【記録の泉】8本塁打で7得点!?過去にわずか2例の珍記録

【記録の泉】8本塁打で7得点!?過去にわずか2例の珍記録

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  • 更新日:2021/04/06

本紙記録担当、小川真幸記者がデータや数字を深掘りする連載(随時掲載)。第1回は、本塁打を放った選手に代走が送られた珍しいケースを紹介する。

■肉離れ…得点は代走者に

西武・山川穂高内野手(29)が3月30日の日本ハム戦(札幌ドーム)の一回、今季初本塁打となる先制2ランを放った。一塁ベースを回った直後に左足を痛め、歩いてダイヤモンドを一周。その裏の守備から退いた。

今回の山川は自らホームを踏んだが、プロ野球では本塁打を打った直後に負傷し、代走を送られたケースが過去に2例ある。

1例目が1969年5月18日(西宮)の近鉄・ジムタイル。二回に阪急・足立光宏から左翼スタンドへ運んだ。しかし、一塁ベース手前で左足の肉離れを起こして走れなくなった。

審判団は公認野球規則5・12(b-3)を適用し、代わりに伊勢孝夫がベースを回った。伊勢に得点、ジムタイルに本塁打と打点がついた。ジムタイルは同年に8本塁打を放ちながら7得点という珍記録を残し、同年で帰国。ちなみに、伊勢は八回の打席で決勝の本塁打を放っている。

■こちらはシーズン棒に降る靱帯断裂

2例目は91年6月18日(ナゴヤ球場)の中日・彦野利勝。九回裏に大豊泰昭と中村武志の連続本塁打で6-6に追いつき、延長十回に彦野が大洋・盛田幸妃から左翼席へ弾丸ライナーでサヨナラ本塁打を放った。

しかし、一塁を回ったところで転倒。その場でうずくまって立ち上がれず、大豊に背負われて退場。代走・山口幸司が一周した。彦野は右膝の靱帯(じんたい)断裂が判明。シーズンを棒に振り、まさに“天国から地獄”となった。

◆公認野球規則5・12(b-3)抜粋

プレイングフィールドの外への本塁打、または死球の場合のように、1個またはそれ以上の安全進塁権が認められた場合、走者が不慮の事故のために、その安全進塁権を行使することができなくなったときは、その場から控えのプレーヤーに代走させることができる。

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阪急対近鉄6回戦、2回表、近鉄のジム・タイルは、一死後左翼へ3号ホーマしたが一塁ベースの前で左足をねんざでひっくりがえってしまった。=1969年(昭和44年)5月18日

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