戦国時代、67歳の武将・細川幽斎が遺した芸術作品とも言うべき「田辺城の戦い」【中編】

戦国時代、67歳の武将・細川幽斎が遺した芸術作品とも言うべき「田辺城の戦い」【中編】

  • Japaaan
  • 更新日:2020/11/23
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1600年7月22日の丹後・田辺城は、まさに風前の灯火でした。

城を預かるのは67歳の細川幽斎。

本能寺の変と細川藤孝の決断。明智光秀と共に滅びる立場にありながら豊臣秀吉から功を賞された男【前編】

半世紀かけて積み上げてきたすべての資産をフル活用し、彼は芸術作品とも言うべき戦いの棋譜を残すことになるのです。

前編の記事はこちらから

戦国時代、67歳の武将・細川幽斎が遺した芸術作品とも言うべき「田辺城の戦い」【前編】

京からの使者

開戦から5日経った7月27日。

落城が近い田辺城に、八条宮智仁(としひと)親王の使者が訪れました。朝廷からの使者ということで包囲を抜け、幽斎に面会した使者は彼に降伏を勧めます。

幽斎は多芸な人物でしたが、特に和歌においては「古今伝授」という秘伝を当時ただ一人受け継いでいた人物でした。幽斎が命を落とすようなことがあれば、その秘伝も失われてしまう。

幽斎から和歌の指導を受けていた八条宮は、それを危惧して動いたのです。

「お気持ちは嬉しいのですが、私も武士です。ここで降伏することなどできません。しかしこの城にある貴重な品々が城と共に焼け落ちてしまうのは忍びない」

幽斎はあくまで降伏を拒否。秘蔵の書物や美術品を使者に託し、形見として八条宮をはじめとした各方面に譲り渡しました。

そして辞世のつもりで歌を詠んだのです。

「古へも 今もかはらぬ 世の中に 心のたねを のこすことの葉」

天皇、動く

幽斎の決意を知った八条宮は、自分には手に負えないと判断して兄である後陽成天皇に相談します。

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後陽成天皇像(Wikipediaより)

「幽斎が死ねば、文化的な損失は計り知れない」

後陽成天皇もまた幽斎を高く評価しており、幽斎と親しかった公家たちを通じて西軍の首脳に対して幽斎を助命するよう交渉を求めました。西軍首脳も天皇の意向とあれば無視するわけにはいきません。朝廷と西軍首脳の間で条件交渉が始まります。

こうなると、困るのは現場の皆さん。

交渉が成立する可能性がある限り、これ以上攻撃をして幽斎を死なせるわけにはいきません。一方で、交渉が決裂すれば攻撃を再開しなければならないため、包囲を解くわけにもいきません。

かくして1万5千の西軍は田辺城を包囲したまま、空しく時を過ごすことになりました。

最終的に、朝廷と西軍首脳の間で

「幽斎が城を明け渡せば命は助ける」

ということで合意が取れて、その旨が幽斎にも伝えられました。
が、幽斎はこれを拒否。

先述の通り、ガラシャが死んだ以上、降伏は社会的な死を意味します。たとえ朝廷の斡旋があったとしても、幽斎としては受け入れるわけにはいかなかったのです。

前代未聞の勅命

幽斎の回答を知った後陽成天皇は、最後の手段に出ます。勅命、つまり正式な天皇の命令として、東西両軍に講和を命じたのです。

実はこの勅命、前代未聞のものでした。この時代の朝廷は武力も経済力もほとんど持っていなかったため

「武士同士の争いには介入せず、勝った方を追認することで権威を保つ」

という方針を採っていました。争っている最中にどちらかに肩入れして敗れれば、諸共に滅ぼされかねなかったからです。

しかし今回は抗争の真っ最中に、しかも一個人の命を救うために勅命を使ったのです。異例中の異例ですが、それほどまでに幽斎が高く評価されていたということでしょう。

これには幽斎、西軍も従い、条件交渉が始まりました。この時点で既に9月。開戦から1か月以上が経過していました。

講和成立

9月13日、ついに講和が成立します。

その条件は

「幽斎は田辺城を出る。しかし田辺城も幽斎の身柄も、西軍にではなく幽斎と親交のあった前田茂勝に個人的に預けるものとする」

というもので、前田茂勝は西軍に属していたため実質的には降伏でしたが

「西軍に攻撃されたからではなく、天皇の命令で城を明け渡した」

という名目を保つものでした。

幽斎が田辺城を明け渡したのはさらに5日後の9月18日。

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その3日前の15日には関ケ原において東西両軍の主力が激突し、東軍の勝利が確定していたのでした。絶妙過ぎるタイミングを思えば、幽斎が意図的に引き延ばしたと考えるべきでしょう。

結果的に、田辺城を包囲していた1万5千の西軍は関ヶ原の本戦に間に合いませんでした。
わずか500の兵で1万5千を釘付けにした功績は、小さなものではありません。

幽斎は戦術的には負けたけれど、戦略的にはむしろ勝利したと言って良いでしょう。

次回「後編」に続きます

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