中国・深センの闇ケータイ「山寨機(さんさいき)」を追え!【山根康宏のケータイ西遊記: 第8回】

中国・深センの闇ケータイ「山寨機(さんさいき)」を追え!【山根康宏のケータイ西遊記: 第8回】

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  • 更新日:2016/12/01
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【深センでゲットした気になる1台】

始皇帝ケータイ(購入価格:約1万5000円)
兵馬俑のフィギュアが6体同梱。いろんな意味で重すぎるガラケー

【詳細】他の写真はこちら

本格的なフィギュアをセットしたケータイ。ここまで本気でモノづくりしてしまうのが当時の闇メーカーの勢いだった。

ケータイ西遊記 -第8回- 中国/深セン編

携帯電話研究家・山根康宏が、世界各地でお宝ケータイに出会うまでの七転八倒デジタル放浪記。

世界の工場・中国 深セン
スマホケースはここで生まれる
香港に接する中国広東省の深セン市。香港が中国に返還後も一国二制度の元、両都市の間には国境が存在し、香港から入る場合にも出入国が必要だ。国境を越えて深セン側に入ると高層ビルが立ち並ぶ大都会の光景が広がっており、まるで香港に出戻ったような感覚に引き戻されてしまう。

だが深センが発展したのはここ十数年のこと。香港に接する地の利を生かして工場が次々と集結し、今や世界中のIT製品の製造拠点となっている。それに伴い人口も増加し、マンションの建設や地下鉄の路線拡張ラッシュが今でも続いている。

そんな深センにはPCやスマホ関連の製品があつまる秋葉原のような街がある。しかもその規模は巨大であり、メイン道路沿いに店がずらりと並ぶだけではなく、その裏側にあるビルも全てが関連製品を扱う店で埋め尽くされている。今の主流はスマホ関連製品であり、域内の工場で生産されたスマホケースをそのまま販売する問屋が数百件以上も軒を連ねているのだ。

さて中国と聞くとコピー品、ニセモノのイメージが強いだろう。確かにケース問屋に行けば有名ブランドや日本のキャラクターを勝手に使ったiPhoneケースが山のように売られている。もちろん最近ではオリジナルデザインをアピールするメーカーも増えているが、それらの製品はなかなか無くならないのが実情だ。

そんなスマホケースを求めて深センの電機街には世界中から人々がやってくる。その結果、ホテルやレストランも次々と開業し、2泊3日でやってきても衣食に全く困らないほどになっている。問屋ビルの裏には国際配送も可能な宅配業者が多数並んでおり、仕入れたばかりのケースをその場で送る日本人の姿もよく目にする。

安かろう悪かろうだけではなく、次々と新製品が登場するのも深センの魅力だ。最近日本でも流行りの格安のVR(バーチャルリアリティー)ゴーグルも、日本で話題になったころには深センではすでに販売が終わっており、別のタイプに入れ替わっている、なんてこともある。このスピード感は今の日本には無いものだろう。

香港から深センの電機街までは電車の乗車時間と乗り換え、国境越えを加味すると1時間半程度。朝早く香港を出て、国境を越えたら飲茶。お昼前に電機街へ向かい、午前中は下見。そして昼食を取ってから本格的な買い物を始めれば、あっという間に夕方になってしまう。とりあえずケースでも見に行こうと軽い気持ちで出かけたら、帰りは両手いっぱいの品物であふれていた、なんてことも珍しくは無い。

深センに溢れる闇ケータイ
なじみの店に連日通う
そんな深センもスマホブームが起きる前には別の製品で世界中から注目された時代があった。それは低価格な中国製ケータイだ。iPhoneの初代モデルがアメリカで発売されたのは2007年。だがそのころ中国では全く別の製品が急激に生産数を増やしていた。それが山寨機(さんさいき)と呼ばれる闇(やみ)ケータイである。

山寨とは反政府勢力が山の中の砦に籠る意味であり、それが転じて政府の認可無く勝手に作られたケータイを山寨機と呼ぶようになった。山寨機はコピーケータイとも言われ、ニセモノのiPhoneなども有名だったが、実態は「メーカーが部品を集めて勝手に作った粗悪なケータイ」の総称だ。品質は悪いものの通話とメッセージをするくらいなら十分実用性があるし、とにかく価格が安いのが魅力だった。メーカーも千社以上が乱立し、細かい製品の種類を数えて行ったら万単位という状況だったのである。

自分も一時期はその山寨機を求めて深セン通いを強化したことがある。何せ翌日には見たことも無いような新しい製品が店頭に並んでいる、そんな時代だったのだ。iPhoneのニセモノはまだ価格が高く、ノキアやサムスンのコピー品や勝手にロゴを付けたものなどをよく見かけた。しかしそれだけではなく独自に形状を開発した折り畳みケータイや、丸形の液晶画面を持ったデザインケータイ、SIMカードが四枚も入るケータイなど、きちんとした差別化に取り組んでいるメーカーもあった。まあ中には電気シェーバーを組み込んだ「髭剃りケータイ」なんておバカなものも登場したが、アイディアをすぐ製品にするという精神は昔も今も変わっていない。

今はケース屋が立ち並ぶ深センの問屋ビルも、数年前は山寨機の店であふれるケータイ問屋ビルだった。そうやって連日のお店通いをしているうちに、店の前を通るだけで店員から声をかけられることも増えていった。「日本人、今日は何か買わないのか?」「ちょうど新製品が入ったよ、見て行けよ」「外は熱いだろ、ジュースでも飲んでいかないか?」。買物抜きで店に立ち寄って片言の中国語で無駄話をする、しかしそこから面白い話が聞けることもあり、山寨機屋巡りは貴重な情報源でもあったのだ。

山寨機は通信方式の関係で日本では使えない。そのため彼らにとって日本人客は珍しいのだろう。また1台しか買わなくとも、後から動作や品質にクレームを付けることも無く買っていく客は上客だったのかもしれない。妙齢の美人店員と仲良くなり「他の店で買うなら、うちが仕入れてくるから浮気しちゃだめよ」とくぎを刺されたこともある。その店では毎回四〜五台を買っていたが、ある日訪れると店ごと無くなっていた。今ならSNSを交換し合ってすぐにチャットで連絡を取り合えるのだが、当時は携帯番号しか知らず、中国語で電話したりメッセージを送るのもなんだか敷居の高いものだった。行きつけのお店が出来てもいつの間にか無くなってしまう、そんなことはざらだったのだ。

レアなコピーケータイを売る
こだわりな店との出会い

右も左もケータイ問屋だらけ、そんな時代の深センの電機街は、歩いても歩いても全てのお店を訪れることは不可能だった。しかしたまたま入ったビルの中に他では見たことも無いケータイが売られている、そんな偶然の出会いも時にはあり、時間の許す限り歩き回ることが日課となっていった。通常の巡回ルートを回った後に「今日は西に行ってみるか」と、まるで史跡を訪れたような気分で電機街を隅々まで探索したものだった。

そのお店との出会いは、ちょっとした偶然だった。大通りに面したビルの一階という、ごくありふれた場所にあるお店だが、いつもは気にかけずに通り過ぎていたのだった。ところがある日、店の前を通ると店主らしきおやじが座っており、ガラスのショーケースの上には真っ黒な箱がいくつも並べられていた。ちょうど仕入れたケータイが届いたようで、配達員が箱の中身をチェックしているところだったのだ。ところがそれらのケータイ、よく見ると数十万円する高級ケータイのニセモノだったのだ。しかもそれらは一般的にはあまり流通しておらず、知っているのはお金持ちかマニア程度、というブランドのものだ。

それはMobiadoというメーカーの製品のニセモノだった。同社はノキアのケータイの中身だけを使い、外装はアルミの削り出しや樹齢数百年の木材を使った高級端末を作り続けている。一般の店では販売されておらず、まさに知る人ぞ知るメーカーだ。そんな製品のコピー品や、恐らくオリジナルであろう美しいデザインの金属フレームを持ったケータイなどが、そのおやじの店先のショーケースの中にはずらりと並んでいたのである。

おやじは仕入れた箱を店の棚にしまうと、再び椅子に座って新聞を読み始めた。勇気を出して「ちょっとこれを見せてください」と、ショーケースに置かれているニセMobiadoの一台を指さすと、おやじは「高いよ」と一言発するだけで読み続けている新聞から目をそらさない。しかしめげずに「これ、アルミですよね、出来が良さそうですね」と話し続けると、おやじは新聞からちらりとこちらを見て「知っているのか」とようやく話しかけてくれた。

「このコピー品を見るのは初めてですよ。しかも質感もよさそう。値段が高くても欲しくなります」

「ふふふ、うちの仕入れはそこらの連中と違うからな。よかったら好きなだけ触っていけ」

こうしてそのおやじとの交流が始まった。そこで売っているケータイはもともとが高級機のコピーであり、質感もいいことから値段は他より高め。それでも中国コピーメーカーの本気の度合いを探ることのできる、貴重な製品に触れることのできる場所だった。「今回入荷したこれは材料が変わったぞ」そう言われて出されてくる製品は、毎月のように高級なものになっていったのだ。その努力をコピーではなくオリジナルに向ければいいのにと、その当時は思ったものだ。しかしそれから約十年が経った今、中国のスマホメーカーの製品品質はもはや世界中で受け入れられるレベルに達している。

ニヤリと笑う店のおやじ
出てきたものは驚きの品
高級機だけではなくちょっと変わったデザインのケータイが仕入れられていることもあり、深センに行くときはそのおやじの店には必ず立ち寄っていた。あるとき、日本から来た友人を引き連れてその店に立ち寄ったところ、ショーケースに見慣れぬケータイが置いてあった。形はケータイだが上に丸い突起がついており、鐘のような形をしている。だが本体の側面には何やら文字が彫り込まれており、タダモノではないことは一目でわかる。「これ、見せてもらえます?」そう伝えるとおやじはニヤリと笑い、店の棚から大きい箱を取り出してきた。そして意味ありげな目線で話しかけてきたのだ。

「開けてみな」

その箱は横幅が40センチもある大型のもので、どう見てもケータイのパッケージには見えない。箱の重量はずしりと重く、片手では持てないほどだ。しかも箱には秦の始皇帝のイラストや、発掘された兵馬俑の写真などが印刷されている。おやじの目は宝物を見せびらかす少年のようにキラキラと輝いており、自分が手にしたケータイの箱を、早く開けろとせがんでいた。

しかし自分は箱を手に持った時点で全てを察した。そう、これはとんでもないケータイなのだ。言われなくてもわかる、この重さ、それは中にケータイ以外のものも入っているからに違いない。恐る恐る箱を開けてみるとその予感は的中。真ん中に鎮座するケータイの左右には、兵馬俑のフィギュアの銅像が6体も収められていたのだ。ケータイ本体も実は始皇帝をデザインしており、丸い突起は顔だった。おやじの顔を再び見ると、何度も小さくうなずいている。「お前ならわかる、だから売ってやる」そう言いたげだった。もちろん即座に購入したのは言うまでもない。袋に入れられた始皇帝ケータイの重みには、中国四千年の歴史が詰まっていたと思えたものだ。

しかしケータイ業界の動きは日進月歩、その進化は急激に進んでいった。一時は世界のケータイの5台に1台は山寨機と言われるほど勢いがあったものの、iPhoneの破壊力はすさまじく、スマホの時代があっという間にやってきたのだ。そうなると深センの山寨機屋も次々とスマホケース屋に鞍替えし、1ヶ月後に行ってみたらフロア全体が入れ替わっていた、そんなことも当たり前になっていった。

おやじの店も足繁く通っていたのだが、2カ月ほど間があいてしまい、久しぶりの深セン訪問時に立ち寄ってみた。ところが店のあった場所は回りも含めてすべて綺麗なパーテーションで新しく区切られ、周りも含めすべてが空き家になっていた。おやじの店がどこに行ってしまったのか、聞くすべもなく消え去ってしまったのである。いつでも会えると思い、名刺をもらっていなかったのは大きな失敗だった。

おそらくおやじは店の場所を別のビルに移したことだろう。ワケアリで通好みなケータイしか売らないようでは、店の寿命は持っても数年だっただろう。それでも自分のような「わかっている客」がやってくることを楽しみに、道楽気分で店をやっていたに違いない。「そこに行かなくては出会えない品物がある」。そんな楽しみを求め、自分の深セン通いは今も続いているのである。

文/山根康宏

※『デジモノステーション』2017年1月号より抜粋

やまねやすひろ/香港在住の携帯電話研究家・ジャーナリスト。世界の携帯電話事情を追い求め、1年の約半分を海外で過ごす。携帯電話1400台、SIMカード500枚以上を所有するコレクターでもある。

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