海老蔵があえて見せない父の背中 29&30日、成田屋34年ぶり「実盛物語」で親子共演

海老蔵があえて見せない父の背中 29&30日、成田屋34年ぶり「実盛物語」で親子共演

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  • 更新日:2021/05/03

29、30日に東京・明治座で上演される「海老蔵歌舞伎」に出演する歌舞伎俳優の市川海老蔵(43)。「実盛物語」では長男の堀越勸玄(かんげん)くん(8)も出演し、成田屋では34年ぶりとなる同演目での親子共演が実現する。スポニチ本紙のインタビューに「父の背中を見せるというのがナンセンス」などと海老蔵流の“芸の継承”について語った。(吉澤 塁)

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真剣な表情でカメラを見つめる市川海老蔵(撮影・河野 光希)

時代物の名作として知られる「実盛物語」。平家方の武将ながらひそかに源氏方に心を寄せる斎藤実盛(海老蔵)の恩情と苦悩を描く物語。勸玄くんが演じる太郎吉も鍵になるだけに、せりふが多く子役ながら実力を求められる難役だ。

海老蔵自身、1987年5月、東京・歌舞伎座で父・十二代目市川團十郎さんと共演した。2人で人馬にまたがるのが名場面の一つ。海老蔵は「父といっしょに馬の上で手綱をもったことが楽しかった」と懐かしそうに振り返った。

当時海老蔵は9歳だったが、勸玄くんは8歳で出演。「子供にとって楽しいのは大きなことかな。勸玄は当時の僕より大人な部分もありますが、何かを感じてもらえれば」と目を細めた。技術的な指導について聞くと「太郎吉に関して伝えることは特に何もない」ときっぱり。「むしろ、いずれは実盛を演じる人だから、父の実盛を見て彼なりに消化することの方が重要」と未来の市川宗家を引っ張っていく立場に重きを置いている。

歌舞伎界において、親から子への芸の継承は永遠のテーマの一つ。家に伝わる芝居を徹底的に次の世代へ手取り足取り指導するケースもあるが、海老蔵は違う。

「父の背中を見せるという使命感は特にありません。背中なんてものは、父が一生懸命やっていたらせがれが勝手に見るもの。背中を見せるというのがナンセンス。見ない人は見なくていいし、見る人は見れば良い」

あえて見せない父の背中。それは海老蔵自身の価値観にも由来する。「父の通りにやっても子供が完璧に父になるかというとそうではない。どこかで父を超えられないという壁にぶつかる。父なんて無視すればいい」。生まれながらに市川宗家の当代を運命づけられた海老蔵ならではの境地だ。

「僕も(太郎吉を演じた)当時、特に何かを感じるタイプではなかったし、あまり興味もなかった」と明かす。勸玄くんについても「彼も僕には興味がないと思う。自分のことにしか興味がないもん。だから役者なんでしょうね。僕もそうでしたし」と笑顔を見せた。

公演は5月に明治座で上演後、6月4~13日には京都・南座で行う。17年6月22日に亡くなった小林麻央さんの命日も近い。

「病気の時、僕よりも子供たち2人のことを心配していた。実際に今生きていたらどう感じるかは分からないけれども、勸玄も麗禾(れいか)も心配ないほど成長している」

親として、芸の先輩として、海老蔵流で温かく我が子を導き続ける。

≪コロナ下でも地方回った意義≫海老蔵は昨秋から今春にかけて全国を巡る自主公演「古典への誘い」をやり遂げた。コロナ下で感染リスクを避けようと一行で移動するツアー公演の中止が相次ぐ中での実施。「世界的に見ても、コロナ下で演劇が地方を回るということを最初にやったグループだと思う」と振り返り、敢行した理由を「スタッフや関係者や弟子たちは死活問題だったので何かをしなければという思いがあった」と語った。ただ「やっていいのかという気持ちも当然あった」と葛藤があったことを語った。

江戸時代から、流行病の中でも人々は劇場や俳優から活力をもらっていた。成田屋に伝わる「にらみ」にも無病息災のいわれがある。海老蔵は「コロナを受けて、実は“にらみ”のオファーもありました。でも責任も取れないし市川宗家の判断として安易に手を出すべきではないと断りました」と明かす。「ただ劇場に来ていただいた方に安心して楽しんでもらい、喜びと活力と感動を持って帰ってもらえたのは良かった」と公演を行った意義をかみしめた。

◆市川 海老蔵(いちかわ・えびぞう)1977年(昭52)12月6日生まれ、東京都出身の43歳。83年に本名「堀越孝俊」として「源氏物語」で初お目見え。85年に市川新之助で初舞台を踏んだ。03年にNHK大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」で主演。04年に十一代目市川海老蔵を襲名。10年に小林麻央さんと結婚。血液型AB。

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