がんのニオイを嗅ぎ分ける「がん探知犬」 かなりの初期段階に反応する可能性も

がんのニオイを嗅ぎ分ける「がん探知犬」 かなりの初期段階に反応する可能性も

  • NEWSポストセブン
  • 更新日:2022/08/06
No image

「がん探知犬」トレーナーの佐藤悠二さん

日本人の死亡原因でもっとも多い「がん」は、全体の27.6%を占め、およそ4人に1人はがんで亡くなっている(厚生労働省「人口動態統計(確定数)」2020年より)。しかしながら、「がん=不治の病」という認識はいま変わりつつある。

その鍵を握るのは「早期発見」。早く見つけることさえできれば、約9割が治るともいわれている。早期発見によって救える命があるかもしれない……。そのヒントは、なんと“犬の嗅覚”にあるという。いま研究が進んでいる「がん探知犬」の最新情報をキャッチした。

「このニオイを探すんだぞ。よし行け!」

トレーナーの佐藤悠二さんの掛け声で、真っ黒なラブラドールレトリバーのサラは、5つの箱の横を静かに歩く。箱の中には乳がん、肺がん、前立腺がん、直腸がん、腎臓がん、すべて異なるがん患者の呼気が1つずつ入っている。事前に注射器でサラに嗅がせたのは、がん探知犬が特定した乳がん特有と思われるニオイ物質。同じニオイが入った箱の前で足を止め、クンクンと箱の中身を嗅ぐ仕草を始めた。

「がんには特有のニオイがあって、がん探知犬はそのニオイを嗅ぎ分けることができます。最近は訓練の結果、がんの種類まで識別できるようになりました」(佐藤さん)。

その的中率はほぼ100%に近いという。

千葉県館山市にある『セント・シュガージャパン』では、「がん探知犬」の育成を2005年より行っている。現在は全国約40軒の病院と提携し、呼気を詰めたパックを送るだけで手軽にがん検診ができる『ドッグラボ』も展開中だ。人間ドックのように体への負担もなく、自宅から呼気を送るだけで検診できるとあって、コロナ禍で利用する人も多いという。

佐藤さんががん探知犬の育成を始めたのは、マリーンという水難救助犬との出会いがきっかけだ。

「マリーンはとても賢く、驚異的な嗅覚を持っていました。訓練を続けるうちに、水深20mにあるニオイまで嗅ぎ分けられるようになったんです。これをさらに生かせる方法はないかと考えたときに、愛犬が飼い主の皮膚がんを見つけたという海外の論文を読み、もしかしたら犬はがんのニオイを嗅ぎ分けられるかもしれないと思いました」(佐藤さん)

早速実験を開始すべく、がん患者の検体(呼気や尿)を提供してもらえないか100軒以上の病院に電話をしたが、協力してくれる医療機関は1軒もなかった。

「“犬がわかるなら医者はいらない”、“そんなバカなことはやめた方がいい”と、どこも門前払いでした」(佐藤さん)

諦めかけていたときに、「診察室に入ってきたときにがん患者は特有のニオイがする」と話している医師がいると知人の紹介を受け、ようやく念願の検体を提供してもらい、2005年2月から訓練をスタート。開始からたった1週間でマリーンはがんのニオイを嗅ぎ分けることに成功し、がん探知犬は当時ビッグニュースとなった。

九州大学の五感応用デバイス研究開発センターでニオイを医療に応用する研究をしていた園田英人さんは、がん探知犬のニュースを知り、佐藤さんにすぐに連絡した。

「私は子供の頃から犬を飼っていて、優れた犬の嗅覚にはもともと興味がありました。ブラインド(佐藤さんも犬も正解がわからない状態)で判定を行ったところ、25問中全問正解。100%の的中率だったんです」(園田さん)

2008年より九州大学と共同研究を始め、2011年には大腸がんには特異的なニオイが発生することを証明したがん探知犬の論文を共同で発表した。最終的な目標は、がん探知犬の嗅覚を機械化し、がんのニオイを判別できるセンサーの開発だ。

「がん探知犬は高い集中力が必要なので、1頭で1日4検体しか判定できません。さらにどんな犬でもなれるわけではなく、特に優れた嗅覚と賢さを併せ持っていないといけない。がん探知犬と同じ働きをするセンサーができれば、息を吹きかけるだけで簡単に早期発見が可能になります。血液検査やPET検査、マンモグラフィーなどの検診を受ける負担も減るかもしれません」(佐藤さん)

しかしながら、がんのニオイ物質は複合的に成り立っているため、犬の嗅覚と同レベルで反応するセンサーを作るのはかなり難しい。

「たとえば、がん細胞を培養した培養液をオリンピックサイズのプールに1滴たらした濃度でも、がん探知犬はそのニオイに反応します。同じように機械で判別しようとすると、あまりに濃度が薄くて反応できない。

濃縮をかけると今度はほかの物質も濃くなって、よりわからなくなってしまう。その複雑性の中からがんに関係している物質だけを抽出するのは極めて難しく、ニオイを識別する機械の精度が、犬の嗅覚に追いついていないのが現状です」(園田さん)

犬の嗅覚は人の100万〜1億倍といわれるが、その精度は機械も追いつけないレベルのため、佐藤さんは現在もコツコツと地道な実験を続けている。世界中の論文を読み漁り、がんのニオイに関与する可能性のある物質を200個ピックアップして取り寄せ、その物質のニオイをがん探知犬に嗅がせて、がん患者の検体に反応するか1つずつ調べあげた。

その結果、反応した物質が8種類あり、中には早期発見が難しいとされる膵臓がんに反応した物質もあるという。「さらに科学的な研究が必要ですが、科学的根拠を持たせることができれば、その物質はがんマーカーになるかもしれません」(佐藤さん)

まさにがん探知犬による宝探しのようであるが、がんの物質を探る臨床実験は何千何万回と行わなければならないため、その天文学的な数字の中から見つけ出す際の道標になるかもしれない。

また、コロナ禍でますます検診への足が遠のいていると園田さんは警鐘を鳴らす。

「コロナ禍で以前より、がんが進行してから来院する人が増えている印象です。がん細胞が体の中に発生して早期がんになるまで、10〜20年かかります。さらに早期がんから進行がんになるまでには、がんの種類にもよりますが1〜5年かかる。

おそらくがん探知犬が反応しているのは、早期がんのもっと先。まだがんとして画像には映らないが、細胞が何らかのがんのニオイを発しているという、かなり初期段階の可能性があるのです。

臨床現場では見えないと切除する治療はできないため、手の施しようがないのですが、進行がんになるには10〜20年かかるので、慌てずに年に1回の検診を受け続け、画像に映ってきた段階ですぐに切り取ることができれば、体へのダメージは少なく、完治することが可能です」(園田さん)

まだ目に見えない段階からがんのサインを嗅ぎ取って教えてくれる、がん探知犬の未知なる能力。がん治療が変わる未来は遠くないかもしれない。

◆セント・シュガージャパン がん探知犬育成センター 代表取締役 佐藤悠二さん
水難救助犬の育成中に驚異的な犬の嗅覚に気づき、2005年よりがん探知犬の育成、研究を始める。住所:千葉県館山市犬石1895

撮影/佐藤正之 取材・文/岸綾香

※女性セブン2022年8月18・25日号

NEWSポストセブン

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加