大好きな生まれつきの髪色。ある日、先生に黒染めを強要された

大好きな生まれつきの髪色。ある日、先生に黒染めを強要された

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/06/11
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私の髪色は、父と母の存在、そして水泳を頑張ったことの誇りだった

私が高校3年生の頃の話。

「次の人」「はい」

この瞬間は常に胸騒ぎがする。

「明るいですね」

「水泳部です」

「赤毛届、忘れないように」

「はい(ほらね)」

私は、生まれつき人より髪色が明るい。

乳幼児検診で母が私を病院に連れて行くと、看護師から「綺麗な髪色ですね、染めてるんですか?」なんて質問されるくらいだった。さらに、私は幼少期からスイミングスクールに通い始め、15年以上水泳漬けの生活を送っていた。

そんなことも相まって、さらに明るくなっていく髪色だったが、それでも私はこの髪が大好きだった。

父と母の遺伝子により創造された私だけの色。キツい練習にも耐えて、水泳に勤しんだ時間を感じられる色。

私にとっては誇りだった。

そんな髪に対する思いもあり、頭髪検査は生きた心地がしない。幸い、水泳部は塩素が影響のため赤毛届の提出で通年は何事もなく済んでいた。

制服のスラックスを「男子の物でもいいのでください」と言っていたら

校則だから黒染めは仕方ない?心の中で何かが崩れ落ちた

しかしある日、私を含めた水泳部3人が生徒指導室に呼び出された。

内容は、"赤毛の生徒に対する黒染め"の提案だった。

私は高校3年間、無遅刻無欠席。席替えも自ら前の席を希望する、言わば絵に描いたような真面目な生徒だった。それもこれも真面目に過ごしていたら、平和で充実した学生生活が約束されていると信じていたから。

高校生最後の夏、落胆の感情が一気に押し寄せた。

しかし、心のどこかで"地毛が明るく、さらに塩素が影響"で黒染めは、あまりにも理不尽な言い分であると考えていた。

この考えを確信に変えるべく、私は公平な判断をしてくれるであろう一人の先生に相談した。しかし、その先生は「生徒指導が言っているのなら仕方ない、黒染めしないと」と言い放った。

私が期待した返事とは違う。

信用している先生なら、こちらの声に理解を示すと思っていた。

『何事にも一生懸命取り組む真面目な生徒からの相談は決して突き放したりせず、悩みに寄り添い、味方になってくれるはずだ。こんな理不尽な提案まかり通る訳がない』と子どもながらに信じていた。

しかし現実はそうではない。

先生という存在が見せる"長いものに巻かれろ"を目の当たりにしたとき、無垢だった私にはあまりにも大きな衝撃で、目に見えない心の中の何かが壊れる音がした。

ありのままの私を肯定してくれた母と担任の言葉に涙を堪えた

その日を境に、私の心は自暴自棄になっていった。それなのに、板についた真面目が抜けず表面上は模範的な生徒を装う、そんな自分に嫌気がさした。『何も報われないなら、いっそ初めて校則違反をしてみようか』なんて考えたけど小心者で怖くてできなかった。

この髪色を失うのかと思うと自然と涙が溢れ、青春を夢見て過ごしていた17歳の少女は、日に日に絶望の中に吸い込まれていった。

そんな中、希望の光を灯す人物が二人現れた。

一人目は、母親。

母に話を伝えると、いつも冷静な母が「地毛なのにおかしい」と憤りを隠せずにいた。

「万が一、強要されるなら、幼少期の写真を持って学校へ話に行く」と言い、写真を探し始めた。17年の人生で初めてみるこのような光景に、必死で涙を堪えた。

二人目は、担任の先生。

先生は、学校一校則を重視する方だった。生徒の授業態度、服装をよく見ていて、先生の授業で私語をする生徒など誰一人いなかった。何しろ、先生は私が入学する前までは生徒指導担当で、学校の風紀を取り締まる業務に従事していたのだから。

放課後、先生から呼び出され、単刀直入に「あなたはどうしたいの?」と質問を投げかけられた。

「私は染めたくないです。地毛なので」と本心を伝えたが、内心は『“校則は絶対、生徒指導は絶対だ”と怒られるに違いない』と覚悟していた。

「だったら、あなたの思うようにしなさい」

先生はこう言い残し、その場を去った。決して言葉数は多くないが、先生の強い意志が感じられた。

帰り道、目に溢れた涙を誰にも見せないよう、いつもより少し速く自転車を漕いだ。

どんなときも厳しく恐れていた先生が、実は一番身近にいる味方で、日々の私を肯定してくれる人物だった。

順々に黒染めの意思を伝える部員たち。でも、私は…

翌週、生徒指導室に私を真ん中として、水泳部3人が横に並んでいた。

「さて、どうしますか?」

生徒指導の先生からの質問に対し、右から「黒染めをします」という声が聞こえた。それに続いて左からも「私も黒染めをします」と彼女たちは黒染めの意思を伝えた。先生は少し満足気に思える表情をした。

「あなたはどうしますか?」

私の番が来た。

(怖い)

逃げられない状況、一瞬の静寂の間が長い沈黙に感じる。

「私は……」

足が震えていた。

その時、母の顔と担任の先生の言葉が頭をよぎった。

「私は黒染めしたくありません。生まれつきこの髪色なので……」

それから、私は黒染めをしない代わりに、校内では赤毛が見えないよう髪をまとめることを条件に残りの学生生活を送った。

そのため、卒業アルバムはお団子姿の私が多い。

卒業後、同級生は髪を明るく染めたり、就職活動で黒に戻したりを繰り返していた。

25歳の私、未だに髪を染めた事は一度もない。水泳をやめて塩素の影響は無くなったが、相変わらず髪色は人より明るい。

「先生、あなたの何気ないことば、真面目で無垢だった17歳の私には少々酷だったようです。でも25歳の私は強く生きています。この髪色とともに」

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佐久間麻梨子

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