母とわたしの「親子関係」は、お互いに依存していただけなのかも

母とわたしの「親子関係」は、お互いに依存していただけなのかも

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2020/11/22
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物心ついた時から、わたしの近くには“母”がいた。厳密にいえば、“母”しかいなかった。

理由は実の父の浮気、そして離婚。別居なんてクッションを挟むことなく、母は別れを突きつけた。母は、わたしと父の月に一度の面会を極度に恐れて嫌がった結果、養育費や慰謝料といったものを一切受け取らず離婚を選んだ。

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わたしは、子どもながらに感じていた「母は男運が良くない」

わたし自身、あまり父に良い思いはなかった。母だけがいる家庭、母だけの世界、自分には母だけが必要で、そんな母を苦しめる父という存在は害悪。

男の人は、浮気をする最低な人。小学校低学年から卒業する頃までのわたしは、嫌いなものはと訊かれる機会があれば「父、男の人」と、迷わずそう答えるような子どもだったと思う。現に今もわたしは、男の人が嫌いであり怖い。

話は逸れたが、母が世界の中心であったわたしにも転機が訪れる。“母の再婚”だ。その知らせは、小学校も卒業に近づいた冬の日に「貴方に、お義父さんが出来るの」と母の口から伝えられた。寝耳に水、青天の霹靂。当時のわたしの知識や学力では、知る由もなかった言葉がまさに相応しい。

母は、昔から俗にいう男運というものがあまり良くないと、子どもながらに感じていた。実の父と離婚し、今現在の義父と再婚するまでに、母は二度彼氏というものを作っている。

一人は夜の仕事で知り合ったお客さん。わたしも過去に何度かその方の実家にまで遊びに行ったようだが、記憶は残念ながら一つとしてない。ただ、その方のお母様にあたる方にとてもよくしてもらった、唯一、記憶に残るものはそれだけ。

もう一人は、同じく夜の仕事で知り合ったお客さん。職種についてあれこれと優劣をつけるのはおかしいが、褒められたような仕事はしていない人だったと思う。わたしが男嫌いに拍車をかける原因にもなった人。突然、わたしと母の二人の世界の部屋に転がり込んできた挙句、母には金の無心、そしてわたしには母の目の届かない場所で、物を投げつけ手をあげる等の行為を繰り返していた男。一時、母はこの人と結婚まで考えていたようだが、わたしが泣いて暴力を振るわれていることを伝えた為、翌日には姿を見ることはなくなった。この男が消えても私のトラウマは、20年近く経っても消えてはいないのに。

母を守りなにがあっても側にいると決心したが、それは「呪縛」となる

母は、人前では滅多に泣かない、わたしの前でもそれは変わらない。それでも、唯一泣いたのが二人目の彼氏がアパートを出て行った日だった。母として、女として決断を迫られた母は、わたしを選んだ。その時に「わたしは母を守らなくてはいけない、なにがあっても側にいる」と子どもながらに、強く決心したのは今も忘れていない。幼い子どもの涙ぐましい決心だなんて自惚れてみるが、同時にそれは呪縛にもなった。

当然の様にわたしは、今現在の義父との再婚にあたって大いに反対をした、お母さんは騙されていると糾弾し、否定紛いなこともそれが自分たちの平穏のためだと信じていた。結果的に、半ばわたしは無理矢理納得させられる形になって、母は再婚をしたのだが。

さて、こんなことをいってきたが、現在の父と呼んでいる義父はとても良い人だ。顔は強面だし仏頂面の時が多いが、実際はシャイなだけで意外とユーモアもある。わたしは再婚して義父となった彼からは、生まれてこの方一度も叱られたり、喧嘩をすることはなかった。実の娘や息子と変わらない愛情を義父なりに注いでくれている。

却って、わたしは再婚以降に母との喧嘩が増えた。母と二人きりであったあの頃は、仮に母に叱られることがあろうものなら、泣いて許しを乞って顔色を伺って過ごしていた。口答えなんてとんでもない。それが義父や義兄弟の登場によって、良い意味でも悪い意味でも変わっていった。

くだらない喧嘩であっても互いの意地が邪魔をして大喧嘩になってしまう。母は過去に一度だけ、わたしに「もう、あんたの面倒は見切れん。わたしに甘えてるだけや、出て行ってくれ」と言った。

幼い頃の決心。今では母を守るどころか「苦しめている」のでは…?

そこでわたしは、自分の存在が母を縛り付け、幼い頃に誓った思いが自分のことさえも縛り付けているのを知ってしまった。母を守りたいがために側にいるのを選んだわたしは、今では母を守るどころか傷つけているのかと。

親しい友人にも親子関係としてではなく、共依存に近いと本気になって母との別居を勧められたのは、もう5年も前になる。ようやく最近、別居をはじめた。勧められたあの時は、母とわたしの絆も知らないで他人が好き勝手にと憤慨していたが、彼女の言葉は正しかったと、今になって後悔している。

ごめんね、お母さん、貴方とわたしを守るために、わたしは側にいるのをやめて離れるよ。

もっと時間が経って互いに傷つけることがなくなった日が来たら、また会いたいね。それまではさようなら。

m.o

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