節が物語っているように、『DEATH STRANDING』のテーマには「縄」すなわち大切なものを守り繋ぐものと「棒」悪いものを遠ざけるもの、というワードが密接に関係しています。
小島監督の「棒で攻撃するのではなく、縄を通じた交流ができる作品にしたい」という言葉通り、いざプレイしてみると、なんと優しさに溢れた世界でしょうか。「平和」という意味ではありません。「思いやり」に近い優しさが、随処に感じられるのです。
例えば『DEATH STRANDING』のオンライン要素の一つに、建設物を設置するとそれが誰かの世界にも現れて、その建設物に「いいね」を送ることができるというシステムがあります。誰かと直接やり取りする今までのオンラインゲームとは少し違った、間接的な繋がりが心地よいシステムです。
この「いいね」をたくさん集めたからといって、何かがもらえるわけではありません。でも、「他の誰かが使っていいねをくれた」とか「助かったからいいねしよう」とか、そういったポジティブな気持ちのやり取りが行われ、まさに「縄」のような繋がりが生まれているのです。これは今までのゲームにはなかった新しい要素だと思いますし、まさに「無償の愛」と呼べる、心温まるシステムではないでしょうか。
そしてゲームの中には他にも様々な形で「縄」が登場します。サムが持っている「ストランド」と呼ばれるロープもその一つです。このロープは崖を上り下りするのに使ったり、靴の代わりの靴底草を足に括り付けるのに使ったり、荷物を繋いだりする他に、敵と戦う時の武器にもなります。「大切なものを守り、繋ぐ」というテーマの通り、武器として使用してはいますが相手を傷付けることなく縛り上げて命を繋ぎ、大切な荷物や依頼人の心、そしてサム自身を守るための優しい道具となっています。
このように「縄」の優しさが随所に散りばめられて、『DEATH STRANDING』の穏やかな世界を支えているのです。

そして、『DEATH STRANDING』の楽しさは移動することにあります。荷物を届けるために大自然の中を一歩ずつ前に進み、数々の苦難を乗り越えて到達する喜びは人生にも似ています。歩いていると足元に小さな花が咲いているのに気づいたり、生き物がいたり、かつて人が生きていた証を見つけたりと、プレイすればするほど新しい発見があるのも素晴らしいです。
また、歩いていて他のプレイヤーの足跡を見つけると、自分と同じルートを歩く同志がいるような気持ちになって嬉しくなることもあります。同じところをたくさんの人が歩くと道ができるのですが、真っ更な野に刻まれていくそれを見るととても感慨深く、達成感も感じることができます。
ストーリーが進むとサムも成長していき、アクティブスケルトンと呼ばれるパワースーツのようなアイテムも登場して、さらにいろいろな依頼をこなせるようになります。
目的地へ到達するまでの道筋はプレイヤーに委ねられ、山を登ってもいいし、敵がいる地帯を突っ切ってもいいし、原っぱでのんびり休憩してもいいしと、攻略方法は無限にあります。どんな道を選ぶのかはその人次第、というのも、自由で面白いところですね。
そしてバイクやトラックなどの車両も登場し、広大で美しい世界を颯爽と走るのも楽しいものです。我が家の子供たちも車両が好きで、一緒にただただトラックを走らせて遊んでいることもあります。

子供たちが好きといえば、BBという赤ちゃんも『DEATH STRANDING』を語る上では欠かせません。ゲームをするまではよくわからなくてちょっと怖いな…と思っていたBBですが、いざプレイしてみると始終癒やしの存在で、可愛くて仕方がないのです。
我が家の子供たちもBBに興味津々で、「あかちゃんをみせて!」と画面の前に立ちはだかってプレイに支障をきたすレベルでした……。
BBも大切にしていると次第に表情が豊かになっていき、笑顔や様々なしぐさをみせてくれるようになります。時には荷物よりもBB大丈夫!?となってしまっていることもあるくらい、愛おしい存在になります。

それから『DEATH STRANDING』の魅力といえば、アートディレクターの新川洋司氏がまとめるアートチームが手掛けた独特のビジュアルも見逃せません。斬新な中にもコジマプロダクションらしいデザインが随所に登場します。例えばサムも身につける各種スーツ、装備品から車両、建物のイメージなども魅力的なのですが、中でも私が一番、新川氏らしいと感じたのは悪役たちのデザインでした。
ミュールにテロリスト、そしてあの金の仮面の人物と、恐ろしくもユニークな死者であるBTたち…。彼らを目の前にすると恐怖を掻き立てられつつも、その興味深い姿形についつい見入ってしまいます。

小島監督の作品はよく映画のようだと言われることもありますが、『DEATH STRANDING』に出演しているのは世界的なスター俳優や映画監督、アーティストに加えて、吹き替え声優も実力派揃いと、映画さながら。そしてこれはゲームです。主人公のサムを演じるノーマン・リーダスを操作して、自分自身も登場人物の一人になると、まるで映画の中に入り込んでいる感覚になります。小島監督は「映画とゲームの垣根はいずれなくなるだろう」と話していましたが、まさに『DEATH STRANDING』はその垣根を払う役割の一作品となっています。

かくして、多くの才能溢れる俳優・声優たちとともに、コジマプロダクションの技術と叡智が細部に至るまで綿密に小島監督のイメージを構築して、美しい『DEATH STRANDING』の世界を描き出しています。そしてストーリーの謎を解き明かせば、押し寄せる感動の波に思わず涙してしまうことでしょう。
『メタルギア』シリーズが好きだった人も、初めてコジマプロダクションの作品に触れる人も、この他にはない素敵な世界を一緒に歩いてみませんか?

Ryuichi OZAKI

『DEATH STRANDING』レビュー

ゲームデザイナー小島秀夫がつくる『DEATH STRANDING』は、安部公房の小説「なわ」の一節を引用しプロローグを迎える。

“「なわ」は、「棒」とならんで、もっとも古い人間の「道具」の一つだった。「棒」は、悪い空間を遠ざけるために、「なわ」は、善い空間を引きよせるために、人類が発明した、最初の友達だった。”

「ソーシャル・ストランド・システム」は何を伝えるデザインなのか。

DEATH STRANDINGは、いわゆる既存のステルス・ゲームとは違います。全く新しい繋がり(ストランド)の概念をゲームに取り入れた、これまでにないアクション・ゲームになります。僕は、これをソーシャル・ストランド・システム、略して“ストランド・ゲーム”と読んでいます。

TOMORROW IS IN YOUR HANDS. pic.twitter.com/BDU26mHSog
— 小島秀夫 (@Kojima_Hideo)
May 30, 2019
from Twitter

この作品、この遊びを通し小島秀夫が伝えるものは、ネットワークがもたらす繋がる危うさ、そして、ネットワークが助ける未来への歩みだ。

本作は、謎の現象「デス・ストランディング」の発生により、崩壊の進むアメリカを舞台とするものである。この世界では、生者の世界と死者の世界が重なり合い存在し、時の進行を早める雨が降る。その雨に触れれば、人も動物も植物も、物質ですらも命のサイクルをその終わりに向けて早回しする。
文字通り、死の座礁(=DEATH STRANDING)した世界であり、この世界で人々は分断を余儀なくされ、限られた配達人だけが繋がりを保つ存在である。その一人である、フリーランスの配達人サム・ポーターが、アメリカ再建のために配達を請け負う物語だ。
分断された北米大陸を東から西へ横断し、荷物を届け、ネットワークを繋ぎなおす。

簡潔にストーリーを紹介すれば前述の通りだが、“移動”を主軸に据えるシンプルな操作を求めるゲームでありながら、プロットやシークエンス、ゲームならではの能動的なシステムデザインが綿密に絡み合うことで、この作品を一言で形容し難いものとしている。

本作における“移動”は、ストーリーを進行させる手段であり、それと同時にプレイヤーにとっての目的としてデザインされている。
まず目に飛び込むのが、雄大な自然の広がる誰もいない世界だ。足元の瑞々しい草花、複雑な陰影を落とす岩肌、きらめく川の水面。そこに注ぐ滝、諧調をもって霞がかってゆく山々を遥かに見渡す。広大なオープンワールドを歩き始める。
配達の道のりは自由度の高いものであるが、豊かな地形にリンクして仕掛けられるシークエンスが体験を劇的なものにする。BTの漂う険しい森や、逃げ場のない谷を、息を潜めて歩く。暗い谷間を抜け山峰に至り、晴れ間がさしBBが微笑みプレイヤーは安堵する。頂からは遠くに目的地を望み、下り坂に足を早める。目的地に向けて気がはやる中、タイミング良くLow Roarのサウンドが流れ、これまでの一歩一歩を祝福されるかのようだ。
誰かのための、ただ独りの配達が待ち望まれていたものだと知る。

東から西へ横断してゆくなかで「カイラル通信」という情報通信網を繋げてゆく。プレイヤーが到達したエリアにおいて、車両や装備品、建設物をつくるためのインフラのようなものだ。これにより梯子や橋、発電機、休憩基地、サインボードといった施設等を設置することが可能となる。
“ゆるやかな繋がり”を意図した特徴的なオンラインプレイに強く関連する要素で、カイラル通信の繋がったエリアでは、自分の設置した施設が、他のプレイヤーがただ独り配達する世界に反映される。誰かが歩いた軌跡は獣道のように踏み慣らされ、時に足跡として表示され、互いに気配を感じとることもあれば、雨で劣化した誰かの施設を補修することもある。行為に対して「LIKE」することでリアクションすることも可能だ。

この「ソーシャル・ストランド・システム」によって、自らの配達を助けるための行為が他者にも共有される仕組みは、コミュニケーションやシェアの多くがネットワーク技術によりなされる現実の現在位置から見ても刺激的なアイデアだ。
リアルタイムで各プレイヤーの状況が随時反映されるものではなく、非同期のオンラインプレイであるため、静けさを持つ雄大な作品世界が損なわれることはない。そればかりか、生命の発生・絶滅を一つのテーマとする作品世界をより奥深いものとして印象付けている。

それは、このプレイヤー同士のコミュニケーションのあり方が人類の営みの軌跡そのものと重なる体験を備えるものだからだ。
現在とは誰がつくりあげたものか。ある英雄がつくりあげたものでもなければ、ある世代のみでつくりあげられたものでもない。過去から現在へ、綿々と、見えない誰かがつくったものを参照し、呼応するように営みを積み重ね、現在がかたちづくられているのではないだろうか。

たくさんの荷物を抱える主人公が転ばぬよう、足元の微地形を観察し、主人公とシンクロしてバランスを取ることに集中する。精神は美しいオープンワールドの中に浸り、のめり込んだ状態で歩みを進める。その一方で、様々なプレイヤーの足跡が交差し重なる様子を見つけ、姿の見えない誰かの営みに思い至る。目の前の事態に没頭しながらも、シームレスに巨視的な視点へと繋がってゆくような、思考の切り替わりを体験することとなる。

最終章を“TOMORROW IS IN YOUR HANDS”と題し、それぞれプレイヤーに投げかける通り、未来は私たち一人ひとりの選択の積み重ねにより立ち現われてくる。
現実の私たちに“荷物を届ける者”は、物流配達員であり、それを支える輸送網や交通網、または情報通信網、エネルギー供給網であり、それらは世界中を繋げている。
小島秀夫がつくる世界を遊び、体験した私たちは、私たちを取り囲むネットワーク=無数の張り巡らされた「なわ」に、新た視点を向ける。そして、連絡する先を想像し、善い未来を引き寄せるため、繋がりに手を差し伸べるのだ。

『メタルギア』シリーズで核兵器の廃絶を描いたように、常に未来を思い、未来をつくる視点が『DEATH STRANDING』というアイデアをビデオゲームにとどまらない創作たらしめるものであり、“A HIDEO KOJIMA GAME”として愛されるゲームデザインの根幹なのだろう。

杉の木

『DEATH STRANDING』のレビューをなるべくネタバレ無しで書いていきたい。
世界中から注目を集めていた小島秀夫氏が手掛ける『DEATH STRANDING』が2019年冬にPS4からリリースされ、2020年夏にはPC版も発売された。リリース前から意味深なトレーラーが公開されていき、SNS上では様々な憶測や考察が繰り広げられていった。また、発売前からファンアートも多く投稿されており、その人気や期待は他作品と一線を画すものであった。

そして満を持して発売された『DEATH STRANDING』。
今までの考察に答え合わせの時間がついに訪れた。

さて、ゲームの内容はプレーヤーが主人公「サム・ポーター・ブリッジズ」となり、荒廃した世界の中で配達を生業とする配達人となり、なかば巻き込まれる形で様々な任務につくことになっていく。この主人公であるサムはノーマン・リーダスという実在する人物をキャプチャーしており、ゲーム内において、とてもリアルな人物描写がされている。このリアルな人物キャラクターであるノーマンことサムを操作するうちに自分自身がサムとして『DEATH STRANDING』の世界へと入っていくこととなる。

まずゲームを始めて最初に感じたことは、とんでもなく映像が綺麗だということ。よく実際のゲーム画面のクオリティとトレイラーに差があるゲームがあるが、『DEATH STRANDING』にはそんな心配は不要であった。そんな美しい映像から流れるようにチュートリアルが始まる。荷物を運ぶ動作を自然に覚えられるよう誘導してくれる。待ちに待った『DEATH STRANDING』を自分が動かしているということにとても感動したのを覚えている。

正直なところ、これまで成功を収めてきた小島秀夫氏の最新作ということで、まず大成功を収めるということは容易に想像ができていたのだが、ここまで一瞬で『DEATH STRANDING』の世界に引き込まれてしまうとは思っていなかった。ゲーム内でも登場するモンスターエナジーを片手に連日何時間もプレイする日々が始まった。

ゲームとして映像がリアルなだけではなく操作感も実にリアルに作られている。「荷物を運ぶ」という一言で説明できてしまう動作の中に重量やバランス、足場の悪さを考慮し、コントロールして運ぶ。そして荷物を運び終えた際の評価として配達に要した時間や量や距離などがリザルトとして出る。ただ荷物を運ぶという動作が見事にゲームとして成立していた。
プレイを進めていくと『DEATH STRANDING』についてのシステム的な工夫が随所に見て取れた。
ゲームの舞台が荒廃した世界ということで主要な人物しかでてこない。そして出てこないのにはきちんと理由があり、納得できるものであった。
そういった世界観があるからこそ違和感なく登場人物を節約することに繋がっており、誰もいないが美しくも切ない景観を作ることができていた。
時雨という要素も人工物が世界から消えるという、いわゆる世界観を作るのに“意味のある節約”となっていた。
また、オンラインの要素も昨今の回線速度が重視されるゲームとは違う。いつの間にか他のプレイヤーと繋がっている。それに気づいたとき言葉では形容しがたい感動を覚える。繋がることをテーマにしているだけあって、他のプレイヤーと繋がったからこそ得られる恩恵や激励はゲームをプレイしているとあらゆるシーンで心に訴えかけてきた。
分断、配達、繋がりというキーワードなどはゲーム内で頻繁に出てくる。昨今の世界事情と重なる部分が多々あり、感情移入する人が多いのもこのゲームの大きな特徴と言えるだろう。
省くべき部分は省き、工夫や突き詰めるべき部分を追求したがゆえにゲーム作品の域を超えて芸術の域へと昇華しているように思う。

ゲーム内では「ネットが世界を覆い尽くしても、争いは絶えなかった」等の実に耳に痛いセリフやキーワードがいくつも出てくる。これもまた小島秀夫氏の描く世界の特徴と言えるだろう。重厚なストーリーには現実と重ねてしまう世界観が広がっているからこそ説得力がある。もしかしたら本当にこんな世界になってしまうのではという警鐘にも近いメッセージが込められている。
そしてストーリー内で描かれる人間ドラマや演出はグラフィックの綺麗さも相まってもはや映画である。私は一気にゲームプレイを進めた。というより、止まらなかった。

この『DEATH STRANDING』は間違いなく傑作であると断言できる。

ゲームの終盤では、ゲームだからこそできる演出やストーリーの結末に涙し、コントローラーを握るのが辛いほどに心を動かされた。

『DEATH STRANDING』の体験を一言で表すなら「頭ではなく、心で感じるゲーム」だろうか。

語り継がれるゲームというのはただ面白いだけではない。カタルシスや教訓など、そこから学べて自分の価値観や見識に変化を与えてくれるものだと思う。小島秀夫氏が生み出したものはそういうものだと思う。
『DEATH STRANDING』からはゲームを通して大切なものを受け取ったように思う。それを御守のように自分の中で大切にしていきたい。

未プレイの方には『DEATH STRANDING』でしか体験できないものがあるからこそ、プレイをオススメしたい。

僕という“サムワン”が感じた『DEATH STRANDING』という“フラジャイル”な絆の物語/SaR

小島秀夫監督の独立後初作品で、その上かつてない超豪華キャストが出演するとあって、『DEATH STRANDING』は待ちに待った作品でした。しかし、昨年の発売日にプレイし始めた最初の数時間、僕は「なんてひどいんだ」と衝撃を受けました。

それは本作がお粗末ということでは、もちろん全くありません。「サムワン」としてすっかりストーリーに入り込んでいた僕は、騙し討ちのようにブリッジズに入れられ、育ての親のブリジットの死を悼む時間すら与えられず、あまつさえ息子自身に母を焼却させるという、あまりに理不尽な出来事の連続に唖然としていました。

しかし、そんな理不尽の連続から始まる本作は、僕にとってかけがえのない、大切に抱きしめていきたい"絆の物語”でした。

“絆”を育んでいくこととは

さて、小島監督自身、そしてその作品と言えば、その唯一無二のワーディングセンスや言葉遊びが、沢山の魅力の中の一つだと思います。本作では特に、キャラクターたちの名前に多くの意味が込められています。サムの名前と「サムワン」とをかけていることはもちろん、タイトルやアメリのファミリーネームでもある「ストランド」の“絆””座礁””途方に暮れる”という意味、そしてアメリの名前自体にも秘密があったりと、そこかしこに二重三重の言葉遊びによる仕掛けがあります。

また、「フラジャイル」「デッドマン」「ハートマン」「ママー」のように、記号的な呼び名も多く登場します。そこで僕が考えたのが、人が誰かを呼ぶ時に、そこに何があるのかという、名前が持つ意味についてです。

サムとして荷物を運んだ時、相手には感謝されます。それはサムを待っていたのではなく、荷物を待っていたためですが、配達によって、依頼人・受取人同士の繋がりが出来ます。配達を繰り返すことにより、サム自身と依頼人・受取人との繋がりも含め、ただの点と点を繋いだ細い“線”から、より親密で強固な“なわ”になっていきます。

その時、サムはただの誰でもない記号としての配達人サムから、人々を繋ぐ架け橋であるサム・ポーター・“ブリッジズ”となります。サムという名前は、誰か=「サムワン」以上の、大切な人の呼び名になるのではないでしょうか。

フラジャイルのような、記号的な名前もそうです。ノベライズでは言及がありますが、サムはポート・ノットシティに着く頃ではまだ、意外に小柄なことが彼女の名前の由来だと思っています。しかし、彼女とヒッグスの因縁、そして本当の名前の由来を知った時、サムにとって「フラジャイル」という記号的な名前は、最初とは全く違うように聞こえたのではないしょうか。

絆が強まるにつれ、「サム」「フラジャイル」という、ただの個々人を示す記号・文字列でしかなかった名前が、全く違った響きを持ちます。それが、本作での名前の持つ大きな意味の一つだと思います。

そして、共に過ごした時間、交わした言葉、“フラジャイル・エクスプレス”“クリプトビオシス””配達”といった共通項など、二人の間の繋がりの糸の一つ一つがより集まって、強い“なわ”となっていきます。それが“絆”を育んでいくことだと、僕は感じました。

ゲームシステムとストーリーの根幹が繋がる"絆”

本作で絆は、最も重要な要素だと僕は思います。ゲームのシステムにも大きく関わります。それは親密度のような、ある意味では絆を可視化したと言える値もそうです。“親密度を高める”=“絆を強める”ことで、新たな装備や、より便利な装備の作成が可能になります。ルーとの絆も、強まることでBTへの耐性が強くなっていきます。

個人がそれぞれ持つビーチにも、他者のビーチへは、絆のある者・所縁のある者しか入ることが出来ず、大切なもの=絆の強い物しか持ち込むことは出来ません。

また、絆は、ゲームのシステムと、ストーリーの根幹をも繋ぐものです。サムがいかに“伝説の配達人”といえど、座礁地帯だらけの山々を越え、大型BTを退け、ヒッグスを倒し、最後にアメリの待つビーチに辿り着くことは、一人だけでは決して出来ませんでした。

旅を共にするルー、フラジャイルやブリッジズの仲間たち、そしてノットシティや配送センター、プレッパーズたちとも、サムは繋がりを強固な絆に変えて、やっとの思いで旅を完遂させます。最後には、絆の力でアメリの心を変え、人類を絶滅から救うんです!

絆とは“フラジャイル”で、だからこそ愛おしい

しかし、同時に絆とは、ひどく不確かなものだと、僕は思います。絆は、使い方次第によって、良い方法にも悪い方法にも使える“なわ”であり、“縛り”であり、“手錠”であり、“繋がり”です。

サムは冒頭で、10年ものあいだ音沙汰のなかったブリジットから連絡を受けます。自分の死期が迫り、実の娘であるアメリが危機に陥ったから救って欲しいと。そう、ブリジットの絆の使い方は、とても卑怯で独善的なもの。サムもそう思ったはずです。

現実でも同様、絆は、プラスな要素だけに働くものではないと、実は誰もが知っているのではないでしょうか。仲が良いからこそ友人に言い過ぎてしまったり、仲が良いからこそ「言わなくても伝わる」と恋人を蔑ろにしてしまったり、仲が良いからこそ家族に甘え過ぎてしまったり。

しかし、プラスの要素だけでなく、思い通りにならない不確かなものだからこそ、大切にしたくなります。プレッパーズのエルダーの、ノベライズでの言葉を借りれば、「つながりが壊れやすいから強化するんじゃない。壊れやすいからこそ、大切にしなければならない。あいつが、組織と娘にフラジャイルという名前を付けたのはそのためだった」ということです。

人々が考え方が違ったり、違う方向を向いていたりするのは、当たり前です。大事なのは、それでも繋がって、絆という不確かなものについて試行錯誤しながら大切に守っていくことで、だからこそ愛おしいんです!

何より、この『DEATH STRANDING』も繋がりで出来たものだと、小島監督は語っていました。『P.T.』で繋がりの強まったサム役のノーマン・リーダスや、デッドマン役のギレルモ・デル・トロ、子供が『メタルギアソリッド』シリーズのファンだったというクリフ役のマッツ・ミケルセン、クリエイターとして深く影響を受け合い、「幼なじみと再会したようだった」と小島監督との出会いを形容したハートマン役のニコラス・ウィンディング・レフン。そして、独立後に小島監督の過去作のファンだったということで、コジマプロダクションに協力した企業などの沢山の“サムワン”の方々。

そういった沢山の繋がりを大切にすることで、“絆”の物語を描くゲームを、小島監督が作ったこと。それ自体が素晴らしい物語であり、偉業だと僕は思いました。そして何より、中学時代に、『メタルギアソリッド2 サンズ・オブ・リバティ』をプレイして以来、小島監督のファンになった僕が、十数年の時を経て、新たな物語をプレイする"サムワン”になれたということに感動しました!

『DEATH STRANDING』をプレイした僕たちサムワンは知っています。絆はフラジャイル(=壊れ物)で、だからこそ大切にしなければならないということを。しかしそれは、腫れ物のように扱うということではありません。時には壊れ物だからこそ、しっかり力を込めて持ち、両脚を踏ん張らねばならないということも知っています。

そんな一生大切に抱きしめたい、絆の物語に出会わせてくれたことには感謝しかありません。小島監督の元には、映画を含め沢山のオファーが来ているということなので、今はただ、これまでの作品を振り返りながら、新しい“配達”を心待ちに、未来を生きたいと思います。

生姜焼き定食

これまで遊んできたゲームとはどこか違う、『DEATH STRANDING』は斬新であるが本当の意味で人に優しくなれるゲームである

配達を主にするゲーム、でも奥深い

本作はオープンワールドのゲームで、俳優のノーマン・リーダス氏がモデルになった「サム・ポーター・ブリッジズ」を操作し、「荷物を指定先まで運んで納品をする」ことを行うゲームである。

荷物を運ぶ以外にも、とある理由で世界が分断と孤立に襲われ国として機能出来なくなったアメリカを荷物を運びながら世界を再び繋ぎ直せる事が出来る「カイラル通信」と呼ばれる通信をアメリカ大陸の全土に繋げる旅をゲーム内で行う事になる。

「荷物を運ぶ」とてもシンプルな行いであるが、事はそう単純ではない。
フィールドには物の時間を進める特殊な雨「時雨」や荷物を見つけると強奪しようと襲いかかってくる集団「ミュール」、生きている生物と繋がる事で辺り一面をクレータに変える「ヴォイドアウト(対消滅)」を引き起こす「BT」と呼ばれる存在など、アメリカ全土が恐ろしい状況の中でいかに荷物の損傷や欠品が無く人々に届ける事が出来るかプレイヤーの腕が試されるのである。

荷物を運搬する際に、荷物の積載場所や量の調整、配達ルートの設定など色々な事をプレイヤーが任意で決めて行動する事が出来る。
それ以外にも徒歩やバイク、トラックといった運搬方法なども任意で選択する事も可能であるため、プレイヤーごとで配達時にこだわるところが十人十色なところも出てくる。
私がプレイしたときには「荷物の劣化を極力防ぎ、脅威をなるべく避けて運搬する」を目標にプレイしていたため運送時間がかかり気味であった。

様々な辛苦を乗り越え配達が達成出来た時には、惜しみない賞賛を配達先の人にされ思わず「配達が完了できて良かった、また配達をしよう」と温かい気持ちになる事ができ、荷物を運ぶゲーム『DEATH STRANDING』によりのめり込むのである。

映画のように深いストーリー

「プレイする人を引き込む物語」がデスストの魅力を更に引き立ててくれる。
伝説の配達人「サム(Sam)」には特殊な能力がある、通常の人が対消滅になった場合はその場で消滅してしまうが、サムは自分が死んでもその場所に戻ることが出来る「帰還者」と呼ばれる能力が備わっている。

世界が何故分断されてしまったのか、サムはどうして特殊な能力が備わっているのか等ゲームを進めていくことで様々な謎が出現し、謎を明らかにする事でプレイヤーを『DEATH STRANDING』の世界にどっぷりとのめり込ませていく。

丁度良いオンラインでの繋がり

最近のゲームはオンラインで協力や対戦をすることが当たり前になっていることが多い。しかしレベル差やプレイヤーの力量でゲームの楽しみ方が違うこと痛感してしまう経験があるはずだ。

『DEATH STRANDING』もオンラインに繋げば他のプレイヤーと協力をする事が可能であるが、従来のゲームとはひと味違った協力である。
カイラル通信を繋ぐことで他のサム(some)が造った建築物や乗り物をシェアする事が出来る。

『DEATH STRANDING』は過度なプレイヤーとの繋がりでなく、丁度良いくらいの人との繋がりが楽しめるゲームである。
『DEATH STRANDING』をプレイする度に「ゲームをプレイする楽しさ」を純粋に思い出させてくれる作品なのである。

ポン酢

小島秀夫監督作品『DEATH STRANDING』
自分には、とても響いた作品でした。
ゲーム性、シナリオ、グラフィック、演出、音楽、キャスト、全てにおいて高水準な作品だと感じます。
この作品の感想を書こうとした時、シナリオに触れるとネタバレになってしまうので難しい感想文だなと感じました。なので題材を決めるのが困難でした。
キャラクターやシナリオを引き立たせるシネマティック演出について書こうと思いましたが、それよりも印象に残っている「配達」について記したいと思います。

まず『DEATH STRANDING』というゲームを存じ上げない方に対して簡潔に述べさせて貰います。
舞台は近未来のアメリカ合衆国。ある現象を境に爆発が発生し各地が分断。主人公“サム”を操作して、その分断された地域を繋ぎ直しアメリカを再建する。これが『DEATH STRANDING』というゲームです。

そしてゲームの根幹の要素が「配達」です。この「配達」を通じて、各地を繋いで行きます。
しかし、分断されたのは地域だけではありません。人々の心も爆発によって分断され、再び「繋がる(Strand)」を事を恐れています。“サム”は各地を繋げるだけでなく、人々の心も繋がなければなりません。

それではアメリカ合衆国を繋げる旅に出発しましょう。まず驚いたのは何も無いのです。フィールド上には人影も無く“サム1人”しか存在していません。存在しているのは、豊かな自然と“サム”の「配達」を待ちわびる中継地点、都市。そして生きている装備「BB(Bridge Baby)」と名付けられた赤ちゃん。呼び掛けても誰も反応しない世界を、BBと共に孤独と戦いながら点と点を線にしていきます。

もう一つ驚いた事があります。それは「配達中」に快楽原則が満たされない事です。対人ゲームだと、敵を倒すという単純な動作によって快楽原則が満たされます。しかし、このゲームには単純な動作は存在せず、簡単に快楽原則が満たされません。簡潔に言い表すと最初は楽しくないのです。目的地へ荷物(繋がり)を運ぶ「作業」なのです。その「作業」の道中も一筋縄ではいきません。整備のされていない道を進むために、梯子やロープ等の建設物を使用して障害物を進んで行きます。

山を越え、崖を登り、川を渡り、大変な経験を経て中継地点へ到着します。中に入ると責任者のホログラムが出現しました。実際に人と会って、この手を人と繋ぐことは出来ないようです。荷物を拠点へ納品するとネットワークを繋ぐ事が出来るみたいなので早速繋いでみましょう。Qpidと呼ばれる装備を使って繋ぐみたいですが、ネットワークに繋いでもホログラムの画質が向上したくらいです。しかし責任者はこのように言います。「繋いでくれてありがとう。この先で仲間が待っている。」と。この時に自分の心が温かくなり、他の娯楽では感じた事の無い感情が湧きました。

中継地点から外へ出ます。すると何と言う事でしょう。豊かな自然の中に道が出来ているではありませんか。道だけではありません。歩んで来たフィールドに“SOMEONE”(誰か)の痕跡が存在しているのです。
荷物を運んでいる最中だと自分が操作する“サム1人”でしたが、目的地に着き、振り返ってみると知らない間に他のプレイヤーと同じ目的地を目指していたのです。地面を踏みしめ創られた道を見た時に「自分は1人ではなく、他者を支え支えられている」という繋がりを感じました。

ネットワークに繋がったフィールドでは他のプレイヤーの建設物を使用する事ができます。逆に自分の建設物が他のプレイヤーに使用される事もあります。自分だけに役立つ存在だった建設物が他者に役立ち、また他のプレイヤーの建設物に助けられる事もありました。

そして、この世界では他者が設置した物に対して「いいね」を送る事ができ、自分が設置した建設物に「いいね」を貰えた時は筆舌に尽くせないくらい嬉しかったです。BBも嬉しそうです。
この世界は間接的にした行為でも、人に役立ち繋がる事が出来る、特別な世界だと感じました。
先へ進むとシェルターで生活している住人へ荷物を「配達」し、繋がる事が出来ました。シェルターで生活する人間をプレッパーズと呼ぶそうです。その住人は「傷一つ無い荷物だ。ありがとう。」とお礼を言ってくれました。この時も温かい気持ちになりました。

自分は快楽原則が満たされない「作業」と書きましたが、それは間違いでした。このゲームは「配達」を通して、人との繋がりに責任を持ち、他者を愛し、自分を愛す大切さを伝えている様に感じました。そして、このゲームの快楽原則を満たす方法も、これまでに体験した事がありませんでした。

『DEATH STRANDING』は新たなジャンルの作品だと感じます。『DEATH STRANDING』の世界では尊大な人間は居ません。全てが責任のある善意の繋がりで成り立っています。その善意の繋がりの経験を経て現実世界を見てみると、以前とは違う景色を見られる様になりました。
もし現実世界の繋がりに疲れている方、『DEATH STRANDING』の世界を体験してみませんか?「配達」を通して善意の繋がりを体験することで、世の中を新たな景色で見る事が出来る様になるかもしれません。

最後まで読んでくれて、ありがとう!!!

以上で優秀・最優秀賞含めた、44作品全てをご紹介しました。企画の性質上、序列をつける形とはなりましたが、いずれも『DEATH STRANDING』への情熱があふれるレビューばかりだったかと思います。記事冒頭にも書いた通り、当初は優秀・最優秀レビューのみの掲載予定でしたが、集まった作品を編集部で読んだ際、これらをお蔵入りにするのはあまりにも惜しいということから、急遽全作品を追加公開という運びに。これも偏に『DEATH STRANDING』ファンの愛のなせる業と言えます。

30年近くに渡り在籍したコナミから離れ、コジマプロダクションを設立した小島秀夫監督。設立当初は事務所もなく、わずかなスタッフでのスタートだったといいます。そんな中から様々な人々との“繋がり”によって作り上げられた『DEATH STRANDING』が、数多くの熱い思いを寄せるファンを生み出したことは必然だったといえるでしょう。

まるで未来を予見していたかのように、ゲームで描かれた「分断」が実際に深刻化している現在。毎日のように心がすさむニュースが流れる今だからこそ、人と人の繋がりを感じられる“ストランド・ゲーム”たる『DEATH STRANDING』が、人々の心を打つのかもしれません。

Game*Spark

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