『DEATH STRANDING』Game*Spark読者レビュー...全世界35個しかない豪華プレゼントが贈られる最優秀賞を発表!(Part1)

『DEATH STRANDING』Game*Spark読者レビュー...全世界35個しかない豪華プレゼントが贈られる最優秀賞を発表!(Part1)

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  • 更新日:2020/10/18
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『DEATH STRANDING』Game*Spark読者レビュー…全世界35個しかない豪華プレゼントが贈られる最優秀賞を発表!(Part1)

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『メタルギア』シリーズの生みの親として知られる、小島秀夫監督率いるコジマプロダクションのデビュー作『DEATH STRANDING(デス・ストランディング)』。2019年11月にソニー・インタラクティブエンタテインメントよりPS4向けにリリースされ、2020年7月には505 GamesよりPC向けにもリリースされた同作は、練りこまれた世界観やストーリー、野心的なゲーム性で多くのゲーマーの心を熱くさせました。

Game*Spark編集部では、505 Gamesより本作の豪華オリジナルグッズをご提供いただいたこともあり、読者参加型のプレゼント企画を実施。同作のレビューを募集してその中から優秀賞と最優秀賞を選び、執筆した方へグッズをお贈りすることにしました。結果、集まったレビューは合計で44件、延べ8万字超。国外からの応募もあったレビューは、どれもみな『DEATH STRANDING』への愛と情熱にあふれるものばかりでした。

編集部では当初、優秀・最優秀賞のみを選んで掲載するという方向で企画を進めていましたが、熱のこもった大量の応募作品を前に方針を変更し、全てのレビューを3つのパートに分けて掲載することに決定しました。このレビューを通じて、『DEATH STRANDING』ファンたちの情熱を共に感じていただきたいと思います。

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まずは、全世界で35個しかないという『DEATH STRANDING』VIPキットが贈られる最優秀賞と、各種オリジナルグッズが封入された『DEATH STRANDING』ファンアイテムパックが贈られる優秀賞を発表。2ページ目からは先着順に応募作品をご紹介していきます。なお、作品は編集部判断により、誤字脱字、表現の軽微な修正などを行ないましたが、文体や改行を含め極力投稿いただいた形を崩さず掲載しました。また、あらかじめご記入いただいたハンドルネーム/ペンネームも共に掲載しておりますのでご了承ください。

※受賞者には後日賞品を編集部より発送いたします。発表までに大変お時間いただきまして申し訳ございませんでした。本来であれば1記事でご紹介したいところでしたが、記事投稿のシステム上どうしても分割が必要になったため3つの記事に分割しています。

最優秀賞:安芸捷

私はこのゲームをプレイした時、ずっとコントローラーを抱きしめるように握っていた。買ったばかりのPS4のコントローラーがあっという間に汗まみれになった。

これには訳がある。コントローラーの側面、丁度両手の人差し指が届く位置に「ふんばる」ボタンがあるからだ。世紀末のように退廃した世界で、分断された人や街をつなぐために様々なものを運ぶ主人公サムは、背負子に沢山の荷物を載せている。サムは険しい岩場や急な坂、突風や川の中だと足をとられて転んでしまう。まるで現実の人間と同じように弱いサムを支えるために、私はふんばるボタンを押し続けて、サムが転ばないようにしていた。

実はふんばるボタンを押すと、歩行速度が下がる。もっと効率よく荷物を運ぶ方法は沢山あり、ゲームの中でも様々な手段を提示してくれる。配送ルートを自身で決められるのはもちろん、道路や橋を整備したりバイクやトラックを作ることもできる。

繋がった場所では、他のプレイヤーの建てた建設物が旅を助けてくれることもある。だが、繋がった場所を豊かにすることはできても、繋がっていない場所を好き勝手に整備することはできない。ゲームの進行によって無限にも近い自由を手に入れることができるが、新しい場所に行くときはいつも険しい壁がそびえたっている。

しかし、壁の向こうには荷物を待っている人がいる。画面の中のサムは孤独に荷物を運ぶ途中で、様々な人と出会う。「俺は誰ともつながれない」というサムの言葉とは裏腹に、サムは感謝を受け取りながら絆の在り方を見つめていく。

ドライな性格にもとれるサムを、私はいつしか画面の向こうから抱きしめたくなった。永遠に疲れない3Dモデルではなく、血の通ったサムを労わりたくなる。

最初は険しい道に悪態をつき、どうしてゲームの中で苦行をしなきゃいけないんだと思っていた。だが、ゲームを進めるうちに優しくなっていく。この旅路の果てにサムを待っている人がいるから、できるだけ荷物が壊れないようにしよう。少し前に通った道に戻って川に橋を架ければ、ネットワークを通じてこれからゲームを進める人が使うかもしれない。そんなちょっとしたおせっかいが誰かに届くということが、この上なく私を優しくした。

ずっと押し続けているふんばるボタンが画面の向こうのサムの力になっていることに、嬉しく感じるようになった。ゲームなのだからキャラクターを操作できることは当たり前なのに、その当たり前ですら誰かにとっての応援になる。そのことに気づいた瞬間、物語への没入感は一気に増していく。
『デススト』はストーリーもプレイ体験も含めて、まるで人生のようだと思う。

新しいことに挑戦するときは、いつも己の力を試されているような気分になる。理不尽に唾を吐きたくなるときもある。だが、決して孤独ではなく、周りに支えてくれる人がいる。今の自分は誰のおかげなのだろうと深く深く考えると、今まで生きてきて出会った人たち全てといえるだろう。隣で励ましてくれる友人から顔も見たことのない人も、その一端を担っている。カフェで気まぐれにもコーヒーをこぼしてしまった客が、隣のボックス席で話していた人たちの商談を成立させるきっかけになるかもしれない。つながりは必ずしも、私たちの想像している姿をしているわけではないのだ。

楽しいことも辛いこともあって、それでも人生は素晴らしいのだと教えてくれる人生シミュレーター『DEATH STRANDING』は、プレイし終えたとき、きっと誰かのためにふんばれる力をくれるだろう。是非、コントローラーを両手で抱きしめながらプレイしてほしい。

優秀賞:ATUSI

昔、揶揄を帯びた都市伝説として語られていた「大御所漫画家は目しか描かない」という言葉があった。
私はそれを聞いてむしろ寒気を覚えるほど感動した。目しか描かない作品に自分の名前を載せて全責任を背負えるのか、と。
やがてそれは週刊連載においてほぼ当然の仕組みであることが広まり、今ではほとんど語られなくなった。

大作を四畳半で作れた時代も今は昔。ゲーム製作は3桁の人間と10桁の金が動く大事業となることも珍しくなくなった。十人十色と言うように、100人いれば100通りの感性と思考が交わる。主人公の言葉から路傍の石に至るまで、誰か一人の思想と技術のみで作り上げられるなど、もう誰も思っていない。
しかしそれでも、彼はそのゲームに自らの名を強く刻むことをやめない。企画、ゲームデザイン、脚本、演出、監督を全て自分でこなし 、責任を持って創ったと、世界に宣言するのである。

A HIDEO KOJIMA GAME

その銘に恥じぬ作品だった。精緻に組まれた極上のSFとして、音楽との融和を成した映像作品として、新しい体験を保証するゲームとして、どこを切っても小島秀夫の味が出る。
何より設計が面白い。オンラインに繋がりながら、他のプレイヤーは終始現れない。しかし道なき荒野に現れる橋や屋根。昨日まで何もなかった荒地に、獣道のように筋ができる様は、確かにそこに誰かがいることを感じさせる。

もしかしたら、これは彼がみた風景なのかもしれない、と思った。
かつで繁栄を誇った世界は一瞬で崩れ去り、ひた隠すことも逃げることもできない荒野が残された。
自分という存在だけがそこに放り出された時、寂寥感さえ呑み込むほどの恐怖に襲われる。それまで成したことは無意味だったのか?と。
しかしある時、そこに看板を見つける。言葉ではなく、親指を立てる記号があるだけ。
見た者はなぜかそこに、無限の言葉を感じてしまう。大丈夫、俺もいる、お前はやれる、この世界は消えていない、今までしたことは無駄じゃない。そしてこれからも……。

だとしたら、これは芽だ。
一度荒野となった小島秀夫の世界に芽吹いた、世界を包む小さな芽だ。
かつて見せてくれたような大樹になるのか、見たこともない花が咲くのかわからない。
あるいは還暦間近の男にこれ以上の傑作を強請るのは酷だろうか?否、こうも見事な復活劇を目の当たりにしてしまっては、それもできない相談である。

デスストランディングの評を書いていたら小島秀夫の評になってしまった。ご容赦願いたい。だがすべてのファンが持つ期待の、目くらいは書けたつもりでいる。

GHOST

初めてトレイラーを見た時は謎しか無く、「これはどういったゲームなのだろう」と言う思いを消すために繰り返し見ても「?」ばかり浮かんだ。そして次々公開されるトレイラーでは少し明るみになってはまた謎が増えていた。

いざ実際にゲームをプレイしてみると、驚きの連続だ。

あれだけ謎しか生まなかったストーリーも綺麗にまとまり、むしろネタバレの宝庫だった。謎が謎を読んでいたストーリー、そして次々明るみになる真実のおかげで橋がかかる。まさしくbridge。ゲーム性は至って単純で「指定された場所に荷物を運ぶ」。単純なのになぜか中毒性がある。それはプレッパーズから「ありがとう」などのお礼を言われるからだろうか。

運び方にもいくつか種類があり、今作のマップのように好きに決められる。徒歩なのか、バイク、車なのか。そしていかに綺麗に配達できるのか。物によっては早く届けないといけないものもあるので、それにあったルートを考えるのがまた楽しい。

ただ荷物を配達するだけでは無く、敵の存在もある。荷物を奪うミュール、テロリスト、そしてBeached ThingsことBTだ。あの世のものがビーチを介してこちらの世界に迷い込んでくる。強い雨が降る(時雨)ことで彼らは現れ、彼らを避けるために進むが、同時に荷物も損傷してくる。彼らに捕まってしまうと大型のBTと相見えることになる。戦うのか逃げるのか。戦って武器がなくなっても、どこからかサムワンのサムが現れこちらを助けてくれる。これほど強力な助っ人はない。昨今のゲームであるような対戦そして協力メインのオンライン要素では無く、緩く他者と繋がれることがまた素晴らしい。彼らは呼びかけにも応えてくれる。まさしく、独りなんだけど、1人じゃない。

マップも広すぎず狭すぎずという感じでちょうどよかった。UCAに加盟してもらうために進むが、UCAに加盟してもらう、または通信を繋げてもらうまでは自力で進むしかない。それが雪山で断崖絶壁であろうと。でも、一度通信をつなげてもらえれば、サムワンが設置してくれた建設物などが出現する。自分では苦労して進んだが、それらのおかげでより楽に進めたり、新たにルートを思いついたり。

ストーリーを進めるごとにできることが増えていく。個人的には一番感動した事だ。一番初めは近くの街に荷物を運ぶだけだったのに、橋を建てられるようになったり、乗り物の存在が現れたり。拘ってゲームを作る小島監督だからこそ、為せる技なのではないだろうか。

ストーリーの合間合間に流れる曲のおかげで感動する事もあり、このゲームは素晴らしいと思う。マップを探索することが好きな人、ステルスゲームに少し興味が湧いている人、ノーマン・リーダスやマッツ・ミケルセンなどの俳優が好きな人はぜひこのゲームに触れてほしい。心からお勧めできる作品だ。

べりー

実は私はこの作品をラストまで斜に構えてプレイした。ヒドイ購買者代表だと言えるだろう。

『メタルギア』を2作品プレイした程度の、いわゆるライトユーザー。
小島監督が退社された事は知っていても、コジプロを立ち上げ、その新作を数年待ち続けていた正しいファンではない。
『デススト』が発売される事も発売の数カ月前に知り、「え?小島監督の新作出るんだ?」と驚いた位だった。

期待から予約購入したものの、プレイスタートして、どんどん置いてけぼりになる。
主人公のサムの気持ちはお構いなしに、あらゆる方面から懇願され逃げ道もなく、義理の母の遺体を運ぶなどとメチャクチャぶり。
挙げ句、一人で大陸を繋ぎ直せというサムが可愛そうという気持ちばかり募る展開。
配達自体も「どうせサムワンが何かを用意してくれているだろう」とタカをくくり大した用意もせず、荷物だけを背負い配達先に赴いた。
クリフが脱出する時も、すべてが空回りし結局逃げられず撃たれる無様な結末にガッカリした。
アメリの頭も何度も撃ち抜いた。
皆が泣くというBBとの別れも、焼却炉まで全く泣かなかった。

私は『DEATH STRANDING』を最高のゲームと思っている。ここまで斜に構えてプレイしてきた私が、何故最高と言えるのか?

追い込まれ、一人で大陸を繋ぐという大役を果たす事となるサムに過度な感情移入をした。
一方的な願いばかり押し付けてくる登場人物達の事情も分かってくる。
配達にも慣れた時にはヒッグスとの戦いが待っていた。
何も持たないで出かけた自分へ、無償のサムワン達の形跡がどれだけ有り難かったか。
それは、助けてもらったから誰かにもしてあげたい!という気持ちに変わった。
クリフのした事がすべて空回りした無様ともいえる結果。
子供がいる私にはその無様な姿にこそ、妻への愛、息子への愛を感じざるを得なかった。
キャピタルノットを出かけた時にまっすぐに焼却炉が見えた時も、イゴールの名前のハシゴが見えた時も、自分が迷わずルートを覚えたいた時も涙腺は崩壊仕掛けていた。

すべてが誰かの為で、すべてが思いやりに溢れていたこの作品を、どうしても「最高のゲーム」以外の言葉で表せない。

いつかこの想いと、この不出来なファンの監督への陳謝を、どこかに綴りたいと思っていた。

どなたかお一人にでも読んでいただけたら幸いです。

この機会に心より感謝いたします。

ガイ先生

約4年前。コジマプロダクションの記念すべき初作品が発表され、迷いなく予約準備に取り掛かった興奮を今でも覚えています。

小島監督ならきっと素晴らしい作品を生み出してくれるだろうという期待と、独立して1本目だし、未知数だなという不安が入り交じりつつ発売日を待っていましたが、案の定、良い意味で裏切られることになりました。

まずソフトを起動すると、オープニングからその世界観に圧倒されました。最早実写を越した幻想的な景色と映像、LOW ROARの穏やかだが確かに耳に残る音楽。独特のカメラワークで映し出されるノーマン・リーダスの一挙手一投足が、自分自身とサムを一体にさせる。

これぞ「小島ワールド」。オープニングから操作パートに移るまでの一連の流れで、小島監督自身から「待たせたな」と言われているようでした。

いざ自分でサムを動かせるようになると、また新たな感動と懐かしさがありました。『MGSV:TPP』と似た、人間らしい動作とゲーム性を損なわないためのスムーズな動作の融合です。歩いて届けるゲームなのに、サムが人間離れした猛ダッシュや跳躍を行ってしまうと(2段ジャンプは置いといて)自分自身が歩いているという没入感が削がれますが、かと言って現実の登山のように膝丈程の小さな段差もよっこいしょ、と移動していたら逆にストレスになります。上記の2点を良い塩梅で融合させるのが、他のゲームにはあまり無い特徴的な操作性で感動しました。

ストーリーに関しては、詳細は伏せますが序盤は専門用語が多く、とっつきにくいところがあるかもしれません。途中、話が複雑になりなんとなく言われるままに配達していた時期もありましたが、薬や物資から爆弾や生身の人間まで、たくさんの荷物を運び、その荷物ひとつひとつに物語があることに気付いてからは、目の前の霧が晴れたように物語に引き込まれていった感覚を覚えています。

ゲーム内容については世の中に素晴らしいレビューがたくさんありますので、ここからは私自身の考えに影響したことを書かせて頂きます。

ストーリー全体のテーマとして私が受け取ったのは、「人は愛を原動力に生き、愛は人との繋がりでしか生まれない」というメッセージです。サムにはアメリやルーに。アメリはサムに。ダイハードマンはクリフや大統領に。クリフはBBに。というように、各々が誰かを愛し、誰かに愛されることで生きていけるし、行動できる。愛を受けずに育ち、愛の表現を知らない人は、その行動で他の人を傷付けることになってしまうこともあります。ヒッグスのように。でも『デススト』をプレイして、その事実に気付けたことが収穫でした。

配達の道中で他の人のために看板を立てておくのも、乗り捨ててあったトラックにいいね!を付けるのも、ゲーム内ではなく、SNS等で「いつもお世話になっている配達員の人に優しくしようと思った」とつぶやいてる人も、すべて繋がりであり、愛です。そこには、小島監督の過去作品で言っていた「言葉ではなく、言葉の持つ意味を信じる」という台詞の、「言葉」を「行動」に置き換えたものに近いニュアンスが込められている気がします。

昨今のコロナウイルス感染拡大により、残念ながら世界はまるで「デス・ストランディング」のように分断されてしまいました。そんな中でも、サムのように必死にモノを届けてくれる方々や、病院や公共交通機関など、人と接せざるを得ない現場で働く方々に、少しでも感謝の気持ちを持つことができれば、それは大きな愛への小さな一歩になるのではないでしょうか。

たかがゲームにこんな大層な影響を受けている私は、もしかしたら変人なのかもしれません。

しかし、少なくとも私という人間がこれほどのメッセージを受け取っているゲームでもあることも事実です。

まだ未プレイの方は、是非とも本作を手に取って、愛を繋げていって欲しいです。

明日は君達の掌の中に!!

おばちゅう

私にとって、『DEATH STRANDING』は初めてのゲーム体験だった。学生時代はずっとゲームを禁止されていたので、友人のゲーム談義についていくことのできない学生生活を送っていた。そんな中、私の大好きな映画俳優マッツ・ミケルセンがゲームに出演することを知った。どんなゲームなのだろうと思い、YouTubeでトレイラーを見た。本当に衝撃だった。全く分からない。どんなストーリーなのか、アクションなのかRPGなのかすら分からないのだ。ただただ不気味な世界がそこには広がっていた。

しかし私はその意味不明な世界に夢中になった。紐のようなもので繋がれた兵士、いつの間にか現れているイルカの死体。空にかかる逆さ虹が「環天頂アーク」と呼ばれることも調べた。全く意味が分からないのに、それを見た者を「考察したい」と思わせる不思議な魅力があった。これこそがゲーム本編にも繋がる最大の魅力なのではないだろうか。

大学受験を終え、半年遅れで本作をプレイした私はその世界観に圧倒された。時間を奪う雨、時間経過によって爆発する死体など、全ての要素があまりに「ぶっ飛んでいる」のだ。しかし、だからと言って非現実的で突拍子もないものなのか、というとそうではない。なぜなら本作に登場する全ての要素は膨大な知識と強いメッセージ性によって裏打ちされているからである。

例えば物語終盤でアメリがこの宇宙の成り立ちを説明する際、「物質と反物質がぶつかり、物質が少し余った」と言う。これは決して都合の良いストーリー内だけでの設定ではなく、「CP対称性の破れ」という量子力学に実在する研究結果に基づいた考え方なのだ。このようにとても科学的である一方で、作中には「ハー」「カー」といった古代エジプトの死生観に基づいた話も登場する。つまり本作の世界とは「科学」と「スピリチュアル」が繋がった世界なのである。これこそこのゲームを通して描かれてきたものだと言って良いだろう。

「カイラル通信」というテクノロジーを繋げるために北米を横断したサムは、荷物を待つ人々、ブリッジズ、そしてルーとの精神的な繋がりを同時に得る。BBが「装備品」というテクノロジーとしての面と「赤ちゃん」という精神的に訴えかける面を持っていることや、科学者であるハートマンと、スピリチュアリストが協働してビーチを解明しようとしていることからも「科学」と「スピリチュアル」の繋がりを伺うことができる。

ではなぜ、小島監督は今、「科学」と「スピリチュアル」の融合を描いたのであろうか。そこには我々の現代社会に向けたメッセージがあるように思える。「宗教」というものの地位が失墜し、「科学」へと絶対的な信頼が置かれるようになった昨今、合理的で効率的な社会システムが構築され、その中で人と人との繋がりは「非合理的」「面倒」なものとして敬遠されるようになってしまった。こうした社会の中で他人とのコミュニケーションが上手く取れず、孤独な世界で生きる者(接触恐怖症で一匹狼のサムと通ずるものがある)や、生産性を重視するあまりに暴走してしまう者(テロリストのヒッグスと通ずる。彼の思想は過激であるが、広い視点で見ると効率的に生物の進化を促す方法でもある)が現れた。

この現代社会に対し、小島監督は「繋がり」の重要性をゲームを通じて説いたのである。この現代に「宗教」を復活させることは難しいが、個々が他者との繋がりを作り、ほんの少し他者を思いやって行動すれば(他ユーザーを思ってジップラインや梯子を建てるように)世界から争いを無くすことができる。こうした「科学」重視の社会のなかでいわば「スピリチュアル」な観点を持ち、両者のバランスを保つことが大事なのだ。そんなメッセージが本作には込められているように感じた。

しかし本作からのメッセージはそれだけには留まらない。先ほど「両者のバランスを保つことが大事」「現代社会は科学に偏っている」と述べたが、そのバランスが「スピリチュアルに偏り」崩壊した様をこのゲームは描いている。それこそが「ブリッジズ」である。ブリッジズはブリジット大統領の「人々を繋いでアメリカを再建する」という言葉を盲信した人々の集団である。結局、彼らはアメリ、もといブリジットの計画の片棒を知らず知らずのうちに担がされていたのであり、「人々を繋ぐ」という聞こえの良い綺麗事に踊らされていただけだったのだ。

序盤でサムは「お前らこそカルトだ」と言ってブリッジズを罵るが、皮肉にもこれは的を射ていたのである。そんな中、カイラル通信のことを「繋がり」を作る、いわば神器ように語るブリッジズのメンバーと一線を画し、サムは自分の足で人々と繋がりを作っていく。その過程を経てやっとアメリカは一つに繋がるのだった。ブリッジズのメンバーがいくらブリジットの理念に敬意を払い、「繋がり」と連呼したところで出来上がるのは「ありもしない国、アメリカ」である。サムのようにブリジットの思想の呪縛を受けることなく、「アメリを助ける」という自分なりの目標を持ち、自分なりの「繋がり」を構築していくことで「アメリカ都市連合」は完成するのだ。そう、サムこそが「知恵ある人」、ホモ・サピエンスなのである。

現実世界で強い影響を持つ「科学」、ゲーム内で人々が盲信する「スピリチュアル」。いずれも偏ると危険が待っており、その危険を防ぐためには知恵ある人となるしかない。生きる未来を掴み取れるのは自分自身だけなのだ。「Tomorrow is in your hands.」そんなメッセージも込められているように感じた。

ここまで、『DEATH STRANDING』をプレイして自己の中で浮かんだ解釈を記述したものの、この解釈が小島監督が想定したメッセージや世間一般の人々の解釈と一致するかと言われれば自信が無い。しかしこれだけは自信を持って言うことができる。これまで多くの映画や小説など様々なコンテンツに触れてきたが、ここまで物語の解釈や考察に思案を巡らせたのは『DEATH STRANDING』が初めてである。このゲームには我々を「考察したい」と思わせる魅力がある。それは初めてトレイラーを見た時から何も変わっていない。私たちの好奇心を刺激し、私たちを考えさせ、私たちを「ホモ・サピエンス」にする。

それこそが、『DEATH STRANDING』なのである。

いのがぶ

コナミを退社した小島秀夫氏がコジマプロダクションを立ち上げたのは2015年12月16日のことだ。それかからわずか4年で同社処女作となるデスストランディングの発売に至った。本ゲームが評価される点は、FPSシューターでもなく、これまでのアクションゲームでもない、ソーシャルストランドゲームとして新たなゲームジャンルを開拓したことだ。

小島秀夫氏と言えば、1987年に隠れることに機軸を置いたアクションゲーム『メタルギア』を発売したことでも有名だ。『メタルギア』が発売されるまでの経緯は長いので省略するが、彼の作品すべてに映画や文学作品といった影響が垣間見える。

映画好きなら『メタルギアソリッド』の主人公の一人、ソリッドスネークの姿を映画「ニューヨーク1997」で見たことがあるだろう。映画の舞台、主人公スネーク・プリスキンは小島秀夫氏が影響を受けた物ばかりである。

彼のゲーム作品は「A HIDEO KOJIMA GAME」として認知されている。それはコナミに在籍していた2015年にコジマプロダクションが解散させられた際、海外のゲーム販売店に無断で「A HIDEO KOJIMA GAME」の自作パネルが張られる現象が起きる程だ。

結果として2015年12月にコジマプロダクションが独立。当時はゲームエンジンもなく、4畳半のレンタルオフィスからスタートした。それから4年後にデスストランディングを発売するに至った。

主人公サム・ポーター・ブリッジズは、謎の現象「デス・ストランディング」により崩壊した世界で物資を配達する仕事をしていた。ある日、サムの育ての親でもあるアメリカ最後の大統領ブリジットが危篤状態という情報を受け、病棟へ向かう。彼女の果たせなかった望みを聞き、単身で北米大陸を横断する任務に就く。

過去に起きた「デス・ストランディング」により、現世は死者の世界とつながってしまった。時雨が降っている場所に現れるBTに見つからないようにブリッジベイビーBBを活用しながら横断していく。途中、配達依存症のミュール、分離破壊主義者ディメンス、BBを奪おうとする謎の人物達から身を守る必要もある。

ストーリーは映画を観るかのように進む。アクションゲームが苦手な人でも楽しめるようVERY EASYが用意されているのは良心的だ。ただ、ゲームシステムについて気になる点もある。良い作品は周回プレイをして何度もストーリーを確認したいものである。

『DEATH STRANDING』には、本編以外にも指名なし依頼というサブミッションがある。やりこみ要素だ。このやりこみ要素の多さのせいで周回プレイができない弊害もある。さらには本編の数よりもサブミッションの方が多い。あー、周回したい。

ヴォイドルーデンス

世界的に大ヒットしたゲーム!TGSからファン感謝際まで追った者ですが、まず、購入前に「どんなゲームだろ」「内容が分からない」と言った初見の言葉が出てきますが、まずその通りです!自分も全然分からず購入しました。

PVだけではもの足りずプレイしましたが、まず、景色が綺麗!ちょっと歩いただけでフォトモード起動!サムのポージング変えてネタ写真を撮る日々、ストーリーそっちのけで走り回ってはフォトモード! ストーリーを先にしたいが景色が綺麗!

ストーリーですが、まず主人公は配達人で目的地まで荷物を運ぶ。ここまでまだなんのゲームか分かりませんが、とりあえず荷物をしっかりと調整しないとバランス崩れてミッション失敗するゲームです!特に他のゲームとは違い、頻度高い敵との撃ち合いや、難しいキャラクター説明はありません!ちょっとした専門用語がありますが、濃厚なキャラクター達がしっかりと説明してくれます!

個人的に好きなキャラクターは各点々とした拠点にいる人物。有名人やゲームクリエイターやゲームキャラクター達が配達先にいること。特にミュージシャンと言うキャラクターは皆さんが知っている人物!誰かは皆さんでプレイしていただければ分かりますが、そう言った実際に存在する人物がいるゲームなんです!

プレイ中にある特定の場所を歩く際に、有名な音楽が流れます。僕自身が一番感動したのは、鳥居が建つとある場所に向かった際に音楽が流れて、その時の景色と音楽に涙が流れてしまいコントローラーを一度床に置いて「あぁ、長い道のりだったがここまで来て良かったなぁまだまだ頑張ろう!」と、また配達するやる気が出てクリアまでやる意欲を味わえました。ネタバレになるかもしれませんが個人的にラスト付近のミッションで、今まで繋がってきた機能がとある事で使えなくなる事があり、今まで通ってきた道を歩いて最初のスタート地点まで向かう所でこのゲームの最大の難所だと感じてしまいました。プレイヤーに凄いメッセージを伝えてきて、クリアするときには「今まで主人公はこういう生き方をしてきてこういう事を思っていたんだなぁ」と共感できてしまう、そんなゲームです。

最後になりますが、このデスストランディングを制作されたコジマプロダクション、ソニーの方々には本当に感謝しかありません。今後も色々なゲーム制作に多大な労力と企画がありますが、一ファンとして応援しています!

PSYCHOROMANTIST(サイコロマンティスト)

はじめに

『DEATH STRANDING』のレビューを書く。こんなに難しいことは他にはありません。笑
これまで見たことのない世界観とゲーム性で、複雑に絡み合うストーリーや感覚をどう表現したらよいのか…。
とても難産ですが挑戦していこうと思います。

ゲームをプレイし一番に感じたことは、「遂に映画を超えたゲームが登場した!!」です。
劇場でしか味わえない良さが映画にはありますが、スクリーンだけでは体験できない手触りが『デススト』にはありました。
冷たい荷物を背負い川を渡り、岩場を登って雪山を越え、血と息を切らしながら辿り着いた先に、また新たな出会いや驚きがある。
――この"臨死体験"とも言える没入感は、今までに味わったことのないポップコーンでした。

ここからは個人的に秀逸だと感じた事を項目ごとに分けて書きたいと思います。

【脚本とゲーム設計の極み】

過去と未来/生と死/光と影 など「対」となる組み立てが本作のテーマである"なわと棒"のように盛り込まれ、地形や操作・取捨選択まで、あらゆる要素が繋がる緻密な脚本とゲームへの落とし込みは流石小島監督、流石コジプロ。
ローカライズは骨の折れる作業だろうと想像を絶する…。

【リソースの妙】

いかにコストを抑えボリューム感を出し世界観を保つか。この部分が秀逸。
ゲリラエンジンの優秀さもあると思うが、なにより監督の設計図があらゆる角度から考え抜かれたものである事はゲーム制作者としても脱帽モノ。
小規模なチームでクリエイティブを最大化する方程式の構築に成功したコジプロは、どのゲーム会社も持っていない“スター”を手にした。その一点だけでも今後のクリエイティブに期待せずにはいられません。

【色による差別化と表現の巧みさ】

死=青というアイデアから、メインのUIは青系で構成され主人公であるサム≒死者を匂わせている。
また、B.Tの出現で"青の無い"虹が出る。
その設定が『デススト』の世界に"青以外"の場を造り、青いUIが引き立つ。この1点だけでも脱帽だ。

【音楽と効果音】

ゲームでは初めての試みであろう状況変化による音楽の挿入は、より一層没入感を高め、それまで重たかった足取りが軽くも重くもなる不思議な体感を得られる。
Major Lazor、星野源、Low Roarといったアーティストの澄みきったサウンドが岩や雪に反響し、例えようのない恍惚感に包まれる。
ここだ!というタイミングで流れてくる音楽は、小島監督自ら細かい設定を施したという。
効果音も考え抜かれている。ゲームに慣れてくればUIを完全非表示でも、B.Tの唸り声で方向が分かり、足元が滑りそうなときはアラートが鳴る。効果音を頼りに遊べてしまう。(時折サムの独り言に驚くこともあるが…笑)
どこまで挑戦的かつ革新的なクリエイティブを追求するのだろうか。

【フォトモード】

発売後に追加実装されたフォトモードにより、美しい景色をさらに堪能できるだけでなく、通常のプレイでは発見できなかった細かなこだわりに触れることができる。
なぎ倒される草木や濡れた苔、人による経年劣化など、そこにある理由がしっかりと描かれたウソのない嘘(クリエイティブ)の積み重ねによって、デスストランディングという非現実的な世界があたかも真実のように感じることができるのだろう。

あとがき

デスストランディングのレビューを書く。こんなに恐れ多いことは他にはありません。
私なりに精一杯考え、書いて見ました。拙い文章で申し訳ございません。
また、様々な機会や繋がりを与えてくださりありがとうございます。

小島監督、コジプロのみなさん、誰も成しえていない新しいゲームに今後も期待しております。

Kan

私は、小島監督作品である『メタルギア』シリーズをきっかけにゲーム機を買い、今までプレイしてきました。
『メタルギア』シリーズが終わり、そして小島監督がコナミからいなくなり、ゲームに対しての喪失感がありましたが、一つのトレイラーからそれを大きな期待へと変わりました。
それが新生コジマプロダクションによる『DEATH STRANDING』です。
最初のトレイラーを観たときは、小島監督作品がまた遊べるんだという嬉しさと、ゲーム本編への期待、衝撃、感動がありました。
時間が経つに連れ、次々とトレイラーが配信され、最初は謎であったストーリーも少しずつ明らかになってきました。最後のトレイラーが公開され、ついにゲームのリリース日が分かり、この何年間待ち続けたゲームがやっと遊べるんだと実感しました。

リリース日翌日の仕事終わりからゲームを始めました。
冒頭の映像から、すごくワクワクしました。
これから何が始まるんだろうと。
主人公サムが美しく広大な大地をバイクで駆け抜けるシーンから始まり、時雨による変化や、サムの特殊なウェアの働きを観て、なんとなくこのゲームの設定が分かりました。
この荒廃した世界の中で、サムは配達人として活躍してるんだということ。
ゲームをプレイしはじめると、このゲームの緻密性や自由度の高さに驚きました。
とても美しく、時に不気味な大地や空、そして時間とともに変わりゆく天気、そしてこの広大な世界を自由に歩き、走り、登ることができる自由度です。

基本的には荷物の配達を依頼され、QPIDを接続することで、点と点だった場所と場所を繋げていくことがこのゲームの主なミッションですが、配達する物の重さや、配達するまでに通る道の選択によって全然難易度が違い、単純なミッションながら、新しいゲームシステムながら、ゲームとしての完成度に驚きました。

ミッションをこなしていきながら、様々な人と出会い、様々な物や装備を手に入れ、それを活用して道なき道を切り開いていく中で、苦労しながらも、ミッションを達成していき、ストーリーを楽しむことができました。

更に驚いたのは、オンライン上でプレイヤー同士で繋がることができることでした。

同じ『DEATH STRANDING』をプレイしているみんなの落とし物や、設置された梯子や建物や道路が使えるという画期的なシステムにびっくりしました。

一人でプレイしながらも、プレイヤーとプレイヤーとの繋がりをプレイしながら感じることができたのは普通のオンラインゲームとは一味違う感覚でした。

最後のミッションを完了するまでの過程は今までの配達中での苦労や戦いを走馬灯のように感じさせてくれました。もう終わるのかと思いながら、最後の配達中の音楽には感動しました。

ミッションを終えたあとも広大な世界を歩いて探索するもよし、フォトモードを使って面白い写真や美しい写真、クールな写真もとることができる最高に楽しめる作品でした。

あねご

小島監督と言えば『メタルギアソリッド』のイメージが強いが今作の『DEATH STRANDING』はこれまでのイメージを塗り替えていく様な作品だった。

このゲームは派手な戦闘や緻密な戦略を練る様な物ではなくただただ依頼された荷物を運び世界を繋ぐ事を目指すのだ。
「1人だけど1人じゃない。」これは小島監督が度々、このゲームに対して言っていた言葉だ。
その言葉の通りこのゲームはオンラインゲームの様でオンラインゲームではない。確かにオンラインで世界の人々とつながっているが我々は相手に対してイイネしか送れない。会話はできず1人でゲームを進めるしかない。けれどそこには誰かが通った跡や乗り捨てた乗り物、建造物がある。そしてそれを使って前へ時に寄り道をして進むのだ。正に「1人だけど1人じゃない」を体現したゲームだと私は感じた。

チャットを介す様なオンラインゲームはある程度のコミュニケーションが必要で時には海外の方と話さねばならない時もある。これはこれで色んな人と会話ができて楽しいが時に疲労感が溜まりネガティブな気持ちになることもある。だが『DEATH STRANDING』では言葉の壁もなく、しかもネガティブな気持ちになることも無くリアルな人と繋がれるのだ。イイネを送り合うシンプルなコミュニケーション。ポジティブな反応は人をやる気にさせる。イイネのループがついこのゲームを起動させるきっかけになるのだ。

また本作は出演者が豪華なことも有名だ。「ウォーキング・デッド」のノーマン・リーダスにドラマ「HANNIBAL/ハンニバル」のマッツ・ミケルセンとほぼ映画のキャスティングでは?と思わせる様な配役。私自身、あのマッツ・ミケルセンがゲームに出演するだと!?と驚いた程だ。おそらく私と同じ様に思った方は多いのではないだろうか?モーションキャプチャーやCG技術が進化した今、様々なゲームで生の俳優の演技を取り入れる作品が増えているのは知っていたがここまでのキャスティングは中々見たことがなかったので正直興奮した。また、ストーリーで鍵となるマッツ・ミケルセンのキャラクターだけは発売される最後まで情報が伏せてあったのが良い演出だった。マッツファンの私は気になりすぎて予告PVを何度も見てしまった。

普段ゲームをやらない映画ファンや俳優のファンの方からも注目を浴びていた本作は難易度も調整されており、まったくゲームができない人にも物語を楽しめるようになっている。ゲーマーだけではない客層を取り入れることに成功した数少ないゲームではないかと思う。

コロナウイルスが蔓延する中、我々は自粛という予期せぬ孤立を味合うことになってしまった。孤独を感じる生活の中でどうか視野を広げてこのゲームを手に取って欲しい。今感じている孤独は自身だけではなくまだ見ぬ誰かも感じているかもしれない。そう思うときっと自分は1人ではないと感じる様になる。

「1人だけど1人じゃない」

我々はどこかで誰かとつながっている。
そっと気づかせてくれるゲームだ。

まなみ

東京ゲームショウ2019に行った際、初めてこのゲームの予告編を見てこのゲームなんだろう?どういうゲームなのかと思っていざプレイしたらそれは想像を超えた面白さだった。ゲームってここまで進化してるのかと毎回いろんなゲームをプレイしてて思うがこの作品はもうただの遊びを超えたゲームだった

プレイ後の総評としてはまず映画をプレイしてるような感覚、ストーリーや配達という部分からなるゲームシステムにシングルプレイでも他の人と繋がるシステム、シーンに合わさった音楽、どの部分を切り取っても素晴らしい。

いつもストーリー、システム、難易度、音楽の点数を10点満点でレビューしてますがこの作品はどの項目も全て10点満点を付けている。
ストーリーはまず小島監督が伝えたいものはなにかがこの作品で伝わった。今の社会に必要な「繋がり」をテーマにした複雑かつ濃厚なストーリー展開は終わったあともう1周したいと思った。

音楽は洋楽とサントラが見事に合わさり、最終ミッションでかかるBBのテーマからEDまで音楽に泣けてしまいストーリーも夢中になって気付いたら終わっていたという感覚になった。
難易度は自分はノーマルモードでプレイしているがちゃんと映画ファン向けのイージーモードもあり、ゲーマーのみならず映画ファンにも触れるようなシステムやバランスになっており、プレイしていても気持ちが良かった。

最後はシステムに関して。配達をゲームにするにあたってシングルプレイでも他のプレイヤーと繋がっているシステムを今まで見たことがなく設備や道路もシングルプレイでもみんなで協力して建設できたりフィールドに置いて他のプレイヤーをサポートできるようなシステムはありそうでなかったものだった。

配達をテーマにしたオープンワールドはミッションをひたすらこなすうちに挫折してしまうソフトが多いと聞くがこの作品は全くそういったことを感じなかった。人に物を運んでいろんな人から「いいね」がたくさんもらえて自分はいいことしてるんだと思わせてくれ挫折もせずにもっと配達して建設の手伝いをしたり「いいね」がたくさん貰えるとリアル生活もいいねが貰えるような行動もしていきたいと感じるようになった。

特に不満な点はなく自分は細かい部分も見つけつつまだまだ楽しみたいと思う。先日追加されたフォトモードでさらに『DEATH STRANDING』の世界を体験していきたい。

ナノセコンド

広大な大地をただ一人、重荷を背負って進む。
このゲームの敵は死そのもの。
題名が死の座礁なのだから当然といえば当然だ。

生物の絶滅も、個人としての死も、個人に起きる出来事は死だ。それは決して逃れることはできない。

孤独なサム(何者か)は生存のために死と繋がった胎児と旅をする。
ルーはサムにとって遍路の「同行二人」と同様の存在になる。

『DEATH STRANDING』は四国八十八ヶ所を巡り生と死の間を漂う孤独な遍路に似ている。
サムは愛によって苦しみ愛によって罪を背負った。仏教で言えば愛別離苦である。
彼は傷を抱えたままひとりぼっちで登場する。だが、ストーリーが進むと彼には同行者が出来る。ブリッジベイビーのルーだ。

サムは胎児を腹に抱えている。サムは胎児を抱えることでBTの存在を感知できるようになる。それは妊娠すると感覚が変化して鋭敏になる妊婦に似ている。ブリッジベイビーもまた人間から切り離された存在だ。ルーは脳死した実母から引き離され道具として扱われている。決して長生きはできないと運命づけられている。こうした悲劇的設定を受け入れて、ゲームは進行する。

互いに守り合うルーの存在によってサムは母性と父性に目覚めていく。

ルーがストーリー上の必然でサムから離された時、プレイヤーは「早くルーを取り戻したい。いないと困る」状態を強いられる。この時サムの心情とプレイヤーの心情は一致する。それまで何度もルーを泣かせて消耗させたこともあったプレイヤーも、ルーの不在を強く意識し、戻ってきたときには愛情が芽生えている。もちろん、もっと前に芽生えたプレイヤーも多いとは思うが。

ルーに対するサムとプレイヤーの愛着が、クリフのBBに対する呼び声とシンクロしていく。

クリフがどうしてもBBを生かしたいと思う願いは、プレイヤー自身の願いに変わっていく。だからヒッグスとの対決の時、ルーが文字通り身を挺してサムを守り銃弾を防いだ時、ルーもまたサムを愛していると気付いて感動するのだ。

クリフから受け取った「架け橋となれ」という願いは、ルーの「死産」と共に消えかける。
だが、この物語ではすでに神格化された存在アメリがルーを生かす。

プレイヤーはサムとルーの旅路を共に辿り、それぞれが少しずつ異なったゲーム上の体験をしたうえで、ストーリーの結末を観る。
その時、雨の上りかけに虹がかかったのを目撃して心が揺さぶられる。橋が結末なのだ。

死からは逃れられないが、共に歩み共につなげた思い出は、この儚い生を全うするように促す。
分断され人々が離れていなければならない世界でも、ルーのような存在がある限り、人々は繋がりあって生きていく。ルーは誰の血縁でもない、世界で犠牲にされている子どもたちの象徴だ。
サムは、そのルーに死んで欲しくない、と強く願う。

ひとりぼっちのルーとひとりぼっちのサム。
サムがルーを焼く時に、プレイヤーはなんとか焼かずに済む方法はないか必死に考える。そんな残酷な結末があるはずがないと考える。
それはサムの心に完全にプレイヤーがシンクロするという事だ。

成仏しきれないBTを成仏させ、道を作っていく。死を払い、生を希求する。サムとルーの美しい結末に、小島監督が込めた願いが詰まっている。

子どもを犠牲にするな。血の繋がりなどなくても、そこにいる子どもは、かけがえのない子なのだ。それこそが生命なのだ、と。

すずめ

「繋がり」をテーマに作られた小島秀夫監督の最新作。

ネットワークが普及して、人々がより繋がりを持ち易くなっても、そのフィールドで他者を貶し、傷つけることが横行している。ゲームのなかでは人と人とが殺し合っている。そんな社会で、人との繋がりに疲れ果ててしまった人も多いだろう。そんな人々に私はこのゲームをお勧めしたい。

オンラインゲームと言われ、多くの人の頭に浮かぶのはバトロワゲーだろう。実際のプレイヤーとゲームの中で殺し合う。バトロワゲーの楽しさは否定しないが、仮想の殺し合いの中で他者への攻撃性が増し、命の価値が薄らいでしまうのでは……と感じてしまう事がある。『DEATH STRANDING』はオンラインゲームではあるが、温かみのあるオンラインゲームだ。ストーリーを進めていくと、私たちは他のプレイヤーの『痕跡』を目にする事ができるようになる。他者の残した物に救われ、自分の残した物もまた巡り巡って誰かを救っているという事を体感する。姿の見えない誰かの優しさに心が安らぎ、何度も助けられていくのだ。また、このゲームでは“ビーチ”や“BT”と言う存在がキーワードとなっている。所謂、“彼岸”や“幽霊”とされる物だ。このゲームでは、人と人との繋がりと共に死者との繋がりもまた同様に描かれている。“生”と“死”の在り方、死生観について考えるきっかけともなるだろう。

また、多くのゲームでは、主人公は仲間を集めて共に闘い感動のフィナーレを迎える。しかし、このゲームはそのようなありきたりなゲームとは一線を画す。このゲームの主人公は「孤独」そのものなのだ。他者と繋がれず、他者との繋がりを拒み、死者との繋がりを選んだ。そんな主人公がたった1人で荒れ果てた大地を横断する。特定のポイント以外ではBGMは流れず、環境音だけを耳にする。主人公が時折漏らす独り言や、胸に抱いた赤ん坊の声がより一層孤独感を加速させる。移動中はバランスを保ったり、敵への脅威に震えたりと一見面倒で、つまらないと感じるだろう。だが、この過程が私たち「プレイヤー」を「主人公」に変えてくれるのだ。主人公との同一化が果たされることで、主人公の葛藤や、苦しみあるいは喜びが自分自身のもののように感じられるようになるのだ。

主人公を始め、主人公の所属する組織の面々もまた、傷つき「孤独」を抱いている。登場人物の誰に共感できるかは個々の人生経験によって異なる。だが、確実に共感できる登場人物は存在する。人生という長旅で負った傷を登場人物達と共に癒してほしい。また歩き出す為の箸休めとしてこのゲームをプレイしてほしいと思う。

社会が見えない誰かの親切で成り立っていること、自分の何気ない行動が誰かの為になっていること。社会の影に埋もれてしまった他者の優しさや、社会の温かさをこのゲームで体感して欲しい。

『DEATH STRANDING』というゲームの革新性と創造性/サラミ

はじめに

コジマプロダクションによる新たな船出、『DEATH STRANDING』(以下、デススト)が2019年11月8日に発売された。
ファンとしては待ちに待った、小島秀夫監督の独立後最初のタイトルである。
再び『A HIDEO KOJIMA GAME』をプレイできる日が来たのだ。

こんなゲームを待っていた

そう言っても過言ではない。
これほどリアリティ溢れるゲームは『メトロ エクソダス』以来だ。
『デススト』には、SFの世界観に説得力を与えるものが全て揃っている。
ただのエンターテインメントでは終わらせない、僕らの小島監督節は健在だった。
それを可能にしているのが、小島監督の持つ膨大な知識量だろう。
彼の著書(「創作する遺伝子 僕が愛したMEMEたち」)に目を通すだけでも、無尽蔵の知的好奇心に裏付けられた貪欲な姿勢を垣間見ることができる。

究極の「お使いゲー」

昨今のオープンワールドのゲームにおいて、避けては通れないのがいわゆる「お使い」と呼ばれる要素だ。
だだっ広いフィールドをいかに有効活用するかを考えたとき、プレイヤーをあっちこっちに右往左往させるのはもはや常識となっている。
最初は新鮮なマップでも、レベルが上がったり装備が強くなれば、それが単調な「作業」になってしまうのは世の理。
ましてファストトラベルが解禁となれば、そんなもの鬱陶しくてしょうがない。
しかし、『デススト』は違う。
『デススト』がどんなゲームか一言で表現するならば、荷物を配達するゲームである。
「それって全編お使いゲーってことじゃん」と誤解を招きかねないがそうじゃない。
『デススト』における基本的な流れとしては、「依頼を受けて荷物を届ける」という単純明快なもの。
そうして点と点を繋ぎ、線を描き、その線を太く強固なものにしつつ、また新たな点を結んでいく。
これを地道に積み重ねることで、物理的かつ概念的に分断されてしまった北米大陸を繋ぎ直していく壮大な物語だ。

逆転の発想と再定義

重要なのは、従来のゲームにおいて「移動は手段」でしかなかったが、『デススト』に関しては「移動が目的」なのだ。
そして、その移動がちゃんと面白くデザインされており、頭が凝り固まったゲーマーとしては目から鱗で、こんな発想があったのか、と意表を突かれた。
眼前に広がる圧倒的大自然に目を奪われながらも、足元には悪路が続き、配達を阻む敵もいれば、正体不明の存在「BT」まで邪魔してくる始末。
主人公であるサムは、背中に大量の荷物を積み、転ばないようにバランスを取りながら、敵を避けたり倒したりしながら、特殊な雨で大事な荷物が損傷しないように気をつけながら、常に細心の注意を払って荷物を運ぶ。

他者との繋がりを体感できる「ストランド・システム」

『デススト』において、ほかのプレイヤーを視認することはできない。
ただし、彼らの足跡や建造物は自分の世界に反映されるので、間接的に他者との繋がりを感じることができる。
小島監督はこれを「ストランド・システム」と呼んでいるが、フロム・ソフトウェアの代表作『ダークソウル』シリーズにこれの先駆けとなるメッセージ機能がある。
孤独で過酷な旅の中、姿の見えない”誰かたち”によって助けられている、というなんとも心温まる仕様。
そして、『デススト』では他者の建造物に対して「いいね」を送ることもできる。
最近のオンラインPvPに疲弊していた僕としては、こういったポジティブな感情で世界中の人たちと繋がれることは本当に理想的で気持ちがいい。
現実世界に戻ったとき、この「思いやり」をそのままアウトプットできる人間になりたいし、それこそが小島監督の願いだろう。
また、PS Plusに加入していなくても、インターネットさえ繋がっていればその恩恵を受けられるのは嬉しい。

ストーリーとゲーム性の文武両道

大前提として、ゲームとは面白くなければならない。
初めてローンチトレーラーを見たとき、少しでも小島監督を疑った自分を許してほしい。
『デススト』は『メタルギア』シリーズよろしく、重厚なストーリーは言わずもがな、ゲーム性についても飽きることなくずっと面白いものだった。
「ダンジョン」とか「ボス」みたいなゲームお決まりの要素はなく、プレイヤー次第で戦闘自体も必要最小限に抑えることが可能。
そのゲームプレイのほとんどが荷物を配達しているだけにもかかわらず、その「移動」に豊かなゲーム性やインタラクティブな繋がりを携え、提言通りこれまでにない全く新しい体験を届けてくれた。
また、エピソードが進むにつれて、装備や乗り物、インフラが充実してきて、やれることが増える。
最初は避けて通るだけだった敵の縄張りも、今度は制圧して資源を奪取したり、こそこそ逃げ惑うだけだったBTの巣も、貧血になりながらも殲滅して時雨を晴れさせたり、配達一辺倒だったところに小島印の「遊び」の余地が付与される。
それでもなお根幹は変わらず、各々のプレイに幅が生まれる程度なので、ゲームバランスも維持されており、手応えの塩梅がちょうどいい。

思い出深いステージ

やっぱり雪山は外せないロケーションだ。
最初は本当に過酷で大変だったが、カイラル通信が繋がってからは多少快適になりつつも、自然の猛威(寒さや急勾配、ホワイトアウトなど)で油断できない状況が続く。
プレイヤーも慣れ始め、装備や建造物でプレイに幅が生まれてきたタイミングで、さらに緊張感の求められる環境を作り出す創造力には感動すら覚える。
あと、印象深いという意味では、クリフとの戦闘が待ち受ける戦争のステージ。
いきなり別のゲームが始まったのかと焦るほどガラッと世界が変わる。
配達ばかりの日々で忘れかけていたシューティング要素を取り込むことでプレイヤーも刺激されるし、何より「戦場が生きてる」感がすごすぎて、突然そこに放り込まれた僕は常にドキドキしながら歩みを進めていた。

感心したポイント

たくさんあるけど、一つだけ挙げるとすれば「夜がないこと」である。
これは思い切った仕様だ。
昨今のオープンワールドは基本的に時間の流れがあって、昼と夜では出てくるモンスターが変わったりと、そこでプレイに多様性を持たせている。
ところが、『デススト』は昼しかない、つまり通常のゲームプレイ上に時間経過の概念がない。
しかし、時雨が降ってBTが現れる場面では辺り一面が真っ暗になり、プレイヤーは図らずも「夜」に似た感覚を味わうことになる。
ここで夜が存在しない違和感が緩和され、なおかつ時間経過の概念がないことでストーリー進行に矛盾を来さないようにバランスされているのだ。
決して多いとは言えない開発スタッフ(当時トータル80人くらいとのこと)で、効率的にゲームを制作するという意味では素晴らしい機転だと思う。

残念だったポイント

正直ない、本当にない。
でも、強いて一つ挙げるとすれば、「食事」がないこと。
何か食べるとしたら、やたら歯ごたえがよさそうな謎の虫くらい。
サムにも美味しいピザを食べてほしかった。
マジでそれくらい。

とにかくしんどい

僕が一番面白いと思ったポイントは、このゲームは本当に疲れることだ。
リアリティを追及する上で、「現実と相違ない精神的かつ肉体的な苦労を強いる」ことはとても効果的だ。
リアル志向といわれるゲームが数ある中、『デススト』は一つの到達点かもしれない。
心身ともに疲れ果てたところで、NPCとわかっていても人に出会えたときの感動はひとしおである。
世界中のプレイヤーと間接的に繋がるものの、カイラル通信の起動に至るまでの道のりはどうしても孤独で、それまで緊張を維持するプレイヤー自身も疲れるし、目的地に着いても帰り道があるので、手ぶらで帰るのも何だから新たな配達を受注して、結局ずっと何かしら配達している状態になる。
やっと一通りの配達が終わって落ち着いたとき、僕もコントローラーを置いてサムと一緒に目を閉じて休憩する。

映画とゲームの完璧な共存

そして気がつく。
没入感に優れたゲーム特有のあの感覚。
「僕は主人公を操作しているのではない、主人公そのものと同化している。」
僕は今までの小島監督作品をプレイするたびに、「映画みたいだな~」なんてこぼしていた。
それはストーリー展開やカットシーンの演出に起因するところが多かった。
しかし、『デススト』はさらにその上を行く。
無心でひたすら荷物を配達する、そんな当たり前の風景さえもさながら映画のワンシーンのようだ。
映画を観ているだけでは、自分が主人公になったかのような体験は難しい。
ゲームという媒体だからこそ、それが可能になる。
まるで実際に映画をプレイしているような新しい没入感、いうなれば『デススト』は「プレイする映画」といった感じだろう。
小島監督は、自身の『メタルギア』シリーズで確立した「映画みたいなゲーム」という枠組みを、今度は「映画とゲームの完璧な共存」という、いまだかつて誰も成し得なかった革新的なアートフォームによって上書きしてみせたのだ。

クリア後の世界とやり込み要素

「本編の終わり」は「やり込みの始まり」に過ぎない。
まだ見ぬプレッパーズたちとの出会い、各施設との親密度アップ、国道をはじめとするインフラの整備、はたまた当てもなく世界を散策するのもいいだろう。
僕はゲームをクリアするたびにいつも思うことがあった。
「クリア後の平和になった世界を旅できたらなぁ」と。
『デススト』は、北米大陸がカイラル通信で一つに繋がって、再建された後のアメリカ(UCA)を自由に楽しむことができる。
ミュールや時雨、BTといったものは依然として残っているが、それでも気持ち的には「アメリカを救った男」なので、とても清々しい気持ちでやり込める。
なお、トロコンには難易度ハードでプレミアム配送を最高評価でクリアする必要があるので、「伝説の配達人」の肩書きに慢心することなく、さらに腕を磨く必要がある。

KOJIMA IS GOD

僕は「○○は神」という表現が苦手だ。
しかし、少なくとも僕はこんなゲーム体験を今まで味わったことがない。
万人受けするような派手さはなく、一貫して地味なゲームではある。
しかし、少なくとも僕はこんなに創造的で革新的なゲームを今まで見たことがない。
小島監督のことを世界中が口を揃えて"KOJIMA IS GOD"と称賛する。
もしも、『デススト』を「神ゲー」と評するのならば、その生みの親は「神」と呼んで差支えないだろう。

いつものシュンスケ

私は小島監督作品のファンになってから今年で10年目です。

発売前のトレイラーでは今まで前例が無いゲームである事は感じていましたが、小島監督をはじめとする製作陣、キャストの皆さんのインタビューを聞いても「こういうゲームだ」という実態が掴めずにいました。いや、だからこそプレーへの意欲が、ワクワクが止まらなかったのですが。

発売直後は「究極のおつかいゲー」と言われていましたが、確かに初めは「え!?届けるだけ!?」ってなりました。えぇ、確かに。しかしそれも1時間足らずのこと。主人公のサムを操作しているうちに荒廃したアメリカの地を確かに踏みしめている。少しずつ点と点が線で結ばれているという実感があり、気付けばやめ時が分からなくなっていました。休む時は「やることがなくなったら」ではなく「やることしかなくなったら」という自分ルールを起こしてしまうほど、進めば進むほどやりたい事が見つかっていました。

ボス戦はそれまでのゲーム性を残しながらもアクション面を強く感じ、ステルスで行くか、正面から堂々と責めるかという駆け引きも楽しめました!そして手持ちが無くなったり、道がなくなってると言った困った時は誰かが残した痕跡を探す…誰だか分からない人のために痕跡を残す…ゲームプレー中は確かに1人なんですが、周りを見れば確実に「誰か」が側にいるんです。

キャラクターも実際の俳優さん達を起用しているためストーリーはゲームではなく最早映画。(これはプレイした人が誰でも最初に感じることだと思います)

私個人特に印象に残っているのはダイハードマンの「殺してほしかった」という言葉と共に、あの強く、揺るがないような人が涙を初めて見せ、上官への思いを吐き出していたことです。これに限ったことでは無いですが、キャラクター同士の相関も素晴らしく、誰かを好きになればそれがドミノ倒し形式で各キャラに惹かれていくんです。

小島監督のユーモアも健在で、排泄が限界になるとサムがめっちゃ良い声で「おしっこしたい…」「ちょっと漏れた」とか言った時には笑ってしまいました(笑)あと温泉に入れば日本では有名なあの歌をサムが歌うんです。そこでプレイヤーであるこちらも一時の安らぎタイム…拠点に戻ればシャワーを浴び、音楽(私は星野源さんの歌)をかけながらエナジードリンク又はビールを飲む。そして相棒であるBBをあやしたりしている時は本当に癒されました。そして拠点から出ればスイッチは切り替わり、また繋ぐために歩み始める…。

と、言いたいのですが、正直中盤は国道を作るのに必死で、ミュールの拠点に乗り込み資材をかっぱらっていました(笑)

そんなこんなで最終局面…今までの謎が全て繋がり、決着がついた時にはコントローラーを握っていただけなのに丸で己がサムでいたかのように全身に疲労感、達成感、そして安堵がのしかかりました。

まだまだ言いたいことありますが、要約すれば「面白い!!」これはゲーム史の新たな時代を描いた先駆けになると思ってます!

m20018t

ゲーム内容は基本的には物を運ぶというゲームですが、
これがまた面白い。最初の内は徒歩でしか移動が出来ないが、
早い段階で車やバイク等の乗り物が使えるようになる。

乗り物が使えるようになった時の爽快感、これまでの徒歩での苦労を忘れるくらいに快適、徒歩での移動も悪くないが、選択肢が増えると、
大量の荷物はトラック、個人的に早く届けたいと思ったらバイク、
ルート開拓をしながら、景色を楽しみながら進みたい、
ここはBTがいそうだなと思ったら徒歩と選択肢が徐々に広がって行き、

その選択がまた面白い。この世界にはBTと呼ばれる怪物がおり、
この世界独特の特殊な雨、時雨が降っているエリアに出現する。
時雨は触れた物の時間を進め、草木は枯らし、荷物に当たれば劣化してしまう。
BTは序盤は対抗手段が無い。BTからは自分が見えず音をたてたりすると襲ってくるため、近寄る際はゆっくりと歩き、息を止めながらとサムの感じる緊張感や恐怖がこちらにも伝わってくるようで非常にスリルがある。

時雨の影響で荷物が劣化してしまう為、瞬時にどう動いて回避するかも重要だろう。

そのBTに対しても対抗手段が取れるようになってくるのだが、
そうなると戦闘要素も楽しめる。今までは恐れて逃げるしかなかった敵に
立ち向かい、倒す事も出来る。あえて倒さず進む、BTの出現エリアを避けて通る
といった選択肢が増えるのだが、このタイミングが絶妙。

強力なBT達に戦いを挑んでその地帯を安全にするか、
避けて通る道を選ぶかはプレイヤー次第。

ゲームが進むにつれて棒である銃などの武器も使えるようになる。

また、この世界にはミュールと呼ばれる人間の敵も存在し、
配達依存症という人の荷物を奪う事に執着するという症状に囚われた元配達人が拠点を作ってその周りを通る配達人の荷物を狙って襲ってくる。

ミュール達はこの世界で人が死ぬと危険であると理解しているので、
人は殺さない。しかし配達の為の荷物を狙って武器を使って攻撃してくるので
戦うか、避けるかを選びながら進むしかない。

気付かれないようにステルスで背後から1人ずつ倒していくか、
それとも真正面から銃やグレネード等を使って
アクションスターさながらの戦闘を繰り広げる事も出来る。

ルート開拓や戦闘要素がバランスよく設計されているので、
飽きずに遊ぶことが出来ると思う。
まだこのゲームを知らない友達を家に呼んで、ここはこう進んだら良いんじゃないか?あそこの山登って梯子やロープで進みやすくしたらどうだろうとか、
誰かと一緒に考えながらゲームを進めたり、他のプレイヤーの為に何かを設置したりといった遊び方が出来る。新しいゲーム体験でした。

そしてこのゲームの最大の特徴と言ってもよいオンライン要素。
このゲームでは自分が設置した梯子や建築物といった物が、
他のどこかのプレイヤーの世界にも反映される。

オンライン要素は今や必須とも言うべき要素になっていますが、
どれもプレイヤー同士が戦う、協力して共通の敵を倒す。戦う要素としてありましたが、『デススト』では真逆で、善意で繋がる世界、一人だけど一人ではない、
オンラインという要素で争わず、間接的に協力し合う。改めて感じられ、
そこが新しいと思った。オンラインで争うだけではない、
あくまで人の善意で成り立つ世界、最初のうちは自分の為だけでも、
不思議とここは危なそうだから梯子を掛けておこうかな?とか
ロープを置いておこうかなと他人の事を考えていくようになる。

人と人とが争わず、皆で協力し合える世界で、
昨今の流行とは逆を行く斬新なシステムと感じた。
しかしながらまだまだ改良の余地もあるとも感じた。

例えば、自分の世界に反映される他プレイヤーの建造物は完全ランダムな為、仲の良いフレンドと意図的に繋がる事は出来ない。
他にも、道路を建設して車両が進みやすくする事も出来るのだが、
一度建設が完了すると、ほとんど劣化しない為半永久的に使えてしまい、
オンラインで繋がっていると、劣化してきても他のプレイヤーが修復してまた完全な状態となってしまう為、作った建造物は劣化して壊れるという要素がありながら、
苦労して作った物が壊れてしまうという不安感が足りない気がした。

道路であれば皆で維持するために協力しなければ壊れてしまうよという緊張感があって良いとは感じた。

ストーリーについても重厚なストーリーに、
構成、伏線や謎の張り方が絶妙で、

あれはなんだ?これは?とどんどん世界観に惹きこまれていく。
中盤辺りからのキャラクター達の生い立ちや、
危機的な状況からどう切り抜けるか、熱い展開も見せてくれる。
そして終盤でのパズルのピースがハマるような物語の謎やキャラクターの目的、伏線回収が気持ちのいいくらいに綺麗に、
そして大胆に、重厚にされていくのである。

荒廃し、人と人が分断した世界を再び1つにする事を目的と伝えられた主人公サムはある事が原因で心を閉ざしており最初は渋々ながらも動き始める。
そのサムや他キャラクターの心情変化も細かい挙動や作りこまれた表情で表現しており、
多くを語らないながらも、分かりやすく丁寧に作りこまれている為、
世界観に入り込みやすく、より理解しやすくなっていると感じた。

人と人との繋がりというものを意識した今作は、
繋がりが薄くなってしまった昨今の事情に改めて警鐘を鳴らした作品とも言えるだろう。対戦したり技術を競うゲームも楽しいかもしれないが、
荷物を運び、その荷物を心待ちにしている人達がいる。
荷物を待っている人達にもしっかりとストーリーや設定があり、
その人達から感謝されるのは気持ちが良い。

このゲームは一度はプレイしてみる価値のあるゲームだと感じました。

以上、優秀・最優秀賞レビューを含め、17作品をご紹介しました。続くPart2、Part3では残り27作品を掲載いたします。こちらもぜひご覧ください。

『DEATH STRANDING』Game*Spark読者レビュー結果発表Part2はこちら!
『DEATH STRANDING』Game*Spark読者レビュー結果発表Part3はこちら!

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