読売新聞オンラインは10月28日、「クマ駆除の秋田県に『お前も死んでしまえ』など抗議電話殺到…佐竹知事『業務妨害です』」との記事を配信した。クマの駆除に反対する人が県庁や市役所などに電話をかけてきて、常軌を逸した抗議を行う「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が横行、北海道や東北各地の自治体や関係団体に多大な被害をもたらしている。
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クマの駆除にまで「カスハラ」被害が広がる時代(※写真はイメージ)
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読売新聞の記事では、秋田県庁にかかってきた抗議電話の内容が紹介されている。《「クマを殺すなら、お前も死んでしまえ」「お前らみたいな能力のないやつがなぜ県庁で働いているんだ」》というもので、文字通りの暴言だ。
県自然保護課は抗議電話の件数を集計していなかったが、10月6日から1週間、《鳥獣保護管理チームの電話5台は鳴りっぱなしの状態》になった。「クマがかわいそう」という駆除反対の意見が大半を占め、県外在住者からの電話が目立ったという。
11月10日には富山県の地元紙・北日本新聞社webunプラスが「『かわいそう』『殺さないで』 クマの駆除巡り県に抗議の電話相次ぐ」との記事を配信した。カスハラが北海道や東北地方だけでなく北陸地方にも広がってきたことが分かる。
なぜこのような非常識な行動が広がり続けているのか、『カスハラの犯罪心理学』(インターナショナル新書)の著書がある東洋大学の桐生正幸教授(犯罪心理学)に取材を依頼した。
「カスハラの抗議電話は大きく分けて3つの類型があります。1つ目は、本気で『クマがかわいそう』と訴えるもの。2つ目は、この件をきっかけとして職員を脅迫したり、爆破予告を行ったりといった犯罪性のある嫌がらせ。そして3つ目が自身の歪んだ正義感をベースに、自らの正しさをかなり強い調子で訴えるもので、この3つ目が最も数が多いのではないでしょうか。動物愛護法は発展途上の法律で、改正が必要な点も少なくありません。しかし抗議電話をかける人は、愛護法の“いいとこ取り”を行い、『駆除反対』という自説を自治体の職員などに押し付けます。職員の精神的苦痛や、業務に与える悪影響は看過できないレベルになっており、まさに『カスハラ』の代表例と言えます」
カスハラの歴史
昔はカスハラなんてなかったのに──と首を傾げる50代以上の人もいるだろう。その疑問は正しい。カスハラは2000年代以降、顕著になってきたことがさまざまな調査で判明しているという。
「2000年代以前の抗議電話は、特定の団体がマスコミをターゲットにするといった、何かしらの明確な目的を持つケースが目立つくらいでした。個人が企業などに悪質なクレーム電話をかけるというケースも存在したとは思いますが、企業内にて処理できるものが多く、社会問題として浮上することはなかったのです。特に80年代後半から90年代初頭、日本はバブル景気に沸きました。右肩上がりの幸福感が、カスハラを生じさせなかった一因になっていたのかもしれません」(同・桐生氏)
90年代初頭にバブル景気が弾けると、日本は「失われた20年」に突入した。そしてカスハラの“誕生”に深く関係しているのが、いわゆる「団塊の世代」だ。
「2000年代から団塊の世代が出向を命じられたり、定年を迎えたりするなど、雇用状況に変化が生じました。収入や社会的地位は下がり、不景気が追い打ちをかけ、ストレスを抱える人も少なくなかったのです。そんな彼らが衣食住や交通といった日常的なサービスを利用すると、自分たちのプライドに見合わない対応を受けたと感じることがあり、その時は電話で企業に過度なクレームを行いました。タイミングの悪いことに、不景気で企業は消費者重視の姿勢に転じていました。彼らのクレーム電話に迎合してしまい、お詫びの品などを贈ったのです。結果、『文句を言った者勝ち』という状況が生まれ、日本社会にカスハラが猛烈な勢いで拡がっていきました」(同・桐生氏)
幼稚化した人々
そして、まさに今、カスハラの件数は頂点に達したと桐生氏は見ている。日常生活でストレスを感じていない人たちであっても、クマの駆除というニュースに反応し、過度なクレーム電話で暴言を吐き散らす──。それくらいカスハラが一般的になったというわけだ。
「コロナ禍の影響も重要です。自粛ムードで他者との関わりあいが減り、いったんはカスハラも沈静化したように思われていました。ポストコロナの到来でリアルな人間関係が復活しましたが、中にはコロナ禍で対人スキルが低くなった人が出てきます。例えば今、闇バイトが横行しています。日中に宝石店を襲えば、逮捕されることは明白です。ところがリアルな対人関係が薄れてしまったことで、行動が短絡的になり、自分が逮捕されるという想像力も低下する“幼稚化”現象が現れています。実は、カスハラを行う人にも同じ特徴が認められるのです」(同・桐生氏)
自分がカスハラに手を染めれば、その電話に応対する職員がどれだけ心に傷を負うか、どれだけ業務が滞るか、全く想像することができない。いや、そもそも自分の行為がカスハラだと認識することができない──。
闇バイトに応募する者も、役所にカスハラ電話をかける者も、共感力や想像力が低下した幼稚な精神状態を持っているということになる。
対応マニュアルの必要性
それにしても、「歪んだ正義感」で暴言をまくし立てる抗議電話に対応しなければならないのだから、自治体や関係団体の職員は大変だ。
佐竹敬久・秋田県知事は10月23日の定例会見で、抗議電話について「すぐ切ります。ガチャン」「これに付き合っていると仕事ができない。これ業務妨害です」との見解を示した。
県のトップが強い態度を示したことに安堵した職員もいただろうが、実際の現場では電話を切るのもなかなか難しいという。
「民間企業は資金を持っています。代表電話を廃止し、チャットボットなどの自動応答システムなどを導入して社員の安全を守ろうとしています。しかし地方自治体は資金が潤沢ではありませんし、地域住民の電話に耳を傾けなければならない時も多いでしょう。そこで必要なのが啓発活動です。札幌市役所のようにカスハラ防止を訴えるポスターを掲示するのは効果が期待できます。さらに部署内部で対応マニュアルを作り、『この一線を越えたら電話を切る』とルール化することも必要です」(同・桐生氏)
カスハラの未来
自治体も徐々に対策を講じていくのだろうが、今後も日本ではカスハラの嵐が吹き荒れるのかと思うと、暗澹たる気持ちになってしまう。だが、桐生氏は将来を楽観視しているという。
「今回、異常な抗議電話の問題がクローズアップされたことで、カスハラは絶対にしてはならない行為であり、場合によっては脅迫や威力業務妨害といった犯罪に該当するという認知が広がっています。さらに、東京都などは“カスハラ防止条例”の制定を進めています。条例によって『カスハラは、していけないこと』だという強いメッセージを社会に発信できるのは間違いありません。日本人の多くがカスハラの問題点について理解するようになり、今後、被害件数は減少に転じるのではないかと考えています」
デイリー新潮編集部
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