「夫の新田たつおは、さっさと描いて人気もある。やる気なくします...」 出産で漫画家を引退した60代の笹生那実が、20歳の自分にかけたい言葉

「夫の新田たつおは、さっさと描いて人気もある。やる気なくします...」 出産で漫画家を引退した60代の笹生那実が、20歳の自分にかけたい言葉

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/07/21

美内すずえ、くらもちふさこ、山岸涼子… 元アシスタントが“少女漫画”のレジェンドと過ごした“青春”から続く

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薔薇はシュラバで生まれる―70年代少女漫画アシスタント奮闘記―』(イースト・プレス)の作者、笹生那実さんへのメールインタビュー第2弾は、過酷なアシスタント生活のなかの喜びと楽しさについて。実力もチャンスもありながら、漫画家を辞めてしまったことを、笹生さんはどう思っていたのだろうか。同じ漫画家でもあるご主人、新田たつおさんへの思いにも迫った。(全2回の2回目。前編を読む)

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【マンガ『薔薇はシュラバで生まれる』を読む】

「まんが家は3日徹夜、座りきり1か月、1日半の絶食ぐらい覚悟しなければ」

──1章で、中学生の時に初めて美内すずえさんに会った時のエピソードが描かれています。出会った瞬間、美内先生の絵によく出てくる「白目」になっていますが、この時の気持ちをネームに描くとしたらどんなセリフですか。

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笹生那実(以下、笹生) 「嬉しい」に尽きます! 本当にずっとお会いしたかったので。

──アシスタント生活は、憧れの漫画家に会えたり、アシスタント仲間と友だちみたいに仲良くなれたりと楽しそうで、ちょっと憧れます。いちばん楽しかったのはどんなところでしたか。

笹生 アシに行っていちばん面白く楽しかったのは、漫画の話が全て通じることですね。学校の友達相手にはあまり話が通じない。昔は漫画好きの人間が少なかったんです。当時のコミケの参加人数は今の100分の1らしいです。

──楽しい一方で、1週間お風呂に入れないこともあるくらい過酷な作業場でもあったんですよね。「まんが家は3日徹夜、座りきり1か月、1日半の絶食ぐらい覚悟しなければ」という美内すずえさんのお言葉が衝撃でした。

笹生 あの頃の多くの漫画家は、実際そういう生活でした。そういう時代だったことと若かったからできたことですが、今は健康の大切さがよくわかるようになりました。絶対、真似したらいけません!

生命体として一番危険なのは、1日半の絶食や1週間お風呂に入れないことよりも、眠れないこと。精神状態もおかしくなります。異様にハイになったりね!

──現在は、SNSなどを通じて似たような価値観同士の人がつながることが容易になっています。一方で、「リアルな」しかも「シュラバ」を共有できたことでしか得られなかったものがあったとすると、それはどんなことでしょうか。

笹生 SNSでもリアルでも、それぞれ一長一短と思いますが、生の会話なら受け止められ方に勘違いがあっても「そういう意味じゃなくて」と、すぐ直せるのはいいですね。シュラバを共にしたことは、まさに「戦友」という言葉しか浮かばない(笑)。

──アシスタント仲間に、嫉妬心や絶望感など、ネガティブな感情が湧くことはありましたか。

笹生 嫉妬の感情って、自負心があるから生まれるんだと思います。だから嫉妬心を持つ人はネガティブというよりパワフルなのかも。それは悪いことではないと思うのです。パワフルなのは自分に絶望してないってことですから。私の場合は「あ~このネームじゃだめだ」とか「こんなデッサンじゃだめだ」と絶望しがちであまり自負心は持てず、嫉妬の感情は湧きませんでした。

ただ、みんなはアシをやりながら自分の作品制作もできてるのに、私は自分の作品が全然描けないという、パワーを失っていた期間が長くありました。そんなネガティブ状態から脱出できたのは、ある程度は諦めることだ、と思えるようになったんだろうなあ、と自分で思います。

わたしが漫画家を辞めた理由

──笹生さんは2人目のお子さんご出産を機に引退されています。やっとなれた漫画家を、「辞める」という選択をされたのはなぜですか。

笹生 1人目が生まれてから必死で描いてた時期は、ベビーシッターやアシさん、時には実母や義母、たくさんの人の手を借りてたんです。子ども1人でもそんなに大変だったのに、2人目が生まれるともう無理。でもいつか、子どもたちが大きくなったらまた描こう、と思ってはいました。

なのに辞めてもいいかなという気持ちに傾いたのは、夫の新田たつおが漫画家としては正反対のタイプだったせいかな。いつも締切より早く仕上げてしまう人で。独身の頃ですが、もともと私は描くのが遅すぎて、仕事を断ることが多かったんです。ある時反省して仕事を断らず、月刊連載しながら読切も定期的にやった時期もありました。そしたらもう、とんでもなく絵が荒れて荒れて……。

私の画力や技術は、人より多くの時間を必要とするんだとわかりました。

──同じ「子どもの親」であるはずのご主人が漫画家を続けているのに、ご自身が引退されたことを不公平に感じたり、後悔したりということはなかったのでしょうか。

笹生 もしかしたら子どもがいなくても、あの夫の仕事ぶりを見てたら同じ結果だったかも。何しろ、ほぼネームやらずにいきなり原稿描くし。絵はデッサンの狂いがあろうと気にせずに、さっさと描き上げる。それで人気もある。やる気なくします……。

20歳の自分には、60代半ばが一番いいかもしれないよ!と言ってやりたい

──いま、「シュラバ」経験をふり返ってどう思われますか。

笹生 過酷なシュラバであっても、あの頃は漫画だけ描いてればよくて、ある意味しあわせだったと思います。大人になると煩雑な用事や役割も増えますからね。好きなことだからこそ、頑張れると知りました。そうではないことを頑張りすぎたらいけないと思いますよ。

──子育てにも役立ちそうなお話ですね。お子さま方にも、「シュラバ」時代の武勇伝は語り継がれたのでしょうか。

笹生 子どもにとっては親の武勇伝など、なんにも響かないと思うので話しませんでした(笑)。今はとっくに子どもじゃないので、もし聞かれれば話します。

──笹生さんは60代で漫画家再デビューを果たし、Twitterを使いこなすなど、新しいことに挑戦し続けておられます。その意欲と活力はどこからわいてくるのでしょうか。

笹生 人が死ぬ時にする後悔は「やらなければよかった」よりも「やればよかった」だと聞いて、やりたいことは可能な限りは、やっておこうと思うようになりました。

本を出版後、トミヤマユキコ先生著『少女マンガのブサイク女子考』と、ムック『私たちがトキめいた美少年漫画』に短いエッセイ漫画を描かせていただき、最近では雑誌『フリースタイル』48の「短篇マンガの秘かな愉しみ」という特集に参加させていただきました。自分の好きな漫画に関することを書かせていただくのは、とても光栄で嬉しいです。

──笹生さんの「#二十歳の自分に言っても信じないこと」のTwitter投稿も話題になりました。今、あの頃の自分にどんな言葉をかけてあげたいですか。

笹生 20歳の自分に……そうですね、家庭内での役割が少しずつ軽くなってきた60代って悪くないよ、ていうか! 60代半ばが一番いいかもしれないよ!と言ってやりたいです。

(取材・構成:相澤洋美)

【マンガ】「美内さんが近くのカンヅメ旅館にいるから会って行く?」 アシスタントが見た、名作漫画が生まれる“シュラバ”のリアルへ続く

(笹生 那実)

笹生 那実

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