富士山の遭難の9割は下山中に起きる 夏山で「安易な入山」よりやっかいな「目的達成型」の登山

富士山の遭難の9割は下山中に起きる 夏山で「安易な入山」よりやっかいな「目的達成型」の登山

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  • 更新日:2022/06/23
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富士山など標高の高い山では、急な天候の変化はよくあること(gettyimages)

まもなく梅雨が明けると本格的な夏山シーズンが訪れる。なかでも人気なのが標高の高い富士山と北アルプスだ。美しい景色と涼を求めて全国から登山者が訪れる。最近はコロナ禍での密集を避け、山に向かう人が増えている一方で、遭難者も増加している。警察庁によると、昨年の山岳遭難は全国で2635件と、過去2番目に多かった。特に近年は、安易な気持ちで入山し、遭難するケースが目立つという。地元警察に遭難の実態と登山の注意点を聞いた。

【静岡県警地域課のツイッターによる“わかりやすい”富士登山の注意喚起】*   *   *

「富士山は人気の観光地でもあるので、訪れる方の多くは県外からの登山者です。当たり前ですけれど、悪天候時の登山は思いとどまってほしい。『せっかく来たのだから登ろう』という考えはやめていただきたい」

静岡県警で山岳遭難対策を統括する地域課の嶋田浩之課長補佐はこう訴え、典型的な遭難例を挙げた。

「昨年8月に50代男性が亡くなったケースでは、御殿場ルートの8合目付近で倒れているのを発見されました。全身ずぶ濡れ状態で、低体温症で亡くなったと推測されます。前日は台風のような暴風雨でした。体にかぶる『ポンチョ』型の雨具を身に着けていたのですが、富士山は風が強いので、雨具がめくれ上がり、横なぐりの雨が吹き込んでしまったのでしょう」

夏富士での遭難死亡事故は、このような低体温症によるものが多いという。体が濡れた状態で強い風にあおられると、あっという間に体温が奪われて行動不能に陥ってしまう。思考力も著しく低下し、近くに山小屋があっても、そこに逃げ込むことを思いつかず、死につながる恐れがある。

富士山は「観光」の延長として、「簡単に登れる」「みんな登っているから大丈夫だろう」というイメージが強く、軽装で登る人が多い。しかし、標高が非常に高いため、気象条件は想像以上に厳しい。雨具は上着とズボンが分かれ、風をはらみにくい「セパレート」型が推奨される。

■遭難原因「体力不足」

さらに嶋田さんは「富士登山は山頂がゴールではありません」と強調し、こう続ける。

「夏富士での遭難の実に約9割が下山中に発生しています。下山口に無事到着すること、それがゴールです」

遭難原因で特に目立つのは「体力不足」である。

「よく、『山をあまく見ていた』『まったく運動もせずに来て、足がつっちゃった』などと、言われる方もいます。ほかにも『疲れて動けない』『足がもつれて転倒した』『道を間違えたが、もう登り返せない』とか、そんな遭難が多いんです。要するに、疲れ果ててしまって、下山するための体力が残っていない。そこで救助を要請される」

富士山はほかの山と比べて特に標高が高いため、高山病を発症し、助けを求める登山者も少なくないという。

「高山病の症状は登れば登るほどひどくなります。高山病にかかったら、即、下山して高度を下げることが必要です」

昨年の富士登山者はコロナ前の3割ほどだったが、今年は登山者が増え、遭難者数も増えると予想される。

「富士山だからと侮らず、きちんと事前の準備をしてほしい。登山計画を立て、自分の体力に合った登山道を選び、休息場所や山小屋の位置をつかみ、下山ルートも確認する。時間的にも無理のない登山をお願いしたい。体力強化にも励んでいただきたいです」

静岡県警地域課はTwitterでさまざまな実践的アドバイスを発信しているので、参考にしてほしい。

■“本格登山”の北アルプスでも

北アルプスはどうだろうか?

意外なことに、富士山よりも本格的な登山者が訪れる北アルプスでも「準備不足」「体力不足」が原因の遭難が目立って増えているという。

長野県警山岳遭難救助隊の岸本俊朗隊長はこう語る。

「『バテてしまって、もう動けません』とか、日没後『ヘッドライトがないので帰れません』とか。そういった遭難が非常に増えています。山岳遭難の統計上、それは『無事救助』に分類されるのですが、これが昨年、初めて4割を超えました」

「無事救助」の場合、登山者本人の心がけ次第で防げた遭難がほとんどである。

「登山って、マラソンと同じくらい負荷がかかる激しいスポーツなんですが、実際には観光や旅行の延長みたいにとらえている方が多い印象を受けます。あまり体力がない方や、きちんとトレーニングをしていない方が増えている」

無事に救助されればよいが、体力不足による疲労が重大事故に結びつくことが少なくないという。

「疲れてしまって、下山中に集中力が切れてしまい、転落・滑落、転倒するケースが北アルプスではとても多い。特に頭部の負傷は致命的な重大遭難に直結します」

■ヘルメットのおかげで助かる

岸本さんによれば、たいてい「自分が遭難するとはあまり思っていない」と話す。そんな意識を少しでも変えてもらおうと、最近、長野県警山岳遭難救助隊では実際の救助現場などを撮影した動画を配信して注意喚起を図っている。今月は夏山登山に向けて3本の動画を配信する予定で、第1回は「ヘルメットの着用」がテーマだ。

「北アルプスのなかでも特に登山者が集中する穂高岳周辺には『大キレット』『ザイテングラート』といった有名な難所があります。みなさん、そういった歩きにくい場所では注意されるんです。ところが、それ以外の場所では気が抜けてしまい、足首をひねったりつまずいたりして転んでしまうことが多い。そこで頭を岩にぶつけてしまえば命の危険があります。そんなリスクを認識して、ヘルメットを装備に加えていただきたい」

動画ではベコリとへこんだヘルメットが映し出される。実際に遭難し、命が助かった人が装着していたものだ。

「ヘルメットがこれほど損傷していても助かった事例です。それがいくつも紹介できるくらい、最近はヘルメットの装着率は上がっています。不安定な岩がとても多い槍ケ岳や穂高岳に登る際には、ぜひヘルメットを着用してほしい」

昨年、長野県内の夏山(7、8月)で発生した山岳遭難は88件。うち、北アルプスは55件で、全体の62.5%を占める。全遭難者数は91人のうち40歳以上が88%と、中高年が圧倒的に多い。さらに91人中59人が男性だ。

「女性の場合、こちらがアドバイスすると、耳を傾けてもらえることが多いのですが、男性の場合は『目的達成型の登山』というか、天候が悪かったり、疲労がたまっていたりしても、自分の計画通りに山を登ろうとする方が多い。計画を柔軟に変更しない傾向がある」

■ネットで詳細な遭難情報を提供

最近、目立って増えているのがテント泊だ。

「いま、コロナ禍で山小屋は宿泊者数を抑えています。そのため、予約がとれない。『それじゃあ、テント泊で』という方が増えている。ただ、テントや寝袋、炊事道具など、背負う重量が増えるので、それなりの体力がないと、途中でバテてしまいます」

もう一つ、増えているのが単独登山だ。登山用品店でも1人用テントがよく売れているという。単独登山であれば、ほかの人と予定を合わせなくても山に登れる、という気軽さがある。

「ただ、単独で登られる方によく言うんですけれど、『登山計画書を出してくださいね』と。たとえ、携帯電話を持っていたとしても、救助も呼べないような状況に陥るリスクは常にあります。なので、行き先やルートを家族や友人に伝えて、『もしものときの対策をとってください』と、呼びかけています」

富士山や北アルプスに限らず、山の遭難は意外な場所でも発生している。

「過去に起こった遭難事例に学んでいただきたい、という趣旨で、5年前からインターネット上の『ヤマレコ 山岳遭難マップ』に遭難情報を提供しています。これを見ると、いつどんな遭難があったか、ひと目で分かります。登山を予定しているルートにどんな危険が潜んでいるのか、出かける前にぜひ見ていただきたいと思います」

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)

米倉昭仁

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