なぜここまで独自の進化を遂げたのか?「京都中華」の大いなる謎

なぜここまで独自の進化を遂げたのか?「京都中華」の大いなる謎

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/04/08
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「さくらの東坡バーガー」という不思議な料理

京都は例年より早く、少し静かな桜の季節を迎えている。知恩院、円山公園、平野神社など人がひしめき合うような桜の名所も、今年は新型コロナウイルスに伴う外出自粛などの影響で、ちょっと時間をずらせばあまり人ごみに巻き込まれずに楽しむことができる。

この季節に京都の街を歩いていると、桜にちなんだ多くの季節限定商品を目にする。京都だけに和三盆や羊かんなど和のものが多いが、立ち寄った中華料理屋「マダム紅蘭」にも桜限定メニューがあった。それが「さくらの東坡(とうは)バーガー」だ。

この「東坡」とは「東坡肉」、つまり豚肉の角煮のことだ。もともとマダム紅蘭では東坡バーガーを提供しているが、3月から4月までの限られた季節だけ桜の葉を使い、バンズもほんのりと桜色が入った特別版になる。

今回はこの不思議なバーガーの成り立ちを辿りながら、場所と時代が持つ磁場によって変わる料理の面白さを紹介したい。

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マダム紅蘭の季節限定「さくらの東坡バーガー」。ちなみに同店はミシュランのビブグルマンにも選出されている

明太子スパゲティやスープカレーなどの例を挙げるまでもなく、日本人は外国の料理を「改造」して、まるで元々自国の料理だったかのように取り入れることにあまり抵抗がない。京都の中華料理もひとつの大規模な改造だといえるだろうか。

2012年に出版された姜尚美氏による『京都の中華』(文庫版は幻冬舎刊)で紹介されたことで脚光を浴びたように、京都の多くの中華料理店では、いわゆる定番メニューが他の地域で見たことがないような変化を遂げている。

東坡肉のはじまり

例えば通常、小麦粉にサラダ油を加えて作る春巻きの皮には卵が入り、食べやすいように細く短く切って供される。また昆布を中心にしたダシが多用され、にんにくや強い香辛料は控えめで、同じ名前の料理を食べても全体的にあっさりした味付けと感じる方が多いのではないだろうか。

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「鳳舞楼」の韮黄春巻(ニラマキアゲ)

こうした「京都の中華」が語られる際、外国人が自由に日本国内に居住する(いわゆる「内地雑居」)ことができるようになった明治初期以降、京都に流入した華人が関わり開店した広東料理系の「ハマムラ」から始まる「鳳舞」の経営者である高華吉及びその系譜、北京・山東料理系の「盛京亭」や「桃園亭」などを祖とするレストランが紹介されることが多い。

しかし東坡肉が伝来したのは、もっと前のことだった。

東坡肉(トンポーロー/ドンポウロウ)という料理の名前は元々11世紀中国の詩人・政治家である蘇東坡(蘇軾)が由来だとされている。

蘇東坡はそのころ都で政治的な対立から流刑に処され、現在ではIT大手のアリババ集団の本拠地として日本でもすこし知られるようになった浙江省杭州の役人を務めていた。

そこで治水を成功させ慕われていた彼は、住民から年越しの祝いとして豚と紹興酒を贈られ、それを使って作り人々にふるまったのがこの東坡肉のはじまりと言われる。

元々中国では「紅焼肉(ホンシャオロウ)」という豚の砂糖醤油煮込みが家庭料理として広く食されている。料理専門サイトでもなんでもない中国版Wikipedia「百度百科」にさえ27種類もの作りかたが掲載されるほどあまりに一般的で、起源についても数えきれない地方が自説を展開している。

そして豚の角煮へ

東坡肉はそうした紅焼肉のバリエーションのひとつでありながら、杭州を代表する料理でもある。16年に開かれたG20杭州サミットの晩餐会でも、地元を代表して豚ではなく牛をつかった「東坡牛肉」が供された(恐らく宗教上の理由などで豚肉を食べないゲストに配慮したのだろう)。

また清の時代には天然鉱石を東坡肉に模して加工した「肉形石」という作品が北京の故宮(紫禁城)内に飾られていたことからもその人気ぶり(?)がうかがえる。

この石は蒋介石率いる国民党が共産党との内戦に敗れ台湾に逃亡する際持ち出したため、現在は台北の国立故宮博物院に収蔵されている。

この東坡肉もまた前回紹介した太平燕と同じルートで中国から九州に伝わり、紹興酒の代わりに鹿児島では焼酎を使った「とんこつ」、沖縄では泡盛の「ラフテー」として各地に広がっていく。

そして中国との窓口だった長崎では宴会料理の一種「卓袱(しっぽく)料理」に東坡煮(とうばに)として加わることになる。

卓袱料理は別名「和華蘭(わからん)料理」といい、和食、中華、洋食が混ざった献立を大皿で朱塗りのテーブルに乗せて提供される。

これが例えば長崎出身の灘屋萬助が、大阪で日本料理なだ万の前身を創業したように人の移動と共に上方へ伝わり、いわゆる京風の懐石料理へと発展していく。こうして東坡肉は日本料理の豚の角煮と名前を変え上洛を果たしたことになる。

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明治から続く長崎の老舗料亭旅館「坂本屋」の卓袱料理

古都で融合する日中の料理たち

前述の「京都の中華」の文庫版には老舗料亭菊乃井の3代目、村田吉弘氏へのインタビューが採録されている。村田氏は「京都の中華で豚の角煮、置いてるとこ、ない」「京都ではね、豚の角煮は京料理の中に入ってるんです」と語る。

実際、菊乃井をはじめとした料亭では角煮が出されるが、逆にここまでに登場した京都中華の系譜の中には冒頭のマダム紅蘭を除いて、東坡肉は登場しない。

それはおそらく東坡肉のふるさとである杭州一帯の料理体系「浙江菜」が日本ではあまり有名ではなく、京都の中華の主流もはるか南の広東省や逆に北の北京周辺の料理だということとも関係があるのだろう。

ひとくちに中国料理といっても、地方が変われば食べられるものはまったくちがう。ここで挙がっている都市もそれぞれ飛行機で数時間はかかる距離だ。

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中国は広く、杭州から北京や広東省へは飛行機で数時間はかかる

京都だけでなく、ある時期まで日本で食べることのできる中華料理の多くがこれらの地域のものだった。しかし中国が改革開放によって経済的に成長し、「新華僑」と呼ばれる移民たちが日本に根付くようになってからは、幅広い地方の料理が紹介されるようになった。

また日本人の側からは逆に外国人ならではの視点といえばいいのか、地方や流派の枠にとらわれない技法や素材を和食をはじめとした他国の技術と組み合わせる試みも進む。

京都であれば街中華の「大鵬」は代替わりした当初は本場四川の再現を目指していたというが、近年では岐阜県産の熟れずしの飯で炒飯の味をつくったり、ポルトガル料理でよく使われるバカリャウ(タラの塩漬け)とひよこ豆を海老味噌で炒めるといった新しい「京都の中華」を創っている。

なんとも不思議な料理

冒頭の「さくらの東坡バーガー」もまた目立って斬新ではないが、分解してみると様々な要素が混ざり合ってできていることがわかる。

マントウの上には季節の和菓子の代表である桜餅にも用いられる塩漬けした桜の葉が巻かれる。そして角煮をマントウで挟むバーガースタイルは中国福建省の伝統食が台湾に渡って「割包(コァパウ/グワバオ、台湾バーガーとも)」という名前に変わった食べ物が発祥だろう。

日本統治時代の中国語辞書にも登場するほど歴史のある台湾バーガーには、現在では豚バラの他ソーセージ、スクランブルエッグなど様々な具が使われることもある。

しかし豚角煮に砕いたピーナッツと酸菜(高菜のような漬物)のとりあわせがもっとも伝統的なスタイルだ。見た目が財布に似ているからと春節前の忘年会に縁起物の料理としてもよく登場するという。

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台湾バーガー

つまりこのバーガーは杭州で出来た肉料理を福建→台湾のスタイルで包み、仕上げに和菓子のトッピングを施したもの、ということになるのだ。

これを見て中国人が感じるだろう不思議さを、多少極端に日本向けに例えるならば、「秋田のきりたんぽ鍋に四川火鍋の素を少し入れて、デザートには沖縄のサーターアンダギーを食べましょう」と言われるのと同じ、という感じなのかもしれない。

ただし少なくとも私はこうした試みを悪いことだとは思わない。美味しいかどうかこそが問題だと考えるからだ。

食に限らず、異文化の融合には自分が当事者であれば抵抗感があるのが当たり前だ。その一方時代や場所が変われば、受け入れられるものも変わっていく。目先の流行ばかり追いかけることも正しくはない。

しかし「伝統だから」というだけでその再生産にこだわっていては、淘汰されていくのみだろう。伝統もまた、数えきれない新しい試みの屍の上に打ち立てられるものなのだから。

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