瀬戸内寂聴「もう生きているのが厭」それでも食欲は衰えず

瀬戸内寂聴「もう生きているのが厭」それでも食欲は衰えず

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  • 更新日:2021/05/04
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瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。著書多数。2006年文化勲章。17年度朝日賞。近著に『寂聴 残された日々』(朝日新聞出版)。

半世紀ほど前に出会った98歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。

【横尾忠則さんの写真はこちら】

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■横尾忠則「これから先の人生も何が起こるか楽しみです」

セトウチさんへ

最近は五感全滅で残っているのはかろうじて六感ですかね。元々、六感で絵を描いているので五感消滅もさほど苦になりません。子供の頃からひとりっ子で遊び相手がいなかったので、独りで絵ばかり描いていました。わんぱく少年ではなかったけれど勉強が大嫌いで、高校出た頃、先生が「よくお前、落第しなかったなあ」と絵だけ5で、あとはほとんど2と1、時々3がある程度だったけれど、絵が上手かったので、他の悪い成績がカモフラージュされていたみたい。とにかく本を読むのが大のニガ手。これは両親の尋常小学校出の無学という遺産を受けついでいたように思います。

僕は貰いっ子だったので、老両親は子供が成長して偉くなると、きっと家を出てしまうに違いない。だから学校の成績が悪い方が安心するという変った両親でした。そのことをいいことに、僕は絵ばかり描いて、残った時間は小川でコブナ獲りに夢中でした。そんな頃、怪奇探偵小説の江戸川乱歩と密林冒険小説の南洋一郎だけは夢中、と言っても一年間だけで、あとはまた絵とコブナです。

そんな経験が別になりたくもなかった画家をやっているといえばウソみたいですが、絵は好きだったけれど、それでメシを食うなんて地方では考えられないことです。前にも書きましたが、夢は郵便屋でした。「なんで?」とよく人に聞かれますが、切手蒐集や文通や外国の俳優へのファンレターなどを書くのが好きだったので、大人にならないで子供のまま生きていく職業といえば、やっぱり夢のある郵便屋さんしかないんじゃないかと思っていたのです。

それが僕の宿命だったのに、色んな人がいじくり廻して僕をデザイナーから画家に運命転換を計ってしまったのです。そんな後遺症が80歳を過ぎて出てきて、今は絵を描くのがメンドー臭くって、イヤイヤ描いているとは、この往復書簡の中でもうるさいほど言っているのでセトウチさんも、「ああ、聞いた、聞いた」と耳にタコだかイカができているはずです。

人間の運命は本当にわかりません。僕の宿命は郵便屋さんになることなのに、運命が絵の方に持っていってしまったのです。だけどですね。これが結局僕の中の魂が求めていたことだったのかも知れません。上京してデザイナーになった頃、周囲はインテリばかりで、難しいことばかり言う人種だらけでした。世間ではデザインで評価されていましたが、本心はデザインなんてちっとも面白くなかったのです。でも描くと面白がってくれるアングラのお兄さん達が結構いて、いつの間にかそんなわけのわからぬ人種の仲間入りです。この連中も変り者が多いくせに難しいことを言うのが好きでした。僕は、そんな会話に興味なかったので、いつも沈黙でした。彼等は、何もしゃべらない僕が神秘的か不気味に見えたのか、色んなところに引っぱり出されました。人生なんていい加減なもので、それらしくしていると、それらしく見えて、それらしくなっていくものです。新種の珍獣に見えたんじゃないでしょうか。その結果が今です。これから先の人生も、何が起こるか楽しみです。セトウチさんの百歳目指して、それを越えましょう。では。

■瀬戸内寂聴「才能不滅! 才能万歳!」

ヨコオさんへ

「これから先の人生も、何が起こるか楽しみです。」と結ばれた今回のお便りを拝見して、ヨコオさんは凄いなあ!と感心しました。だってヨコオさんは、もう八十五歳でしょう。これから先といってもね。

十四歳年長の私は、何と来月で九十九歳。寂庵では二言目には「百だもの!」とスタッフたち。

私が二言目には「ああ、しんどい!」と言っても、「百だもの」とすましています。

私がものを忘れてうろうろしても、「だって百だもの!」。体調の悪さも、時々転んでけがをしても、「だって、百だもの!」。

締め切りに、仕事が間に合いかねても「百だもの」と平然。

百前には、もうこれ以上、珍しいことも起きるまいと思っていたのに、百になるやならずで、コロナが押し寄せ、国中にマスクをかけた人間が沸き起こり、連日、コロナに感染した人間の数が報告されています。

国民はこぞって大きなマスクで顔を隠し、美男美女もあったものではありません。

連日、コロナに感染した人の数が報告されていますが、人間は何事にもすぐ馴れて、ちょっとやそっとの数ではビクともしなくなりました。

次から次へと、人間を困らせる不都合を生み出すのは、神仏でしょうか。悪魔でしょうか。神仏は、人間の思い上がりをたしなめる為に、コロナなど、うっとうしいものをばらまくのでしょうが、ちょっとした手加減で、自分の方にコロナが押し流れて来ないともかぎらないので、気が気でないことでしょうね。

これから先の人生も、何が起こるか楽しみにしてらっしゃるようですが、私はもう、この世は飽き飽きした上、連日、躰がだるく痛く、腰は曲がり、脚はにぶく、頭の動きも日々刻々衰えて、つくづく、もう生きているのが厭になっています。そのくせ、食欲ばかりは衰えず、日に二食はしっかり食べているし、お酒も冷やで一合余りは、夜の食事に呑んでいます。二合以上呑むと、酔って調子が狂うので、一合余りで控えています。呑み友達は不要です。独り酒ほど、美味しいものはありません。自分で作った日本酒の冷やを呑みますが、あっさりとして美味で、目下これ以上に、口に合う酒は、ありません。

酒の肴は、全国の珍味を、私の小説の愛読者さんたちが送って下さり、不自由をしたことはありません。

お酒の好きな面だけはヨコオさんより、私の方が幸せですね。

子どもの時、ヨコオさんは友達がいなくて独り遊びしたようだけど、それは私も似ています。ただし、私は小学校に上がってからは、成績優秀で、通信簿(ヨコオさんの頃は何と言った?)に甲ばかり、つまり六年間「全甲」でした。

ヨコオさんの頃は、1から5まで、数字で成績を表していたのですね。

世の中に出て、学校の成績など、何の役にもたたないことを、嫌と言う程味わいました。世の中でひとかどになるには、本来、本人に備わっている才能だけです。一に才能、二に才能、三、四も才能、死ぬまで才能です。

ヨコオさんも私も、才能のおかげで百近くまでこの世でウロウロしてるのですよ。

才能不滅! 才能万歳!

※週刊朝日  2021年5月7-14日合併号

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